軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

帰宅と絵本

ガタゴトと馬車に揺られながら帰る。

わたしの手には今日勉強に使った紙の束がある。

セレストさんの膝の上で、それを、セレストさんと一緒に見返している。

「ユイは文字の上達も早いですね」

セレストさんに頭を撫でられる。

最初は本当に図形を真似て書いているようだった文字も、何度も手紙を書き直したこともあって、文字らしくなってきたと思う。

……でも文字よりも計算のほうがいい。

書くのも読むのもまだ遅いから。

数字を見て計算するほうが早いしラクだ。

「文字も計算もすぐに覚えて、ユイはきっと天才ですね」

……それは言い過ぎだけど。

でも褒めてもらえるのは嬉しい。

午後の休憩時間ではセレストさんが家から、昨日食べたお菓子の残りを持って来てくれて、それをディシーとヴァランティーヌさんと四人で食べた。

美味しいお菓子だったからディシーも食べられて良かった。

かけ算の九九の表はヴァランティーヌさんが「これは新人に覚えさせたいから」と言うので持っていった。

だけどセレストさんも欲しいというので一枚書いて、セレストさんにも渡してある。

「特に計算は大人でも出来ない者もいるのに、ユイはもう出来て、きっと事務員になれますよ」

……この世界はあんまり数学は進んでないのかな?

足し算、引き算、かけ算、割り算は基本の計算だ。

それを大人でも出来ない人がいるということは、前世の世界ほど学びについてあまり力を入れていないのかもしれない。

……学校とかはないのだろうか?

「こ、こ、みん、な、べん、きょ、す、る、ばしょ、なぃ?」

試しに訊いてみるとセレストさんが首を傾げた。

「みんなで勉強する場所? 孤児院などでは子供達に読み書きや簡単な計算を教えることはありますが、基本的に働き始めた時に必要なら覚えるといった感じですね。爵位のある者達は家庭教師を雇って子供に勉強を教えてもらいます」

学校やそれに似た施設はないようだ。

「べん、きょ、なぃ、こ、まら、なぃ?」

「そうですね、困ることはあります。計算が出来なくて買い物をした時に余分にお金を取られたり、文字が読めなくて不当な契約を結ばされたり、本人がそれに気付けないのでそういった問題も時折出てきます」

勉強は自分のために必要なことだ。

セレストさんが言うように、文字が読めなかったり計算が出来なかったりすると不利益を被ることもある。

でも、誰もが勉強出来るわけではないらしい。

「本当は全員が読み書きと計算くらいは出来たら良いのですが、家族全員で働かないと暮らしていけない家も多いので、勉強をする余裕がないというのも実情です」

……そっか、そういう家もあるんだ。

前世では義務教育があったけれど、この世界にはそういうものがない。

だから金銭的余裕のない家は子供も働いていて、勉強する時間がなく、それ故に読み書きや計算の出来ない者も多い。

セレストさんの話を聞いて色々と考えさせられる。

わたしは恵まれているのだろう。

金銭的に余裕もあって、勉強をする時間もあって。

「わた、し、も、し、ごと、する」

セレストさんが微笑んだ。

「そのためにも今は勉強を頑張りましょうね」

それに頷いた。

わたしは知らないことばかりだから、仕事をするしないという以前に色々と知識をつけないといけない。

仕事をするのはその後だ。

馬車が目的の駅に到着して、セレストさんがわたしを膝から下ろした。

そうして先に馬車を降りてから、わたしを抱えて降ろしてくれる。

お金を払い、馬車がまたゆっくりと動き出す。

セレストさんと手を繋いで歩き出した。

朝よりも人通りの多い道を家へ向かう。

それほど長くない距離を歩き、家へ着くと、セレストさんが玄関の扉を開けた。

「ただ今戻りました」

その声に奥から「はぁい」と声がする。

左手奥の開けっ放しになっている扉から、セリーヌさんが出て来た。

「おかえりなさいませ、セレスト様、ユイ様」

アデライドさんの姿がない。

「申し訳ありません。アデライドは今、ユイ様のお部屋で衣類と小物の整理をしております」

「そうですか」

……ああ、だからいないのか。

セレストさんは特に気にした様子もない。

一度それぞれの部屋に戻った。

部屋の扉を開けると中にアデライドさんがいた。

……何してるの?

姿見の前で、わたしの服を体に当てて立っていた。

入ってきたわたしに驚いた顔をして、こちらを向いたアデライドさんと目が合った。

「……おかえりなさいませ」

淡々とそう言って、アデライドさんは服を箱に仕舞うと奥の扉へ向かう。

モヤッとしながらもわたしは荷物を机に置いた。

戻ってきたアデライドさんは一礼すると部屋を出て行く。

脱いだ上着を壁掛けに引っかけ、アデライドさんが服を持っていった扉へ向かう。

扉を開けて中を見れば、あまり広くない小さな部屋は棚が並んでいた。その棚に箱がいくつも置いてある。

セレストさんに買ってもらった服や小物だ。

試しに箱を開けてみる。

……うん、何かあったわけではないみたい。

フタを戻して小部屋を出る。

……新しい服が欲しかったのかな?

