軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

計算と将来

昼食を終え、セレストさんが仕事に戻っていく。

食事の時間が過ぎると食堂は人気が減り、わたし達はまた、食堂の片隅のテーブルで勉強を行うことにした。

午前中は文字の勉強だったけれど、午後は計算の勉強らしい。

新しい紙を渡された。

「計算の勉強は難しいよ。すぐに出来なくても、諦めずに勉強していけば出来るようになるからね」

ヴァランティーヌさんは最初にそう言って、午後の勉強が始まった。

まず、ヴァランティーヌさんは食堂の奥からポムとオロンジュをカゴいっぱいに借りてきた。

どちらも色が濃くて新鮮そうだ。

「勉強にはこの二つを使うよ」

食後なので、食べたいとは思わなかったものの、綺麗な色と果物の甘い香りは心を和ませてくれる。

「今日は基本的な四つの計算を教える。最初は足し算だ。これはいくつかの数字を合わせて、その数を出す計算だよ」

……足し算かあ。懐かしい。

前世の時は母が袋の飴を買ってきて、それで数を確かめながら勉強をした。

全部正解すると飴を一つ食べていいというやつで、子供の頃は飴が欲しくて勉強を頑張ったっけ。

ヴァランティーヌさんがカゴからポムを出す。

「ディシーとユイは計算をしたことはあるかい?」

ディシーが頷いた。

「あります。前にいた村で、飼ってた牛の数を数えたりしてました」

「なぃ」

八番(わたし) はない。

ヴァランティーヌさんが「そうかい、そうかい」と小さく二度頷いた。

「足し算は難しくないからね、ユイもすぐに出来るようになるかもしれないよ」

言って、ポムがテーブルの上に並べられる。

赤くて丸くてツヤツヤしている。

「簡単な計算からしようか。ここにポムがある。一つはディシーが、一つはユイが持っているとしよう」

ディシーとわたしの前にポムが一つずつ置かれる。

「ディシーが持っているポムをユイに一つあげた」

ディシーの前に置かれたポムがわたしの前に移動する。

「さあ、ユイはポムをいくつ持っている?」

これは簡単だ。

「にこ」

指を二本立てて見せればヴァランティーヌさんが頷いた。

「そう、二つ。これが足し算だよ。簡単だろう?」

「は、ぃ」

ヴァランティーヌさんが更にポムを取り出した。

目の前にポムが三つ、オロンジュが四つ。

「じゃあポムが三つとオロンジュが四つ、全部でいくつだい?」

「なな」

「合ってる。数えるのが早いねえ」

うんうん、とヴァランティーヌさんが頷いて「じゃあちょっと難しい問題にしようか」と言った。

「ポムが七つ、オロンジュが六つ、全部でいくつか分かるかい?」

「じゅ、さん」

一瞬、ヴァランティーヌさんが止まった。

……ちょっと食い気味に答えちゃった。

ヴァランティーヌさんがまじまじとわたしを見る。

「……ユイ、ポムが七つとオロンジュが九つ、更にポムが四つ、とオロンジュが五つ、全部でいくつになる?」

「にじゅ、うご」

ディシーが「え!」とわたしを見る。

ヴァランティーヌさんが、はあ、と息を吐いた。

