軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

恋人らしいこと(2)

「少し早いかもしれませんが、指輪を買いに行きませんか?」

休日、セレストさんにそう誘われてわたしは大きく頷いた。

年を越えて半月が経った。

もう少しすればわたしは十七歳を迎える。

……そうなればセレストさんと結婚するまで一年だ。

きっと、この一年はあっという間に過ぎていくんだろうな、と思った。

自室に戻ってしっかりと上着を着込み、ブーツに履き替えて、寒さ対策をしてから一階に下りる。

先に下りていたセレストさんもコートを着込んでいる。

暑さにも寒さにもわりと適応できるというセレストさんでも今日は寒いのだろうか。

「セレストさん、寒い?」

と、訊けばセレストさんが微笑んだ。

「私はそれほど寒くありませんが、この気温で薄着のまま過ごしていると周りの人々が嫌がるので」

「嫌がる?」

「『そんな薄着をしているとこっちが寒くて風邪を引きそうだ』と新人の頃にヴァランティーヌに叱られまして、一応、気温に合った装いを心がけています」

それに、なるほど、と思った。

夏でもあまり薄着にならないセレストさんだけど、冬は逆に厚着をしない。

コートを着込んではいるものの、わたしみたいにモコモコふわふわな上着ではないのは『とりあえず着ている』ということなのだろう。

「そういえばセレストさんが風邪を引いたとこ、見たことない」

「子供の頃は何度かありましたが……成人後はないですね。気温に適応しやすいということもありますが、大人の竜人が風邪を引いたという話もあまり聞かないので、やはり種族的に体が頑丈なのでしょう」

「羨ましい」

セレストさんがすごく気を遣ってくれるおかげで、わたしも引き取られてから風邪を引いたことがない。

「人間は風邪を引きやすいそうですから、気を付けてくださいね」

セリーヌさんから受け取ったマフラーを、セレストさんがわたしの首に巻いてくれる。

着膨れてしまっているけれど風邪を引くよりかはいいだろう。

玄関扉を開けると街は銀世界だった。

沢山ではないが数センチは積もっていて、セレストさんの手が差し出される。

「転ぶと危ないので」

セレストさんと手を繋ぎ、道を歩く。

雪が降っているからは人通りは全然ない。

この雪でも馬車は走ってくれているので、外出には困らないが。

「ユイはどんな指輪がいいですか?」

歩きながら、セレストさんに訊かれて考える。

「……細いので、派手じゃないのがいい。大きいとずっと着ける時に邪魔になるから」

「では細身のものにしましょうか。宝石も小さめに、落ち着いた雰囲気のものが良さそうですね」

それに頷き返す。

「仕事中も着けたい」

「私もです」

二人で駅まで歩き、少し待って、馬車が来る。

着膨れて上手く乗れない私をセレストさんがヒョイと抱えて乗せてくれた。

馬車にも人はほとんど乗っておらず、ゆっくりと動き出す。

寒いけど、街の雪景色が綺麗で何となく馬車の後ろから眺めてしまう。

「グランツェールの冬って綺麗だよね」

「そうですか? ……私には見慣れた光景なので、気にしたことはありせんでした」

「街の景色を絵に残したりしないの?」

「皆、ここの景色は当たり前なので絵に残すことはないですね」

セレストさんに抱き寄せられる。

「ユイが欲しければ、画家に描いてもらいましょうか?」

「……ううん、いい」

ギュッとセレストさんに抱き着く。

「毎年、セレストさんと見るから絵は要らない」

セレストさんが嬉しそうに「そうですか」と言った。

それから馬車が駅に着いて、またセレストさんの手を借りて降りる。

セレストさんがお金を払い、二人で手を繋いで通りを歩いた。

お店がいくつもある通りだからか、さすがに人気があって、さっきまでの静かな街から賑やかな雰囲気になって不思議な感覚だった。同じ街なのに、まるで違うところに来たようだ。

