軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ユイの一日(2)

「セレ、スト、さん、ま、じめ」

「ああ、だから君も考える時間はありそうだ。そうでなくとも、セスのことだから君の気持ちがはっきりするまでは今のままだろうな」

それに困ってしまった。

待ってくれるのは嬉しい。

でも、もしわたしが他の人を好きになったら?

人間だから 番(つがい) を判断出来ない。

セレストさんではない人を好きになってしまった時、セレストさんはどうするのだろうか。

そのままわたしの気持ちを尊重してくれるのだろうか。

……なんか、してくれそうだなあ。

誰を好きになるかはわたしの自由だと言われたこともあるが、セレストさんの本心はきっと、自分を選んで欲しいと思っているのだろう。

「でも、出来るだけ早めに決めろよ」

そう言われて顔を上げる。

ウィルジールさんが真面目な顔で見下ろしてくる。

「最低でも十六までに決めてやれ。竜人は長命だし、セレストは特に気が長いほうだけど、苦しくないってわけじゃない」

その言葉にわたしはすぐに頷けなかった。

これからセレストさんを好きになれるのか。

それとも、好きになれないのか。

わたし自身もよく分からなかった。

考えている間にウィルジールさんは「じゃあ、また後でな」と言って去っていった。

「また、あと、で?」

顔を上げたけれど、ウィルジールさんはもう離れていて、声をかけるのは難しそうだった。

首を傾げながらもわたしは訓練場へ顔を戻す。

午後は訓練場でのんびりしながら、でも、頭の片隅ではセレストさんとの関係について考えていた。

好きか嫌いかで言えば迷うことなくセレストさんのことは好きだ。

命の恩人だし、奴隷から解放してくれて、引き取って、いつも良くしてくれる。その恩義は感じている。

ただ恋愛対象としてとなると分からない。

……前世でも恋愛はしたことなかったしなあ。

とにかく生きることで精一杯だった。

恋愛小説も読んだことはあったけど、憧れとかはなかったし、自分とは別世界のことのように感じていた。

恋するという感覚が分からない。

愛というのも、両親や知り合いに対しての愛情くらいしか、わたしは知らない。

しかしセレストさんに感じているのは両親に感じるような愛情ではなくて、どちらかと言うと、病院の先生に対するような感謝に近い。

今のところ、わたしの中ではセレストさんは恩人で、非常に感謝すべき相手という立ち位置である。

……うーん……。

そんなことを悩んでいるうちに午後の時間は過ぎていった。

途中、体を動かして疲れたディシーがわたしのところに来て、一緒に日陰でお昼寝もした。

ディシーと寝ると安心する。

セレストさんの家では一人で寝ているものの、奴隷の頃はずっと大勢で雑魚寝だったので、誰かがそばにいるほうがホッとする。

前世の頃も病室で一人で寝るのは何となく心細い気がしていたのを思い出す。

昼寝をした後、ディシーはまた飛び出して行った。

「ディシーは元気だねえ」

そんなディシーにヴァランティーヌさんが微笑ましいという風に笑っていた。

終業の鐘が鳴り、少し経つとセレストさんが訓練場へやって来た。

「ユイ」

わたしは荷物を鞄へ仕舞って立ち上がる。

お尻の汚れを軽く払ってから、セレストさんに近付いた。

セレストさんの手がわたしの頭を撫でた。

「今日は新しい種族を見つけられましたか?」

それに頷き返す。

「み、つけ、られ、た」

「では帰ったら話を──……と、言いたいところなのですが、実は同僚から飲みに行かないかと誘われまして。ユイも外食はしたことがないでしょう?」

「行きませんか?」と訊かれて考える。

「おや、いいね、アタシも行きたい」

「はいはーい、私も!」

ヴァランティーヌさんはともかくディシーはお酒を飲むのはダメだろう。

すかさずヴァランティーヌさんが「ディシーはジュースだよ」と言っていて、ディシーは少し頬を膨らませていた。

この世界の人間は十六歳で成人だ。

だから最低でもその歳まで飲酒は禁止。

ディシーは十三歳なのであと三年は無理だ。

「いく」

セレストさんも同僚と飲みに行きたいこともあるだろう。

引き取られてから、セレストさんはずっとわたしに付きっきりなので、たまにはお酒でも飲んでゆっくりして欲しい。

家でも夜はお酒を飲んでいるセレストさん。

竜人は確かお酒も好きなはずだ。

ディシーとヴァランティーヌさんもいるなら、一人でつまらないということもないだろう。

セレストさんが微笑んだ。

