軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

王都からの帰還(2)

それからの一週間半は安全な道のりで、何事もなくグランツェール近くまで来た。

ウトウトしかけていたけれど、グランツェールの外壁が見えたという御者の声に目が覚めた。

セレストさんとウィルジールさん、エーヴさんとで話をしていたが、わたしが御者の声に反応して飛び起きると笑っていた。

「もうすぐ着きますね」

「うん、一月は長かった」

「これでも短く済んだほうですが……」

セレストさんが苦笑しながらわたしをギュッと抱き締める。

首を傾げて見上げれば、額にキスされた。

「こうして一日中、一緒に過ごす時間が減ってしまいますね」

旅の間、一緒だったからセレストさんはそれが名残惜しいらしい。

わたしはセレストさんの手をギュッと握り返した。

「わたしの番で恋人はセレストさんだけだから、距離は関係ないよ。心はずっと一緒」

たとえ仕事中、離れていても関係が変わるわけじゃない。

それに、同じ第二警備隊の詰め所の中で過ごしているから寂しくない。

「……時々、ユイのほうが大人なのではと思ってしまいます」

「人間は成長が早いからね」

セレストさんがわたしの頭を撫でる。

「ゆっくり成長してほしかったです。本当にあっという間に大人になってしまいましたね」

どこか残念そうなセレストさんに笑ってしまった。

「でも、これからは一緒に過ごしていけるから」

「そうですね、それはとても嬉しいです」

セレストさんが微笑み、前を見たウィルジールさんが言った。

「お、門に着くぞ」

その言葉と共に馬車が停まる。

門のところで御者と乗客の確認があり、それを抜けるとグランツェールの街中に入る。

見慣れた街並みにホッとするのは、もうここがわたしの住む場所だからだろう。

後ろから街並みを見たエーヴさんが「まあ」と小さく声を上げた。

「本当に落ち着いた街並みで綺麗ですね」

「エーヴさんはどれくらい滞在しますか?」

「三日ほどの予定です。こんなに素敵な街なら、もう少し長く居られるようにすれば良かったわ」

確か、エーヴさんはこのまま国境を越えて隣国に行く予定だと旅の間に言っていた。

この馬車の御者が、国境を越える馬車の御者と知り合いで、その伝手で乗っていくので滞在できるのは長くても三日なのだとか。

仕事の日と被ってしまうので、残念だが街の観光案内はできなさそうだ。

しょんぼりしているとセレストさんがわたしの頭をまた撫でた。

「私達も案内をできれば良かったのですが、さすがに仕事を一月も休んでしまっているので……」

「いいえ、こうして旅の間に色々と教えていただいてグランツェールの街についてもかなり詳しくなりました。美味しいお料理屋さんなど行ってみようと思います。三日間の楽しみが増えて、十分嬉しいですよ」

「そう言っていただけますと私達も嬉しいです」

そうして、馬車が広場に到着する。

一月ぶりにグランツェールに帰ってきて、とても嬉しい。

慣れたこの街の空気にホッとして、何となく胸を撫で下ろした。

「それでは、ここまでお世話になりました」

と、エーヴさんが胸に手を当てて言うので、わたし達も同じように返した。

「楽しかったです。お喋りに付き合ってくれて、ありがとうございました」

「色々なお話を聞かせていただき、感謝します」

「もし困ったことがあれば第二警備隊に来てくれ。俺達、そこで働いているから」

それにエーヴさんが「はい」と頷いた。

「私のほうこそ楽しい旅を過ごさせていただきました。……またご縁のある日まで」

「ええ、良い旅を」

セレストさんが返し、三人で手を振ってエーヴさんを見送った。

その大きな背中を見送るのは少し寂しくて、セレストさんに抱き着いた。

そっと大きな手が抱き締め返してくれる。

「では、私達も解散しましょうか」

「そうだな。……それじゃ、また出仕の時に」

ウィルジールさんも足元に置いていた荷物を持つ。

「ウィルもお疲れ様でした」

「お疲れ様でした」

「ああ、セス達もお疲れさん」

ひらりと手を振り、ウィルジールさんも帰っていった。

「ねえ、セレストさん。ウィルジールさんってどこに住んでるの?」

「第二警備隊の宿舎ですよ。いくつかあるのですが、ウィルは詰め所に近い場所に住んでいます」

「そうなんだ」

ウィルジールさんはわたしの中ではかなり謎多い人物である。

セレストさんの親友だけど、すごく交友関係が広くて、情報収集力があって、でも意外と自分については語らない。第二王子だからというのもあるだろうけれど、他人の話を聞くほうが好きなのかもしれない。

