軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

親友と番 / 可愛い悩み

* * * * *

「わたしはセレストさんと生きるって決めました」

番がそう言った時、セレストは心底嬉しそうな顔をしていた。

父達に二人の決断について伝え、客室に向かいながら、ウィルジールは思った。

……神様ってのは本当にいるのかもな。

信じていないわけではないが、神の存在を心から信じているかと問われればそうでもない。

まあ、いるかもしれないな……というくらいの感覚である。

そんなウィルジールでも、今回の件については少しばかり『神の存在』というものについて考えさせられた。

親友のセレストは本当に良い 竜人(やつ) だ。

竜人にしては非常に理性的で、穏やかで、優しくて、基本的に荒事も好まない。

若いうちは気性の荒い者が多い竜人の中では、本当に珍しく穏和な性格だった。

昔からセレストはウィルジールと仲良くしてくれたし、王族と知っても態度を変えず、子供の頃は探検や遊びに連れ回しても何だかんだ言って叱られるところまで付き合ってくれる。

そんな親友の番が見つかった時は嬉しかった。

でも、寿命の短い人間だと知って、衝撃を受けた。

セレストはつらいだろうにそういった姿は見せず、番の世話を焼き、そばで見守る様子には本当に尊敬する。

番の成長をとても喜び、時に戸惑い、それでも二人は恋人となった。

だが、寿命の問題だけはどうしようもない。

いつか番が死んだ時、セレストがどうなってしまうかが心配だった。

だが、その問題をまさか番自身が解決してしまうとは。

自分と共に生きると番が言ってくれたことが嬉しかったのだろう。幸せそうに、愛おしそうに、番を見つめるセレストの表情にウィルジールは内心で安堵した。

……俺は親友を殺すのも、廃人になった姿を見るのも嫌だからな。

番を失った竜人の中には狂ったり、心を失ったりする者も稀にいる。

それくらい竜人にとって、番とは大切な存在らしい。

客室に着き、扉を叩く。

中からセレストが扉を開けた。

「ウィル」

「今いいか?」

「ええ、構いませんよ」

中に入ると先客達が立ち上がる。

「イヴォンとシルヴァンも来てたのか。今回は『殿下』じゃないから、堅苦しくしなくていいぞ」

「分かった。……ウィルジールさんもこの間ぶり」

「ああ、二人とも王太子の近衛になったって? すごい出世だな」

話しながら、ウィルジールは一人掛けのソファーに腰掛けた。

セレストの弟達も座り、セレストも番の横に戻った。

「話の最中に悪いな。父上達が『これ以上はもう口を挟まない』ってさ」

「そうですか」

ホッとした様子のセレストに気付いた番が、その手を握る。

それにセレストが微笑む。嬉しそうなその表情から、番を想う気持ちが伝わってくる。

番もそんなセレストを見て、ふんわりと微笑んだ。

出会った当初と比べれば表情は出るようになったが、ヴァランティーヌの養い子に比べると静かだ。

「伝言ありがとうございます、ウィル」

「いいって、どうせ俺もやることはないしな。それで、霊樹の実はいつ食べるんだ?」

番に訊くと、考えるように目を伏せた。

「まだ考え中です。でも、ディシーとヴァランティーヌさんに伝えてからがいいです」

「そうですね」

「あと、わたしはまだ子供っぽいのでもうちょっと大きくなってからにしたいです」

そう言った番が自分の体を見下ろした。

……その歳でその身長なら、もうでかくはならないと思うけどな。

しかし、ここでそれを言ったら番が落ち込みそうだったので黙っておいた。

「ユイは素敵な女性ですよ」

「背が小さくても?」

「可愛らしくて良いではありませんか。……こうして抱き締めると私の腕の中に収まります」

セレストが番を抱き寄せて膝の上に乗せる。

これももう見慣れた光景だが、番がきゅっと唇を引き結んだ。

……意外だな。

よく親友の膝の上に乗せられているのに、どうやら照れたようだ。

「……わたしもセレストさんをギュッてしたいのに」

「してくださっていいですよ?」

「…………なんか違う」

と、言いつつも番はセレストの膝の上で横向きになり、セレストに抱き着いた。

幸せそうな親友を見ていると嬉しいが、やはり少しだけ親友を取られて面白くない気持ちもある。

「それで、グランツェールにはいつ戻る?」

「竜王陛下のご許可もいただけたので明日はいかがでしょう? あまり長くグランツェールから離れるわけにもいきませんし、また乗合馬車で戻ることを考えれば、早めに出たいです」

