軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

可愛らしい二人の話

* * * * *

レミ=ランドンは第二警備隊第三救護室に所属している獣人の治療士である。

救護室は第五まであり、各救護室に属する治療士達は三班ずつに分かれており、レミは第三救護室の三班で働いている。

基本的に訓練での怪我や第二警備隊員の心身の健康面の確認、手助けなどが主な仕事だ。

だが、街で事故が起これば応援として出るし、魔獣の討伐遠征にも参加する。

魔力回復薬の在庫確認をしながら、レミはふと顔を上げた。

……また見ていますね。

三班の班長である竜人のセレスト=ユニヴェールは五年前、番と出会った。

番は賭博場で戦闘用奴隷として扱われていた人間の少女で、彼女を引き取り、彼は五年間そばで番を見守り、慈しみ──……本当に大切に、それこそ宝物を守る竜そのものだった。

そんなセレストが己の左手を見て、柔らかな笑みを浮かべている。

先日教えてもらったのだが、どうやら番が十八歳を迎えたら結婚するらしい。

恋人同士となった二人は結婚を見据えて、揃いの指輪を購入したそうだ。

それが嬉しいのかセレストは度々、自身の左手を眺めてはニコニコしている。

「セレストさん、指輪、よくお似合いですよ」

そう声をかければ、我に返ったのかセレストが気恥ずかしそうに眉を少し下げた。

「すみません、つい……」

「いえいえ……ユイさんも同じものを?」

「ユイの指輪は少し違います。私はユイの瞳の色に合わせて赤っぽい宝石がついていますが、ユイのほうは私の髪色に合わせた青色の宝石がついています。最近は夫婦や恋人が指輪を買う時に、互いの色を身に着けるのが流行っているそうで、指輪の裏にも互いの名前が彫ってあるのです」