「驚いた。ユイは頭の中ですぐに計算が出来るんだね。数が十で次に繰り上がるのも知ってたのかい?」

ヴァランティーヌさんの問いに頷いた。

「ど、れぃ、じゅ、にん、で、ばんご、かわ、る」

「なるほど、それで数の数え方は知ってたのか」

納得した様子のヴァランティーヌさんに内心でホッとする。

……危ない。八番が知らないだろうことは出来ないようにしないと不自然になる。

ディシーが抱き着いてくる。

「ユイすごい!」

……まあ、前世の記憶のおかげなんだけどね。

ヴァランティーヌさんがその後もいくつかの問題を出して、ディシーとわたしとでそれを解いていく。

一番難しい問題でも四桁だから暗算で出来る。

わたしが足し算を理解していると気付いたようで、ヴァランティーヌさんが「足し算は問題なさそうだ」と呟く。

「じゃあ次は引き算をやってみようか」

目の前にポムが三つ置かれた。

「ユイはポムを三つ持っている。そこにディシーが来た。ディシーがポムを一つ欲しいと言うので、ユイはディシーにポムを一つあげた。ユイが今持ってるポムはいくつだい?」

目の前に置かれたポムの一つがディシーの前に移動する。

残ったポムは二個になる。

「にこ」

ヴァランティーヌさんが頷いた。

「これが引き算だ。元あった数から、いくつかの数を取り出して、残りの数を確かめるんだ」

ディシーが「引き算苦手……」と言う。

ヴァランティーヌさんが笑った。

「そう難しいものじゃないよ」

今度はディシーの前にオロンジュが五つ置かれる。

「ディシーはオロンジュを五つ持ってる。ユイはいくつ欲しい?」

「……に」

「じゃあユイはディシーからオロンジュを二個もらおうか」

ディシーの前のオロンジュから、二個、わたしの前に移動する。

「残りはいくつだい、ディシー」

ディシーの表情が明るくなる。

「三つ!」

ヴァランティーヌさんが頷いた。

「正解。次は二人に出そうかねえ。……ディシーとユイはポムを十五個持っている。アタシに二個、セレストに四個あげたら、二人の手元にはいくつある?」

わたしはディシーを見た。

ディシーは自分の指を折って数えている。

それから答えが出たのかディシーが顔を上げた。

目が合って、頷き合う。

「九!」

「きゅ、ぅ」

同時に答えるとヴァランティーヌさんが手を叩いた。

「正解。二人とも、ちゃんと引き算も理解出来たね」

その手がわたしとディシーの頭を撫でる。

ディシーが嬉しそうに笑う。

「ではそれぞれに難しい問題を出すよ」

ディシーと一緒に頷いた。

ヴァランティーヌさんはわたしとディシー、それぞれに別の問題を出した。

ディシーには「アタシからディシーにオロンジュを七つあげた。その後、ディシーはユイに二つオロンジュをあげる。そうしたらセレストがやって来てポムを三つくれた。だからディシーはユイにポムを一つあげた。残りのオロンジュとポムは合わせていくつ?」というものだった。

わたしには「セレストからポムを十二もらった。ディシーに会ったから六つあげた。その後一つ食べた。そうしたらアタシがやって来てオロンジュを七つくれた。残りのポムとオロンジュは合わせていくつ?」だった。

