軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

18 ハンバーグと私

「んで? そのよく見える目でさっきは何を見てたんだぁ?」

私の鼻をつまむ手をつかんでも、痛くないのに離れない。

市井さんは片眉を上げて、ん? ん? と鼻にひねりをいれてくる。痛くないけど! 痛くないけど!

「あいつ、あのお前の手下が妹のほうに向かって何かやってたろ」

「てひた」

「あー、あの洗ってないモップみてぇなあれに名前つけねぇの。」

洗ってないモップ。的確だ。

「妖憑きの獣を使役する奴も他の班にいるんだけどよ、そいつに言わせると名付けは大事らしいぞ。体裁的にもあれだからつけときな」

大事なんだ。名前つけてもあいつはわからないんじゃないかと思うんだけど、でも確かにさっき呼ぶのに困った。いや呼んだからって戻ってきたかもわからないけど。勝手に戻ってくるだけだし。

でも、そうか。名前をつけてもいいんだ。ちょっと今はモップが頭から離れないから後で考えよう……。

頷こうとしたら、つままれた鼻がぷちゅって湿った音を立てて、やっと手を離してもらえた。しかめっ面されても、これは私のせいじゃないと思う。ハンカチは着物と一緒に風呂敷包みの中なのを思い出して、鼻をすすった。

なんだっけ。あ、そうだ。ワニモドキだ。市井さんが言ってるのは多分あれのことだろう。

見ないふり知らないふりでいるのが当たり前だったから気づかなかったけど。

「妖を討伐するのがお仕事なんだから、もしかして言わなきゃいけなかったんですね」

「やっぱりなんかいたのか。どういうんだよ」

「こう……派手なワニ、ですね」

「ほお……」

「極彩色の……ああ、あと足が六本あります」

「なるほど?」

「あとなんだろう……」

「……そういうんじゃないんだよなぁああ」

「えっ、あうっ」

指をぬぐっていたハンカチごと、また鼻をつかまれた。それさっきいっぱい汗拭いたやつじゃないですかー!

浴場は食堂と同じく地下にある。寮とは別の棟にあるんじゃないかとは思うけど、地下だからよくわからない。しかも下へと目指したはずなのに気づくと二階にいたりした。一体何が。

二回道をきいて、最後はお風呂にいきそうな格好をしてる人がいたからその後をついていった。男湯より狭いそうだけど、私にしてみたら毎日いつでも足を伸ばしてゆっくり入れる大きな湯舟だ。ほかほかになって買ってもらったばかりの運動着で食堂に来た。

入り口が廊下の同じ並びにあるから、これは迷わない。

「おっそ」

市井さんはボタンがふたつついた丸首シャツとゆったりとしたロングパンツで、一合とっくりを片手にくつろいでいた。

今日は色々あったからとりあえずお風呂にはいってごはんにしようとなったのだけど、どうやら私が風呂でとろけている間に市井さんは先に食べてしまったらしい。あぶったスルメをつまんでる。

食堂に入る他の人たちもゆるい恰好でご飯を食べたりお酒を飲んだりしていて、軍というより部活の合宿みたいだ。部活ってしたことないけど。なんとなくのイメージで。この異常現象対策部は、各家から派遣されてきた人たちの寄せ集めで普通の軍とは色々と違うらしい。普通の軍を知らないけど。昼に市井さんがちらっと言ってた。

そんなことより、夜の定食はハンバーグだった。ハンバーグ!

シンプルかつスタンダートにデミグラスソースが真ん中を横断してて、添えてあるのはにんじんのグラッセと、ポテトサラダ。たまねぎのお味噌汁とごはん。れんこんのきんぴらの小鉢までついてる。デザートには干し柿。

転生後に肉を食べたのなんて三回しかない。三回。ハンバーグなんて初めてだ。お前こっちにもいたのか……。

ずっしりみっちりの弾力に負けず箸で一口。ほろっほろでふわっふわ……。肉の脂の甘さとデミソースの濃さが贅沢……。

「お前……充分食わせてもらってた感じもねぇのに、なんか慣れてるよな。珍しいもんに抵抗ないっつか」

じっくりよく噛んでるから、なんのことかと聞き返せずに頷いた。白米がすすむ。

ああ、やっぱりあんまり世の中にはまだ出回ってない感じなんだ。もしかして。

市井さんはそれ以上追求するわけでもなく、するめを齧りだした。お盆の隅っこにごはんをひとつまみ置いておく。市井さんももう毛むくじゃら知ってるし。

にんじんのグラッセは甘くて柔らかい。ポテトサラダもマヨネーズがいい塩梅でもったりした中にきゅうりがしゃきっと……美味しい……すべてが美味しい……。

市井さんは時々通りすがる人と挨拶交わしたりしつつ、手酌でゆっくり飲んでいる。短冊切りのするめを私のお盆の隅に置いたけど、これ毛むくじゃらのだろうか。私のではない、よね? 多分。

「で?」

干し柿の甘みをお茶で流したタイミングで声をかけられた。毛むくじゃらはテーブルの下でするめを振り回している。

「美味しかったです」

「……おう。そりゃ何よりだ。で、妹に憑いてたのは討伐が必要なのか?」

なるほど、聞きたかったのはそういう。

今まで私は異形にちょっかいをかけずに過ごすために、あいつらが何をするかも気にかけないようにはしていた。

そうか、討伐しなきゃいけないってのはそこがもしかして大事だった……。そうだよね、それはそう。

「それが憑いてることで妹に何が起こる?」

「にきびができるんじゃないかと」

「……」

「……ご、ごめんなさい? で、でもまださっきほっぺにひとつできてただけだったから」

「めちゃくちゃどうでもいいなそれ! そんなんのがいんのかよ!」

市井さんはまたげらげらと笑いだして、しばらく動けなくなっていた。

「あー、笑った……。俺らに見えないようなやつはどんな悪さするもんかと思ったが、にきび、ぶほっ、ねぇ」

肌の手入れには神経使っていたあの子のことだから、今ごろはきっと暴れてるんじゃないかとは思うけど。

「えっと、討伐」

「ああ? 俺には見えねぇもん。どうでもいいわ。まさかお前助けたいのか?」

「え、全然」

多分、日を追うごとににきび増えまくるし治らないと思うけど。

「うん、いいんじゃねぇの。ただのいい子ちゃんかと思えば、お前結構かわいいな」

ぐい呑みに残ったお酒を飲み干してから立ち上がった市井さんは、私のつむじをかき回して「朝飯は六時半なー」って言って食堂を出て行った。

その感触にびっくりして見送ったのだけど。待って。部屋まで一人で戻れる気がしない。