「では、待ち合わせ場所に行きましょうか」

セレストさんがヴァランティーヌさんに「いつもの酒場です」と言って、ヴァランティーヌさんも「はいよ」と返事をした。

ディシーとヴァランティーヌさんは一度、荷物を取りに行ってから来るそうなので、わたし達は先に行っていることになった。

セレストさんと手を繋いで訓練場を後にする。

建物を抜けて、正面玄関の外に出ると、そこには数名の男性と女性達がいた。

その中にはウィルジールさんもいて、なるほど、と思った。

……また後でってこういう意味だったんだ。

こちらに気付いたウィルジールさんが手を上げた。

「お疲れさん」

セレストさんと共に近付く。

「ウィルもお疲れ様です」

「お、つか、れ、さま、です」

先ほど会った時のことについては黙っていよう。

ウィルジールさんもその気はないようで、特に何かを言われることはなかった。

「後からヴァランティーヌとディシーも来るそうです」

「そっか。人数が多いほうが賑やかでいいな。ヴァランティーヌの養子はセスの番と仲良いから、どっちも暇にはならないだろーな」

「そうですね」

その後も数人が合流し、わたしはセレストさんに手を引かれながら大勢の中に加わって街へ出た。

この時間になると街はかなり人が多い。

セレストさんはしっかりとわたしの手を握り、わたしの前を進んで、うっかりわたしが人とぶつからないようにしてくれる。

おかげで大人達の中を歩いても大変じゃない。

いつもと違う方向に歩くのは新鮮な気分だった。

たまにセレストさんと買い物もするけれど、それは帰りがけにどこかにちょっと寄るというくらいだったので、今回のように目的を持って別の場所に行くのはそうないことだ。

歩いていく方向は何やら騒がしい。

あちこちの建物から笑い声がしたり、大きな明るい声が聞こえてきたり、さっそくもう飲み始めている人々がいるようだ。

この騒がしさは前世でも今生でも初めてだ。

明るく賑やかな声なのに何故か不安になる。

キュッとセレストさんの手を握れば、セレストさんがすぐに振り返った。

「ユイ、疲れましたか?」

セレストさんが立ち止まる。

ウィルジールさんを含めた人達はどんどん歩いて行ってしまった。

「だい、じょう、ぶ」

いつもよりは歩いているが疲れてはいない。

「でも、ひと、お、おぃ。へん、な、かん、じ」

「ああ、ユイはこういう場所も初めてですよね。大丈夫ですよ。皆、騒いでいますが、ここではこれが普通なのです」

「怖いなら帰りますか?」と訊かれて首を振る。

「いく」

もう一度セレストさんの手を握る。

セレストさんは頷いて、わたしの手を軽く握り返すとゆっくりと歩き出した。

賑やかで落ち着かないのは初めてだからだろう。

病院でも、奴隷の時も、こんな賑やかではなかったし、警備隊の食堂の賑やかさとは違う気がする。

この辺りの雰囲気はもっと解放的だ。

セレストさんと共に歩いて行き、そして、セレストさんは一つのお店の前で立ち止まった。

「……さか、だる、の、つど、い?」

看板を読むとセレストさんが頷いた。

……酒樽の集いって凄い名前だなあ。

酒樽はお酒が沢山入っているあの酒樽だろう。

その集いということは、それだけお酒を飲む人達がここに集まってくるということだ。

セレストさんが扉を開けて中へ入った。

「いらっしゃーい!!」

元気な女性の声がした。

そのすぐ後にウィルジールさんの声もする。

「どこ寄ってたんだ?」

ウィルジールさんのいるテーブルに近付く。

「寄ってませんよ。ユイが初めての場所で戸惑っていたので、ゆっくり歩いて来ただけです」

「あー、そういや、こういう場所は初めてか」

ウィルジールさんがわたしを見た。

「この店にジュースなんてあったっけ?」

「ありますよ」

話しながら、セレストさんが椅子を引いてくれる。

そこに座るとわたしの横、ウィルジールさんの隣にセレストさんは腰掛けた。

大きなテーブルで、六人掛けで、ウィルジールさんの横に見知らぬ男性が座っていた。

男性は灰色の短髪に同色の瞳をして、細身で、ウィルジールさんやセレストさんよりも小柄な獣人だった。頭にツンと立った耳とふさふさの尻尾が見えた。

目が合うと、小さく手を振ってくれたのでわたしも小さく手を振って返したが、知らない人だ。

……こういうのは初めてじゃない。

たまに遠目に警備隊の人から手を振られることがある。

ヴァランティーヌさんが言うには「子供ってのはそこにいるだけで構いたくなるものさ」だそうで、わたしやディシーは時々知らない隊員から挨拶をされたり手を振られたりする。

