軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第二十六話:父親の焦燥と、仕組まれたアプローチ

教室での美咲の声かけが空回りに終わった翌日。

俺と華、そして源さんは、駅前の新オフィスで海外の基幹サーバーとの通信テストを行っていた。

大型のトリプルモニターには、世界コンテンツポータル『WWW.RS-HS-PROJECT.COM』に流入する、一秒あたり数万件ものアクセスを示す緑色のグラフが眩しく躍っている。

「いやあ、蓮。アメリカの主要なプロバイダとのミラーサーバー設置交渉も、これで一段落だ。にしてもこのビルは立派だが、五百万ドルの運用益だけで、このビルの維持費が余裕で賄えちまうから驚きだよな」

特注のワークステーションの前で、源さんがスプライトを片手に上機嫌で椅子を回した。

「油断は禁物だよ、源さん。一九九五年のネットワークインフラは、まだ大規模な障害に耐えられるほど強固じゃない。加えて電力設備についても満足いく状況とは言えないからね……白雪さん、新しいキャラクターデザインの進捗はどうかな?」

俺が声をかけると、専用アトリエブースから華がそっと顔を出した。長い黒髪をサラリと揺らし、ハーフアップにした彼女の佇まいは、オフィスの洗練された照明も手伝って、ため息が出るほど美しかった。

「うん! 佐藤くんが教えてくれた、海外のファンタジー小説の衣装を参考にしながら、いま線を引き終えたところだよ。ほら……」

華が照れくさそうに液晶タブレットの画面をこちらに向ける。そこには、見る者の視線を一瞬で奪うような、圧倒的な気品を纏った騎士のイラストが描かれていた。

「素晴らしいクオリティだ。これなら、次のアップデートで放流した瞬間、またシリコンバレーの連中が色めき立つよ」

「ふふ、ありがとう、佐藤くん。……でもね、わたし前にも言ったけど、佐藤くんが褒めてくれるのが世界で一番嬉しいんだよ?」

華はペンを胸元でぎゅっと握りしめ、白い頬をポッとサクラ色に染めて上目遣いで俺を見つめてきた。それを見て俺の心臓がトクンと跳ねる。

――その時だった。

『ピーーーー……』

オフィスの入り口に設置された自動ドアのインターホンが、無作法に鳴り響いた。防犯カメラの映像を切り替えた源さんの顔が、一瞬で険しく歪む。

「おい、蓮……。お呼びじゃない男が、直々に乗り込んできやがったぞ」

モニターに映し出されていたのは、高級スーツを着込み、血走った目をした男――高橋システム開発の社長であり、美咲の父親その人だった。背後には、父親の服の袖を掴みながら、怯えた表情で俯いている美咲の姿もあった。

「佐藤くん! 開けてくれ! 分かっているんだ、ここにいるんだろう!? 大人の重要なビジネスの話をしに来たんだ!」

スピーカー越しに、高橋社長の焦燥しきった怒鳴り声が響く。大口の取引先から次々と契約解除を突きつけられ、後がなくなった男の、理性を失った最後の悪あがきだった。

「蓮、どうする? セキュリティを呼んで追い出すか?」

「いいや、源さん。あえて中に入れましょう。ただし――オフィスの防犯カメラと集音マイクを全て稼働させて、この応接室での会話を『デジタルデータ』として記録してください」

「なるほど、言い逃れのできない証拠を掴むってわけか。相変わらずエグいな」

源さんがニヤリと笑ってキーボードを叩き、自動ドアのロックを解除した。

数秒後、オフィスの応接室にズカズカと入ってきた高橋社長は、室内の最新のIT機材と、あまりにも洗練された空間を一瞥し、その圧倒的な資本の差に一瞬だけ圧倒されたように目を見張った。だが、すぐにそれを傲慢な仮面で隠し、来客用のソファにドカリと腰を下ろした。

「……なるほど、中学生の小遣い稼ぎにしては、随分と大層な拠点を構えたものだな、佐藤蓮くん」

高橋社長は、俺を値踏みするような冷酷な視線で見下ろしてきた。その横では、美咲が一学期までのプライドの残滓を必死にかき集めるように、ツンと顎を尖らせて俺たちを睨んでいる。