「じゃあ俺が馬車の席を取ってくる。セス達はゆっくりしててくれ」

「ありがとうございます」

立ち上がれば、セレストの弟達も同様に席を立った。

「俺達もそろそろ行くか」

「セス兄とユイちゃんに会えて良かったよ」

「ああ、私も会えて良かった」

立ち上がろうとしたセレストを二人は手で制した。

「セス兄とユイも元気でな。あ、結婚式は呼んでくれよ?」

「もちろん」

「何があっても絶対に行くから」

親友の膝の上で、その番がイヴォンとシルヴァンを見る。

「イヴお兄ちゃん、シルお兄ちゃん、またね」

と、小さく手を振ると、二人が嬉しそうに「またな」「またね」と振り返す。

……いつの間に『お兄ちゃん』呼びになったんだ?

三人で廊下に出て、何となく顔を見合わせる。

「ウィルジールさん、セス兄を頼みます」

「セス兄が頼るとしたら、ウィルジールさんだと思うので」

「ああ、セスのことも……まあ、番のことも気にしておく」

番に何かあれば、セレストにも影響が及ぶ。

二人が「よろしくお願いします」と胸に手を当て、それから別れた。

しばらく廊下を歩き、不意に気が付いた。

……もしかして子供っぽいって胸の大きさのことか?

