軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

誕生日

セレストさんのところに引き取られてから四ヶ月。

寒さが大分和らいできたその日、セレストさんの仕事はお休みだった。

なので、わたしも第二警備隊に行くことはなく、朝食を食べた後も部屋にある本を読んで過ごしていた。

セレストさんは用事があると言っていた。

でも家にはいるらしい。

部屋にはセリーヌさんが持って来てくれた紅茶とクッキーがあり、それを食べつつ、本を読む。

内容は子供向けの冒険小説だった。

一冊で終わるもののようだが、なかなかに面白くて、つい夢中になって読んでしまう。

一人の獣人の男の子が、実は亡くなった両親がとある傭兵団の傭兵だったことを知り、その両親の軌跡を追うために旅に出るところから始まる物語だ。

笑いあり、涙あり、時にはハラハラしながら、ゆっくりと読み進めていく。

わたしは計算は得意だけど文字の読み書きはまだちょっと苦手で、文字を書き間違えたり、読み間違えたりすることもある。

だから本を読む時は指で一文字ずつ辿りながら、じりじりと読んでいく必要があるのだ。

普通の人よりも読むペースは遅いだろう。

一冊の本を午前中いっぱいかけて読み終わる。

……いいお話だった……。

まさか主人公の両親が実は生きているという、どんでん返しがあったのには驚いたけど、面白い小説だった。

読了感に包まれていると部屋の扉が叩かれる。

「ど、うぞ」

声をかければセレストさんが顔を覗かせた。

「ユイ、少し遅くなりましたが昼食にしましょう」

そういえばお腹が空いた。

席を立って、読み終えた本を棚に戻し、セレストさんのところへ行く。

手を繋いで一階へ下りるといい匂いが漂ってくる。

セレストさんが食堂を開けた。

「ユイ、こんにちは!」

その声に驚いた。

食堂内に何故かディシーとヴァランティーヌさんがいて、テーブルの上も、いつもより華やかになっている。

目を瞬かせるわたしの背を、セレストさんがそっと押す。

「さあ、中へどうぞ」

頷き、いつもの席に着く。

隣にはディシーがいて、目の前にセレストさん。

セレストさんの隣にヴァランティーヌさんがいる。

テーブルの上には色々な料理が並んでいた。

それから、ケーキも。

「ユイ、十三歳のお誕生日、おめでとうございます」

セレストさんの言葉に驚いた。

「わたし、じゅぅさん、さい?」

「やはり知らなかったようですね。今日はユイのお誕生日ですよ。だから皆でお祝いしようと思って二人を招いたんです」

ディシーとヴァランティーヌさんが頷いた。

「ユイ、お誕生日おめでとう!」

「おめでとう、ユイ」

……これって、お誕生日会ってこと?