「この辺りは踏み固められて氷になっているので、足元に気を付けてくださいね」

「うん」

頷き、セレストさんと繋いだ手を握り直す。

セレストさんが歩き出し、それについて行く。

……指輪……。

わたしが今のわたしになる前の世界でも、指輪は着けたことがなかった。

でも、女の子としての憧れはあった。

いつか好きな人ができて、付き合って、お揃いの指輪を着けてみたかった。

その憧れが今日、叶う。

「ここが宝飾専門店です」

お店の前でセレストさんが一度立ち止まり、そして店の扉を開けた。

先にわたしが中に入り、セレストさんがすぐ後に続く。

お店の中はダークブラウンと赤、金を基調とした棚や椅子などで揃えられて落ち着いた雰囲気だ。

初老の、多分ドワーフだろう女性に声をかけられた。

「いらっしゃいませ」

女性が近づいてきて、わたしとセレストさんを見て微笑んだ。

「結婚指輪を対で購入したいのですが、見せていただけますか?」

「はい、どうぞこちらに」

女性に促されてガラス張りの棚に移動する。

ガラスの棚の中には沢山の指輪が置かれていて、どの指輪もキラキラ輝いている。

「失礼ですが、指の太さを測らせていただいてもよろしいでしょうか?」

「ええ、お願いします」

女性が沢山の輪がついたものを棚の下から取り出し、わたしを見た。

「左手を出していただけますか?」

「はい」

左手を出せば、女性がわたしの手を見て、輪から一つ取り出した。

それをわたしの指に通すと小さく頷き、別の輪をまた通す。

一回目の輪より、二回目の輪のほうがピッタリとわたしの指にはまる。

「ありがとうございました」

輪が指から抜かれる。

今度はセレストさんが同じように左手を出し、やっぱり輪を通して確かめた。

セレストさんのほうが当然だけど指の太さがあるので輪も大きい。

指輪のサイズはこれで測れるそうで、女性が輪の束を仕舞った。

「お二方の指に合わせられるものでしたら、こちらとなります」

こちら、と示された場所には色々な指輪があった。

大きな宝石がついたもの、小さな宝石がついたもの、装飾が華やかで幅のあるもの、細身のシンプルなもの。本当に沢山あって、つい目移りしてしまいそうになる。

セレストさんもガラス棚を覗き込む。

「どれも綺麗ですね」

「うん……迷う」

「すみません、試しに着けてみてもよろしいですか?」

セレストさんが問えば、女性が頷いた。

「ええ、もちろん。どれをお試しになりますか?」

「では、こちらの銀色のものを」

「かしこまりました」

ガラス棚は女性のほうから開けられるようになっており、セレストさんが示した細身で銀色の指輪を一対、箱ごと取り出して棚の上に置く。

セレストさんが小さいほうの指輪を手に取った。

わたしを見たので左手を差し出すと、薬指にはめられる。

やや大きいそれには青色の宝石が一つ付いていて、とてもシンプルなものだった。

手にはめた指輪をセレストさんと眺める。

「ユイ、いかがですか?」

「うーん……」

「細さはこれくらいで良さそうですね。……ただ、私では壊してしまうかもしれません」

セレストさんがもう片方の指輪を見て、苦笑する。

わたしは自分で指から指輪を抜いて箱に戻した。

「もうちょっと可愛いのがいい……かも?」

「そうですね、宝石はもう少し欲しいところです」

二人で棚の中の指輪をジッと眺めていると、女性に声をかけられた。

「最近はお互いの色の宝石があしらわれたものを身に着けるのが流行っております」

と、教えてくれた。

セレストさんを見れば、セレストさんもわたしを見る。

……セレストさんといえば青と金色?

同じことを考えたのか、セレストさんが微笑んだ。

「ユイは金色と赤っぽい色合いでしょうか?」

「セレストさんは青色と金色だね」

「それでしたら、土台は金色のものにされてはいかがでしょう?」

女性が手で示した場所には金色の土台の指輪が並んでいた。

土台は華やかな金色ではなく、柔らかい金色がいい。

「これ、着けてみたいです」

柔らかな金色の土台の指輪は、男性はシンプルに赤色の宝石が埋め込まれていて、女性は青色の宝石が中央にあって左右に透明な小さな宝石がいくつか並んでいる。

男性のほうの指輪はとてもシンプルだけど、だからこそ頑丈そうだ。

女性がすぐに指輪を箱ごと出してくれる。

「こちらの指輪は裏側に文字を刻むことができます。結婚相手や恋人など、お相手の名前を掘って身に着けられる方が多いですね。材質もとても頑丈なので竜人の方にもお勧めです」

