軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

19 一歩手前と私

寮で暮らすようになって三日が経った。ちゃんと毎朝ランニングもしている。

翌日にでもあの子がいる家にまた行くのかとばかり思っていたけれど、準備にそれだけ時間がかかったらしい。そういえばそんなことをあのとき言っていた気がする。

「あの刀は回収しないんですか。ほら、地面にこう、刺してたやつ……お高いんでしょう?」

「なんだその口調……あー、まあ高いわなぁ。だけどああいうのはほれ、基本消耗品だしな。あそこででかい結界作ったからもう駄目だろ」

この三日間、そういう妖対策や討伐に使う魔道具のことを、市井さんにつきっきりで教えてもらっていた。

私には魔力がないのでその手のは当然使えないものばかりだけど、知っていなきゃいけないことだ。それに魔力なしで使えるものもいくつかあった。魔力切れに備えてるらしいんだけど、同じ性能で魔力が必要なやつと比べて三倍のお値段だった。こっわ。

あの置いてきてしまった刀も魔道具だったらしい。飛び道具とか罠とか、手りゅう弾っぽいのも実物を見ながら教えてもらった。それらのあからさまに使ったら終わりなものの値段も教わったときは震えたものだ。あの刀は帯刀していたくらいだから、普通に刀としても使えた。ちょっとした攻撃用の魔法陣を起動させるくらいなら平気なのだけど、ああいう結界を起動させちゃうともう駄目だと。

一体おいくらするものなのだろうと思うと、それ以上聞けなかった。こっわ。

「妖と戦える奴ってのは限られてるからな。育成期間も考えりゃ、俺らが死ぬより安上がりだろ」

建物の大きさに反して異常現象対策部に所属する人たちは、思ったより多くなかった。市井家が占めているこの特殊班も私をいれても十人いない、らしい。他の人はあちこち地方に出張したりしてるとかで、紹介してもらったのは三人だけだ。そのうち一人はシャツを後ろ前に着てたから、てっきり異形かと思ったら人間だった。

妖が見える人間は少なくて、それこそ一般人にとってはおとぎ話と同じ。だから私も今世も前世も変わらないのだと思っていた。異常現象対策部は国の機関ではあるけど、知る人ぞ知る部署だそうだ。誰もが存在すら知らない妖から、誰にも知られずに平穏を守っている。

だから稀有で貴重な人材で、となればお金だけで補充される魔道具より確かに高価なのだろう。私がそこに数えられるのかはまだわからないけど。

「ケム、返して」

ビー玉みたいに気泡のはいった紫色のガラス玉を抱きかかえて膝の屈伸運動をしている毛むくじゃらに声をかけたら、反復横跳びがはじまった。

「……名づけをすると使役しやすくなるって話だったんだがな。適当だからか……?」

そうだったんだ……。ずっと毛むくじゃらって頭の中で言ってたから呼びやすいと思ったんだけど。

でも使役? しやすくなるもなにも、したことがそもそもないからなんとも。

「ま、行くか」

市井さんの腰には新しい刀。 片掛マント(ペリース) の下には拳銃っぽいのを納めたホルスター。他にも色々仕込んでるって言ってた。

目の前にはあの裏路地。他の班の人たちが数人、辺りの壁とか角とか調べ終わったところだ。何か円盤みたいなのを設置していた。万が一のときは、中からも結界を起動できるリモコンを市井さんが持ってるらしい。

最初、私は待機だって言われていた。特殊班は基本討伐は一人でやるし、場所はもうわかってるからって。だけどいざここに来てみたら、市井さんだけじゃ裏路地へ抜けられなかったのだ。

「ん」

差し出された手に驚いた。てっきりセーラー襟をつかまれるかと思ったのに。

まじまじとその手を見ていたら、舌打ちの音と同時にやっぱり襟をつかまれた。

以前通ったときと同じなようでそうでもないような街並みを進んでいく。

はっきり覚えてはいないけど、例えばあの黄色と赤の水玉模様の屋根はなかったはず。

市井さんは私に合わせた歩調で隣を歩いている。ケムは前にいたり後ろにいたりいつも通りにせわしない。

「この間と道が違うな」

「ここ、今度はちゃんと怖い方選んで」

怖くてぞくぞくしてるけど! ええ! ちゃんと!

「わーってるよ。まあ、元々妖は俺らと理が同じもんじゃないからな」

「ここ、は、どういう」

「知らね」

えー……。

「たいそうな数の行方不明者が出て、その原因があの坊主に絡んでるのは間違いなさそうで、そしたらお前、俺らのすることは討伐することだけだろがよ」

この人脳筋だ! そのまんまだけど! 今更だけど! 黙ってれば顔は知的そうなのに!

「お前、今むかつくこと考えてんだろ。顔に出てんだよ全部顔に!」

ぎゅっと一瞬だけつかんでから離された頬を、自分で撫でた。別に痛くないけど。

「そういうのは担当する班が別にあんだよ。ちゃんと。適材適所ってやつ。お前が俺の目なのとおんなじ」

「はあ」

「なんかいまいちわかってねぇっぽいけどよ」

市井さんは足を止めて、ぐるりと辺りを見回した。

黒ずんで表面がけば立っている電柱は少しばかりいびつに傾いでいて、電線もないそれは枝をすべてそぎ落とされた木のようでもある。というか、電柱そのものがこちらにはないので市井さんにはそう見えてるかもしれない。

立ち並ぶ建物は平屋かせいぜい三階建てまで。それでもそれぞれの窓の位置から中身は見た目通りではなさそうだ。書割りのように薄い駄菓子屋があるかと思えば、中腰にならないとくぐれそうにない玄関の家もある。どの建物もまっすぐではなくて、時々お互いに寄りかかるように傾いでる。

本部を出たのは朝ごはんの後。まだ日も頂点までたどりついていない時間に、こちら側に来た。向こうは目に刺さるほどの冬の陽光で明るかったけれど、ここはうすぼんやりとした霧がかかっているかのように輪郭が薄い。なのにところどころで極彩色な屋根やら壁が顔を見せた。

そこを行きかう異形たちは、普段私が向こうで見ているのと変わらない。まるでごく普通の市民ですがって態度でうろついていたり、かがんでみたり、走ってみたり飛んでみたり、まあ、ケムみたいなもの。

「俺らが今まで見てきた妖ってなぁ、悪さしてるくらいだから見た目からしてなかなかのもんだし、行動もある意味理解の範疇内なんだが……こいつらは何やってんだろうな……」

「さあ」

「これが向こうでもお前が見てる光景なんだろ?」

「人間がいる分もっとにぎやかです。人間は音や声もしますし」

つむじにぽんと大きな手がおかれた感触、続いてひとつ、ふたつゆっくり撫でて離れた。

「お前よくそこまでまともに育ったな。すげぇわ」

私にはじいちゃんとの記憶があるからね。

でもそれは記憶だけだから、撫でられるその感触は随分と久しぶりで、もうちょっと撫でてくれてもよかったかなって気になったし、ちょっとどきどきもした。

「お、今ちょっと惚れそうになったろ」

黙ってたらイケメンな分、余計に市井さんはとてもサイテー感強い。とても。