軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

セレストの想い

それから、わたしは十七歳を迎えた。

春になり、雪も完全に解けた頃にわたしとセレストさんは第二警備隊長さんに呼ばれた。

セレストさんと一緒に隊長室に行けば、すぐに中に通された。

「二人とも、仕事中に呼び出してすまんな」

促されて応接用のソファーに二人で座る。

「今日呼び出したのは、ユニヴェールの番のこれからについて話がしたかったからだ」

隊長さんは竜王陛下と手紙でやり取りを行い、わたしの今後について検討したらしい。

問題になっているのはわたしの無属性の魔力だった。

普通の植物を霊花に変えてしまうことや魔力譲渡のことなど、このままではまたどこかで無属性の魔力のせいで何か予期せぬ出来事が起こってしまうかもしれない。

もしも何か起こった際に、今度は無属性の魔力の可能性に多くの人々が気付くかもしれない。

その時、魔力はあっても魔法が使えないことが多い人間が狙われるだろう。

それを防ぐためにも今は無属性の魔力については秘匿しておいたほうがいい。

「そこで、ユニヴェールの番には選択をしてもらいたい」

隊長さんが手を上げて、指を一本立てて言う。

「一つは、魔力を抑制する魔道具を着ける。もし希望するなら、魔道具については第二警備隊から支給することが可能だ。体外への魔力放出を抑えるもので、極力そちらの望む形にしよう」

セレストさんが眉根を寄せた。

それに隊長さんが苦笑しつつ、もう一本、指を立てた。

「もう一つは、ユニヴェールの番が訓練をして魔力の制御を覚える。時間はかかるだろうが、俺としてもこちらのほうがお勧めだな。魔道具で魔力を抑え込むのは体に負担がかかるかもしれないし、聡い者は魔道具に気付いて勘繰ってくるかもしれない」

どうする、と隊長さんに問われて考える。

魔力についてはわたしもどうにかしたほうがいいかも、とは思っていた。

簡単な手段を選ぶなら魔道具だけど、それをずっと着け続けるのは隊長さんが言う通り体に負担がかかってしまうと良くないだろう。

……わたしが努力して済むなら、そっちのほうがいい。

セレストさんを見上げれば、頷き返される。

「訓練して、魔力の制御を覚えます」

何かあった時に自分の望むように魔力が使えるほうが安心だ。

わたしの言葉に隊長さんがホッとした様子で頷いた。

「そうか。では、話を通しておくからヴァランティーヌに教わるといい」

「ヴァランティーヌさん?」

「ああ、ヴァランティーヌは魔法においてはこの第二警備隊でも群を抜いている。元々エルフは魔力制御に長けた種族でもある。事情を知っている者から学んだほうが気分も楽だろう。……それに、他に魔力制御に長けた者は男ばかりだからな」

「お気遣いありがとうございます」

隊長さんの言葉にセレストさんが申し訳なさそうに眉尻を下げた。

ヴァランティーヌさんに教えてもらえるなら、確かに不安はない。

……でも、大丈夫かな。

「わたしが魔力の訓練をしていたら、みんなが変に思いませんか?」

「違和感を覚える者はいるだろうが、他人の訓練について口を挟むことはない。もし何か言われても『竜人の番として身を守るために訓練をしたい』とでも言っておけば追及されることはないだろう」

