軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ユイの才能 / ディシーの思い

* * * * *

五つ目の鐘と六つ目の鐘の間。

交代の隊員が戻り、セレストは先に休憩に入ることになった。

セレストは第二警備隊三班の主に治療士として働いており、三班が街の巡回に出る際には同行し、それ以外の時間は訓練に参加したり、医務棟の中の救護室の一つに詰めていることが多い。

警備隊員は体を鍛えることも仕事の一つだ。

そのため、毎日それなりの数の隊員が救護室に来て、訓練で出来た傷を治療していく。

セレストはそんな者達を治療するのが主な仕事だ。

だからと言ってセレストが弱いわけではない。

竜人の中ではセレストはむしろ強いほうだ。

種族的にも竜人は戦闘力が高い。

ただセレストは水属性で治癒魔法とも相性が良く、実際、治癒魔法が最も得意なので治療士として働いているが、いざ戦闘になればそうそう負けることはない。

「すみません、それではよろしくお願いします」

戻ってきたばかりの同僚に謝罪すれば、同僚は明るく笑って首を振った。

「いいですよ。それより、あの子は元気ですか?」

この同僚はユイの治療をした時、治癒魔法をかけ続けてくれた。

おかげでセレストは番を失わずに済んだ。

「ええ、すっかり元気になりました。新しい生活を始めたばかりでまだ戸惑ってはいますが、きちんと食事も摂れて、今日はヴァランティーヌに勉強を教えてもらっています」

「そうなんですね、良かった」

気の良い同僚の安堵した様子にセレストも頷く。

同僚は「あ、呼び止めてすみません」と頭を掻いて「 番(つがい) のところへ行ってあげてください」と屈託なく笑った。

それにセレストはありがたく甘えさせてもらった。

救護室を後にして、廊下を進む。

仕事中もユイのことが気になっていた。

ヴァランティーヌが見てくれているから心配はないが、それでも気になってしまうのは番を得た竜人の 性(さが) なのかもしれない。

食堂への道を進むのも自然と早足になる。

……早く顔を見たい。

たった数時間離れるだけでも落ち着かない。

歩きながらも昼食の時間のことを思い出す。

……ユイが初めて書いた手紙をくれた。

まだ覚えたばかりの拙い文字で、一生懸命書いてくれた手紙を読んだ時、セレストはとても嬉しかった。

手紙には感謝の気持ちが綴られていた。

引き取ってくれたこと、命を助けてくれたことといったものだけでなく、パンにチーズをつけてやったことや馬車まで抱えて走ったことなど、本当に些細なことに対してのお礼まで沢山書いてあった。