そうだとしたら、随分と可愛らしい悩みだとウィルジールは小さく噴き出した。

* * * * *

夜、ユイと同じベッドで横になる。

部屋はベッドが二つあるものの、ユイはこちらに入ってくる。

それがユイにとってはもう当たり前のことなのだと思うと、セレストは嬉しく感じた。

毛布をかければユイがくっついてくる。

「……セレストさん」

夜だからか、小声でユイが話しかけてくる。

グランツェールの街は夜が静かなので、あまり大きな声を出すと近所に聞こえてしまう。

その癖なのか、声を抑えて話すユイの様子が可愛らしい。

セレストもユイに合わせて声を落として訊き返した。

「はい、何でしょうか?」

「セレストさんはどんな女の人が好き?」

その問いにセレストは束の間、意味を理解するのに時間を要した。

セレストの恋人であり、番であるユイからそのような質問をされるとは思わなかった。

できる限り優しくユイの頭を撫でながら返事をする。

「私はユイが好きですよ」

そう言えば、ユイはセレストの胸元に額をこすりつけてきた。

「……そうだけど、そうじゃなくて……」

どこか不満そうな声に、おや、とセレストは自分の胸元を見下ろした。

どうやら今のはユイの望む返事ではなかったらしい。

「胸が大きい人が好きとか、背が高い人が好きとか……そういう好みの話……」

ボソボソと呟くユイに、なるほど、と理解した。

そして、セレストは小さく笑ってしまった。

笑いながらもユイをしっかりと抱き締める。

「ユイと出会う前は、そもそも異性に興味がありませんでした」

「そうなの?」

「ええ、もしかしたら恋愛そのものに関心がなかったのかもしれません」

だからセレストは そういう(・・・・) 店にも行かなかったし、誰かと恋愛を楽しむ気もなかった。

それよりも仕事をしながら友人達とたまに酒を飲んで、穏やかに過ごすほうが好きだった。

元々、多少の差はあっても人間以外は番かどうかを感じ取ることができる。

番ではない相手に関心が湧かないというのは竜人ではよくあることで、セレストもそのような点では竜人らしい竜人なのかもしれない。

「あなたを初めて見た瞬間のことは今でも覚えています」

全身の血が、魔力が、沸騰したのかと思うほどの熱を感じた。

言葉では表せないほどの歓喜。

世界が一瞬で色を変え、輝き出す、あの高揚感。

「ユイだけが『私の唯一』なのだと、本能が叫んだのです」

腕の中からユイの声がする。

「でも、それは番だからでしょ?」

「ユイ、あなたはまだ理解しきれていないのですね」

少し体を離し、胸元を見れば、ユイが見上げてくる。

その額にそっと口付ける。

「番とは運命の相手であり、最も相性の良い相手でもあります」

「うん」

「つまり、最も好みに近い相手でもあるということですよ」

「……え?」

ユイがキョトンとした顔で目を瞬かせるのが可愛らしい。

「……わたしがセレストさんの一番の好みってこと?」

「ええ。そして、私はユイの好みの相手に最も近いということでもあります。……私のこと、嫌いですか?」

「ううん、大好き」

ユイがギュッと抱き着いてくる。

その素直な好意が嬉しくて、細い体を抱き締める。

「私もユイが大好きですよ」

腕の中でユイが見上げてくる。

「……わたし、子供っぽくてもいい?」

「ユイがユイらしくいてくれれば、それで十分です」

何を気にしているのか分からないが、昼間もユイは同じことを言っていた。

ユイは小柄だけれど、もうしばらくすれば十七歳になるし、顔立ちも出会った当初よりずっと大人びてきた。まだ幼さは残るものの、もう『小さな女の子』ではない。

そのことはセレストが一番良く理解している。

ユイが十六歳を迎えてからは、いっそう独占欲が強くなった。

けれども、ユイは俯くとセレストに頭を押しつける。

「……わたしはもっと、身長がほしかった」

ぽつりとそう呟かれる。

はあ……とユイが溜め息を吐いた。

「セレストさんの横にいても似合うくらいの美女になりたかった」

「私は今のユイが好きですよ」

「……胸が小さくても?」

その問いに驚いて咽せてしまった。

慌てて起き上がり、顔を背けると、ユイも起き上がる気配がした。

細い手が咳き込むセレストの背中を撫でる。

「大丈夫?」

「っ……ええ……」

こほ、ともう一度咳き込み、何とか落ち着いた。

……まさか、そんなことを気にしていたとは……。

それは予想していなかったし、セレスト自身も考えたことがなかった。

「……ユイ、それは気にすることではないと思うのですが……」

口元を手で覆ったままセレストが言えば、ユイが首を傾げる。

「でも、胸が大きいほうが男の人は嬉しいよね?」

「一体どこでそんな話を聞いたんですか?」

「……警備隊で訓練場とかでそういう話をしてる人がいたから」

「なるほど……」

警備隊はどうしても男性の比率が多い。

そうなると、恋愛やそういった話も出てくるのだろう。

いつの間にユイがそんな話を聞いたのかは知らないが、気にしていたようだ。

「ユイ、私はあなた自身が好きなのであって、外見にこだわりはありません」

確かにユイは細身で、小柄で、種族的に言えばエルフに近い体型だ。

だが、それについてセレストが何かを思ったことは一度もない。

「ですから、ユイが気にするようなことは何もありません」

ユイを抱き締めれば、細い腕が背中に回される。

「うん、分かった」

……本当に分かってくれたのか心配だが。

ユイが分かったというのであれば、これ以上言及しないほうがいいだろう。

昼間の『子供っぽい』と気にしていたのも、もしかしてこれが理由だったのか。

そうだとしたら可愛らしくて、健気で、セレストは笑ってしまった。

「ユイは私に不満はありませんか?」

「ない」

即座に返事があり、セレストはユイの頭を撫でた。

「セレストさんは一番かっこいいから、不満なんてないよ」

そう言ってくれることも嬉しくて、ユイと共にいると喜びがあふれてしまいそうだ。

「ありがとうございます」

「セレストさんもありがとう」

二人でベッドの上で抱き締め合って笑う。

こんなに穏やかで、幸せで、愛おしい時間を過ごせるのはユイのおかげだ。

「また何か悩んだ時は、私に教えていただけますか? 一緒に話し合って解決しましょう」

「うん、そうする」

ユイが頷き、見上げてくる。

「セレストさんも相談してね」

それに頷き返した。

「はい、その時はよろしくお願いします」

それにしても、本当に可愛らしい悩みだった。

セレストは思い出し、また小さく笑ったのだった。

* * * * *