軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

小さな道案内

リクと別れたあと、ハクトはしばらく市場通りに立っていた。

人の流れは多い。

露店の前で足を止めるプレイヤー、武器屋の場所を探すプレイヤー、店先の品物を見比べるプレイヤー。

誰もが何かをしようとしている。

その中で、自分にできる仕事を探すとなると、急に街が広く感じた。

案内人として稼ぐ。

そう決めたはずなのに、どこで仕事を探せばいいのか、すぐにはわからなかった。

ハクトは地図を開いた。

リーヴェルの街、市場通り、南門、初心者宿、水門小屋、青い扉の店。

自分が知っている場所は、昨日より増えている。

けれど、人を案内できるほど知っているかと聞かれると、まだ少し不安だった。

「仕事を探すなら、冒険者詰所かな。」

依頼が集まる場所なら、何か見つかるかもしれない。

そう考えて、ハクトは南門近くの冒険者詰所へ向かった。

詰所の前には、昼前のざわめきが残っていた。

掲示板の前で依頼を選ぶプレイヤー。

受付に並ぶ冒険者。

仲間を探して、誰かに声をかけている人。

ハクトは少し端に寄って、掲示板を見上げた。

『市場通りで迷った旅人の案内』

『目的地:青い扉の道具屋』

『報酬:5リル』

『水門小屋への道案内』

『依頼者:街の配達人』

『報酬:6リル』

『東門前広場の確認』

『内容:案内看板の写し』

『報酬:7リル』

『南門前外縁・植生調査補助』

『許可範囲:南門から見える外縁部まで』

『要許可』

『報酬:18リル』

ハクトは順番に札を見た。

南門前外縁。

その文字に、少しだけ目が止まる。

けれど、すぐに手を伸ばす気にはなれなかった。

外に出る依頼は、まだ緊張する。

ガルドやリクと歩いた時にも、草の影から魔物は出た。

あの時は、頼れる人がそばにいた。

それでも、外は危険だった。

今度は、自分が誰かを案内する側になる。

そう考えると、胸の奥が少し重くなる。

ハクトはもう一度、上の札へ視線を戻した。

青い扉の道具屋。

そこなら知っている。

セイルの店だ。

初めて仕事にするなら、知っている場所からの方がいい。

ハクトは受付へ向かった。

「すみません。この案内依頼を受けたいんですが。」

受付の女性が札を確認する。

「市場通りで迷った旅人の案内ですね。目的地は青い扉の道具屋です。依頼者は詰所の外で待っています。」

「はい。」

「案内人の方ですか?」

「はい、まだ始めたばかりですが。」

受付の女性は少しだけ笑った。

「では、無理に近道を選ばず、確実に案内してあげてください。依頼者が到着を確認したら達成になりますので、報酬を受け取ってください。」

「わかりました。」

ハクトの前に表示が浮かんだ。

『案内依頼を受けました』

『目的地:青い扉の道具屋』

『報酬:5リル』

文字が消える。

ハクトは小さく息を吸い、詰所の外へ出た。

依頼者は、革の鞄を抱えた中年のNPCだった。

旅人というより、行商人に近い雰囲気がある。

けれど、顔には少し困ったような色が浮かんでいた。

「青い扉の道具屋へ行きたいのですが、通りが多くて。」

「案内します。ハクトです。」

「助かります。私はロアンといいます。」

ハクトは地図を開いた。

市場通りから青い扉の店までは、行ったことがある。

けれど、自分が歩くのと、人を連れて歩くのは違う。

近い道はある。

細い路地を抜ければ、少し早い。

でも、初めての人にはわかりにくいかもしれない。

ハクトは少し考えた。

「少し遠回りになりますが、大通りから行ってもいいですか?目印が多いので、帰り道もわかりやすいと思います。」

「ええ。迷わず着けるなら、その方がありがたいです。」

その返事を聞いて、ハクトは少し安心した。

案内は、最短距離を教えることだけではないのかもしれない。

2人は市場通りを歩き出した。

焼きたてのパンの匂いがする店。

赤い布屋根の露店。

木箱を積んだ果物屋。

小さな噴水のある角。

ハクトは歩きながら、目印になりそうなものを地図に書き足していく。

「この噴水を右に曲がります。」

「なるほど、噴水ですね。」