……ポムは五個、オロンジュは七つ。全部で十二。

分かったら手を挙げる。

「ユイはもう分かったのかい?」

頷いて答える。

「じゅ、に。ポム、ごこ。おろ、じゅ、なな、こ」

「正解。じゃあご褒美をあげよう」

手を差し出されたので、わたしも掌を出す。

ポン、と乗せられたのは小さな包みだった。

「飴さ。ご褒美にはぴったりだろう?」

ヴァランティーヌさんがウインクする。

わたしは手の中の飴をジッと見た。

とても懐かしい気持ちでいっぱいだった。

「ユイ、いいなあ」

ディシーが羨ましそうにこちらを見る。

「ディシーも正解したらあげるよ」

と、ヴァランティーヌさんが言えば、ディシーは紙に数字だろうものを書いて悩み出した。

飴をそっとポケットに入れる。

「おや、食べないのかい?」

うん、と頷く。

「せれ、す、と、さん、に、あ、げる」

セレストさんも仕事を頑張っているから。

ヴァランティーヌさんが目を瞬かせて、それから微笑ましげに笑った。

「そうかい、きっとセレストは喜ぶだろうね」

ディシーが指折り数えて問題を考えている間に、ヴァランティーヌさんはわたしに数字を教えてくれた。

数字は前世のものとほぼ同じ形だった。

これは覚えやすい。

ちなみに数える時に使う記号も教えてくれた。

横線を縦に四本引いて、縦に一本、横線の真ん中に線を引いて、五本。これで一つの数え方。

前世でいうところの正の字の数え方に近い。

「分かった! 全部で七個!」

「正解。ちなみにポムとオロンジュはいくつずつ残ってる?」

ヴァランティーヌさんの質問にディシーが「えっと……」と手元の紙を見る。

「オロンジュが五個、ポムが二個……?」

ちょっと自信なさげだ。

「正解。ディシーにも飴をあげるよ」

「わあ、やったー!」

ヴァランティーヌさんから飴をもらい、ディシーが嬉しそうにそれを受け取り、それをテーブルに置いた。

すぐには食べずに、しばらく眺めて過ごすつもりらしい。

ディシーはニコニコしながら飴を見ている。

「すぐに食べたらなくなっちゃうから、あとで食べるの」

……ご褒美でもらえたものってすぐには食べないよね。

今すぐに食べてしまうとなくなってしまう。

だから、しばらく経ってから食べるのだ。

なんとなく食べるのがもったいなく感じるのは、やっぱり自分で頑張ってもらったものだからだろうか。

「足し算も引き算ももう出来るようになったね」

ヴァランティーヌさんの言葉にディシーと頷く。

「次は難しいよ。 倍算(ばいざん) だ」

「ばぃ、ざん?」

「そうだよ」

ヴァランティーヌさんがオロンジュを出す。

「ここにオロンジュが二個ある」

うん、と頷いた。

「この二個のオロンジュは二つで一つだ」

ヴァランティーヌさんが一枚の紙の上にそのオロンジュを二つ置いた。

「この二個で一つのオロンジュが、もう一つあったら、オロンジュは全部でいくつになる?」

目の前で、また別の紙の上に別のオロンジュが二個置かれる。

二個が二個あるから全部で四個。

「四つ!」

ディシーが答えた。

「そう、全部で四つだ。じゃあ、今度は二個で一つのオロンジュが三つあったら、オロンジュは全部でいくつだい?」

「ろく」

……倍算は前世でいう、かけ算のことだ。

子供の頃に母と父と一緒に九九を覚えたものだ。

「正解。これが倍算だ。同じ数が、いくつもあって、それを合わせた数だ。要は同じ数をいくつも足し算するようなものさ」

「そっか、同じ数を足す……」

ディシーがうんうんと頷いた。

「次の問題だよ。六個が六つあったらいくつになる?」

ディシーが横で計算を紙に書く。

わたしは黙って手を挙げた。

「え、もう分かったのかい?」

頷き返し、口元に手を当てる。

耳を寄せて来たヴァランティーヌさんにこっそり「さん、じゅ、ろく」と伝える。

ヴァランティーヌさんが「合ってるね」と言う。

「……ユイ、五個が八つでいくつになる?」

「よん、じゅ」

「七個が六つで?」

「よん、じゅ、に」

「九個が四つで?」

「さん、じゅ、ろく」

ヴァランティーヌさんが黙った。

「……十二個が五つで?」

「ろく、じゅ」

ヴァランティーヌがぽかんとする。

「……ユイ、アンタ、どうやってそんな短い時間で計算してるんだい?」

ヴァランティーヌさんの問いに困った。

九九を覚えていればある程度の計算は、わざわざ足し算をしなくても出来る。

新しい紙に線を引く。

そうしてマス目を作って、そこに数字を書き込んでいく。

「ば、ぃ、ざん、これ」

九九を一の段から九の段まで書き込んで渡す。

ヴァランティーヌさんは受け取った紙を見て、目を丸くした。

「これは倍算の答えを書き出したやつだね?」

頷き返す。

「もしかして、これで数を数えたのかい?」

もう一度頷いた。

途端にガシッと肩を掴まれた。

「ユイ、アンタ凄いよ!!」

ヴァランティーヌさんの大きな声にディシーがビクッと肩を跳ねさせ、顔を上げた。

わたしとヴァランティーヌさんを見て、不思議そうにしている。

でもヴァランティーヌさんは気付いていない。

「確かにこの表を覚えれば、いちいち足し算しなくても一瞬で数が分かる! そう、足し算しなくても答えが決まっているならそれを覚えておけばいいんだよ! この表は凄い!!」

