軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

王都からの帰還(1)

翌日、わたし達は午前中の早い時間に竜王陛下ともう一度会った。

前回と同じ部屋で、今回は王太子殿下はいなかった。

セレストさんと二人でソファーに座り、ウィルジールさんも別のソファーに腰掛けた。

「ウィルジールから聞いたが、霊樹の実を食べるそうだな」

竜王陛下に問われて頷き返す。

「はい。セレストさんを残して死ぬのは嫌なので、食べることにしました」

「そうか。……良い番を得たな」

竜王陛下がセレストさんに言い、セレストさんが微笑んだ。

「はい、私もそう思います」

セレストさんに手を取られ、見つめられたのでわたしも微笑み返す。

「それで、いつ頃食べるつもりなんだ?」

「もう少ししてからにしたいです。親友にも話したいし、もうちょっとだけ大人に──……十八歳になってから食べたいです」

「なるほど」

竜王陛下が微笑ましそうな顔で頷いた。

十八歳でセレストさんの番になるから、その時に霊樹の実を食べればいいのではと思う。

セレストさんがキュッとわたしの手を握った。

「ユイ」

セレストさんに呼ばれて顔を上げれば、真剣な表情のセレストさんと目が合った。

セレストさんが少し緊張した様子で小さく息を吸った。

「あなたが十八歳を迎えたら、私と結婚してください」

それに、わたしは一瞬息が詰まった。

十八歳になったら正式にセレストさんの番になる、と言ってはいたけれど、結婚の話はなかった。

だからこそ驚いて──……それ以上にとても嬉しかった。

セレストさんの手を握り返す。

「はい、セレストさんと結婚します」

「ありがとうございます。ユイが幸せになれるよう、これからも努力します」

そう言ったセレストさんに、わたしは首を横に振った。

「わたしはもう幸せだよ。だから、これからは二人で幸せになりたい」

セレストさんが嬉しそうに微笑み、ギュッと抱き締められる。

「そうですね、これからは二人で幸せになりましょう」

「うん」

きっと、この先もセレストさんと一緒なら幸せだろう。

二人で抱き締め合っていたら、こほん、と咳払いが聞こえた。

「おめでとう、二人とも。同じ竜人として祝福しよう」

竜王陛下が微笑み、わたし達は体を離した。

「ありがとうございます」と二人で返事をする。

「な? もう心配する必要なんてないだろ?」

「ああ、そのようだ。……以前は誓約書を書かせてしまってすまなかった。あれはこちらで破棄しておく。二人とも、幸せになりなさい」

穏やかな竜王陛下の言葉にセレストさんと一緒に頷いた。

……二人で幸せになるのも、きっと簡単だ。

だってセレストさんと一緒にいるだけで幸せだから。

* * * * *

竜王陛下との謁見の後、わたし達はグランツェールに帰るために王城を出た。

旅の携帯食など必要なものはウィルジールさんが揃えてくれていて、王城の裏手からこっそり出ていく感じだった。ウィルジールさんは 第二王子(じぶん) がいると気付かれる前に帰りたいらしい。