「はい。帰りは、青い扉の店を出て左に進んで、この噴水に戻れば市場通りです。」

ロアンはうなずきながら歩いた。

しばらく進むと、青い扉が見えてきた。

ハクトにとっては見慣れ始めた店でも、依頼者にとっては初めての場所だ。

「ここです。」

「ああ、本当に青い扉ですね。助かりました。」

ロアンが店の前で足を止める。

その瞬間、ハクトの前に表示が浮かんだ。

『案内依頼を達成しました』

『目的地まで案内しました』

『報酬:5リル』

ロアンが小さな革袋から5リルを出し、ハクトに渡す。

「ありがとうございました。」

「こちらこそ、ありがとうございました。」

ハクトは5リルを受け取った。

少ない金額かもしれない。

でも、自分で案内して得た初めての報酬だった。

手の中の硬貨が、少しだけ重く感じる。

ハクトは地図を見直した。

市場通りから青い扉の店までの道、噴水、赤い布屋根、果物屋。

ただ歩いた道が、案内できる道に変わった気がした。

詰所へ戻ると、掲示板の札が少しだけ入れ替わっていた。

けれど、水門小屋への道案内はまだ残っている。

ハクトはその札を見る。

水門小屋。

昨日行った場所だ。

ただ、道は少し入り組んでいた。

水路沿いの道を通る必要がある。

自分だけなら地図を見ながら行けるが、人を案内するなら、さっきより少し難しい。

ハクトは迷った。

でも、さっきの依頼でわかったこともある。

目印を選ぶ、わかりやすい道を選ぶ、相手が迷わず帰れるようにする。

それなら、やってみる価値はある。

ハクトは受付へ向かった。

「水門小屋への道案内を受けたいです。」

受付の女性は札を見て、うなずいた。

「依頼者は配達人です。急ぎではありますが、走らせる必要はありません。荷物がありますから、転ばせないようにお願いします。」

「はい。」

『案内依頼を受けました』

『目的地:水門小屋』

『報酬:6リル』

依頼者の配達人は、詰所の横で小さな木箱を抱えていた。

若いNPCで、額に少し汗を浮かべている。

「水門小屋までお願いします!いつもの道が荷車でふさがっていて、回り道がわからなくて!」

「わかりました。水路沿いの道を使います。途中で確認しながら進みますね。」

「助かります!」

ハクトは地図を開く。

水門小屋までの道は、昨日の記録に残っている。

ただし、昨日と同じ道が使えるとは限らない。

2人は水路の方へ向かった。

市場通りの騒がしさが少しずつ遠ざかる。

石畳の道は細くなり、横に水路が見えてきた。

水の流れる音が、足元から静かに聞こえる。

「この道、来たことがあるんですか?」

「1度だけです。でも、目印は書いてあります。」

「ずいぶん書き込んである地図ですね!」

「歩いた場所を、少しずつ書いています。」

配達人は少し感心したように地図を見た。

ハクトは照れそうになったが、すぐに前を見る。

細い石橋の前で、2人は足を止めた。

橋の向こうに、荷車が止まっている。

荷物を降ろしている途中らしく、人が何人か集まっていた。

「ここも通れませんね。」

「困ったな、水門小屋はこの先なのに……。」

ハクトは地図を見る。

水路沿いに進む道、市場側へ戻る道、小さな広場を経由する道。

昨日は通らなかった道が、地図の端に少しだけ描かれていた。

まだ確かめていない道だ。

ハクトは周囲を見回す。

「少し戻って、左の小さな広場を通る道を確認してもいいですか。遠回りですが、水路から離れすぎないので、方角は間違えにくいと思います。」

「お願いします!」

2人は少し戻り、細い路地を左へ入った。

そこには、小さな広場があった。

中央に古い井戸。

端には木のベンチ。

壁には、水門小屋の方向を示す小さな看板がある。

ハクトはその看板を地図に写した。

「ここから行けそうです。」

「よかった!」

広場を抜けると、水門小屋の屋根が見えた。

配達人の表情が明るくなる。

「お!見えました!」

「はい、あそこです。」

水門小屋の前で、配達人は木箱を抱え直した。

「ありがとうございました!」

「途中で道がふさがっていたので、少し回り道になってしまいました。」

「気にしないでください!ちゃんと着けましたから!」

