軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ユイの一日(3)

ヴァランティーヌさんとディシーの分の飲み物はすぐに運ばれて来た。

セレストさん達と同じ大きなコップと、わたしと同じ普通のコップ。

ディシーにコップを差し出される。

「はい、さっきのお返し」

それを受け取って一口飲んだ。

……あ、少しシュワッとする?

白ブドウのジュースだからか甘くて美味しい。

コップをディシーへ返した。

「あり、がと、おい、しぃ」

ディシーがニコッと笑ってコップに口をつける。

わたしも自分のジュースを飲む。

オロンジュのジュースも美味しいけれど、こっちは濃くてかなり甘酸っぱいので、好みで言えば白レザンのほうが好きかもしれない。

ジュースを飲みながらセレストさんを見る。

大きなコップを片手で持って、普通に飲んでいる。

結構な量が入っているだろうにまるで水でも飲むかのように飲んでいて、ウィルジールさんもレミさんも似たような感じである。

……この世界の人ってみんなお酒に強いのかな?

前世でも今生でもわたしはお酒を飲んだことがない。

あまり飲みたいという気持ちもないので、ジュースを飲んで過ごす。

「この間の巡回のアレは笑えたよな」

「ああ、盗人のアレですか」

「少し同情してしまいますけどね」

「警備隊からすれば楽して捕まえられるに越したことはないよ。手間が省けて良かったじゃないか」

みんなでワイワイと話している。

その楽しそうな様子をぼんやりと眺める。

いつも微笑んでいるセレストさんだけど、話をしている間は笑ったり、呆れたり、普段より表情が豊かだ。

やはり大人同士、親しい者同士のほうが気心が知れていて楽しいのだろう。

ディシーに横からつつかれる。

「酒場って騒がしいね」

その言葉に頷いた。

「ちょ、と、おち、つ、かな、い」

「そう? 私はこの雰囲気、好きだなあ。村にいた頃みたいでちょっと懐かしいかも」

そう言ったディシーの目が遠くを見る。

生まれ故郷を思い出しているのだろう。

「ディ、シー、の、むら、どんな、と、ころ、だった?」

訊いてみるとディシーが嬉しそうに笑った。

「ちょっと大きな村だったよ。ほとんど人間だったかなあ。みんな顔見知りで、周りの家とかとも仲良くて、みんなで助け合って暮らしてる感じ」

素朴な村だったのかな、と思う。

人間だけで暮らすのも大変だろう。

それでも、きっと、幸せだったのだ。

思い出しているディシーの顔はとても懐かしそうで、笑っている。

「私にはお父さんとお母さんと弟が一人いたよ。おじいちゃんとおばあちゃんは早くに死んじゃったんだって」

ディシーの話を聞く。

「おと、うと?」

「うん、私の二つ下だからユイの一つ下だよ。私はこの街に連れて来られたけど、弟は多分、別のところに売られちゃったんだね」

そこでディシーが困ったような顔をする。

でもすぐにその表情は消えた。

「私、お金を貯めようと思ってるの」

真剣な表情だった。

「お金貯めて、旅が出来るようになったら、弟を探しに行こうって」

驚いたけど、それを否定する気持ちはなかった。

「いい、と、おも、う」

ディシーの大切な家族を探しに行くというのなら、わたしが止める理由はない。

この街からディシーがいなくなるのは少しさびしいけれど、それはわたしの我が儘だ。

「ディ、シー、かぞ、く、だい、じ」

わたしが頷くとディシーがホッとした顔をする。

「でもユイと離れるのも寂しい」

照れたように笑うディシーに抱き着いた。

「お、ねえ、ちゃん、なら、き、っと、おと、う、と、みつ、け、られ、る」

「うん、ありがとう」

何となく二人でコップをぶつけ合う。

乾杯じゃないけど、願うならディシーの弟が早く見つかりますように。

その後もディシーとのんびりとお喋りをして過ごす。

時折セレストさんも話しかけてくれたけれど、セレストさんのほうも他のテーブルの人から絡まれたり、ウィルジールさん達と話したりしていて、忙しそうだ。

「番を見つけて羨ましいぜ!」

と、絡まれて、首に腕を回されてセレストさんは困った顔をしながらも笑っていて、そういう絡まれ方がいつもなのだと分かった。

飲み会は意外にも二時間ほどで終わった。

長くダラダラと飲むのではなく、一気にパァッと飲んで騒いで解散といったのが常らしい。

セレストさんは大きなコップで五杯ほど飲んでいて、結構酔っているのかと思いきや、普段と様子は全く変わらなかった。

わたしはディシーと一緒にジュースと料理を摘んでいて、もうお腹いっぱいだ。

「ユイ、今日は付き合ってくれてありがとうございます。皆と飲みに行けて楽しかったですが、ユイはつまらなくありませんでしたか?」

