作品タイトル不明
なぁ、錬金窯くれよぉ……
彼女がやって来たのは国の西端にある街、ニシハッテだった。
街といっても人口は2000人程度。
メルがこのニシハッテにやって来たのには理由がある。ここは本来、ゲームにおいて夏休みに来る場所なのだが、良質な錬金窯を手に入れたり、貴重な錬金用アイテムを貰えるイベントが発生する。
何より、錬金術師が集団で住んでいる地域なのだ。錬金術師として生きていくには、これ以上無い移住地だ。
早速メルはギルドにて引っ越しの手続きを進めた。
空き家を探すと、ちょうど錬金術師の家が一つ空いていたので、そこを借りることにする。どうやら前の住人は腕を買われて王都へ引っ越して行ったらしい。彼女にとっては好都合だった。
メルはさっそく新居に荷物を置くと、金品の入った革袋を握りしめ、一軒の店に向かってダッシュした。
その場所こそ、メルが引っ越してきた一因でもある。
「オズローさん、錬金窯を一つください!」
メルは元気よく言った。
振り返ったのは、ぼろぼろのつなぎを着た、毛むくじゃらの男だった。彼の名前はオズロー。錬金窯を作ったり修理したりする職人だ。
「誰だ、お前」
商売をしているとは思えない不機嫌な声でオズローは言い、すぐに背を向けてしまう。明らかに警戒していた。しかしそんなことメルはお構いなしだ。
「私はメル・アンブローズと申します。錬金術の見習いをしている者です」
メルはぺこりと頭を下げた。
「帰んな。半人前に売る物なんかねえ」
「で、でも、お金はここに」
メルは革袋を上げ下げした。じゃらじゃらと音がする。しかしオズローは全く興味を示さない。
「今それどころじゃないんだ」
「分かります。奥さんが謎の病気でずっと寝たきりなんですよね」
オズローは思わず振り返った。
「なっ、何でそれを……! ちっ、ギルドの奴が喋りやがったか。ハミットの野郎だな。あの口軽野郎め」
違う。ゲームの知識である。
「うんうん、それで今は治療費を稼ぐため、領主様に納めるための錬金窯を作っておられるのですよね。職人の誇りを持つあなたが絶対に作りたくないと思っていた、量産型の錬金窯を」
オズローは目をむいた。
「は、はミットの野郎! そんなことまで喋りやがったのか」
違う。ゲームの知識である。
「ハミットさんのせいじゃありません。ただ、私は何故かあなたの事情をだいたい知っているだけなのです」
「何こいつ怖」
「あなたの身長は171㎝。ドワーフとしては長身で、仲間からはノッポと呼ばれている。奥さんと出会ったのはギルドで同じ依頼書を同時に取ろうとして……」
「怖い怖い怖い」
「そういうわけでオズローさん、私を信頼してください」
「無理無理無理無理」
メルはオズローのごつい両手を握った。
「私ならあなたの奥さんを治してあげられます。もうこれ以上、領主様からの恫喝じみた依頼を受けなくても良くなるのですよ」
オズローはその手を振り払った。顔は苦しみに歪んでいる。
「俺だって……俺だって、あいつの仕事なんかしたくねえよ! あいつは」
「三流錬金術師を集め、オズローさんの作った錬金窯を使って質の低いポーションを量産しているんですよね。そして流通経路を絞って、定価の3倍ほどの値段で大儲けしていると」
「俺に言わせろよ!」
「分かります。そんな薄汚い金儲けに加担したくないのですよね」
「ああそうだ! だが既に詐欺の片棒を担いじまってる。もう俺に職人を名乗る資格なんてねえのさ。笑いたきゃ笑え。だがそれでも、妻の命には代えられねえ……」
オズローうつむき、続きを言う。
「あいつが何の病気なのか分からねえし、治癒士は病気の進行を食い止めるので精いっぱいだ。だが食い止めるだけでも莫大な金がかかる。それなのに、どこの馬の骨かも知れねえお前が治せるって? そんなの信用できるかよ!」
オズローが力を込めて言い終わったとき、メルは部屋にいなかった。
「あれっ、居ない!?」
その時、隣の部屋から話し声が聞こえた。彼の妻が寝ている場所だ。「あいつ、勝手に入りやがったな!」とオズローがドアを開けようとした時。
あちらから、ゆっくりドアが開いた。
その光景を見てオズローは頭が真っ白になった。我が目を疑った。
顔をのぞかせたのは、彼の妻であるヨークだったからだ。
「よ、ヨーク、お前! 一人で立てるのか?」
彼女は病気になってから、一人で立ち上がることもできなかった。ずっとずっとベッドの上にいて、トイレに行くときは必ずオズローが背負っていった。
その彼女が、今、ドアのすぐ向こう側にいる。
「あなた、女の子が持ってきてくれたポーションを飲んだら、何だか急に元気が湧いてきたの」
オズローの目からは涙があふれた。
今までずっと苦しかった。でも一番つらいのは病気のヨークだ。そう思って、自分は必死に心を殺し、治療費のためにやりたくもない仕事をやり続けた。それでも病気は良くならず、精神も神経もすり減らし続けてきた。
それが今、急に治ったというのだ。
奇跡だと思った。
「ああ、ヨーク。こっちに来て、その姿を見せてくれ」
オズの言葉に頷いたヨークは、ドアに隠れていた身体をゆっくり出した。
まぶしかった。
物理的にまぶしかった。
彼女の後ろから、なぜかピカーッとまぶしい光が差し込んできている。あまりに神々しい光。
そう、後光である。
まぶしさに目を閉じてしまったオズローが目を開け、改めてヨークを確認して、目をかっぴらいた。
彼女はあぐらを組んだ状態で地面から浮いたまま、ふわふわ近づいてくる。
後光が射しているし、目を閉じた状態で、頭には天使のわっかみたいなのが付いている。
「そ、それ、どうしたんだ、お前!」
「これはね、一言で説明すると天上天下唯我独尊」
「本当に何があったの!?」
「それは私から説明させていただきます」
部屋の向こうからメルの声がした。
「私が生命力を上げるポーションを彼女に使ったのです。すると喜ばしいことに病気は快癒しました。そして生命力が上がりすぎた結果、人間の上位存在である、天使に近い状態になってしまったのです」
「それもう半分死んでるだろ」
その時、扉からメルが姿を現した。
途端、一気に部屋の輝度が爆上げされる。
それもそのはず。メルの顔面が、顔面だけが、まるでサーチライトのようにバッチバチに光っていたからだ。
「お、お前、めっちゃ顔が光ってるぞ!」
「失礼な。ツヤがあると言ってください」
「いや灯台くらい光ってるよ!?」
「実はヨークさんに飲ませた生命力を上げるポーションが余っていたので、『これ顔に塗ったら、ひょっとして美容効果抜群なんじゃない?』と思って塗ってみたら、思った通りでした」
絶対予想外だっただろ、という言葉をオズローは飲み込んだ。
「……いや、妻を治してくれたことを感謝する。ありがとう。ところで、妻は元の姿に戻るのか?」
「すぐに戻りますよ。ほんの半年後くらいには」
「長くない?」
こうしてメルはオズローから錬金窯を作ってもらえることとなった。
※二人の光は二日後くらいに元に戻りました。