セレストさんも、ディシーも、ヴァランティーヌさんも、セリーヌさんも笑っている。

前世では病室で密かに誕生日をお祝いしてもらうだけで、それも小さなケーキを一つ食べただけだった。

でも今日の誕生日は大きなホールケーキだ。

ここはもう病室ではない。

病に侵された体でもない。

「あり、が、とう」

セレストさんが目を丸くし、そして笑った。

「どういたしまして」

それから、人生初の誕生日会が始まった。

* * * * *

ユイの十三歳の誕生日。

せめて少しくらいは豪華にして、ディシーとヴァランティーヌを呼んで、小さいけれど誕生日を祝ってあげたかった。

セレストは密かにセリーヌとヴァランティーヌ、ディシーに話をして、今日の昼頃、四つ目の鐘が鳴るくらいに来てもらうことにした。

二階にいるユイに気付かれないように、セリーヌとこっそり料理を作り、テーブルに花を飾り、やって来たディシーとヴァランティーヌを招き入れた。

ユイはどうやら読書をしていて気付いていないようだった。

食堂の扉を開け、中を見たユイは驚いていた。

そして祝いの言葉をかける。

……初めて、ちゃんと、ユイが笑った。

それまでにも何度か笑顔になりかけていたものは見たことがあったけれど、ユイが笑顔を浮かべたのは初めてだった。

それを見た瞬間、セレストの心は温かくなった。

番(つがい) の笑顔だからなのか。

ユイの笑顔を見ると幸せな気持ちになる。

それに、少し舞い上がってしまいそうな気持ちを押し留めて、セレストはケーキを切り分けた。

ユイの紅茶色の瞳がキラキラ輝いている。

食べ切れるかは分からないが、ユイの分を大きめに切り、皿に盛ってユイの前へ置く。

「いつもならデザートは食後ですが、今日は特別ですよ」

そう言えば、ユイはしっかりと頷いた。

全員にケーキが渡り、まずは主役のユイがフォークでケーキの上のフレーズを突き刺し、食べた。

パッとユイの表情が明るくなる。

「美味しいですか?」

口いっぱいにフレーズを頬張ったユイが何度も頷いている。

それを見て、ケーキを作ったセリーヌが嬉しそうに目尻を下げた。

ユイとディシーが並んでケーキを頬張っている姿は子供らしくて可愛らしい。

ヴァランティーヌも穏やかな表情で眺めている。

竜人もエルフも長命なため、毎年誕生日を祝うことはなく、大体十年に一度ほど纏めて祝うといった感じである。

ユイが嬉しそうにしているのを見るとセレストも嬉しい。

セリーヌと共に作った料理も美味しそうに食べてくれている。

いつも朝食の用意しかしたことのなかったセレストが、セリーヌに教えてもらいながら料理を作るのは簡単ではなかった。

朝食は単純にパンとチーズを切って、前日にセリーヌが作ってくれた夕食の残りを温める程度だ。セレストのために肉料理も作ってあるため、やることは少ない。

思い返せばセレストは料理を作ったのは初めてだった。

セレストが一人立ちする時に、心配した両親に言われて使用人をずっと雇っていたため、自分で料理をすることがなかったのだ。

料理をしたいと思ったこともない。

使用人が休みの日は外食で済ませていた。

……料理というのは難しいものだ。

セリーヌがいなければ失敗していただろう。

飲み物を注ぎながら、セリーヌがユイに何か囁くと、ユイがこちらを向いた。

「セレ、スト、さん、しょく、じ、おい、し。つく、って、くれ、て、ありが、と」

その言葉に喜びが込み上げてくる。

「喜んでいただけて嬉しいです」

その言葉だけで苦労が報われる。

……いや、苦労したのはセリーヌのほうか。

後で改めて礼を言っておかないと。

セレストはそう思いながらも微笑んだ。

* * * * *

美味しいケーキに美味しい料理。

この料理はセレストさんが主に作ったそうだ。

「このお料理達はセレスト様が頑張ってお作りになられたものです。今まで料理なんて一度もしたことのない方が、ですよ」

ふふふ、とセリーヌさんは笑っていた。

その言葉が少しくすぐったかった。

わたしのために用意されたケーキに料理。

わたしのためにお祝いしてくれる人。

それが何よりも嬉しかった。

前世で死んでしまったけれど、こうして今生でも、わたしを大事にしてくれる人達がいる。

「そうだ! ユイに贈り物があるの!」

ディシーがそう言った。

でも、ディシーはすぐにセレストさんを見る。

セレストさんが椅子の横に体を屈め、そして、立ち上がるとわたしのそばまで来て、膝をついた。

「ユイ、これをどうぞ」

差し出されたのは箱だった。

受け取ってみると、かなりずっしりと重い。

「あけ、ても、いい?」

訊くと「もちろん」と頷かれた。

綺麗なリボンを解いて、華やかな柄の布の包みを開けて、フタを外す。

中には本が入っていた。