言われてみれば、受付嬢となったディシーが訓練場に頻繁に出入りしても何も言われていない。

警備隊に所属しているなら誰でも訓練場は使用して良いので、あまり他の人の行動について気にしていないのかもしれない。

「今は新人教育で忙しいだろうから、夏頃から訓練を初めてくれ」

「分かりました」

そういうわけで、わたしは魔力制御の訓練をすることになった。

* * * * *

ユイが十七歳を迎え、引き取ってから約五年が経った。

人間のユイの成長は早く、セレストはふと両親のことを思い出した。

昔から父はしつこいほど母にべったりで、子供の頃は『母はよく耐えているな』と感じていた。

常に一緒にいたがる父に、母はたまに鬱陶しそうにしながらも拒絶することはなかった。

あの頃は番という存在が竜人にとってどれほど大切なものか、まだ知らなかった。

だから父の行動が不思議で仕方なかったが、今なら理解できる。

……ユイから目を離すことが、離れる時間が惜しいと思う。

引き取った当初も、自分がいない間も成長していくユイに寂しさを抱いた。

ユイは真面目でまっすぐな性格で、意外にも自立心が高く、自分で何でもしようとした。

恋人となった今はかなり甘えてくれているが、それでも全てを任せてくれるわけではない。

むしろ、大抵のことは自分で考えて決めたがる。

だからこそ何かを選ぶ時などはユイに任せているのだが……。

「セレストさんはどっちが好き?」

今日は珍しく、セレストの衣類を買いに来ていた。

セレストは服についてそれほど好みはない。

あえて言うなら派手すぎなくて動きやすく、あとは自分に合っていればそれでいい。

長命種ほど服にこだわりを持たないことが多いのは、大量の服を持っていても場所を取る上に、そのうち毎日どの服を着るか悩むことが面倒になってくる。

竜人だけでなく、エルフもそうだが、長命種はほとんどが毎日似たような服装をしている。

毎日似たような服を着るほうが気楽なのだ。

だが、今日はユイが服を買ってくれるという。

『セレストさんは毎年誕生日に贈り物をくれるのに、セレストさんに何も返せないのは寂しいよ』

と、言われて男性の衣類を扱う店に来た。

セレストはいつもこの店で服を購入しているけれど、定期的に採寸をするために足を運ぶくらいで、あとは同じような服を全身分揃えて家に届けてもらっていた。

竜人用の衣類は実は他のヒト種のものに比べて高い。

体や爪が頑丈で握力もあるため、他の種族のものより衣類も強度が必要だった。

見た目は他の種族と同じだし、セレスト自身もユイに触れる時などは細心の注意を払っているが、竜人の爪が他種族の服を傷付けてしまうのは珍しくないことだ。

目の前でユイがコートを掲げている。

片方は腰丈の短いもので、もう片方は膝よりやや長いものである。

どちらも冬以外ならどの季節でも着られそうな軽めの上着だ。

短いほうが白色で、長いほうが黒色だ。

黒色のほうが長いせいか、ユイが一生懸命腕を上げて裾が床につかないようにしている。

とりあえず両方を受け取り、ユイの前でそれぞれを体に当てて見せる。

それをユイがジッと真剣な眼差しで見つめてくる。

「私は似合うならどちらでも構わないのですが」

そばの鏡を見ても、セレストは特にどちらが良いという気持ちはなかった。

「……短いほうだとなんだかウィルジールさんみたいだね」

「確かにウィルは丈の短い、動きやすい服を好みますね」

「似合わないわけじゃないけど、丈が長いほうが『セレストさん』って感じがする。でも丈が短いのも長い足がすごくスラッとして綺麗で、それはそれでかっこよさそう……ちょっと活発な格好のセレストさんも惜しいかも」