配達人はそう言って、6リルを渡してくれた。

『案内依頼を達成しました』

『迂回路を確認しました』

『報酬:6リル』

続けて、もう1つ表示が浮かんだ。

『案内人経験値を獲得しました』

『案内人 Lv.2:42/100 → 58/100』

ハクトは表示を見つめた。

道を案内する、迂回路を探す、目的地まで連れていく。

それだけで、ちゃんと経験値が入る。

戦わなくてもいい。

でも、何もしなくていいわけではない。

ハクトは地図に、今通った広場と看板を書き足した。

古い井戸、小さな広場、水門小屋への迂回路。

地図の空白が、少しずつ埋まっていく。

詰所へ戻る頃には、昼を少し過ぎていた。

ハクトは手持ちのリルを確認する。

道案内で5リル。

水門小屋への案内で6リル。

合わせて11リル。

大金ではない。

橋の先へ進む準備には、まだ足りない。

それでも、確かに増えた。

リクも今ごろ、どこかで商売をしているのだろうか。

そう思うと、自分ももう少し頑張りたくなった。

掲示板の前に戻る。

『東門前広場の確認』

『内容:案内看板の写し、周辺目印の確認』

『目的:詰所用の簡易地図更新』

『報酬:7リル』

ハクトはその札を見た。

東門。

スライムを倒しに行った時に通った場所ではある。

けれど、門前広場や案内看板を、案内人の目で見たことはまだなかった。

通ったことがある場所でも、案内できる場所とは限らない。

案内人の目で見直す依頼なら、今の自分にも意味がある。

ハクトは受付へ向かった。

「東門前広場の確認を受けたいです。」

受付の女性は札を受け取り、内容を確認した。

「詰所用の簡易地図を更新するための依頼ですね。」

「はい。案内看板の内容と、周辺の目印を確認すればいいんですね。」

「その通りです。東門は荷車や行商人の出入りが多いので、目印や注意書きが変わることがあります。」

「外には出ますか?」

「いいえ。今回は門前広場までで大丈夫です。東門の外へ出る必要はありません。」

「わかりました。」

「ただ、東門前は人と荷車が多いです。立ち止まる場所には気をつけてください。」

「はい。」

「それと、看板の文字だけではなく、初めて来た人が目印にしやすいものも見てきてもらえると助かります。」

「目印は、井戸や荷車置き場みたいなものですか?」

「そうです。野菜の集荷場や門番詰所の位置もですね。」

「案内する時に使いやすいものを確認するんですね。」

「はい。案内人なら、そのあたりを見る練習にもなると思いますよ。」

そう言って、受付の女性は札を手元に置き、依頼の処理を済ませた。

ハクトは地図を開き、東門へ向かう。

リーヴェルの街は、歩く方向によって少しずつ表情が違う。

南門へ向かう道は、冒険者や詰所の空気が強かった。

市場通りは、買い物と商売の声であふれていた。

水門小屋の方は、水音と生活の気配が近かった。

東門へ向かう道には、荷車が多かった。

野菜の入った木箱、干し草を積んだ車、農具を担いだNPC。

道の端には、土のついた靴跡が残っている。

ハクトはそれを見ながら歩いた。

同じ街の中なのに、門ごとに雰囲気が違う。

東門前広場に着くと、南門とはかなり様子が違っていた。

門は開いている、外には畑が見える。

その向こうに、低い柵と農道が続いている。

南門のような重い緊張感は少ない。

けれど、完全に自由というわけでもなさそうだった。

門の横には案内看板が並んでいた。

『東門外農道』

『低危険区域』

『畑道以外への立ち入り注意』

『夜間通行不可』

隣には別の札がある。

『農地作業中』

『荷車優先』

『魔物を見た場合は門番へ報告』

ハクトは1つずつ地図に写した。

東門外農道。

畑。

低危険区域。

夜間通行不可。

南門とは違う。

南門の先は、街道が安全確認中で止まっている。

東門の先は、畑や農道として使われている。

同じ街の外でも、扱いがまったく違う。

門番がハクトに気づき、声をかけてきた。

「看板の写しか?」

「はい、依頼で来ました。」

「なら、外へは出なくていい。東門の外は低危険とはいえ、畑道を外れれば話は別だ。」

「はい。」

「南門側の街道とは違うが、油断する場所でもない。」