王城近くの駅で馬車に乗り、広場に向かう。

「そういえば、イヴォンとシルヴァンに 霊薬(あれ) は渡せたか?」

「ええ、問題なく。とても喜んでいましたよ」

「まあ、そうだろうな」

セレストさんの膝の上で、二人の会話を聞く。

イヴォンさんとシルヴァンさんに次に会うのは、わたし達の結婚式だろう。

ウィルジールさんがふとわたしを見た。

「ああ、そうだ、いつの間にあの二人のこと『お兄ちゃん』呼びになったんだ?」

「セレストさんと番になったら二人は家族だから、昨日から『お兄ちゃん』と呼ぶことにしました」

本当はわたしは兄の嫁なので二人のほうが義弟になるけれど、年齢的にも弟という感じはない。

それなら二人が望むように『お兄ちゃん』でいいのではと思ったのだ。

「イヴォンもシルヴァンも昔から『妹がほしい』って言ってたから、嬉しそうだったな」

「長年の夢が叶ったようなものですからね」

セレストさんが苦笑する。

「セレストさん、イヴお兄ちゃんとシルお兄ちゃんに手紙書いてもいい?」

「ええ、構いませんよ。とても喜ぶでしょう」

セレストさんが優しくわたしの頭を撫でた。

そうしているうちに馬車が広場に着き、グランツェール行きの馬車に乗り換える。

馬車は行きの時よりも小さくて、王都からグランツェールに行く人は少ないようだ。

車中を見ても先客は五人だった。

わたし達で最後らしく、馬車の一番後ろに乗った。

少しすると前方から「発車します」と声がして、馬車が動き出した。

観光する暇はなかったけど、騎士団の見学はできたし、竜王陛下とも話ができた。

「ユイ」

セレストさんに名前を呼ばれた。

「いずれまた来ましょうね」

それに頷き返す。

「うん、その時は観光しようね」

「もちろん、前回とは違う場所を見て回りたいですね」

「美味しいものも沢山食べたい」

セレストさんが小さく笑った。

「そうですね」

わたし達の話を聞いていたウィルジールさんが言う。

「新婚旅行で来たらどうだ?」

「それは難しいかもしれません。……蜜月期でかなり休暇をいただくことになると思うので」

「あー……」

ウィルジールさんが何かを察した様子で言葉を濁した。

目が合うとニッと笑いかけられる。

「頑張れよ」

どういう意味かと首を傾げたものの、ウィルジールさんはそれ以上は何も言わなかった。

セレストさんを見上げても、困ったように苦笑しているだけだった。

「ところで、馬車の速度が速い気がするのですが」

セレストさんが話題を変えた。

「ああ、お急ぎ便だからな。何事もなければ一週間半ぐらいで着くってさ」

「……防御魔法も張られていますね」

「弱い魔獣なら防御魔法で吹き飛ばして進むんだろ」

「この速度なら、休みは一月で済みそうですね」

速度が出ているからか結構揺れるが、セレストさんの膝の上だからまだ良いほうだろう。

セレストさんもウィルジールさんも揺れの中でも特に気にした様子がなさそうなのはすごい。

しっかりとセレストさんの手がわたしのお腹に回されているから、揺れても落ちることはない。

他の乗客も気にしていなさそうなので、この馬車はこれが普通らしい。

本格的に揺れが大きくなってきたため、わたしは黙っておくことにした。

何となく馬車の中を見ていれば、正面に座っていた大柄な人と目が合った。

……あ、リザードマン……?

ローブを深く被っているものの、硬質な鱗と独特な容姿、鱗の色はこちらからは黒っぽく見えるけれど、目の色はシャルルさんとは違い、青っぽく見えた。シャルルさんより少し小柄な気がする。