穏やかなセレストにしては珍しく、やや早口で話す様子は少し面白い。

指輪について話せることが嬉しいといったふうである。

「それは素敵ですね」

話していると救護室の扉が叩かれた。

振り向けば、そっと扉が開けられる。

「セレストさん」

顔を覗かせたのはセレストの番のユイだった。

「ユイ、どうかしましたか?」

「書類持ってきたよ」

第四事務室で事務員として働く彼女は番がいるということもあって、書類を持ってきてくれる。

セレストがいそいそとユイに近づいて、書類を受け取った。

「ありがとうございます」

「上の三枚は魔力回復薬の本数と購入費用が合ってないから、もう一回確認してほしいって」

「分かりました。確認して、もう一度提出しますね」

セレストが受け取った書類を机に置く。

ユイはレミと目が合うとぺこりとお辞儀をした。

「こんにちは」

「はい、こんにちは」

体の前で重ねたユイの左手に指輪が光っている。

「今、指輪の話をしていたところなんです。互いの色を身に着けるのが流行りだそうですね」

と、言えばユイの雰囲気がパッと明るくなった。

ユイがセレストの左手を取り、二人で左手を並べてレミに見せてくれた。

「セレストさんとお揃いの指輪です」

その自慢げな様子が微笑ましい。

賭博場から助け出されて五年が経ち、人間の彼女は成人を迎えたけれど、まだ幼さが残っている。

自慢げなユイの後ろでセレストが先ほどよりも嬉しそうに顔を緩めていた。

「土台はどちらも金色なんですね」

「はい、セレストさんの目の色とわたしの髪の色です」

「なるほど」

セレストとユイの左手は相変わらず大きさが違うが、揃いの指輪が薬指にあった。

他人の指輪の値段についてとやかく言うつもりはないけれど、恐らくかなり値の張るものだろう。

柔らかな金色の土台にそれぞれ赤、青と透明の宝石が輝いている。

宝石は透明度が高いほど質が良く、美しく形が整えられたそれらは小さいものの、なかなかに透明度が高かった。上品に光を反射し、宝石は指輪の存在感を強く感じさせた。

「セレストさんもユイさんも、よく似合っていますね」

「ありがとうございます。この指輪、裏にセレストさんの名前が彫ってあるんです」

先ほどのセレストと同じことを言うユイに、レミは思わず小さく笑った。

ユイは指輪を外すとレミに裏側が見えるように掲げて見せてくれた。

確かに、指輪の裏に『セレスト=ユニヴェール』と彫ってある。

「セレストさんの指輪には『ユイ=ユニヴェール』って彫ってあります。……結婚して、早くわたしもユニヴェールって名乗りたいです」

嬉しそうに話しながら、ユイが左手の薬指に指輪を戻す。

番にこれほど結婚を楽しみにしてもらえて、嬉しくない者はいないだろう。

セレストがユイを後ろからそっと抱き締めた。

「私も、ユイと夫婦になるのが楽しみです」

二人は既に家族のようなものだが、書類上の関係性はない。

ただ、保護対象の人間と彼女を引き取った保護者という位置付けでしかない。

けれども結婚すれば二人は夫婦になり、家族に……これからはユニヴェール家になる。

ユイが振り返ってセレストにギュッと抱き着き、すぐに離れた。

「まだお仕事があるから、また後でね」

「ええ、また後で。いつも通り迎えに行きますね」

「うん、待ってる」

そうして、ユイが扉を開けて救護室を出ていく。

他の事務員もいたようで廊下から「ユイちゃんも届け終わりました?」「はい」「じゃあ戻りましょうか」という女性とユイの声がして、足音が遠ざかっていく。

セレストは扉のほうを向いたままで、その背中は名残惜しそうだった。

しかし、数秒するとセレストが振り返る。

目が合うと、また気恥ずかしそうにセレストが微笑んだ。

「続きをしましょうか」

「そうですね」

と、二人で魔力回復薬の在庫確認を続ける。

ついでに今しがた戻ってきた書類と数を照らし合わせ、個数と購入費用の再計算も行う。

書類に書かれている名前は二班に入ったばかりの新人のもので、多分、購入費用の計算を間違えたのだろう。

他の書類も同じ新人の名前があり、やはり計算が合っていなかった。

警備隊に入る者は読み書きができても、計算は苦手だという者が意外と多い。

レミが全ての個数と購入費用を確認して書類を修正していく。

新人は恐らく、ユイが作った倍算の表を覚えていないのだろう。

単純な計算間違いが多いので、今度本人に注意をしておかなければ。

ヴァランティーヌが新人教育で手を抜くことはないため、二班の新人が面倒くさがって表の暗記をしなかったのだと思う。あの計算表を覚えていれば合うはずの場所ばかり、計算を間違えていた。