ハクトはその言葉も地図の端に書き留めた。

『低危険でも油断しない』

門番は少しだけ笑った。

「案内人か?」

「はい。」

「なら、門ごとの違いは覚えておけ。門を通れることと、その先を自由に進めることは同じじゃない。」

「門を通れることと、自由に進めること……。」

ハクトはその言葉を繰り返した。

南門は、許可があれば門前外縁までは出られる。

けれど、街道へ進めるわけではない。

東門は、農道や畑道として使われている。

けれど、畑道から外れていいわけではない。

同じ街の外でも、門によって決まりが違う。

ただ道があるから進めるわけではない。

どこまで進んでいいのか、どこから先が危ないのか。

それも、案内には必要なのだ。

ハクトは看板を写し終えると、詰所へ戻った。

受付に地図の写しを見せると、依頼は問題なく達成になった。

『確認依頼を達成しました』

『東門前広場の案内看板を記録しました』

『報酬:7リル』

続けて表示が浮かぶ。

『案内人経験値を獲得しました』

『職業経験値:58/100 → 70/100』

ハクトは表示を見て、小さく息を吐いた。

少しずつ増えている。

派手な戦闘はない。

大きな報酬もない。

けれど、街を歩き、人を案内し、知らない場所を知るたびに、案内人として進んでいる。

ハクトは詰所の端に移動し、地図を広げた。

市場通り、青い扉の道具屋、水門小屋、古い井戸の広場、東門前広場、東門外農道。

昨日より、地図は確実に詳しくなっていた。

線が増えた、目印が増えた、注意書きが増えた。

それは、ただ自分が迷わないための地図ではない。

誰かを連れて歩くための地図だ。

ハクトは所持金を確認した。

今日の報酬は、5リル、6リル、7リル。

合わせて18リル。

稼げることはわかった。

けれど、橋の先へ進む準備を考えると、まだ全然足りない。

護衛を雇うなら、もっと必要になる。

道具も必要になるかもしれない。

ハクトは地図を閉じ、もう一度掲示板を見る。

夕方に近づいているせいか、札の数は少し減っていた。

その中で、1枚の札が残っている。

『南門前外縁・植生調査補助』

『許可範囲:南門から見える外縁部まで』

『内容:指定植物の確認、簡易記録』

『街道側への立ち入り不可』

『要許可』

『報酬:18リル』

南門前外縁。

ハクトはその文字をじっと見た。

今朝なら、すぐに目をそらしていたかもしれない。

でも、今は少しだけ違う。

青い扉の店まで案内した。

水門小屋まで迂回して案内した。

東門前広場で、門ごとの違いを知った。

外に出るのはまだ怖い、それは変わらない。

でも、怖いからこそ、確認する。

怖いからこそ、戻る理由を決める。

怖いからこそ、誰かを無理に進ませない。

それなら、案内人としてできることがあるかもしれない。

その時、掲示板の前で話す声が聞こえた。

「南門前外縁って、どこまでなんだろ。」

「街道側はだめって書いてあるよ。」

「でも、門から見える外縁部って、実際に行かないとわからなくない?」

「教えてくれる人がいればいいんだけど。」

ハクトは声の方を見る。

短い剣を腰に下げた少年。

杖を持った少女。

どちらも装備は新しく、動きにも少しぎこちなさがある。

ハクトは少しだけ迷った。

自分から声をかけていいのか。

まだ、自信があるわけではない。

外縁を完璧に知っているわけでもない。

けれど、今日歩いた道が頭に浮かぶ。

案内は、全部を知っている人だけがするものではない。

知っている範囲を伝える、危ない場所を避ける、無理なら戻る。

それも、案内なのだと思う。

ハクトは小さく息を吸った。

「あの。」

2人が振り向く。

「はい?」

「南門前外縁のことなら、少しだけ案内できると思います。」

そう言ってから、ハクトはすぐに付け足した。

「俺も、まだ詳しいわけではないです。でも、門が見える範囲と、街道側に入らない道なら、確認しながら案内できます。」

少年と少女は、顔を見合わせた。

ハクトは地図を持つ手に、少しだけ力を込めた。

今日、少しだけ詳しくなった地図。

そして、まだ空白の多い地図。

その空白の先に、次の仕事がある気がした。