作品タイトル不明
第319話 一時休息③
「危ないところだったな……」
先ほど何とか逃げ切れた後、私は再び城の廊下を歩いていた。
「ん?」
先を見ると、メイドが城の窓を拭いている。
最初はただメイドかと思ったが、よく見るとあれはファムだった。
メイドにしか見えないが、実は男。それも凄腕の密偵である。
彼も普段からめちゃくちゃ働いて貰っているので、このタイミングで休養を命じた……のだが、なぜかメイドとして城の仕事をしている。
彼が女性に扮しているのは、相手の油断を誘いやすく敵地に潜伏しやすくなるからだ。
こうして普段からメイドの姿でいることで、変装の精度を上げているのだろう。
「アルス様。こんにちは!」
ファムがこちらを見て、にっこりと微笑んで挨拶をしてきた。
私も挨拶を返す。
近くに私とファム以外の誰もいないが、誰に見られるか分からないので、メイドモードで接してきた。
ちょっとだけ調子が狂う。
「やったー!」
突然、喜びの声が聞こえてきた。
私の弟のクライツの声だ。
外から声が聞こえたので見てみる。
すると、木の上に登って楽しそうにしていた。
木登りか、最近成長してきたが、まだまだ子供だな。まあ、子供らしいのはいいこと……とは言えない。
登った木の高さがやばい。
大きな木で落ちたら、ただ怪我じゃ済まないくらいの高さである。
「こぉん」
下でペットのリオが心配そうにクライツを見つめている。
「あ、あのガキ……何してんだ」
先ほどまで完璧メイドモードだったファムが、表情を崩してつぶやく。
珍しく少し動揺しているようだ。あまりそう言う表情を見せないだけに、新鮮である。
流石にあんなところに登っていては危ない。降りるように注意しなくては。
外に出てクライツに声をかけに行こうとする。
ファムも付いてきた。
すると、木の上にいたクライツがバランスを崩す。
そのまま下に落ちた。
「なっ!?」
「くっ!」
私が驚いていると、ファムが物凄い速度で走り始める。
間一髪のところでクライツを受け止めた。
「ひぇー危なかった」
「危なかった……じゃ、ねえぇ!」
聞いたことのな怒鳴り声をファムが上げる。
「二度と登るんじゃねぇぞ」
「ご、ごめんなさい」
物凄い表情でクライツの目を見つめながらそう言った。
クライツは半泣きで謝る。
「分かったならいい。ほらリオも心配したぞ」
リオが駆け寄ってきて、心配そうにクライツの頬を舐める。
「ご、ごめん〜。庭で遊ぶか!」
クライツはリオが来て、元気を取り戻し、駆け出し始めた。
「ったく……」
「クライツの世話をしてくれているのか。ありがとう」
「クライツ様のお世話をするのは、メイドの役割なので当然ですよ」
一気にメイドモードになってそう返答してきた。
よくこんなすぐに切り替われるものなんだな。
「でも、子供の世話には手を焼いているようだな。意外だったぞ」
「ちっ。あんなガキの世話経験ねぇからな。行動の予測がつかん」
ちょっと揶揄うように言ったら、ファムはいつもの状態に戻ってそう返答してきた。
「さっさとほかの任務を与えてほしいもんだがな。アルス様」
「クライツとレンの護衛という任務を与えよう」
「勘弁してくれ……」
本気で嫌そうな表情をファムは浮かべた。
「冗談だ。休養が終わったら、すぐに出陣する。その時には存分に働いてもらう」
「イラねぇんだがな。休養なんて。ま、それまでは双子のことは守ってやるよ」
「それは心強い」
そう言ってファムはリオと遊び回るクライツの近くへと向かった。
それからゆっくりと過ごし、夜になった。
夕食をリシアと共に食べる。
「今日はシャーロットさん、ムーシャさんと楽しいことをなさっていたようですね」