セレストさんに訊かれて首を振る。

「にぎ、やか、たの、しい」

「それは良かったです。これからも時々、あんな風に誘われることがあると思いますので、今後も付き合っていただけたら嬉しいです」

それに頷き返した。

飲み会というのは初めてだけど、みんな酔っ払って遊んだり騒いだりするので思ったよりも楽しかった。

酔っ払ってセレストさん達に絡む人はいたけれど、わたしやディシーには絡んで来なかったから大丈夫だったというのもある。

でも別のテーブルの人から料理を勧められることは多かった。

だからお腹いっぱいになったのだ。

駅まで歩いて行って、馬車を待つ。

夜になっても馬車はまだ走っているようで、しばらく待っていると馬車がやって来た。

セレストさんが手を上げれば馬車が停まる。

目的地を告げて、セレストさんがわたしを抱えて馬車に乗せ、自分も乗った。

セレストさんの膝の上に座ると、ふわっとアルコールらしき匂いがした。

……あれだけ飲めば匂いもするよね。

馬車がゆっくりと動き出した。

もう暗い時間だから馬車の中はわたし達だけだった。

「今日は何の勉強をしましたか?」

セレストさんの問いに答える。

「きょ、は、だい、に、けい、び、たい、に、つい、て、べん、きょ、しま、した」

どんな内容だったか話している間、セレストさんはうんうんと頷きながら聞いてくれる。

わたしの言葉がつっかえつっかえでも怒らないし、辛抱強く聞いてくれる。

話が終わると頭を撫でられた。

「よく覚えましたね」

セレストさんに褒めてもらえるのが嬉しい。

頑張りを認めてもらえて嬉しくない人はいないだろう。

ついでに訊きたかったことも尋ねてみた。

「セレ、ス、ト、さん、きょ、はじ、めて、みた、しゅ、ぞく、いた」

「どんな種族でしたか?」

「かお、いぬ、ちい、さ、い。から、だ、け、い、っぱい」

説明するとセレストさんが「ああ」と頷いた。

「それは魔族のコボルトですね」

「コボ、ル、ト」

「そうです、コボルトは顔が犬で、やや小柄で、全身が毛で覆われている魔族です。寿命は百五十年ほどですね」

話を聞きながら頷く。

……寝る前にノートに書いておこう。

「コ、ボル、ト、まち、おお、ぃ?」

「どうでしょう、そこまで多くはないと思いますが、警備隊以外でも見かけることがあるのでグランツェールにもそれなりの数がいるのかもしれません」

うん、と頷いた。

「あと、コ、ボル、ト、にた、ひと、いま、し、た。かお、いぬ? コボ、ル、ト、より、お、きい」

セレストさんが首を傾げた。

「コボルトより大きい……」

ふっと何か閃いた様子で「あ」と声がした。

「もしかしてウェアウルフかもしれませんね」

「うぇ、あ?」

「ウェアウルフ。こちらも魔族ですが、コボルトよりも大柄で、同じく全身に毛があります。ウェアウルフという名前の通り、彼らは狼です」

……なるほど、だから似てると感じたのか。

セレストさんが苦笑する。

「コボルトとウェアウルフを間違えるのは失礼に当たるので、気を付けてくださいね。特にウェアウルフは狼であることに誇りを持っていますから、犬族のコボルトと間違えられるのがとても嫌なのだそうです」

「わか、った」

コボルトとウェアウルフ。

似ているけれど違う種族なのだとか。

「ちなみにウェアウルフの寿命はコボルトとそう変わらないらしいです」

セレストさんが声を小さくして言う。

「でもウェアウルフの子供とコボルトの子供はかなり似ているので、一目で判断がつかないことも多いですよ」

……ああ、まあ、犬と狼だし。

容易に想像がついた。

「に、てる」

「そうなんですよ。一説には『ウェアウルフが種族を間違えられるのを嫌がるのは、幼少期にコボルトと何度も間違えられるからだ』とも言われています。ウェアウルフに比べるとコボルトの数は倍以上いるそうなので」

何となく分からなくもない。

ウェアウルフなのに何度も何度もコボルトに間違えられてきたら、それは嫌にもなるだろう。

訓練場で見たけれど、ウェアウルフのほうが精悍な顔立ちをしているし、体つきもしっかりしているので並んだら間違えることはないと思うが。

それでも初めて見た人だったら間違えるかもしれない。

「コボルトのほうはあまり気にしていないようですよ。むしろコボルトよりも強いウェアウルフに間違えられるのは、彼らにとっては嬉しいことなのだとか」

「おも、し、ろい」

「ええ、そうですね、片方は間違えられるのが嫌で、片方は間違えられるのが嬉しくて。でも一般的には間違えるのは失礼なので、気になるのであれば本人に種族を訊くのが一番いいでしょう」