とりあえず部屋にいてもすることがないので、二階の居間へ行く。

居間の暖炉には煌々と火が灯っている。

暖炉の前の絨毯に座っていると後ろで扉の開く音がして、振り返ればセレストさんが入ってくるところだった。

「ユイ、暖かくしないと風邪を引きますよ」

揺り椅子にかけてあった膝掛けが肩にかけられる。

「あ、り、がと」

「どういたしまして」

そうしてセレストさんが揺り椅子に腰掛ける。

どうやら暖炉前の揺り椅子がセレストさんのお気に入りの場所らしい。

暖炉の火が暖かいからだろう。

のんびりしていると扉が叩かれた。

「お茶をお持ちしました」

セリーヌさんがサービスワゴンと共に入ってきて、セレストさんとわたしに温かな紅茶を差し出した。

「夕食の準備をしております。準備が出来次第、お呼びいたしますね」

「ええ、よろしくお願いします」

セリーヌさんの言葉にセレストさんが頷いた。

そうしてセリーヌさんが一礼して部屋を出て行った。

紅茶を一口飲むと、やっぱりミルクと砂糖が入れられたミルクティーになっていた。

……甘くて美味しい。

会話はないけれど、穏やかな時間が過ぎていく。

パチパチと薪の爆ぜる音が響く。

紅茶を飲み終える頃にまた扉が叩かれた。

「お夕食の準備が整いました」

セレストさんが立ち上がる。

「では夕食にしましょうか」

頷いてわたしも立ち上がった。

空になったティーカップはセリーヌさんが引き受けてくれて、セレストさんと手を繋いで部屋を出る。

一階の食堂へ行くとアデライドさんが部屋の隅にいた。

入ってきたセレストさんとわたしに一礼する。

セレストさんが引いてくれた椅子に腰掛けた。

「あり、が、と」

セレストさんがニコッと微笑んだ。

そうしてセレストさんも席に着く。

夕食は小さめの丸パンに、コンソメみたいな色のスープには肉と野菜がたっぷり入っている。チーズも添えてあって、ブドウみたいな果物も数粒ある。飲み物はミルクらしい。

両手を組んで食前の挨拶を心の中で唱える。

それから食事が始まった。

セレストさんの手が伸びてきて、わたしのパンとチーズを手に取り、パンを半分に切ると、チーズを乗せて魔法で炙ってくれる。

その間にミルクに口をつけた。

……ん?

ミルクは冷たかった。

ホットミルクだと思っていたので、一瞬驚いたけれど、まあいいかと飲む。

セレストさんがパンを返してくれた。

一口かじれば塩気のあるチーズのとろりとした濃い味と、パンの香ばしい香りが鼻をくすぐる。

「お、いし」

セレストさんが和やかに目を細めた。

「つめ、しょ、のしょ、く、じ、お、いし、けど、ここ、の、ほう、が、おい、しぃ」

「そうですね、私もそう思います」

わたしの言葉にセレストさんが頷いた。

警備隊の食事も美味しいけれど、あちらは結構味が濃くて、セリーヌさんのほうが味付けが優しいというか、あんまり濃くない。

個人的にはセリーヌさんのほうが食べやすい。

パンとスープを食べ終え、ブドウらしき果物を手に取る。

外側に皮があって、中には丸い弾力のある果実が入っているのが手の感触で分かる。

赤紫色のそれはそこそこ大きい。

「それはレザンといいます」

手に取って眺めているとセレストさんが言う。

「れ、ざん?」

「はい、外側の皮も、中の小さな種もそのまま食べられる果物です。甘酸っぱくて美味しいですよ」

セレストさんが目の前でブドウみたいなレザンという果物をぱくりと食べる。

わたしも真似をして頬張ってみた。

……うん、これ、ブドウだ。

甘みが強くて、ほどよい酸味があって美味しい。

特に種の周りは味が濃い。

皮はほんのり渋みがあって、それが余計に果物の甘みを強く感じさせてくれる。

果実自体は瑞々しくてつるんとしていた。

食後のデザートにはぴったりである。

夕食を食べ終えるとセリーヌさんとアデライドさんが食器を片付けてくれた。

「ユイ、部屋に本棚があるでしょう?」

席を立ったセレストさんに声をかけられる。

「は、ぃ」

「そこに何冊かユイでも読めそうな本を置いてあるので、一冊持って、二階の居間へ来てください」

「わ、かっ、た」

そういえば本棚に確かに数冊本がある。

頷き、セレストさんと手を繋いで二階へ上がる。

部屋の前で手を離し、セレストさんが小さく呟くと掌にライトを灯した。

「ランタンに入れてくださいね」と差し出された手に、思わず手を差し出すと、わたしの掌の上でライトの光の玉がふよふよと浮かぶ。

セレストさんは先に居間へ向かい、わたしは自分の部屋へ入った。

まずはベッドサイドのテーブルに置いたままになっていたランタンに近付く。

……これ、どうやって入れるんだろう?

