軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

30 覚悟を決めました

厳しい冬が終わり、暖かい風が春を運んで来ました。

バルゴア領より自然の少ない王都でも、あちらこちらにシロツメ草の花が見られます。

私はベイリー公爵家のすみっこで見つけたシロツメ草畑で、シロツメ草の花を一本だけ摘みました。

この花には、テオドール様とのバルゴア領での思い出がたくさん詰まっています。それらを思い出しながら温かい気持ちになったあと、私は深いため息をつきました。

今、王都ではおかしなウワサが広まっています。

それは、『バルゴア領が王都に攻め入って、今の王家に成り代わるのではないか?』などというありえないものです。

そのウワサの原因は、アンジェリカ様の婚約破棄から始まり、ロザリンド様の教育係たちによる不正など、王家の威信に関わる出来事が立て続けに起こってしまったことです。

そして、王配になる予定だったテオドール様が私の婚約者になり、さらに、ベイリー公爵家当主を継いで大きな力を持ったことも影響しています。

何があっても、この国の防衛の要であるバルゴア領が、無駄な争いを起こすわけないのに。でも、王都から遠く離れたバルゴア領で暮らす人々のことは、ここでは誰も知りません。

だから、このウワサがどれだけバカげているか、王都の人たちは分からないのです。

だって、もし、このウワサが真実になったら、あのクマみたいな兄が次期国王陛下になってしまうんですよ? 兄は以前お父様に『おまえ、領地経営向いてないわぁ』と言われていましたからね⁉

まぁ、美しい上に優秀なセレナお姉様が王妃様になって兄を支えたら、どうにかなるかもしれませんが、それではセレナお姉様の負担が大きすぎます。

そもそも、未来のこの国を治めるのは次期女王のロザリンド様です。彼女なら、きっとこの国を良い方向に導いてくれることでしょう。

だからこそ、このおかしなウワサをなんとかしないと……。

「シンシア様」

振り返ると、テオドール様が佇んでいました。

「探しましたよ」

「すみません。少し一人で考えたいことがあって……。部屋でじっとしていられなかったんです」

「シンシア様のお悩み、私に聞かせていただけませんか?」

「それは……」

優秀なテオドール様に相談すれば、きっとすぐに解決すると思います。でも、実は私も、この件の解決策はもう分かっているのです。

それは、私たちがバルゴア領に帰らず、このまま王都に残り、ロザリンド様との交流を続けること。

もし、私たちがバルゴア領に帰ってしまうと、このバカバカしいウワサに信憑性が増してしまいます。それは、バルゴア領にとっても王家にとっても避けなければなりません。

でも、私は王都で1年過ごしたあと、バルゴア領に帰るつもりでした。王都に残るなんて考えたこともありません。

以前、ロザリンド様に『王都で結婚式を挙げるなら、手伝うわよ』と言われたとき『それはないですね』と即答したくらいです。

今さら、王都に残るだなんて……。

すぐに言葉にできない私をテオドール様は決して問い詰めません。私が手に持っているシロツメ草を見て「懐かしいですね」と微笑みました。

しゃがみこんだテオドール様は、手袋をした手で器用にシロツメ草を摘み、茎の部分に穴を開けて別のシロツメ草を差し込んでいきます。

ひと月前くらいからでしょうか? テオドール様は、急に手袋をつけるようになりました。理由を聞いても「なんとなくです」と言うだけで教えてくれません。

まぁ、手袋がものすごく似合っているのでいいのですが……。というか、手袋をしていても、手先が器用ってどういうことなの⁉

あっという間にシロツメ草で輪を作り、私の首にかけました。

「お姫様、ネックレスをどうぞ」

子どもの頃からシロツメ草畑で遊んでいた私でも、このネックレスの作り方は知りません。

「どうして、田舎育ちの私が知らない遊びまで知っているんですか?」

「こんなこともあろうかと、姫のために事前に学んでおいたのです」

さっきから、どこか演技をしているようなテオドール様に、私の頬が緩みます。

「ふふっ。なんですか、それ」

器用で優秀すぎるテオドール様は、今の王家が喉から手が出るほどほしい人材です。

それに比べて、バルゴア領には、優秀な者が多いのでいくらでも代わりがいます。テオドール様や私がいなくても、バルゴア領は少しも困らないのです。

それに私自身、王都で過ごすほうが充実しているように感じていました。

もちろん、兄嫁であるセレナお姉様のお手伝いをしたい気持ちもあります。でも、近くにいる人だけが役に立つわけではないのです。

テオドール様は、今でも私に『シンシア様のお側が私のいる場所です』と言ってくれています。だから、私が王都に残ると言えば応援してくれるでしょう。

それが分かっていても、私が前に進めないのは、家族の元を離れ本格的に王都の社交界へと足を踏み入れることへの恐怖です。

「シンシア様」

テオドール様が、私の髪を手袋越しにそっと撫でました。

「あなたがどんな選択をしたとしても、私はあなたのお側を離れません。一人なら不安なことも二人でなら乗り越えられますよ」

そう言ったテオドール様は、きっと私の悩みなんてお見通しなのでしょう。それでも、私自身が答えを出すまで、待ってくれています。

その優しさに勇気をもらい、私は覚悟を決めました。

「テオドール様。私……王都に残ります。そして、これからはバルゴア領と王家の橋渡しをしたいのです」

「はい、お心のままに」