軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ユイの一日(1)

アデライドさんの件から一週間が経った。

その後、彼女がどうなったのかは知らないけれど、この家で働くことはもう二度とない。

セレストさんが言うには、アデライドさんは既に成人しているため、刑務所に短期間入所するか、初犯ならば子供や若い者が入れられる更正施設に送られるということであった。

正式に被害届を出したのもあって、何も罰を受けずに済む、ということはないそうだ。

……反省してくれたらいいな。

盗まれたことは特にショックではないものの、買ってもらったものを盗まれるというのはあまり良い気分ではないし、買ってくれたセレストさんにも申し訳なかったから。

それからはわたしの部屋はセリーヌさんが掃除をしたり、整えたりしてくれて、清潔さが保たれている。

衣装部屋については高い位置にも荷物を置く代わりに、わたしがそれを取り出せるように踏み台も部屋に置くようになった。

最初はセレストさんに反対されたけど。

「足を踏み外して落ちたら危ないです」

という理由だったけど、わたしも十二歳でそこまで小さな子供でもないことを何とか説明して踏み台は導入された。

三段くらいの踏み台はかなりしっかりとした造りだから、わたしが乗ったくらいでは壊れないだろう。

朝は相変わらず、セレストさんに起こしてもらっている。

顔を洗った時にタオルを差し出してくれるのも変わらなくて、別にそれくらいしなくてもいいのにと思うのだけれど、断るとしょんぼりされるので結局そのままにしている。

竜人は本当に番のことを大事にする種族らしい。

何かとセレストさんはわたしの世話を焼きたがる。

顔を洗ったら、部屋に戻って着替えを済ませて、部屋から顔を出せば、廊下にセレストさんが待っている。

セレストさんを部屋の中に入れると、化粧台の前に座り、そのわたしの髪をセレストさんがブラシで丁寧に梳いていく。

「今日は可愛いワンピースなので、髪も編み込んで可愛くしましょうか」

そう言われて頷いた。

セレストさんがわたしの短い髪の一部を器用に三つ編みにして可愛い編み込みを作ってくれる。

そこにワンピースと同色のリボンをつけた。

髪型が決まったら、セレストさんと手を繋いで一階に下り、食堂の前で一旦分かれ、わたしは食堂の自分の定位置となった席に着く。

前に手伝いを申し出たのだが、セレストさんに「持って来るだけですから」と断られてしまった。

食堂はテーブルクロスもぴっちり綺麗にかけてあり、その上には小さな花瓶があって、控えめだけど可愛らしい花が飾られている。

しかも暖炉には火が灯っていて室内は暖かい。

……セレストさん、何時に起きてるんだろう?