宿舎で暮らしているというのも出会ってから初めて聞いた。

「さあ、帰りましょう」

差し出されたセレストさんの手と自分の手を繋ぐ。

「うん、帰ろう」

セレストさんと手を繋いで駅まで向かう。

王都に行くのも悪くはないけれど、やっぱりわたしもグランツェールが一番好きだ。

* * * * *

家に着き、セレストさんと一緒に鍵を開けて中に入った。

「ただいま戻りました」

「ただいまです」

声をかければ、奥から足音が二つして、すぐにセリーヌさんとレリアさんが現れた。

二人とも驚いた顔をした後に嬉しそうに近づいてくる。

「まあまあ、お早く戻ってこられたのですね」

「寂しいと話していたところだったので嬉しいです〜」

本当に嬉しそうなセリーヌさんとレリアさんに、わたし達も笑った。

「帰りの馬車をお急ぎ便にしたので予定より早く帰ってきました」

「そうなのですね」

「お二人がいつお戻りになられても良いようにしております。昼食はいかがされますか?」

セレストさんがわたしを見た。

「セリーヌさんとレリアさんのお料理が食べたいです」

旅の間の野宿は携帯食だったし、宿も結構簡単な料理が多かった。

王城は逆に豪華すぎてちょっと落ちつかなくて。

家のご飯が食べたいとずっと思っていた。

「かしこまりました」

「では、お昼は私が作りますので、オードランさんは夕食をお願いできますか?」

「ええ、ええ、もちろんですとも」

二人が嬉しそうに「美味しいお料理を作りますね」と言ってくれたので楽しみだ。

「私は片付けがあるので、ユイは先に汚れを落としてきてください」

「うん」

頷き、セレストさんと二階に上がる。

自室に行き、上着とカバンを置いて、カバンから霊樹の実が入った箱を出し、机に置いておく。

服などの汚れものを持って一旦、浴室に行き、カゴに洗濯物を出す。

それから着替えを持ってもう一度浴室に向かう。

服を脱ぎながら思わず、くん、と自分の匂いを嗅いでみた。

……うん、ちょっと汗臭い……。

セレストさんは気にした様子がなかったけど、と考えて、そういえばセレストさんは臭くなかったなと思う。

それを不思議に思いながらも入浴した。王都以来の湯船はとても気持ち良かった。

髪もしっかり洗って香油を馴染ませて、顔もたっぷり化粧水をつけた。

浴室から出ると、丁度セレストさんも部屋から出てくるところだった。

「ゆっくり入れましたか?」

「うん、セレストさんも入ってね」

「ええ、ユイの髪を乾かしてから入ります」

促されて居間に移動し、絨毯の上で乾かしてもらう。

セレストさんのこの風魔法が好きだ。

温かくて、優しくて、髪を梳く手が心地良い。

ウトウトしているとセレストさんに声をかけられた。

「髪が乾きましたよ」

「……うん……」

頷きながら目元を擦っているとセレストさんが言う。

「部屋で少し休んできますか?」

「ううん、ここにいる……」

「では、せめて椅子で待っていてください」

と、セレストさんがわたしを抱き上げて揺り椅子に移動させる。

膝掛けをかけられ、目が合えば、微笑み返された。

「それでは私も汚れを落としてきますね」

わたしの前髪にキスをして、セレストさんは居間を出ていった。

ゆら、ゆら、と揺れると眠気が強くなってくる。

……ちょっとだけ、寝てもいいかな……。

セレストさんが戻ってきたら起きればいい。

……少しだけ、目を閉じて休むだけだから……

* * * * *

旅の汚れを落とし、居間に戻ると揺り椅子の上でユイが眠っていた。

その気持ち良さそうな姿を見ているとセレストは穏やかな気持ちになった。

起こさないようにそっと抱き上げ、揺り椅子に腰掛け、ユイを膝の上に乗せる。

引き取った当初からこうして膝の上に乗せていたけれど、成長を感じると、嬉しさと少しの切なさを感じる。