「数字は合いそうですか?」

棚に魔力回復薬を入れながらセレストが訊いてくる。

それに、レミは頷き返した。

「はい、簡単な計算を失敗しているだけですが、今度注意しておきます」

「お願いします」

魔力回復薬はそれなりに高価なので、中には勝手に持ち出そうとする者もいる。

だが、毎週必ず在庫確認をして、使用本数と購入本数も照らし合わせているため、誰かが持ち出せばすぐに数が合わなくなるから分かるのだ。

棚に全ての箱を仕舞い終えたセレストが机に戻ってくる。

修正済みの書類に目を通し、少し呆れた顔をした。

「倍算表を覚えていませんね」

即座にセレストも理解したようだ。

「ヴァランティーヌにも倍算表の暗記について徹底してもらえるよう、伝えておきます」

「はい、お願いします」

この第二警備隊で働く者はほとんどがヴァランティーヌの新人教育を受けている。

……ヴァランティーヌさんは怒るかもしれませんね。

内心で新人に若干の同情を感じつつも、真面目に新人教育を受けなかった本人の責任でもあるので、レミはそれ以上は何も言わないでおいた。

書類を確認し終えたセレストがまた己の左手をジッと見つめている。

……しばらくは浮かれたまま、でしょうね。

分かりにくいかもしれないが、セレストは浮かれている。

番と揃いの結婚指輪を着けていることが嬉しくて仕方がないのだろう。

初めて出会った時、ユイが死にかけていたからこそ、余計にその思いは強いのかもしれない。

「書類の修正、終わりました」

「ありがとうございます」

声をかけるとセレストは何事もなかったかのように、レミが差し出した書類を受け取った。

その後、二月ほどセレストは浮かれたままだった。

* * * * *

セリーヌ=オードランは、ユニヴェール家の使用人である。

十六歳で成人を迎えた時からずっとここで働いていた。

主人のセレスト=ユニヴェールは竜人で、まだ三百歳に届かないくらいの若さだが、若い竜人にしては驚くほどに理性的で温厚な性格をしている。

それに使用人のセリーヌ達にも対応が丁寧だ。

長命種に代々仕えられるというのは、短命種にとっては子や孫も安泰に過ごせるという意味では非常にありがたいことだった。

しかし、セリーヌの代でそれも終わる。

娘のアデライドの行いを思えば、セリーヌだって辞めさせられてもおかしくはなかった。

だが、主人達はそうはしなかった。

娘は窃盗罪で捕まり、保護観察処分となって、今は街の反対側で暮らしている。

主人達だけでなく、セリーヌ達とも顔を合わせづらいのだろう。

「セレストさん、左手見せて」

可愛らしい声にふっとセリーヌは我に返った。

止まっていた手を動かし、紅茶を用意する。

暖炉のそばの揺り椅子には主人達がいて、穏やかに過ごしている。

セレストの上にユイが座っており、ユイの膝の上にセレストの左手が置かれる。

その手にユイの左手が重ねられるとセレストが微笑んだ。

ユイは前を向いていてその表情は見えていないだろうが、セレストは幸せそうな笑みを浮かべている。

……番を──……ユイ様を見つけたと言った時からそうだったわ。

番を見つけたと話してくれた時も、セレストは心底幸せそうだった。

ユイを引き取ってからのセレストは以前よりも柔らかな空気を 纏(まと) い、二人が共に過ごしている姿はとても微笑ましい。

最初は小さくて、痩せていて、心配になるほど言葉もたどたどしかったユイも、今は成長して背も少し伸びたし、言葉遣いももう普通になった。それでも、セリーヌより背が小さいが。

長身のセレストが小柄なユイを連れ、気遣い、優しい眼差しで見つめている様子は和む。

二人が指輪を購入してから一月が経つけれど、ユイは指輪を相当気に入っているらしい。

購入した日、帰ってきたユイが指輪を見せてくれた。

『わたし、十八歳になったらセレストさんと結婚します』

幸せそうに笑う二人に、セリーヌもレリアも祝福の言葉を伝えた。

もちろん、その話は既にセレストから聞いて知っていたものの、やはり揃いの指輪を着けた姿を見ると『ああ、本当に二人は結婚するのだ』と実感した。

詳しい話は聞いていないが、ユイは長生きできる方法を見つけたらしい。

それはセリーヌにとっては喜ばしいことだった。

いつも、この家で一人で過ごしているセレストを何十年も見ていた。

穏やかで、物静かで、真面目な性格だけど……どこか孤独さを感じさせる主人。

だからこそセレストのそばにユイがいることが嬉しくて、二人の幸せそうな姿が微笑ましくて、いつまでもこの二人が一緒にいてくれたらと願っていた。

「セレストさんの手、大きいけど綺麗だよね」

「そうですか?」

「うん、あと爪もちゃんと整えてるよね」

「うっかりでユイに怪我をさせたくありませんので」

以前のセレストはもう少し爪を長くしていた。

あまり爪が短いと不便だからと言っていたはずだが、ユイを引き取ってからは、かなり爪の長さには気を遣っているようだ。

時々、爪を整えるセレストの様子をユイが眺めて過ごしていることがある。

ちなみにユイの力ではセレストの爪を切ることはできない。

一度『切ってみたい』と言ったユイが試してみたのだが、竜人の爪は頑丈でその時のユイの握力では傷付けることすらできなかったそうだ。

竜人がヒト種の中で最も強く、頑丈で、その力や頑丈さは魔族と並ぶらしい。

小さなテーブルに二人分の紅茶をそっと置く。

「ユイの爪は小さくて可愛いですよね」

セレストがユイの手を眺め、微笑む。

愛想笑いではない、心からの穏やかな笑みだ。

「そういえば、ユイはもう爪に色を塗らないのですか?」

「うん、竜人は鼻が利くからセレストさんが嫌がるかと思って」

竜人は五感が鋭く、匂いにも敏感なところがある。

爪紅は昔から若い女性に人気があるものの、嗅覚が鋭い種族からはやや敬遠されている。

「確かにそうですが……すみません、我慢させてしまいましたね」

「ううん、あんまり興味ないから大丈夫」

ユイの言葉にセレストがホッとした表情をする。

「それに、今は指輪があるし。これが一番だよ」

左手を掲げ、ユイが自慢げにセレストに見せた。

それにセレストが微笑ましげな顔をした。

「ふふ、そう言っていただけると購入して良かったと思います」

セリーヌは静かに一礼した。

ユイが振り向き「セリーヌさん、ありがとうございます」と言った。

それにセリーヌは微笑み返し、居間を後にした。

指輪を購入してからユイはどこか浮かれている。

セレストも多少は浮かれているようだが、いつもは物静かなユイが嬉しそうに指輪を気にして眺めている様子はとても可愛らしくて、そして幸せそうだった。

……どうか、いつまでもこの光景が続きますように。

セリーヌはそう思いながらゆっくりと階段を下りていった。

* * * * *