そこにユイの性格が垣間見えた。

誰かに感謝の気持ちを持てて、それをきちんと相手に伝えることが出来る。

生まれてからずっと虐げられてきたのに捻くれておらず、素直で、そして恐らく恩を忘れない性格だ。

セレストがしたこと一つ一つに感謝していた。

それがセレストは嬉しかった。

番から感謝の言葉が欲しいと思う気持ちも多少はあったけれど、それ以上に番のために何かしてやれることがあるのが嬉しくて、セレストはついユイの世話を焼いた。

その中にはセレスト自身、あまり意識せずに行なっていたこともあり、ユイがそこまで気付いてくれていたのだと知れたことが嬉しかった。

昔、誰かが言った。

他人(ひと) に優しく出来るのは才能だ、と。

ユイにもきっとその才能がある。

……勉強は進んだだろうか。

午前中は文字を覚えるのも大変だっただろう。

午後は計算を教えると言っていたが、計算は大人でも難しいので、ユイはすぐには覚えられないかもしれない。

それでも、きっとユイは真面目に勉強するのだろう。

セレストに手紙を一生懸命書いてくれたように。

食堂に到着すると、その一角に人集りが出来ている。

辺りを見回してみるがユイの姿は見えない。

それどころか人集りの中心にヴァランティーヌがいた。

「ヴァランティーヌ、これは何の騒ぎですか?」

人集りへ近付けば、ヴァランティーヌが振り向いた。

「ああ、セレスト、お疲れさん」

周りにいた隊員達も振り返る。

その間からテーブルに座るユイとディシーを見つけ、セレストは安堵した。

「ほら、これ見てごらんよ」

ヴァランティーヌがセレストへ紙を一枚差し出した。

それを受け取ってみると、紙には何やら線が引かれ、そこに数字が並んでいた。

その数字はよく見れば少し歪だった。

「何の表ですか?」

上と左横には一から九までの数字がそれぞれ並んでおり、その下に数字がずっと書かれている。

「それはユイが考えた表だよ。 倍算(ばいざん) の九の数字まで書き出してあるんだ。それを覚えれば、いちいち全部足して計算しなくて済む」

言われて、思わずユイを見た。

ユイはちょっと恥ずかしそうに紙で顔を隠す。

もう一度、表を見る。

ヴァランティーヌが表の見方を教えてくれて、計算してみたが確かにどの数字も合っている。

「……凄いですね」

セレストは心の底から驚いた。

「計算を習ったことがあったのですか?」

ユイが首を振る。

「いや、今日計算は教えたばかりだよ。ユイは頭がいい。教えた計算はすぐに出来るようになるし、応用問題もきちんと正解を出せる」

ヴァランティーヌがユイの頭を撫でる。

セレストはユイに近付くと、膝をついて目線を合わせた。

オレンジがかった赤い、綺麗な紅茶色の瞳はこちらを見つめてくる。

「ユイは凄いですね。もうこんな表を作れるなんて、そうそう出来ることではありません」

そっと頭を撫でればユイの口元がキュッと閉じる。

それから小さな口が開いた。

「ぁ、の、わた、し……」

ユイが何かを言おうとしている。

「はい」

セレストはそれを待った。

ユイは喋べるとつっかえてしまうが、喋ることが嫌いなのではなく、喋ることに慣れていないだけだ。

時間はかかるが喋ることは出来る。

「わた、し、お、おき、く、なった、ら、ここ、の、じ、む、ぃん、なる」

その言葉にセレストは目を丸くした。

「アタシがね、これだけ計算が出来るなら第二警備隊の事務員に欲しいって言ったら、それになりたいって」

「うちの事務員、ですか……」

ユイが頷いた。

「せれ、す、と、さん、はた、ら、く。わた、し、も、はた、ら、く。い、っしょ、ここ、いる。わた、し、も、ここ、が、いい」

それに衝撃を受けた。

ユイがどう思っているかは分からないが、セレストが働く第二警備隊でユイも働きたいということだった。

セレストは思わず小さな体を抱き締めた。

まだこんなに小さくて、やっと奴隷から解放されたばかりなのに、もう次を考えている。

……もっとゆっくり成長して欲しい。

それなのに、ユイの前向きさが嬉しい。

つらい人生を歩んできたユイが、きちんと前を見て、次のことを自分で選んで生きようとしてくれている。

セレストと同じ第二警備隊の道を見てくれている。

「ええ、ええ、私もユイと一緒にここで働けたら嬉しいです。一緒に来て、仕事をして、一緒に昼食を摂って、終わったら一緒に帰りましょう」

「は、ぃ」

「きっとユイならすぐに事務員になれます」

番の欲目ではなく、本当にそう思う。

この倍算の表は凄いことだ。

これを覚えれば、ある程度の計算はしなくて済む。

計算が苦手な者でも表を覚えればいい。

「今はまだ勉強があるからすぐに、そういう話にはならないだろうけど、ユイは計算が得意なようだから事務員ってのは悪くないだろう?」

ヴァランティーヌの言葉にセレストは頷いた。

事務員なら危険なこともない。

それにセレストと同じ職場なのも嬉しい。