……けれど、ユイは私と共に生きる道を選んでくれた。

セレストと一緒に生きると、ユイがそう言ってくれた時、どれほど嬉しかったか。

言葉では言い表せないほどの幸福感と喜びに満たされ、ユイを愛おしいと感じた。

こんなに華奢で小さいのに、ユイはいつだって前を向いて、日々を懸命に生きている。

それが眩しくて、微笑ましくて──……これからはその人生に共に寄り添っていける。

霊樹の実でどこまで寿命が延びるかは分からないが、人間の寿命よりは長く生きてくれるだろう。

セレストにとってはそれだけで十分、幸せなことだった。

「……ユイ」

そっと名前を呼べば、ユイが「ん……」と身動いで僅かに目を開けた。

「……セレスト、さん……」

「すみません、起こしてしまいましたね」

そっと頭を撫でれば手に頭をこすりつけてくる。

その仕草が可愛らしくて、つい笑みが浮かぶ。

……眠そうな今なら訊けるだろうか。

「ユイ、あなたはその名前が嫌ではありませんか?」

セレストは名付けが下手だ。自覚もある。

だからこそ、名前が欲しいと言われた時に安易に奴隷の番号から名前をつけてしまった。

後になってもっと可愛い名前もあっただろうと思い、後悔もしたし、やはり自分は名付けが下手だと呆れもした。

ユイもディシーもあまりに安直で、彼女達にとっては名前を呼ばれる度に奴隷時代を思い出してしまうのではと心配もしたが、それを訊くのが怖かった。

ウトウトと目を閉じているユイが呟く。

「……わたし、この名前好きだよ……」

細い手がセレストの手に触れ、頬擦りする。

「八番だったのも、わたしの人生だし……奴隷の時、番号だけは、わたしだけのものだった」

眠そうな声と共にユイの目が開けられ、ふわりと笑った。

「だから、八番を残してくれて、ありがとう……わたしはユイがいいの」

それに、セレストはユイを抱き締めた。

華奢な体がセレストに寄りかかる。

「ディシーもね、名前、気に入ってるよ。…… 十七番(ディシー) として、 八番(ユイ) と生きていくって。……村の頃の名前は、つらい記憶があるから嫌だって……」

「そうなのですね……」

細い手がセレストの頬に伸ばされる。

「だから、名前をくれて、ありがとう……セレストさん、大好き」

ユイが背伸びをして、セレストの頬に口付けた。

それだけで全身が歓喜に包まれ、これまでの後悔の気持ちが消えていく。

セレストもユイの額に口付ける。

「ユイ……私も、愛しています」

もう一度、その額に口付けた。

「あなたが大切で、愛おしいです」

眠たいだろうに、ユイは嬉しそうに微笑んだ。

「愛してる……大好きより、上……?」

「ええ、そうです。大好きより上ですね」

「……嬉し、ぃ……」

ユイが眠そうに目を閉じていく。

「寝ていいですよ、ユイ」

番が、恋人が──……ユイがこの腕の中で安心した様子で寝息を立て始める。

それがセレストにとっては何よりの幸せだった。

もう少しすればユイは十七歳となる。

この冬、ユイが十七歳になったら指輪を贈ろう。

人間には恋人や結婚相手に指輪を贈る風習があり、互いに揃いの意匠のものを身に着けるそうだ。

ユイのこの細い手にセレストと揃いの指輪を着けるというのは、とても素晴らしいことだと思う。

一緒に指輪を選びに行き、ユイの好きな意匠のものを揃えて買おう。

……きっと細身のものを好むだろう。

事務員の仕事中にも着けていることを考えれば、あまり派手なものは好まなさそうだ。

この細い指に、セレストが贈った指輪が着けられる。

その様を想像するだけで喜びを感じるのだから、竜人とは単純な生き物だと苦笑してしまう。

セレストはそっとユイに囁く。

「誰よりも愛しています……ユイ」

……私と共に生きる道を選んでくれて、ありがとう。

* * * * *