作品タイトル不明
1話 葬列
「——あれは、葬列だわ」
辺境伯邸の高窓から見下ろした騎士団の列を見て、アリステラはぽつりと呟いた。
規律正しく整えられた隊列。揺れる旗。陽光を受けて鈍く光る鎧。
どれも本来なら誇らしく、頼もしく映るはずの光景なのに——どうしてか、今日は違って見えた。
まるで、何かを弔う行進のようだ。
「お嬢様」
背後で控えていた侍女のアンナが、呆れたようにため息をつく。
「ご結婚を目前に控えたご令嬢のご発言とは思えませんね」
「そう?」
アリステラは窓から目を離さないまま、かすかに笑った。
「むしろ、正しい感想だと思うけれど」
アンナは小さく肩をすくめる。
「第三王子殿下自ら率いる騎士団のご到着ですよ。皆が歓迎の準備をしているというのに……葬列だなんて」
「ええ、知ってるわ」
知っている。
よく、知っている。
あの列の先頭にいるのは、彼女の婚約者。
国の第三王子にして、騎士団長——ルシエルド。
そして。
(……いるはずなのに)
アリステラの視線は、隊列の後方をなぞる。
無意識に、ある一人の姿を探していた。
見慣れた立ち方。癖のある重心。
言葉にしなくても、遠目でも分かるはずの人。
けれど今日は、どうしても見つけられない気がした。
(いるのに)
(きっと、あの中にいるのに)
胸の奥が、ひどく重たい。
「お嬢様?」
「……何でもないわ」
小さく首を振る。
本当は、何でもなくなんてない。
会えると思っていた。
楽しみにしていた。
いつもなら、彼の姿を見つけるだけで、胸が少しだけ軽くなるのに。
今日は——
「会いたくない、なんて思う日が来るなんてね」
ぽつりと漏れた言葉に、アンナが息を呑む。
「それは……」
「冗談よ」
すぐに被せるように言って、アリステラはようやく窓から離れた。
アンナの視線が、少しだけ優しくなる。
「……本日はお疲れが出ていらっしゃるのでは?」
「そうかもしれないわね」
曖昧に笑ってごまかす。
疲れているのは、身体ではなくて。
(決めたはずなのに)
胸の奥で、何度も繰り返した言葉をなぞる。
貴族の娘として。
辺境伯家の一員として。
この国のために。
——この婚姻は、受け入れるべきものだと。
分かっている。
分かっているのに。
(どうして、こんなに苦しいの)
視界の端に、もう一度だけ騎士団の列が映る。
その中にいるはずの人の顔を、思い浮かべる。
無骨で、不器用で。
でも、真っ直ぐで。
——好きだった。
(ううん)
(今でも、好き)
(大好き)
だからこそ。
終わらせなければいけない。
ゆっくりと、息を吐く。
「アンナ」
「はい」
「……終わりにするわ」
何を、とは言わない。
けれどアンナは、ほんの一瞬だけ言葉を失ってから、静かに頭を下げた。
「……かしこまりました」
その声音は、いつもより少しだけ柔らかかった。
アリステラはもう一度だけ、窓の外を見た。
整然と進む騎士団。
その中にいるはずの、たった一人。
(さよならするの)
まだ何も始まっていないはずの恋に、
自分で終わりを告げるみたいに。
「——行きましょうか」
背を向ける。
振り返らないまま、静かに歩き出した。
まるで本当に、何かを葬るかのように。