軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第三十話:冷徹な排他

「あんたたちは自分の立場が分かっていないようだな。藤堂社長が裏で君たちのダミー株を買い漁るために、どれほどのインサイダー取引のログを積み重ねてくれたか。そのすべてが、警察のハイテク犯罪捜査部門へリアルタイムで送信されていることすら気づいていないのかい?」

俺が極めて平坦な、しかし絶対的な拒絶を含んだトーンでそう言い放った瞬間。

応接室の張り詰めた空気の層が、目に見えてパキリと凍りついた。

「……あ?」

顔に深い傷跡のある年配の男――城崎は、咥えていた煙草の煙を吐き出すことも忘れ、その冷酷な凶器のような細い目をいっそう鋭く尖らせた。背後に控える漆黒のスーツを着た男たちの身体が、一斉に緊張を検知したように強張る。

その隣で、ドレスの隙間から細い脚を組み、ヤクザの愛人然として冷ややかな笑みを浮かべていた高橋美咲の顔が引きつる。

「警察って……」

美咲の口から、掠れた困惑の声が漏れる。一度俺たちに完璧に叩き潰され、実家ごと奈落へ落とされた過去があるからこそ、彼女の脳裏には「佐藤蓮」という存在が持つ、底の知れない恐怖が急速に思い出されたのだろう。

「ハッ! バカバカしい。ふいてんじゃねえぞ、クソガキが。警察やと?」

城崎は短くなった煙草を灰皿に押し付け、凄まじい肉体的圧力を放ちながら身を乗り出してきた。

「高二のガキがちょっとパソコンを弄れるからって、調子に乗るなや。こちとらな、その手の法律の抜け道なんざ、なんべんもくぐり抜けてんじゃ。そもそも仮にお前の言ってる事が事実だとして……マル暴(警察)が動く前に、君らの『家族』がどうなるか、その賢い頭で計算してみんかい」

大人の、それも裏社会の住人が放つ剥き出しの脅迫。

普通の高校生なら、この場に座っていることすらできずに泣き崩れるような、暴力のプレッシャー。

だが、俺はソファの背もたれに深く寄りかかったまま、一ミリも表情を動かさなかった。都合50年以上様々な状況で鍛えられたメンタルを持つ俺にとって、彼の脅しは恐るに足りない。

「ハッタリかどうか、今すぐその手元の 携帯電話(ガラケー) で、藤堂社長に直接確認してみたらどうですか、城崎さん」

「何やと……?」

「あなたたちがこのビルに入ってきてから、ちょうど三分。我が社のセキュリティシステムは、藤堂ネクスト・ソリューションズの全主要口座から、裏社会のペーパーカンパニーを経由した違法な資金移動のデータを、完全に取得し終えました。あなたたちがこれ以上、俺や、俺の家族に不穏な接触をした瞬間、その全データが警視庁のハイテク犯罪捜査部門へ自動で一斉送信されるプログラムになっています」

俺は手元のノートパソコンのエンターキーを、静かに、しかし決定的な音を立てて叩いた。

壁の大型モニターに、城崎たちの組織のフロント企業名と、藤堂の隠し口座から流れた資金の正確な「金額」と「日時」が、言い逃れの できない情報として表示された。

「なっ……! これ、うちの裏口座の……っ!?」

城崎の背後にいた若い衆の男が、思わず素の動揺の声を漏らした。

城崎自身の顔からも、完全に「ヤクザの余裕」が消え失せ、ドロリとした嫌な冷や汗がその深い傷跡を伝い落ちていく。

「……チッ。まぁええ、今日のところはこれくらいにしといたるわ。ガキが、舐め腐りやがって」

城崎はこれ以上この空間に留まるのは分が悪いと判断し、忌々しげに立ち上がった。

「城崎さん!? ちょっと、待ってよ!」

美咲が慌てて立ち上がるが、城崎は振り返りもせず、足早に応接室を去っていく。美咲はドレスの裾を揺らしながら、俺と、そして俺の斜め後ろで凛として佇む華を一瞥し、恐怖と怨嗟の入り混じった目で睨みつけた。

