軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第三十四話:藤堂の「オールイン(全額投入)」

「――ハハハハハ! 見たか美咲! ついに、ついに奴らの防壁を完璧に 突破(クラッシュ) したぞ!」

六本木の超高級高層マンションの一室。

シャンパンの泡が弾ける広いリビングで、新興ITベンチャー『藤堂ネクスト・ソリューションズ』の代表取締役社長である藤堂は、狂気にも似た全能感に満ちた高笑いを響かせていた。

その傍らでは、派手な毛皮のコートを羽織った高橋美咲が、藤堂から買い与えられたばかりの高級ブランドの宝飾品を満足げに眺めながら、じっとりとした優越感の微笑を浮かべている。

「本当ね、藤堂さん……。あんなに偉そうな口を利いていた佐藤蓮も、やっぱりただの高校生だったってことね」

「当然さ! 警察だのインサイダーのログだのと、もっともらしいハッタリをかまして城崎さんたちを追い返したようだが、裏を返せばそれに意識を割かれている証拠。防壁の処理が驚くほど手薄になっていたよ。どれだけ天才だの何だのと持て囃されていようが、所詮は世間を知らない一六歳のガキの浅知恵だ。大人の本物の資金力と、張り巡らされた人脈の前に、なす術もなくひれ伏すしかなかったんだよ」

藤堂は手元のノートパソコンの画面を見せつけるように、美咲の肩を抱き寄せた。

画面に表示されているのは、世界シェア一位を誇るポータルサイト『WWW.RS-HS-PROJECT.COM』のシステム構成図――を模した、蓮が意図的に配置した『偽の脆弱性』の稼働ログだった。

藤堂のお抱えのクラッカーたちは、蓮が仕掛けた「警察対応で手薄に見える防壁の隙間」をまんまと突き、システムの一部を掌握したと完全に誤認していた。彼らにとって、それはガキの正論を大人の武力と技術で『遣り込めた』決定的な勝利の美酒に他ならなかった。

「なぁ、美咲。あいつ、学校じゃ『生徒会長』だなんて呼ばれて、教師からも生徒からも神様みたいに崇拝されてるらしいぞ? 笑わせるよな。その神様が構築した自慢のシステムが、今こうして俺のデスクの上で丸裸にされて、弄ばれているんだ。学園の狭い箱庭でどれだけ偉そうに演説していようが、一歩外に出れば、俺たちがルールを決める大人の世界だという現実すら理解していなかった。滑稽だと思わないか?」

「本当にね。自分が世界のすべてをコントロールできていると勘違いしているのよ。あのすました顔が、絶望でクシャクシャに歪むところを早く見たいわ」

美咲は思い出すだけでも忌々しいというように、唇を歪ませて鼻で笑った。

「あの白雪華とかいう女も同罪よ。学校じゃ『副生徒会長』で、世界的なトップイラストレーターだなんてチヤホヤされて、まるで触れてはいけない女神様みたいな顔をして佐藤くんの隣に並んでいるけれど、それも全部終わり。あいつらが一一文無しになったら、そのプライドの高い綺麗な顔がどんな風に絶望に染まるかしら。楽しみで仕方が無いの」

「ククッ……藤堂社長。所詮は連中もただのガキだったっちゅうこっちゃろ」

ソファの対面に座っていた城崎が、咥えタバコの煙を吐き出しながら、低く濁った声で笑った。

「警察にデータを放流するだの何だの、あの場で吠えるのが精一杯の限界やったわけや。うちの若い衆をコケにしてくれたツケは、きっちりそのシステムごと身ぐるみ剥いで払ってもらう。うちの組織の隠し口座からも、闇の資金をまとめてかき集めておいたわ。その額、合わせて二十億や。ITだの何だのの細かい理屈は知らんが、そのガキの利権を強奪して数百億に化けさせてくれるんやろな?」

「もちろんですとも、城崎さん。海外のファンドから引っ張ってきた借入金と、我が社の全資産を合わせて、総額は【五十億円】。――これより、全額投入のプロトコルを起動する!」