取り出してみるとかなり分厚い。

重かったのはこの本だったようだ。

題名を指で追う。

「しゅ、ぞく、じてん?」

試しに開いてみると、沢山の挿絵がある本だった。

「ユイは色々な種族について興味を持っているようでしたので、多くの種族について書かれている本を選んでみました」

ハッと顔を上げればセレストさんと目が合った。

確かに、わたしはこの世界の、特に種族に関することに興味を持っている。

前世には存在しない種族ばかりで非常に気になっていて、第二警備隊の訓練場に行くのも、そういった理由がある。

もしかしたら一番興味があることかもしれない。

……セレストさん、知ってたんだ。

嬉しい、と思った。

番だから贈ってくれたものではない。

多分、わたしのことをよく見て、考えて、そうして選んでくれた一冊なのだろう。

「す、ごく、うれ、しい。あり、がと」

服や小物などが嬉しくないわけではない。

でも、これが一番嬉しいと思ってしまった。

わたしを見てセレストさんも嬉しそうに微笑んだ。

「たぃ、せつ、に、よみ、ます」

この世界のことも分かってきた。

本は安い買い物ではない。

しかもこの本は装丁が綺麗で、分厚く、見たところ中もぎっしり色々と書かれている。挿絵も多い。

値段もかなり張ったことだろう。

「たく、さん、よむ。よん、でい、っぱい、おぼえ、ます。べん、きょ、がん、ばる」

「ユイは勤勉家だから、きっとすぐに本の内容を覚えられるようになりますよ」

そっと頭を撫でられる。

「はいはーい、次は私!」

ディシーがずいっと何かを突き出してくる。

思わず受け取ったが、小さな箱だった。

リボンを開けてみればハンカチだ。

白地のハンカチには可愛いオレンジがかった赤い花が刺繍で描かれており、触り心地もかなりいい。

「あのね、このハンカチの花、ユイの目の色に凄く似てるなって思ったの。私のお小遣いで買えるのってまだこれくらいだけど、来年はもっといいものを贈るからね!」

可愛い花を見て、嬉しくなる。

ディシーの目にはわたしの瞳はこの花のような色合いに見えるのだろう。

「あり、がと。かわ、いい、はな。たい、せつ、に、つか、うね」

「うん!」

ディシーがニッと笑った。

ヴァランティーヌさんが立ち上がってディシーの頭に手を置いた。

「良かったねえ」というヴァランティーヌさんの言葉にディシーが大きく頷いた。

それからヴァランティーヌさんも可愛い四つ葉柄の布の袋をくれた。

中を開けてみる。

……え、これって。

「ちょっと気が早いかと思ったんだけどね」

取り出してみる。

わたしの手を三つ並べたくらいの長さのそれは、前世で見たことのある、 算盤(そろばん) だった。

傾けると、シャララと小さな音がする。

「計算機ですね」

セレストさんが言う。

「事務のほうで、ユイを見習いとして入れるって話が前向きに検討されてるんだよ。もし事務方の見習いになるなら必要なものだからね」

「やっぱり気が早すぎたかねえ」とヴァランティーヌさんが笑った。

わたしは首を振った。

もし、事務の見習いになれなかったとしても、きっと、使う場面は沢山あるはずだ。

でもヴァランティーヌさんはわたしが入れないとは思っていないのだろう。

それだけわたしのことを高く買ってくれているのだと思うと嬉しいし、算盤がこの世界にもあるのだと知って、何だかホッとした。

前世と違うものばかりの世界だけど、こうして、似たようなものもあって、変わらないものもある。

そのことに安堵した。

「これ、から、たく、さん、つか、い、ます。けぃ、さん、き、つか、い、かた、お、しえて、くだ、さい」

「ああ、明日教えるよ。そんなに難しくないから、慣れればかなり早く計算が出来るようになるよ。まあ、ユイなら計算機はあんまり必要ないかもしれないけど」

それに首を振った。

「けぃ、さん、き、わた、し、ひつ、よう」

ヴァランティーヌさんが目を細めて微笑んだ。

「そうかい、なら良かったよ」

今日だけで宝物が三つも増えた。

セレストさんに引き取られてから、わたしの周りは宝物だらけになった。

毎日が楽しくて、大切なものだらけで、時々、どうしたらいいのか分からないと思う。

わたしは何も出来ないのに。

返せるものなんてないのに。

わたしは与えられてばかりだ。

それなら、せめて、わたしはわたしに出来ることを精一杯やろうって思える。

「み、んな、あり、が、とう」

セレストさんにもらった本で勉強しよう。

ディシーからもらったハンカチはお守りにしよう。

ヴァランティーヌさんからもらった算盤は見習いになった時、ずっと使おう。

わたしに返せるものがないなら態度で示そう。

みんなからもらったものが大事だと言おう。

今生で初めての誕生日会は幸せだった。