作品タイトル不明
第三十三.五話:白雪華のシステムログ(華視点)
「新副生徒会長、白雪華」
大講堂に私の名前が響いたとき、心臓が壊れちゃうんじゃないかっていうくらい、ドクドクと大きな音が耳の奥で鳴っていた。
眩しいステージの光。全校生徒からの、地鳴りみたいな歓声と拍手。
中学一年の夏まで、太っていて、おどおどして、いつもクラスの隅っこでノートの端に落書きをしていただけの、私がいま都内でも有数の難関私立高校のステージの真ん中に立っている。
これがただの夢じゃなくて、現実なんだって教えてくれるのは、私のすぐ一歩前を歩く、愛おしいその背中だ。
――佐藤蓮くん。
学校の誰もが『完璧な生徒会長』って畏敬の念を込めて呼ぶ、私の、世界でたった一人の神様。
壇上から降りたとき、偏屈で有名な学年主任の先生や、滅多に人を褒めない校長先生が、佐藤くんに駆け寄って熱い信頼の言葉をかけていた。
『これからの我が校の未来は、きみに委ねるよ』
『先生たちは全力で君をバックアップするから、思う通りにやってみなさい』
先生たちから、まるで一人の優秀な経営者みたいに扱われる佐藤くん。周りの生徒たちからも、羨望と憧れが混じった熱狂的な視線が突き刺さっている。
誰もが、佐藤くんのことを遠い世界の北極星みたいに見上げているけれど……私は知っている。
佐藤くんのあの冷徹に見える瞳の奥には、世界で一番優しくて、温かい意思が流れていることを。
でも、そんな完璧でかっこよすぎる佐藤くんの周りには、良くない注目も集まっていたりする。
「ねえ、聞いた? 佐藤会長って、じつは個人でとんでもない額の資産を持ってるIT企業のオーナーらしいよ」
「マジ? 若き天才にして数億規模の資産家って……リアル白馬の王子様じゃん。私、卒業したらマジで佐藤くんのお嫁さんになりたいんだけど!」
「あはは、抜け駆け禁止! 玉の輿狙うなら今のうちから外堀埋めなきゃ!」
お昼休みの教室の片隅。女子グループのひとつが楽しそうにそんな会話を弾ませているのを耳にした瞬間、私の胸の奥がキュンと狭くなった。
(た、玉の輿だなんて……。みんな、佐藤くんのお金を知ったらすぐそんな事言い出すんだから……)
もやもやとした感情が胸の中に広がっていく。そのとき、クラスの友達がニヤニヤしながら私に話しかけてきた。
「ねえねえ、白雪さん。白雪さんっていつも佐藤会長と一緒にいるよね。二人の距離感って、ぶっちゃけ付き合ってるの? 恋人同士だったりする?」
「え、ええっ!? こ、恋人……っ!?」
私の思考回路は一瞬でショートした。顔から火が出るほど真っ赤になって、手元をバタバタと泳がせてしまう。
「ち、違うの! そういうんじゃないっていうか……その、佐藤くんは私の絵の価値を世界で一番に認めてくれた『プロデューサー』で、私は佐藤くんの作った場所にいる、その……パートナー、で……」
必死に説明(言い訳)をするけれど、言葉にすればするほど、自分でも何が言いたいのか分からなくなってくる。恋人、という明確な定義づけはして貰ってない。
でも、誰よりも近くにいるのは私のはずなのに。そんなじれったい関係性に、胸の奥が痛いくらいに熱くなる。
最近は……髪を触ってきたり、ちょっと大人な雰囲気になる事は有るけれど、彼はそれ以上のことはしてくれない。
大切にしてくれてるのは分かっているのだけど、彼は私のことをどう思っているんだろうか。
そんな事を考えていたその日の放課後、事件は起きた。
生徒会室へ向かう途中、旧校舎の裏庭を通ったとき、見覚えのある制服の後ろ姿が目に飛び込んできた。
――佐藤くんだ。
そして、その目の前には、顔を真っ赤にしてラブレターを差し出している一年生の可愛い女の子。
「佐藤先輩! 入学したときから、ずっと大好きでした! 付き合ってください!」
――告白。
柱の陰に隠れてそれを見てしまった瞬間、私の心臓は跳ね上がった。胸の奥がぎゅーっと締め付けられて、息ができなくなる。
(嫌だ、嫌だよ……。佐藤くんが、誰か他の女の子を選んじゃったら……わたし、どうしたらいいの……?)
涙が出そうになるのを必死に堪えて見つめる中、佐藤くんはいつも通り、紳士的な態度で頭を下げた。
「まず、気持ちはありがとう。だけど、君の気持に応えることはできません。俺には、自分の全てを注いで守ると決めた、世界でただ一人の『大切な存在』がいますから。ごめんなさい」
「……っ、そ、そう、ですか……。ありがとうございました!」
女の子が泣きながら走り去っていく。
佐藤くんの言った『世界でただ一人の大切な存在』。それが誰のことを指しているのか……そして、それがもしかしたら自分なんじゃないかと勝手に想像して、しばらくその場でうずくまってしまっていた。
◇◇◇
「……白雪さん? どうしたんだい、じっと俺の顔を見て。それに、少し目が赤いようだけど」
夕暮れのサクラ色の光が差し込む生徒会室。
机の上のファンレターの束から視線を上げた佐藤くんが、不思議そうに首を傾げた。その切れ上がった美しい瞳に、私の姿が映り込んでいる。
「う、ううん! なんでもないの」
私は慌ててぶんぶんと首を振った。頬がポッとサクラ色に染まっていくのが自分でも分かる。
佐藤くんに内緒で、告白を盗み見してハラハラしていたなんて、恥ずかしくて絶対に言えない。
誰もいなくなった生徒会室。トコトコと佐藤くんのデスクのすぐ横まで歩み寄って、私はいつものお気に入りの場所に手を伸ばした。
佐藤くんの、黒い学ランの袖口。そこを、きゅっと両手で強く、いつもより強く握りしめる。
触れているだけで、さっきまで胸の奥で渦巻いていたもやもやとしたノイズが、すうっと綺麗に消えていく。
「あんまり女の子たちの方ばかり見ちゃだめだからね」
口から出たのは、精一杯の独占欲の言葉。
学校中の女の子が佐藤くんのお嫁さんになりたいって言っても、佐藤くんの隣でその大きな袖を握っていられるのは、私だけ……だと思う。
「了解、気をつけないとね」
佐藤くんが、ふっと口元を緩めて優しく微笑んだ。
その瞬間、佐藤くんの大きな手が、私のハーフアップにした黒髪をそっと優しく撫でてくれる。
「んっ……」
手のひらから伝わってくる、甘くて、少し熱い温度。
撫でられるたびに、頭の中の思考回路が全部ショートしちゃいそうになる。佐藤くんは私のプロデューサーで、生徒会長で……そして、私の世界のすべてだ。
「白雪さん。約束するよ。君が悲しむようなことは、防いでみせる。だから、そばにいて欲しい」
その言葉がビジネスのパートナーに向けられたものなのか、それとも……一人の女の子として向けられたものなのか聞く勇気はまだない。
だけど、彼の言葉を聞くと勝手に口元が緩んでしまうのだ。
「うん……っ! 私も佐藤くんを支えられるように頑張るよ!」
私は佐藤くんの学ランの袖を、もっときゅっと、強く握りしめた。
今はまだ、恋人なんていう言葉がなくても、私はこの大切な時間を過ごせているだけで幸せだった。