「せれ、す、と、さん」

ユイがポケットから何かを取り出した。

「お、し、ごと、お、つか、れ、さま」

小さな掌には小さな飴の包みがあった。

差し出されたそれをそっと受け取る。

「勉強を頑張ったご褒美の飴だったんだけどね、セレストにあげたいって残していたんだよ」

子供は甘いものが好きだ。

それなのにユイは食べずに残しておいてくれた。

ユイだって食べたいはずなのに。

「ありがとうございます」

……ああ、本当に優しさというのは才能の一つだ。

そして計算が得意という才能もユイにはある。

掌に落とされた飴にセレストは微笑んだ。

* * * * *

八番──……ユイは頭がいい。

ヴァランティーヌさんも、セレストさんも、他の人達もそう言った。

私もユイは頭がいいと思う。

初めてユイと会ったのは二年前だった。

あの頃のユイは「はい」しか言えなかった。

それ以外の言葉を知らなかった。

他の奴隷も喋ることはなくて、私が話しかけた時、ユイはとても不思議そうな顔をしていた。

私は何度もユイに話しかけた。

だからなのかユイは言葉を覚えて、少しだけ話せるようになった。

ユイを見た時、二つ年下の弟に似ていて、放っておけなかったんだ。

私の村はご主人様の部下達に襲われて、お父さんとお母さんは殺されてしまった。

多分、弟は他に売られたんだと思う。

私は売られなかった代わりにご主人様の賭博場に放り込まれて、そこで戦闘用奴隷として生きることになった。

……私があの時にすごく抵抗したから。

それで、きっと戦えると思われたんだ。

村では自分の身を守るために大人達が戦い方を教えてくれて、でも、賭博場ではそれは全然通用しなかった。

ご主人様の部下や他の奴隷に最初は何度も叩きのめされた。

ユイと戦うようになったのはずっと後のことだから、ユイは、私が最初に弱かったことを知らないだろう。

何度も叩きのめされて私は強くなった。

村でも強いほうだったけど、奴隷になって、前よりもずっと強くなった。

ユイは元からいる奴隷だから違ったみたいだけど、私みたいな他から連れてきた奴隷は使えないと別のところに売られてしまう。

賭博場も酷いところだった。

でも、それより更に酷いところに連れて行かれるかもしれないと思うと必死だった。

ユイは無表情で、最初は言葉も喋れなくて、傷だらけで、私よりも扱いが雑で。

自分より歳下だろうユイがいたから耐えられた。

ユイの前ではお姉さんとしてがんばれた。

ユイも私を慕ってくれて、ユイがいなかったら私は多分、どこかでダメになってたかもしれない。

二人で暗くて寒い牢屋で身を寄せ合って過ごした。

ずっと、あの地獄が続くと思ってた。

……でも、もう違う。

私は、私達はあそこから助けてもらえた。

ヴァランティーヌさんに訊いたら、他の人間はほとんどが保護区に行ったのだと言っていた。

保護区に行かなかったのは私とユイだけらしい。

……だって保護区に行ったらユイに会えない。

私の妹分のユイに会えないのはいやだ。

そしてユイはユイの得意を見つけた。

ユイは番を見つけた。

番は一生に一人だけの特別な相手なんだって。

特に竜人の番だと幸せになれるって。

ユイが幸せになれると思ったら嬉しかった。

……私も、私の特別な何かを見つけられるのかな。

見上げればヴァランティーヌさんが笑った。

「ディシーも今日は勉強を頑張ったね」

大きな手が飴をくれる。

「明日はどんな勉強をするんですか?」

訊けば、ヴァランティーヌさんが「うーん」と首を少しだけ傾けた。

「ユイのこともあるし、明日は常識について教えていこうかねえ。ディシーにはつまらないかもしれないけど」

「ううん、私も聞きたいです」

村ではそんなこと教えてくれなかった。

私は本当ならずっとあの村で生きていくはずで、他のことよりも、村で生きることだけが大事だったから。

ヴァランティーヌさんの綺麗な緑の瞳が細められる。

「そうかい、じゃあ明日は常識の勉強をしようか。お金の使い方とか、人種のこととか、知ってるかい?」

「お金は使ったことないです」

「これからは使うだろうから覚えないとねえ」

「そのうち自分で買い物だってしたくなるだろうから」とヴァランティーヌさんが言う。

それに頷いた。

この大きな街で暮らしていくなら、お金を使うことも覚えないといけない。

そうして、いつか、ユイと一緒に買い物に行けたらすごく楽しいだろう。

「いろんなこと、沢山知りたいです」

私はユイのお姉ちゃんだから。

いつでもユイを引っ張る存在でいたい。

……そして、出来るなら弟を探したい。

いつかユイに弟を会わせたい。

きっと二人は仲良くなれると思う。

「もっともっと勉強したいです」

今は何でも勉強して、知識をつけないと。

「そうかい、ディシーは勤勉家だねえ」

ヴァランティーヌさんに頭を撫でられる。

その手がお母さんやお父さんみたいに温かくて、少しだけ泣きそうになった。