藤堂は狂気に当てられた目で、キーボードのエンターキーを乱暴に叩いた。

画面上のインジケーターが一斉に稼働し、五十億という資本が、蓮の用意した底なしのデジタル沼へと一気に流し込まれていく。

「見てみろ美咲。これが、あいつらが一生かかっても拝むことすらできない、本物の『大人の力』だ。佐藤蓮がどれだけ小賢しくキーボードを叩こうが、この五十億という絶対的な暴力(資本)の前には、ただの紙切れ同然に粉砕される。システムを握ったということは、あいつらの未来の財布を握ったも同然だ。明日からは俺たちの許可なく、あいつらは一円のジュースを飲むことすらできなくなるんだよ!」

「素敵……! 藤堂さん、やっぱりあなたが本物の天才だわ。あのガキたちのやってきたことなんて、大人の本気のビジネスの前には、ただの子供のごっこ遊びだったのね」

美咲はグラスの高級シャンパンを口に含みながら、夜の街の女王気取りで最骨頂の全能感に浸っていた。中学時代に自分をカーストの頂点から叩き落とした蓮たちへの、完璧な仕返しが秒読み段階に入ったのだと、疑いもなく信じ切っていた。自分たちが今、世界の頂点に立ち、あの小生意気な佐藤蓮と白雪華を完全に足元へ跪かせたのだと、激しい優越感に酔いしれていた。

◇◇◇

――同じ頃、学校外にある『RS-HS』のオフィス。

「おいおい……マジで狂ってやがるぜ。蓮、お前の読み通り、藤堂の個人資産、借入金、それに城崎の組織の隠し口座の闇金……合わせて綺麗に五十億円、うちのトラップに着金したぞ!」

特注の大型トリプルモニターの前で源さんが、スプライトのボトルを叩きつけんばかりの勢いで叫んだ。画面は、藤堂たちが自ら流し込んってきた巨大な資本のログで埋め尽くされている。緑色の文字列が狂ったように点滅し、莫大な資金が罠の最深部へと吸い込まれていく様子を正確に示していた。

「予定通りですよ、源さん」

デスクの前に座る16歳の佐藤蓮は、一ミリも表情を動かさず、むしろ冷徹な静寂そのもののトーンでキーボードを叩いた。

「藤堂のような強欲な奴は、目の前に『偽の主導権』を握らせておけば、疑いもせずに全リソースをベットしてくる。……大旦那から借りたボディーガードの防壁や、乾を配下に置いた処理が完璧だったからこそ、奴らは一切の不審を抱かずにここまでダイブしてきたんです。自分が『ガキを遣り込めた』と思い込んでいる瞬間が、人間が最も無防備になる状態ですからね」

「で、どうするんだ? この完全にうちの胃袋に入った五十億」

「一九九九年も、もうすぐ終わりです。世界中のエンジニアが恐怖している『二〇〇〇年問題(Y2K)』――それを、この五十億のシステムに最大の 時限爆弾(バグコード) として実装します。年が明けて二〇〇〇年一月一日午前〇時〇〇分になった瞬間、藤堂の全システムは 強制終了(シャットダウン) し、投入された資金は全損。天文学的な負債だけが彼らの手元に残るよう、プログラムのタイマーをセットしてください」

蓮の美しい切れ上がった瞳に、モニターの冷たい緑色の光が反射する。

前世で自分の家庭を無残に崩壊させた真の仇・藤堂と、かつて自分たちを蔑んだ美咲。奴らが偽りの絶頂に酔いしれていればいるほど、午前〇時のリブート(大破滅)の衝撃は、逃げ場のない確定した未来として牙を剥く。

「了解したぜ、蓮。……新世紀の幕開けとともに、お前たちを見下して調子に乗っている悪党どもの砂の城を、跡形もなくデリートしてやろうじゃないか」

源さんが不敵に笑い、最終コードのコンパイルを開始した。

敵側が勝手に「勝った」と勘違いしている裏で、完璧な破滅へのカウントダウンは、静かに、そして狂いなくそのタイマーをスタートさせていた。