ランタンを持って、とりあえずライトを近付けてみると、ランタンのガラスを通り抜けて光の玉がふよんと中へ入った。

……どうなってるの?

光の玉なので実体はないのかもしれない。

ランタンを持ち、本棚を見る。

本棚にはあまり厚みのない本が十冊ほど並んでおり、その一つを手に取って、開いてみた。

表紙はやや厚みがあり、中のページは予想に反して色鮮やかな絵が描かれていた。

絵だけでなく、短い文章も書かれている。

「え、ほん?」

他の本も手に取ってみるが、絵本は三冊ほどで、他は普通の本だった。

他の本は棚に戻して最初の一冊とランタンを持って部屋を出る。

居間へ向かい、扉を叩いて少ししてから扉を開ける。

揺り椅子にいたセレストさんが振り向いた。

「本を持ってきましたか?」

頷きながらセレストさんに近寄ると、両脇に手が差し込まれてヒョイと膝の上に抱え上げられる。

座ったわたしの膝に、膝掛けがかけられた。

「中は見ましたか?」

「み、た」

さらりと軽く頭を撫でられる。

セレストさんはわたしの手から本を取ると、膝の上で開いて見せた。

「最初は私が読みますね。文を終わりまで一つ読んだら、今度はユイが私に読んで聞かせてください」

「喋る練習と読む練習です」と言われて、なるほど、と頷いた。

まずはセレストさんが読んで発音を聞かせてくれてから、今度はわたしが読んで発音を確認する。

それに声に出して読むことでわたしの喋る練習になる。

……いつも、つっかえつっかえ喋るの、地味につらいんだよね。伝えたいことが上手く話せないし。

わたしが絵本に顔を向ければ、セレストさんが本を読み始めた。

「『はじまりのドラゴン』」

開いた本の、一番最初のページは題名だった。

「は、じま、り、の、ど、らご、ん」

背中越しにセレストさんの頷く気配がする。

「昔々、まだ世界が生まれた頃、この世界には一頭のドラゴンがいました」

「む、かし、むか、し、まだ、せ、かい、が、う、まれ、た、ころ、こ、の、せか、ぃ、に、は、い、とう、の、ど、らご、ん、が、い、まし、た」

「ドラゴンは強く、賢く、とても力がありましたが、寂しがり屋で──……」

セレストさんの落ち着いた声に耳を傾ける。

……これは世界の成り立ちを教えるものらしい。

この世界には最初、一頭のドラゴンがいた。

ドラゴンは強く、賢く、力もあったが寂しがり屋で、自分以外の生き物がいない世界が嫌いだった。

そこでドラゴンは生き物を増やすことにした。

まず、自分と同じドラゴンを生み出そうとしたけれど、同じドラゴンを生み出すことは出来なかった。

代わりにドラゴンの性質を持ち、二本足で立つ、不思議な生き物が生まれた。

新しい生き物はドラゴンほどではないが強く、その生き物が生きていくために、ドラゴンは獣も生み出した。

新しい生き物は獣を狩りながら生活をして、ゆっくりと数を増やしていった。

それでも寂しいので、ドラゴンはまた新しい生き物を生み出した。

森の中で暮らすその生き物は、音を聞きやすくするために耳が長く、最初の生き物と同じく長身で、肉よりも果物やキノコなどの森の実りを非常に好んだ。

だが大きな二つの生き物達は物を作るのがあまり得意ではなかった。

そのため、ドラゴンはまた新しい生き物を生み出した。

次の生き物は小柄で、しかし物作りをするために体つきはがっしりとして手先が器用な生き物だった。

三番目の生き物は色々な物を作った。

それでもドラゴンは寂しかった。

だから次は二つ、生き物を生み出した。

一つは獣の要素を持つ生き物で、もう一つは何の要素も持たない生き物だった。

この五つの生き物をドラゴンは人族と呼んだ。

これが竜人、エルフ、ドワーフ、獣人、人間である。

それからも寂しがり屋のドラゴンは次から次へと生き物を生み出していった。

「そうして、世界は生き物であふれ、寂しがり屋のドラゴンはもう寂しくなくなりました」

「そ、して、せ、かい、は、いき、も、の、で、あふ、れ、さ、びし、が、り、や、のど、ら、ごん、は、もう、さ、び、しく、なく、な、り、まし、た」

……ドラゴンの気持ちは分かる。

前世のわたしも、病室に一人でいる時間はとても寂しかったから。

「ど、らご、ん、いま、げ、んき?」

セレストさんが目を瞬かせ、そして微笑んだ。

「さあ、どうでしょう。でもドラゴンですから、きっと元気にどこかで暮らしていると思いますよ。もしかしたら私達が気付いていないだけで、実は近くにいらっしゃるのかもしれませんね」

セレストさんの声はとても穏やかだった。