朝食の準備とかもあることを考えると、一時間前とかではないと思う。

わたしよりも遅く寝て、わたしよりも早く起きて、いつも身支度を済ませてセレストさんがわたしを起こしに来る。

一体何時に寝て、起きているのか謎である。

食堂で待っているとセレストさんがワゴンを押して入ってくる。

そうしてテーブルの上に朝食が並べられる。

わたしとセレストさんの分が用意出来ると、セレストさんも席に着く。

揃って手を組み、食事の挨拶を心の中で唱える。

それから食事を始める。

毎朝、セレストさんはわたしのパンにチーズを乗せて焼いてくれる。チーズは何日かに一度変わるので飽きたことはない。

朝食のメニューは前日のスープの余りと、パンと、サラダと、チーズ。

セレストさんはそれにステーキとかがついている。

最近になって気付いたが、セレストさんは朝と昼は結構ガッツリ食べるけれど、夜はそうでもない。

いつも、肉を一口か二口分くれる。

朝食後は紅茶を飲む。

わたしの分は何故かミルクティーだ。

甘くて美味しいのでいいのだけど。

そうしていると来客を告げるブザーが鳴る。

セレストさんが立ち上がって玄関に向かい、セリーヌさんを出迎えに行く。

すぐにセレストさんは戻ってきて、それから少し経ってから、セリーヌさんが食堂に現れる。

「おはようございます、ユイ様」

「おは、よう、ご、ざい、ます」

セリーヌさんはいつも笑顔を見せてくれる。

わたしはなかなか笑顔を浮かべられない。

それでもセリーヌさんは穏やかに微笑んで、朝食の食器を片付けて食堂を出て行く。

紅茶を飲み終わったらセレストさんとまた手を繋いで二階に上がり、部屋の前で別れる。

わたしは最初にセレストさんが贈ってくれたポンチョを着て、勉強に必要な荷物の入った鞄を肩にかけて部屋を出る。

セレストさんも上着を着て、廊下に待っており、手を繋いで階下へ戻れば、セリーヌさんも廊下に出ていた。

「それでは留守をお願いします」

「はい、行ってらっしゃいませ」

セレストさんとセリーヌさんが言葉を交わし、わたしもセリーヌさんに行ってきますと声をかけて、玄関の外に出る。

人気の少ない、でも人が全くいないわけでもない道を、セレストさんに手を繋いで駅まで向かう。

冷たい空気に吐く息が少し白い。

セレストさんが教えてくれたが今は冬だそうだ。

駅で少し待っていると馬車がやって来る。

抱えて馬車に乗せてもらい、セレストさんも乗り、他のお客さんも乗り込むと馬車がゆっくりと動き出す。

馬車に揺られている間、セレストさんの膝の上に乗せてもらっている。

……そろそろ普通に座ってもいいと思う。

でも、それを言うと悲しそうに眉を下げるセレストさんとの話し合いになって、わたしが大体いつも負ける。

美形の悲しげな表情というのはそれだけで何だか自分のほうが悪いことをしているのかなと思ってしまう。

セレストさんはわたしをとにかく甘やかしたいようだ。

……それにどうすればいいのか。

わたしはいつも戸惑ってしまう。

セレストさんは微笑んで「甘えてください」と言うばかりで、わたしもそれに甘えてしまっている。

馬車が目的地に停まるとセレストさんが降りて、次にわたしを抱えて降ろしてくれて、運賃を払って馬車を見送る。

それから第二警備隊の詰所へ向かう。

ここは同じく第二警備隊に向かう人が歩いていたり、他の職場へ向かう人がいたり、かなり人気が多くなる。

時々、ここでディシーとヴァランティーヌさんに会うこともあるのだけれど、今日はそういうこともなく、食堂へ向かう。

そこにディシーとヴァランティーヌさんがいた。

「おはよう、セレスト、ユイ」

「おはようございます、セレストさん。おはよう、ユイ!」

二人にわたし達も挨拶を返す。

「おはようございます、ヴァランティーヌ、ディシー」

「おは、よう、ご、ざい、ます、ヴァラ、ン、ティーヌ、さん。お、はよ、ぅ、ディ、シー」

それにしても、わたしの言葉はいつになったら滑らかになるのだろうか。

セレストさんに引き取られてからも毎日、寝る前に本を音読しているけれど、なかなか良くならない。

ちょっと発音は良くなったのは分かるが。

その後、セレストさんは仕事に向かい、午前中はヴァランティーヌさんに勉強を教えてもらう。

「今日はこの第二警備隊について勉強するよ」

ディシーはあんまり勉強が好きではないらしい。

それでも、いつも真面目に聞いているものの、どうやら集中力が続かないようだ。

午前中は食堂でヴァランティーヌさんにあれこれと教えてもらい、昼食の時間になると食堂が混み始め、セレストさんが現れる。

「お疲れ様です、ユイ」

頭を撫でられて、わたしは頷いた。

「セレ、ス、ト、さん、も、お、つか、れ、さま、です」

セレストさんがニコリと微笑んで「ありがとうございます」と言った。

それからわたし達がテーブルにいて席を取っておき、セレストさんとヴァランティーヌさんが食事を取って来てくれる。

第二警備隊の食事は毎日違って楽しい。

何でも食堂では色々な種族が料理人として働いているため、多くの種族の郷土料理が出てくるのだとか。

毎日違って、他の種族の料理も食べられるのでなかなかに面白い。

味が濃い日もあれば、薄い日もあって、甘い料理が多い日とか、辛い料理が多い日とか、とにかく毎日メニューが違う。

ちなみに辛い日と甘い日は、逆に辛くない料理とあまり甘くない料理もあって、どちらを食べるか選べる。