「佐藤くん……あなた、本当に……っ」

「今すぐここから退去しろ、高橋さん。これ以上、俺たちのオフィスを汚さないでほしいな」

俺が冷酷な眼光で見下ろすと、美咲は小さく息を呑み、城崎たちの後を追うようにして逃げるようにオフィスから飛び出していった。

重厚な防犯ドアが閉まり、室内には再び静寂が戻ってきた。

「ふぅ……。蓮、完璧に追い返したな! あのヤクザの顔、完全に引きつってたぜ!」

奥の部屋から、源さんがマウンテンデューの缶を掲げて戻ってきた。だが、俺はまだ画面を睨みつけたまま、冷徹なタイピングを止めていなかった。

「いえ、源さん。彼らの排除は一時的なものです。……ここからが、俺たちの仕掛けた罠の本番ですよ」

「本番……? あいつら、もう警察が怖くて動けないんじゃないのか?」

「藤堂のような強欲で浅薄な男は、自分が『強者』だと信じきっているからこそ、この状況を誤認するんです。――『あのガキ、警察に通報する(縋る)しか自分を守る武器がないから、必死に虚勢を張ってきたんだ』と」

俺の隣。そっと俺の学ランの袖をきゅっと両手で握りしめていた華が、大人びた大きな瞳で俺を見つめた。

「佐藤くん……あの人たち、また別の悪い方法で、佐藤くんの邪魔をしようとするの?」

「ああ。藤堂は、警察が本格的に動く前に、ハッカーを使って物理的にうちのサーバーを麻痺させ、利権を強引に奪い取れば勝てると勘違いしてる。……だから、あえて『隙』を見せるんだ」

俺はキーボードを叩き、藤堂のクラッカーたちから見える位置にあるダミーサーバーの 防壁(ファイアウォール) を、意図的に一瞬だけ低下させるプログラムを走らせた。

――【警察への通報手続きにリソースを割かれ、防御が手薄になった様に見える偽の脆弱性】。

「強欲な奴ほど、目の前にエサをぶら下げれば、全リソースを投入して自滅する。予定通りだよ、白雪さん」

俺が優しく微笑むと、華は胸元でデジタルペンをぎゅっと握りしめ、力強く頷いた。

◇◇◇

同じ頃、六本木の高級高層マンションの一室。

オフィスから戻った城崎と美咲の報告を聞いた藤堂は、シルクのガウンを羽織りながら、狂気と傲慢さに満ちた笑声を響かせていた。

「ハハハハ! なるほど、面白い! あの佐藤蓮とかいうガキ、必死にサイバー警察だのデータをチラつかせて虚勢を張ってきたか!」

藤堂はクリスタルのグラスに入った最高級のブランデーを煽り、美咲の肩をグイと引き寄せた。

「裏を返せば、あいつらには『警察に泣きつく』ことしか自分を守る武器がないという、格好の証明だ! 城崎さん、警察の腰が重いのは百も承知でしょう。国税やマル暴が実際に動く前に、うちがお抱えのハッカーを使ってあいつらのシステムの心臓部を物理的にクラッシュさせ、ダミーファンド経由で利権を完全に書き換えちまえば、こちらの勝ちだ!」

「ククッ……。藤堂社長の言う通りやな。ガキの浅知恵、大人の力で叩き潰したるわ」

城崎もまた、昼間の屈辱を晴らすように不敵な笑みを浮かべた。

美咲は藤堂の胸元に顔を埋めながら、高級なブランド物の宝飾品が並ぶテーブルを見つめ、暗い歓喜に満ちた、ヤクザの愛人特有のじっとりとした微笑を浮かべていた。

「そうよ……佐藤くんがどれだけ生意気な口を利いても、最後は藤堂さんの勝ち。近々、あの白雪の絵も、あの生意気なビルも、全部私たちのものになるのね……」

藤堂たちが「完全にガキを遣り込めた」と完璧に誤認し、蓮の用意した底なしの泥沼へ向かって、全資産のオールイン(全額投入)の準備を開始した瞬間だった。