わたしもディシーも何となく振り返すのだけれど、結構喜んでもらえる。

席に着くとウエイトレスらしき女性がやって来た。

「ご注文、決まってる?」

その軽い口調から、慣れた様子が感じられた。

「確かこの店にはジュースがありましたよね?」

セレストさんの問いにウエイトレスさんが頷いた。

「ええ、あるわよ。オロンジュのジュースと赤レザンのジュース、白レザンのジュース、それからポムのジュースも」

ウエイトレスさんがわたしを見た。

セレストさんもわたしを見る。

「ユイはどれを飲みたいですか?」

訊かれて考える。

確かオロンジュはオレンジのことだ。

レザンがブドウだから、赤ブドウと白ブドウのジュースもあって、ポムはリンゴだからリンゴジュース。

「オロ、ンジュ、の、ジュー、ス、くだ、さぃ」

ウエイトレスさんが「オロンジュね」と頷いた。

その後、セレストさん達はそれぞれにお酒や料理だろうものの名前を挙げていって、ウエイトレスさんはそれにも軽く返事をすると離れていった。

仕事終わりだから気が緩むのだろう。

酒場の中は賑やかな雰囲気だった。

先ほどまではこの賑やかさがちょっと怖いくらいだったのに、その中にいると、不思議と怖い気持ちはなくなった。

「そういえばセスの番とレミは初めて会うよな?」

レミと呼ばれた獣人の男性が背筋を伸ばす。

「レミ=ランドンです。セレストさんと同じく第二警備隊の三班で治療士をやっています」

「ユイ、です」

「元気な姿を見られて良かったです」

その言葉に首を傾げれば、セレストさんが教えてくれた。

「レミはユイを助けてくれた一人ですよ。私が人工呼吸をしている間、ユイに治癒魔法をかけてくれた人です」

……そうなんだ。じゃあこの人も恩人だ。

「たす、けて、くれ、て、あり、が、とう、ご、ざい、ます」

「いえいえ、治療士として当然のことをしたまでです! こうして元気になった姿を見られるのが、治療士としては一番嬉しいことなんですよ」

と、ニコニコしながら言われた。

セレストさんに頭を撫でられる。

「ユイがこうして元気になってくれて私も嬉しいです」

そこにウィルジールさんが手を上げた。

「おーい、俺だってセスの番の首輪外すために手伝っただろ? 忘れないでくれよ」

「ええ、もちろん忘れていませんよ」

そうして、実はウィルジールさんもわたしが死にかけていた時に、真っ先にご主人様の血をつけたハンカチを持っていって隷属の首輪を外してくれたそうだ。

……この人も恩人かあ。

「あり、が、とう」

「どういたしまして」

……変な人だけど、優しいのかも?

内心で首を傾げていると、テーブルの上にドンッと大きな木製のコップが置かれた。

ビックリする間もなく、更にドンドンッと二つ、同じような大きいコップが置かれる。

わたしの頭くらいありそうな大きさだ。

でも、わたしの前に置かれたコップは静かだった。

「ちょっとだけ多くしといたよ」

と、コップの中にはなみなみとジュースが入っていた。

「あり、が、と、ござ、い、ます」

そう言えば、ウエイトレスさんはニコッと笑って戻っていった。

それからすぐに料理も運ばれて来てテーブルはいっぱいになる。

そのタイミングを見計らったように、酒場の扉が開いてヴァランティーヌさんとディシーもやって来た。

ヴァランティーヌさんは店内を見回し、わたし達を見つけるとディシーと一緒に近付いて来る。

そうしてわたしの横にディシーを座らせた。

「遅くなって悪かったね」

ディシーの横、レミさんの隣にヴァランティーヌさんが座ったことでテーブルの席は全部埋まった。

ディシーがわたしの手元を覗き込んでくる。

「それオロンジュのジュース?」

頷き返した。

「ひと、くち、のむ?」

「いいの?」

「うん」

頷いてコップを渡せば、ディシーがコップに口をつけて少しだけ飲んだ。

「美味しい! ありがとう、ユイ!」

本当に一口だけで、もっと飲んでもいいのにと思いつつ、返してもらったコップに口をつける。

……甘酸っぱくて美味しい。

オロンジュの実をそのまま搾って出したのだろうか。

ウエイトレスさんが来て、ヴァランティーヌさんはお酒を、ディシーは白レザンのジュースを頼んだ。

「あとで一口あげるね」

ディシーの言葉にわたしは頷いたのだった。

さっきの一口のお返しだろう。

美味しかったら、次は白レザンのジュースを頼んでみるのもありかもしれない。