昼食中にはセレストさんとヴァランティーヌさんがよく喋っていて、わたし達にはよく分からない話をしていることもある。

食べ終えたら、午後はどうするかセレストさんが訊いてくるので、わたしはこの時に訓練場に行くか、蔵書室に行くか少し悩む。

「きょ、は、くん、れん、じょ、いく。でも、からだ、うご、か、さ、ない」

「分かりました。でももし怪我をしたらヴァランティーヌに治療してもらうか、すぐに救護室に来てくださいね」

心配性なセレストさんの言葉に頷いた。

食器を片付けて、セレストさんは仕事へ戻る。

ディシーとわたしはヴァランティーヌさんにくっついて訓練場へ向かう。

午後の訓練場は午前中よりも人が多いらしい。

訓練場にはシャルルさんがよくいて、最初は怖がっていたディシーも今ではシャルルさんにとても懐いている。

「シャルルさん、こんにちは!」

「こん、に、ちは」

声をかければ、シャルルさんが振り返る。

「ああ、今日はユイも体を動かすか?」

その問いに首を振った。

今日のワンピースで手合わせは出来ない。

「み、に、きま、し、た」

それでも蔵書室にこもっているのもあまり良くないので、今日は訓練場を見学しようと思った。

「そうか」

訓練場には多くの種族がいるため、実は見ているだけでもかなり楽しいのだ。

ディシーは体を動かすほうが好きでよく訓練場に来ているからか、いろんな人から挨拶をされて返している。

わたしに声をかけてくるのは女性ばかりだ。

一応、わたしが 竜人(セレストさん) の番だと知っているから、男性は極力話しかけて来ない。

話しかけてくるのはわたしがセレストさんの番だと知らないか、または知っていても話しかけてくるかだ。

後者は今のところ二人だけ。

一人はシャルルさん。

もう一人はウィルジールさん。

「よっ、今日は見学か?」

上着のフードを被って日陰にいると声をかけられた。

こんな風に話しかけてくる相手は一人しかいない。

「こん、に、ちは、ウィル、ジー、ル、さん」

見上げれば、綺麗な緑の髪の竜人が立っていた。

最初の時もそうだけど、この人はわたしに明確な敵意は持っていないが、だからと言って好意的でもない感じである。

本人曰く「親友を取られて不満」らしい。

でも、それなのにわたしにセレストさんを利用しろと言ったりもする変な人だ。

「セ、レス、ト、さん、いない」

そう言えばウィルジールさんが笑った。

「見れば分かるって。それより手合わせはしないのか? もう一人の子はよくここにいるみたいだけど」

「わ、たし、は、みんな、みる」

「みんなを見る?」

首を傾げられたので、持っていた本を差し出した。

そこには訓練場で見かけた、わたしがこれまで見たことのない種族の人やセレストさん達の似顔絵と特徴が書いてある。

……まあ、子供の落書きみたいなものだ。

わたしは前世でも絵は上手くなかった。

案の定ウィルジールさんが本のページを何枚か捲って、ぷふっと吹き出した。

「へったくそだな」

物凄くいい笑顔で言われた。

「わ、たし、わか、れ、ば、いぃ」

「それもそーか」

すぐに本は返されて、わたしは受け取ったそれを開いて、訓練場に目を向ける。

毎日来ているわけではないため、ここに来ると新しい種族を見つけられる。

その種族の特徴を書いておいて、帰ったらセレストさんに訊いたり、蔵書室で調べたりするのだ。

インクを脇へ置いて、ペンを取り出し、インクに浸してから書いていく。

それをウィルジールさんが横に立ったまま見下ろしてくるが、気にしない。

この人はいつだってふらっと現れて、またふらっとどこかへ消えるので、いちいち気にしていたらきりがない。

……あ、あの人初めて見た。

顔が犬である。体もどうやら体毛があるらしい。

本にメモしていく。

あんまり体は大きくないし、そこまで筋肉質でもなさそうだ。尻尾と垂れた耳が可愛い。

その人から離れた別の場所にいる人も初めて見る。

こっちも犬っぽい顔だけど、先ほどの人より顔つきが鋭くて、体も長身で、体毛に覆われているが筋肉質なのが遠目にも分かる。

……尻尾、ふさふさしてる。

ちょっと触ってみたいと思ってしまった。

「セスとはその後どうなんだ?」

頭上から声が降ってくる。

メモしながら答えた。

「ど、う、って?」

「セスと番として仲良くしていけそうかってこと」

「……わか、ら、なぃ」

直球だな、と思ったものの、最初からこの人はこうだったっけと考え直す。

同居人というにはわたしとセレストさんの距離は近いような気もするが、でもだからといって夫婦になれそうかと訊かれると分からない。

セレストさんに欠点はない。

ただ、わたしが受け入れられていないだけで。

だけどセレストさんの様子を見る限り、甘やかしてはくれるが、それが恋愛対象としてというよりかは、子供として甘やかされている感じも強い。

大事にされているが恋愛対象としてかは不明だ。

……いや、それでいいのだけれど。

十二歳を恋愛対象として見ているのも問題なのではないだろうか。

今、こうして子供として甘やかしてもらえることのほうが健全で普通なのだ。

セレストさんからは一切そういう邪念というか、性的な雰囲気は感じられない。

だからわたしも安心しているのかも。

「まあ、君もまだ子供だしな。さすがのセスだって、いくら番でも子供に手を出したりなんかしないだろ」

それにわたしも頷いた。