「え?」
突然聞かれた。にこやかな笑っているが、目が笑っておらずどこか怖い。
「な、なぜそれを……? というか楽しいことではない! 衣装選びに付き合わされただけだ!」
「給仕さんたちが噂しておりましたわ。随分と楽しいご様子だったとか」
「ご、誤解だ!」
何とか慌てて弁明する。
「ふふ……」
突然リシアが微笑み始めた。
「アルス、慌ててるの可愛いですわ」
「な……からかったのか?」
「可愛かったのでつい……」
「……勘弁してくれ」
ブチ切れられるかと思ったぞ。まあ、冗談で良かった。ほっとした。
それから食事を食べ終わり、私たちはソファで横並びに座り寛いでいた。
「アルスと一緒にいると落ち着きますわ」
リシアが肩にもたれかかってくる。
「私もだ」
サラリとリシアの髪を撫でる。
しばらくお互い喋らずにそうしていた。
「……戦にはいつ行かれるんですか?」
ふと、リシアは表情を曇らせそう尋ねてきた。
「あと三日後には行こうと思う。兵の休養もそれくらいには十分だろう。援軍も早めに向かわないと、手遅れになる可能性もある」
「三日ですか……」
不安そうな表情をリシアは浮かべる。
「心配かけてすまない」
「い、いえ、アルスが謝ることではありませんわ! 一番不安なのは戦に行くアルスですから、わたくしが元気づけて差し上げないといけませんわね」
気を取り直したようにリシアはそう言った。
「さあ、わたくしのお膝に寝てくださいませ」
「……え?」
突然リシアがそんなことを言ってきた。
「こうすれば殿方は元気になると、給仕の女子が言っていましたわ」
「え、えーと……まあ、間違ってはいないけど……」
膝枕は男の夢ではある。
ただ、人の膝を枕にして寝るというのは、申し訳なく思ってしまう。
お言葉に甘えていいものか。
私が戸惑っていると、
「わたくしの膝は枕にしたくないですか……?」
悲しそうな表情でリシアは言ってきた。
「そ、そんなわけないだろ!」
即座に否定して、リシアの膝に頭を置いた。
柔らかな感触を頭に感じる。
至福とはまさにこの事と言っていいだろう。
「寝心地いいですか?」
「ああ……」
「ふふふ、可愛い」
リシアはそう言って私の頭を優しく撫でてきた。
「今まで戦ではずっと勝ってきました。今回も家臣の皆様のお力を借りれば、きっと勝てますわ」
「……ああ、そうだな」
リシアがそう言うと、不思議と絶対に勝てる気になった。
体もだいぶ楽になってきた気がする。
ここ最近戦続きで、精神的に張り詰めていたようだ。
リシアのおかげでだいぶ癒された。
「ありがとう、リシア」
「いえいえ、わたくしのお膝ならいつでも貸しますわ」
優しい声でリシアはそう言った。
それからリシアの膝枕を十分に堪能したあと、眠くなったのでベッドに行き眠りについた。
三日後。
兵たちの休養は十分に取れた。
サイツに向けて、出陣をする日が来た。
「アルス。どうぞご無事で」
リシアが見送りに来た。
「絶対無事に帰ってくる。約束する」
「はい」
私はリシアと、ぎゅっと抱きあった。
数秒間抱擁を続け、離れる。
リシアの顔を見つめた。名残惜しそうな表情をしている。
きっと私も同じような表情をしているんだと思った。
「それでは行ってくる」
私は馬にまたがる。
「出陣する!!」
兵たちを引き連れ、カナレ城を出た。
歓声が轟く。
兵たちの士気は非常に高いようだ。
先に援軍に行ったミレーユとトーマスは、大丈夫だろうか。
二人は一流の将だ。そう簡単にやられたりはしないだろう。
もし危なくなったら、上手く撤退もできるはずだ。それだけの判断力は持っている。
無事を信じ、私はカナレ城を出て、サイツへ援軍へと向かった。