セレストさんが細身のほうを取り、わたしの左手の薬指にはめる。

わたしも太いほうを手に取れば、セレストさんが左手を出してきたのでその薬指に慎重にはめた。

二人で左手を並べて眺める。

……うん、可愛い。

シンプルだけど上品で、宝石も互いの色で可愛いし、着けていても違和感がない。

「どうですか、ユイ」

セレストさんの問いに頷き返す。

「これがいい。セレストさんはどう?」

「私もこれが良いと思います。仕事の邪魔にもならず、強度もありそうですね」

指輪を外し、箱に戻す。

「こちらの指輪にします。それぞれに名前を掘っていただけますか?」

「ありがとうございます。では、こちらにお名前の記入をお願いいたします」

紙とペンが差し出され、セレストさんが自分の名前を書き、わたしを見る。

「家名は私と同じでいいですか?」

家名と聞いて、嬉しくなった。

ずっとわたしは『ユイ』としか名乗れなかったけれど、セレストさんと結婚すれば変わる。

……ユイ=ユニヴェールになるんだ。

「うん、セレストさんと同じ家名がいい」

セレストさんがニコリと笑みを深め、紙にわたしの名前も書く。

それぞれ『セレスト=ユニヴェール』『ユイ=ユニヴェール』と書かれた紙を、セレストさんが女性に手渡した。

女性がそれを受け取ると確認し、頷く。

「十分ほどお待ちいただけますでしょうか? 大きさの調整と文字彫りはすぐに済みますので」

「分かりました」

女性が指輪の入った箱と紙を大切そうにお店の奥に持っていった。

セレストさんと手を繋ぐ。

嬉しそうにセレストさんが目を細め、わたしの手を握り返してくれる。

「良い指輪を見つけられましたね」

「うん。……ずっと着ける」

「ええ、私もずっと着けます」

二人で店内の宝飾品を眺めて過ごす。

ネックレスやペンダント、ピアス、ブレスレット、ブローチ、髪飾りなど色々ある。

繊細で華やかな装飾のものもあれば、無骨でシンプルなものもあって面白い。

それらを眺めてセレストさんとお喋りしていれば、すぐに十分が過ぎていった。

「お待たせいたしました」

女性が箱を持って出てきたので、わたし達も近づく。

箱がテーブルの上に置かれ、セレストさんが細身のほうを手に取った。

裏を確認して、わたしにも見えるように手を下ろした。

細身の指輪の裏には『セレスト=ユニヴェール』の文字が彫られていた。

わたしが左手を差し出せば薬指にスッと指輪が通される。ピッタリだ。

わたしももう片方を取ってセレストさんに掲げて見せた。

太いほうには『ユイ=ユニヴェール』の文字が見える。

差し出されたセレストさんの左手の薬指に、それを通した。

わたしは自分の左手を少し上げて眺める。

……本当に結婚指輪だ……。

わたしが指輪を眺めている間にセレストさんがお金を支払ってくれた。

「よく似合っていますよ、ユイ」

そう言って差し出されたセレストさんの左手にも、同じ指輪が光っている。

それがすごく嬉しくて、幸せで、右手を重ねて手を繋ぐ。

「セレストさんも似合ってるよ」

「ありがとうございます」

女性が微笑ましげに顔を緩めた。

「本日は指輪をご購入いただき、まことにありがとうございました。指輪の修理や傷直しなども承っておりますので、お気軽にお越しください」

「良い品を紹介してくださり、感謝します」

「ありがとうございます。指輪、大事にします」

女性が嬉しそうに微笑み、一礼する。

わたし達は手を繋いでお店の外に出た。

「他に寄りたいところはありますか?」

「ううん……家に帰ってゆっくり指輪が見たい」

「では、まっすぐ帰りましょうか」

ふわりと空から微かに雪が舞い落ちてくる中を、セレストさんと駅に向かう。

指輪を落としたくなくて、握った左手の拳を胸元に寄せておく。

つい、視線がその手に向いてしまう。

……可愛い。

淡い金色の指輪の真ん中に青色の宝石がつき、その左右に青い宝石より僅かに小さな透明の宝石がいくつか並んでいて、派手ではないけれど、綺麗な指輪だ。

何度見ても嬉しくて、顔が緩んでしまった。

「ユイ、喜んでいただけているのは嬉しいですが、前を見ないと危ないですよ」

セレストさんの柔らかくて、嬉しそうな優しい声がする。

顔を上げれば、声の通りに優しい笑みを浮かべたセレストさんがこちらを見ている。

「うん、ごめんなさい」

セレストさんの手を握り直す。

「セレストさん、指輪を買ってくれてありがとう。すごく嬉しい」

「こちらこそ指輪を受け入れてくださり、ありがとうございます」

こんなに素敵な指輪を着けられる日がくるなんて、数年前は思いもしなかった。

金属の指輪は少し冷たいけれど、嬉しさで心はあったかい。

セレストさんに引き取られてからは大切なものが沢山できた。

そして、きっとこれからも大切なものは増えていくのだろう。

とても幸せで、優しい毎日の中で、二人の時間が積み重なっていく。

「セレストさん、これからも一緒にいようね」

見上げれば、セレストさんが嬉しそうに「はい」と微笑んだ。

……わたしはこの人と、来年結婚する。