ヴァランティーヌさんが紙をディシーに見せた。

「見てごらん、ディシー。七個が、三つ、で、いくつになる?」

「二十一?」

「ああ、そうだよ、この表があれば計算しなくても分かる!」

ヴァランティーヌさんが振り向く。

「ユイ、この紙をもらってもいいかい? これがあれば新人達に倍算を教えやすくなるよ!」

あんまり嬉しそうなのでわたしは頷いた。

九九は覚えているから、必要ならまた書き出せばいい。

「ユイ、アンタ天才だね!」

ヴァランティーヌさんに頭を撫でられる。

興奮しているから、ちょっと荒っぽいけれど、その表情が本当に嬉しそうだったから黙って受けた。

ディシーが「私も欲しい!」と言うのでもう一枚書いて、そちらはディシーに渡した。

「倍算が分かれば次の計算も難しくない。最後に二人に教えるのは割り算だ」

大切そうに紙を折りたたんで懐に仕舞ったヴァランティーヌさんが言う。

……なるほど、割り算か。

目の前にポムが六つ置かれる。

「今、二人の目の前にポムが六個ある。これをディシーとユイの二人で、同じ数ずつもらうとしたら、一人いくつになる?」

ディシーが手を挙げた。

「はい、一人三つ!」

「正解。これが割り算だよ。じゃあ、十一個オロンジュがあって、二人で同じ数ずつ分けたらいくつになる?」

ディシーが考える。

「えっと、一人五個で、一個あまる?」

ディシーの答えにヴァランティーヌさんが頷いた。

「正解。もう少し難しい問題にするよ。ここに十五個オロンジュがあって、アタシ、セレスト、ディシー、ユイで同じ数ずつ分け合ったら、一人いくつもらえるかい?」

わたしは手を挙げ、ヴァランティーヌさんに耳打ちする。

「ひ、とり、さん、こ、で、さん、こ、あ、まる」

ヴァランティーヌさんが「正解」と言う。

「ユイは読み書きよりも計算のほうが得意みたいだね。計算も早いし正確だ。 第二警備隊(うち) の事務員に欲しいくらいだよ」

「そ、うな、の?」

「ああ、警備隊ってのは体を動かすのは得意なやつは多いけど、頭を使うのは苦手ってのが多いからね」

そう言ったヴァランティーヌさんの顔は笑っていたけれど、声は真剣なものだった。

……第二警備隊の事務員かあ。

考えてみると悪くない。

第二警備隊にはセレストさんもいるし。

「じむ、ぃん、やる」

ヴァランティーヌさんが笑った。

「それは助かるね。でも、事務員は書類を読むことも多いから、うちの事務員をするならユイは読み書きに慣れないといけないね」

冗談だと思われたようだ。

ヴァランティーヌさんに頭を撫でられながら思う。

……第二警備隊の事務員、悪くない。

もし事務員になれれば、セレストさんが仕事に出ている間、わたしも同じくここで働くことが出来る。

そうすればきっとお給料ももらえるだろう。

正直、前世でも働いたことがないので不安がないとは言わないが、いつまでもセレストさんに経済的におんぶに抱っこでは良くないと思う。

補助が出ていると言っても全額ではないだろうし。

自分で働けるようになれば、セレストさんの負担も減るし、何もせずに時間を過ごすよりいい。

……決めた。第二警備隊の事務員になる。

今はそれを目標に勉強を頑張ろう。