「何の用ですか、高橋社長。俺たちは今、世界規模のシステムアップデートの最中で、非常に過密なスケジュールを割いているんですけど」

俺が対面のソファに腰掛け、冷淡に問いかける。十二歳の少年の身体から放たれる予想以上のプレッシャーに、高橋社長の額から嫌な汗がじわりと伝った。

「単刀直入に言おう。君たちの運営しているそのポータルサイト『WWW.RS-HS-PROJECT.COM』だが……これ以上の世界展開は、我が社のような『実績のある一流企業』の傘下に入らなければ、大人の社会じゃ絶対に潰される。だから、我が社が特別に、御社の五〇%の株式(利権)と引き換えに、包括的なプロデュース契約を結んであげようと言いに来たんだ」

高橋社長は、懐からシワの寄った契約書を放り出すように机に叩きつけた。あまりにも不平等で、身勝手な買収提案。横にいる美咲も、父親の言葉に勢いを得たのか、勝ち誇ったような声を張り上げた。

「そうよ、佐藤くん! パパの言う通りにしなさいよ! あんたたちみたいな子供がこんなビルを持ってたら、悪い大人に騙されて全部取られちゃうんだから! パパの会社に入って、私の下で働きなさいよ!」

美咲は腰に手を当て、かつての「社長令嬢」の全能感を取り戻したかのように叫んだ。彼女にとって、これが蓮と華を再び自分のカーストの下へと引きずり下ろす、最後のチャンスだと信じて疑わないのだろう。

だが、その歪んだ提案を俺は冷徹な目で見つめたまま、一ミリも表情を崩さなかった。

「丁重にお断りしますよ、高橋社長。……それから、高橋さんも」

「な、何だと……!? 佐藤くん、君は自分の立場が分かっているのか!?」

高橋社長が机をバンと叩いて立ち上がった。その目は狂気に染まりつつある。

「我が社には、地域一帯の政財界に強力なコネクションがあるんだぞ! 君の父親が勤めている会社の大旦那は、私の古い友人だ。もし君がこの契約を拒むというなら……大人の力を使って、君の父親の会社にどれほどの圧力がかかるか、想像もつかないのかね!?」

男はついに、大人の汚い『脅迫』という最後のカードを切ってきた。

美咲の実家が仕掛けた、見苦しいまでの足掻き。

美咲もまた、「そうよ! パパの言う通り、おじさんの仕事がなくなってもいいの!?」と、下劣な笑みを浮かべて華を指差した。

だが、その脅迫が応接室に響き渡った瞬間。

俺は、指パッチンを一つ、静かに室内に鳴り響かせた。

「――脅迫の証拠はもう十分ですね。源さん、今の音声と映像データを、即座に弁護士と、そちらの『古い友人』であるはずの筆頭株主の皆様へ転送してください」

「応よ! これとこれとこれで……送信完了だ! あんたはもう終わりだよ、高橋社長さんよぉ!」

奥の部屋から、源さんが不敵な笑みを浮かべながら、最新の録音機材を手に持って現れた。

「な……っ!? なん、だと……!?」

高橋社長の顔から、一瞬で血の気が引いていく。

大人の権力で子供を脅しつけ、利権を掠め取ろうとしたその醜悪な記録は、今この瞬間、言い逃れの できない『犯罪の証拠』として残されたのだ。

「高橋さん」

俺の背中の後ろから、華が静かに一歩を踏み出し、かつてないほど冷徹で、凛とした軽蔑の瞳で美咲を見つめた。

「あなたたちは……技術も、家族の仕事も、人の心も、ただの道具としか思っていないんですね。……本当に、哀れな人たちです」

「白雪……あんた、何言ってるのよ……っ! パパ! パパ、こいつらを早く――」

美咲が狂ったように父親の袖を引っ張ったが、高橋社長はすでに、自分の 携帯電話(ガラケー) に鳴り響いた『破滅の着信シグナル』を前に、ガタガタと全身を震わせていた。