目が合ったままなのでニコリと笑い返せば、リザードマンの人は少し驚いた様子だった。

戸惑った様子のその人がチラリとセレストさんを見れば、それに気付いたセレストさんが振り向いた。

それからわたしを見て、ふっとセレストさんが困ったように微笑んだ。

「ユイ、あまりジッと見るのは失礼ですよ」

「あ……ごめんなさい」

リザードマンはシャルルさん以外、見たことがなかったのでつい気になってしまった。

謝ると、その人が「いえ」と小さく首を横に振った。

「リザードマンは珍しいので、気になるのは当然です」

声からして女性なのだと分かった。

「怖がらせてしまったのなら、ごめんなさいね」

「いえ、私達の知り合いにもリザードマンがいるので大丈夫です」

「まあ、そうなのですか?」

リザードマンの女性が少し驚いた様子で言い、わたしを見たので頷いた。

「怖くないです。リザードマン、優しいです」

「ふふ、ありがとうございます。そう言っていただけると嬉しいです」

俯いて口元を手で隠したリザードマンの女性が小さく笑った。

「皆様はグランツェールにはどのようなご用事で行かれるのですか?」

「あちらに住んでおりまして、王都での所用を済ませて帰るところです」

「まあ、でしたらグランツェールについて教えていただけますか? 私、色々な街を見て回るのが好きで、グランツェールも綺麗な街だと聞いていたので楽しみなのです」

わたしがセレストさんを見上げていると、ウィルジールさんが立ち上がった。

「それなら、こっちに座るといい。この子はあなたと話したそうだしな」

と、ウィルジールさんがわたしを見下ろす。

どうやらリザードマンの女性が気になっているのがバレバレだったらしい。

「では、お言葉に甘えて」とウィルジールさんとリザードマンの女性が場所を交換する。

小柄と思ったけど、座ってみるとセレストさんと同じくらいなので身長はかなりあるだろう。

「改めまして、リザードマンのエーヴ=コラールと申します。エーヴとお呼びください」

「竜人のセレスト=ユニヴェールです。こちらは番のユイ、それと友人のウィルジールです」

「ユイです、よろしくお願いします」

「ウィルジールだ」

確かにリザードマンの見た目は結構怖いかもしれないが、エーヴさんの声はとても穏やかで柔らかいので全く怖くない。

シャルルさんもわたしやディシーに話しかける時は優しい声だったから、怖くなかった。

「グランツェールはとっても良いところです。綺麗で、落ち着いてて、警備隊もあるから安全です。ご飯が美味しいお店も多くて、みんな優しいです」

「それは行くのが楽しみですね。先ほどリザードマンのお知り合いがいると言っていましたが、もしかしてグランツェールにいらっしゃるのですか?」

「はい、リザードマンの男性です。厳しくて真面目で、でも子供に優しい人です」

「ふふ、リザードマンは雄も雌も子供には甘いですから」

……リザードマンが子供好きって本当なんだ。

本で読んだけれど、リザードマンの子供は卵で生まれてくる。

それからしばらくすると 孵化(ふか) するけれど、生まれたばかりは鱗が弱くて傷付きやすい。

数週間経つと段々と鱗が硬くなるが、戦うことはまだできないのだとか。

寿命はエルフ並みにあるため、子供の生まれる数も少なく、それ故に他種族の子であっても『子供は宝』として大事にするそうだ。

ちなみにシャルルさんはいまだにわたし達に優しくて、友人として優しいのか、まだ子供扱いされているのかは謎である。年齢的に子供扱いされたとしても仕方ない気もするけれど。

「わたし、もうすぐ十七歳なのに子供扱いされている気がします」

「ふふ、リザードマンの雄は真面目で優しいけれど、鈍感なところもありますから。きっと子供の頃の感覚が強くて、ユイさんのことをいまだに『小さな女の子』と思っているのかもしれませんね」

「……身長は確かに小さいままだけど」

思わず呟くとセレストさんが小さく笑った。

「セレストさん、笑いごとじゃないよ。わたしもう大人なのに」

「すみません……確かに、シャルルはユイ達をまだ子供扱いしているところがありますね」

「でも怖がらせないために気を遣ってくれてるって知ってるから、抗議はできない」

うーんと悩むわたしにエーヴさんも小さく笑った。

「そういう時は放っておくのが一番ですよ。リザードマンの雄は一度『子供』と認識するとなかなかそれが抜けないものですが、大人には厳しいので……子供だと思わせていたほうが優しいですから」

それにわたし達は笑ってしまった。

リザードマンの女性がそう言うなら、子供扱いのほうがいいのだろう。

「リザードマンは女性には優しくないんですか?」

「いいえ、雌にも優しいですよ。ただ、リザードマンは実力主義なところがありますので、力が弱いと発言力がないのです」

……そうなんだ。

子供には優しいけど、大人には厳しいってそういうことか。

エーヴさんがセレストさんを見た。

「お知り合いのリザードマンの雄は戦士ですか?」

「ええ、警備隊に所属しています。主に新人教育や訓練の指南役をしています」

「リザードマンにとって戦士を育てるのは名誉ある役目なので、喜んでいるでしょう」

強くなければ他の戦士を教育したり、訓練の相手をしたりはできない。

だからこそ教育係や指南役というのはリザードマンにとって『強さ』の証明でもあるらしい。

そういえば、シャルルさんが任務で街に出ているところは見たことがなかった。

セレストさんにこっそり訊いてみる。

「……シャルルさん、外回りは行かないの?」

「稀に出ますが、基本は教育や訓練指導ですね」

「何で?」

「リザードマンの鱗はとても頑丈で、戦い慣れていない新人達が多少無茶な攻撃をしても、彼なら防げるからです。それにシャルルはあの見た目ですから、調子に乗った新人の教育係としては最適でして……」

わたし達の話が聞こえていたようで、エーヴさんが小さく笑った。

「リザードマンに睨まれると大抵の種族は 萎縮(いしゅく) してしまいますからね」

それはおかしそうな声だったけど、少しだけ寂しそうにも聞こえた。

「エーヴさん、手に触ってもいいですか?」

「え? ええ、構いませんが……?」

膝の上で重ねられている手にそっと触れた。

硬い鱗だけど、確かにシャルルさんに比べると硬くないのかもしれない。

ガタリと馬車が揺れて、後ろから入った光が一瞬エーヴさんに当たった。

黒っぽいけれど、濃い青色の鱗だった。

「エーヴさん、怖くないです。……鱗も綺麗で、優しくて、素敵です」

そう言えば、エーヴさんがハッとわたしを見た。

ジッと見上げればエーヴさんの青い目が細められる。

「……ありがとうございます」

そっとわたしの手を握り返してくれた、その手は綺麗に爪が整えられていた。

他種族を傷付けないようにという配慮が感じられる。

「ふふ、お知り合いのリザードマンがユイさんに優しい理由が分かりました」

「ユイは他種族を怖がるということがありませんので」

「それはとても素晴らしい才能です。……これからも、そのままでいてくださいね」

エーヴさんの言葉にわたしは頷いた。