むむむ、とユイが真剣に悩んでくれるだけでとても嬉しい。

出会った当初はどこかぼんやりとして控えめだったユイが、今はハッキリと意見を言ってくれる。

その成長も喜ばしくて、悩んでいる姿が微笑ましくて、つい笑みが浮かんだ。

「どっちも買えるけど……普段使いしてほしいから似合うほうがいいよね?」

ユイが顔を上げたので、セレストは頷いた。

「そうですね」

「………………黒いほうにする」

かなり迷って、ユイは丈の長い黒いほうのコートを選んでくれた。

その後も、店員にあれこれ訊きながらユイはセレストの服を選んでいった。

雰囲気は普段のものとさほど変わらないが、だからこそ普段使いにしやすそうである。

……自分の服選びの時はそれほど悩まないのに。

決断力のあるユイが、セレストの服にはこんなに迷っているのが可愛らしい。

あれもこれもと服を当てられるけれど、まったく嫌ではない。

今、ユイの頭の中はセレストに関することでいっぱいだと思うと嬉しいのは竜人の 性(さが) か。

ふと目が合ったユイが言う。

「セレストさんは『紳士』って感じだから上品な服が似合うよね」

「ふふ、褒めていただきありがとうございます」

確かに、言われてみれば昔から落ち着いた雰囲気の服装が多かった。

元々、髪色が青なので派手な色合いや柄の服は似合わないような気がして避けていた。

結局、ユイは靴以外の全身の装いを二組決めてくれた。

片方は黒いズボンに白いシャツ、それからサスペンダーにリボンタイという普段のセレストでは選ばない種類の装いだ。上着は灰色がかった茶の落ち着いた色合いだ。

もう片方は黒いシャツに暗めの緑色をしたベストとネクタイ、ダークグレーのズボン、上着はベストと同色だ。黒シャツというのもセレストにしては珍しい。

「セレストさんのサスペンダー、なんかすごく好き。あと黒いシャツもかっこいい」

という、ユイの希望からそうなった。

子供の頃は稀にサスペンダーも使っていたけれど、成長してからは久しぶりだった。

いつもと少し印象の違う装いにユイが喜んでいたので、セレストは任せることにした。

「でも、 縦縞(たてじま) のベストも似合ってたから、今度はそれを買うためにお金貯めるね」

せっかくユイが頑張って稼いだお金なのだから、ユイのために使えばいいのに。

けれども、セレストに服を買いたいという気持ちはとても嬉しかった。

セレストがユイに服や物を買い与えたいと思うように、ユイもセレストに何か買いたいと思ってくれていると考えると断れない。つい、ユイからの贈り物が欲しくなってしまった。

「セレストさんは何でも似合うね」

「そうですか?」

「うん、色々着てほしくて迷う」

衣類をまとめてもらっている間にユイが支払いを済ませる。

どこか自慢げに、嬉しそうにお金を払うユイにセレストは微笑んだ。

「買っていただき、ありがとうございます。大事に着ますね」

「普通に着てくれればいいよ。古くなったら、また買うから」

「竜人にしては珍しい『衣装持ち』になりそうです」

ふとユイが顔を上げた。

「そういえば、セレストさんやヴァランティーヌさんっていつも似た雰囲気の服ばっかり着てるよね?」

「ええ、長命種は毎日違う服を選ぶのが面倒で、当たり障りがない似たような服装を好みます。そのほうが着回しもできますし、毎日服装に気を遣いすぎるのも疲れますので」

「そっか。……そのわりにわたしの服はいっぱい買うのに」

「ユイの可愛い姿はいくらでも見たいので」

だからつい、ユイの服を買いすぎそうになって本人に止められるのだが。

「わたしだってかっこいいセレストさんの色々な姿が見たいよ」

手を繋がれ、見上げられたのでセレストは少し照れてしまった。

竜人は見目が良いのが当たり前で、同胞の中で見れば自分は普通だと思っている。

だが、ユイに褒められると浮かれてしまう。

買ったものは全て家に送るよう店員に頼み、ユイと共に店を出る。

ユイは機嫌が良さそうに軽やかな足取りで歩く。

「ご機嫌ですね」

あまりに嬉しそうなので声をかければ、ユイが「うん」と頷いた。

「いつもセレストさんが色々買ってくれる気持ち、分かった。好きな人のために何かできるのがすごく嬉しいし、楽しいし、幸せ」

「そうですね」

ユイもセレストと同じ気持ちであることが、セレストも嬉しかった。

……父が母に過干渉になるのも今なら分かる。

番の──……好きな人のために何かできることが嬉しくて、喜んでもらえると幸せで、一緒にいるだけで楽しくて、当たり前の日常でも共に笑い合えるだけで幸せで、充足感に包まれる。

……私も父と同じなのだろう。

「今日買った服で今度デートしようね」

嬉しそうに笑って見上げてくるユイにセレストも微笑んだ。

「ええ、必ず」

これからも、ユイとの時間を大切にしていきたい。

たとえユイの寿命が延びたとしても、毎日を大事に生きていきたい。

「ユイ、今日はありがとうございます」

「どういたしまして」

繋いだこの手を離したくないと、セレストはそう思った。

* * * * *