セレストさんが、ふふふ、と笑った。

それから話を続けた。

「似ている種族と言うと、魔族のヴァンピールと竜人も外見はよく似ているんですよ」

ヴァンピールというのは前世で言うところの吸血鬼のことだ。

ヴァランティーヌさんが教えてくれたけれど、前世の吸血鬼と似ているが違うところも多い。

昼間は寝て、夜に活動する種族で、でも別に日差しに当たると灰になるということはなく、単純に日差しが苦手なだけらしい。

ニンニクが苦手とか、十字架が苦手とか。

そういうものもない。

血を飲むが、普通の食事も摂る。

それから吸血鬼は翼を隠していて、空を飛べる。

「ヴァンピールも耳が少し尖っていて、犬歯も鋭く背が高いため、パッと見は竜人と似ているのですが、瞳は竜人と違って裂けていないんです」

と、いうことらしい。

この街にヴァンピールはいないそうだ。

寿命も竜人と同じくらい長生きらしい。

「魔族の国のほうにはヴァンピールの街があり、昼は静かで、夜は煌々と明かりを灯して賑わっているのだとか。ヴァンピールは派手好きらしいです」

種族で色々と違うのも面白いなあ、なんて思っているうちに馬車が目的の駅に停まる。

セレストさんが先に降りて、わたしも降ろしてもらった。

手を繋いで馬車を見送り、家へと向かう。

まだセリーヌさんがいるようで、家には明かりが灯っていた。

「ただ今戻りました」

セレストさんが扉を開けながら声をかける。

セリーヌさんが奥から出て来た。

「セレスト様、ユイ様、おかえりなさい」

「ただ、いま」

セレストさんがセリーヌさんに言う。

「すみません、遅くまで」

「いえ、先に連絡していただいておりましたから何も問題ございません。むしろゆっくりさせていただきました」

セリーヌさんが柔らかく笑った。

どうやら前もってセリーヌさんに飲み会に行くことを連絡していたようで、セリーヌさんもそれを知っていたみたいだ。

これでセリーヌさんは帰るらしい。

「それでは、また明日」

「おやすみなさい」と挨拶をして、セリーヌさんは帰って行った。

セレストさんと二階へ上がる。

「ユイは先に汚れを落としてきてください。私は居間におりますので」

わたしは頷き、一度部屋に戻る。

上着を脱いで壁にかけ、髪につけていたリボンを取って、結ってもらっていた髪を解く。

軽くブラシで髪を梳いてから、ベッドの上に置いてあった寝間着と下着の替えを持って部屋を出る。

向かいにある浴室は、入るとお湯が張ってあって、多分セリーヌさんがそうしておいてくれたのだろう。

入浴して、着替えて、さっぱりした気分で浴室を出る。

濡れた髪をタオルで拭きながら一度部屋に戻り、ブラシを持って二階の居間へ向かう。

扉をノックして、それから開けた。

「ユイ、こちらへ」

手招きされて、わたしは暖炉の前に移動する。

揺り椅子に座っていたセレストさんが立ち上がり、暖炉の前の絨毯に座ったわたしの横に膝をつく。

背中を向ければ、セレストさんが魔法の詠唱を小さく呟き、温かな風がふわっと後ろから吹いてきた。

セレストさんの手がわたしの髪を撫でる。

こうして髪を乾かしてもらうのも慣れた。

ふあ、と欠伸をこぼせばセレストさんが後ろでクスッと笑った。

「今日は慣れない場所で疲れたでしょう? 明日もありますから、早めに休んでください」

それに頷いた。

楽しかったけど確かにちょっと疲れた。

髪が乾くとセレストさんが丁寧にわたしの髪をブラシで何度も梳いた。

それが心地好くて、うとうとしてしまう。

……部屋に戻るまで起きてなきゃ……。

そう思うのに、上の瞼と下の瞼がくっついてしまって、なかなか目を開けていられない。

「寝てしまってもいいですよ」

セレストさんの優しい声に首を振る。

「へや、もど、る」

「そうですね、そのほうが良さそうです」

セレストさんがわたしを立たせると、手にブラシを握らせて「おやすみなさい、ユイ」と言う。

それにわたしも就寝前の挨拶をして居間を出た。

部屋に戻って、化粧台にブラシを置いて。

ベッドに行って家の中用のスリッパみたいなサンダルを脱いで、ふわふわの毛布に潜り込む。

昼間干したのか毛布はいい匂いがした。

毛布に包まってホッと体の力を抜く。

……今日も楽しい一日だったなあ……。

そうしてわたしは目を閉じた。