軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

橋を渡る前に

南門詰所を出ても、ハクトの頭には古い橋の光景が残っていた。

壊れかけた床板、橋の下に溜まった水、草の影から出てきた小さな魔物。

報告は終わった、報酬も受け取った。

共同資金も30リルできた。

けれど、それで次に進めるわけではなかった。

「次に行くなら、何が必要なんでしょうか?」

ハクトがつぶやくと、リクが横でうなずいた。

「今日は、その作戦会議の日だね。」

「作戦会議ですか?」

「うん。今すぐ橋に戻るんじゃなくて、何が足りないかを考える日。」

「そうですね。」

ガルドに言われたことも残っている。

外に出るなら、戻ってくるところまで考える。

目的地に着いただけで終わりではない。

ハクトは地図を開いた。

古い橋の印には、危険情報ありと記録されている。

その文字を見るだけで、さっき見た水の揺れが思い出された。

「道具の相談なら、セイルさんの店に行ってみない?」

リクが言った。

「青い扉の店ですか?」

「うん。橋のことなら、たぶん一番わかりやすく教えてくれるはず!」

「行きましょう。」

2人は市場通りの端へ向かった。

朝の人通りは増えていたが、ハクトはあまり周りを見ていなかった。

今日は、街の賑わいよりも、頭の中の地図の方が強かった。

青い扉の店に着く。

扉を開けると、薬草と革と木材が混ざったような匂いがした。

棚には袋や小瓶、縄、布、金具のついた道具が並んでいる。

セイルは奥の作業台で、細い縄のほつれを切りそろえていた。

顔を上げると、ハクトたちを見て手を止める。

「戻ってきたか。」

「はい。古い橋を確認して、南門詰所に報告しました。」

「橋は?」

「残っていました。でも、床板が抜けていて、橋の下に水の淀みがありました。小型の魔物もいました。」

セイルの目が少し細くなる。

「渡ったのか?」

「いえ、渡らずに戻りました。」

「ならよかった。」

その言い方は短かった。

けれど、軽くはなかった。

ハクトはやはり、あそこで戻って正解だったのだと思った。

リクが作業台の近くに立つ。

「今日は、橋を渡るために何が必要か相談したくて来ました。」

「橋を渡るため、か。」

セイルは棚の方へ歩いた。

「まず言っておく。壊れた橋を渡る道具と、壊れた橋を調べる道具は違う。」

「調べる道具から、ですか?」

「ああ、渡れるかどうかも見ずに渡るな。足場を見る、戻る道を残す、魔物を寄せない、怪我をした時に動けるようにする。最低でも、そのくらいはいる。」

セイルは棚から道具を取り出し、作業台に並べた。

細い縄。

白い布の束。

小さな木杭。

匂い玉。

小瓶に入った回復薬。

短い棒の先に金具がついた道具。

ハクトは並べられた道具を見る。

ひとつひとつは大きくない。

けれど、全部を持っていくとなると、それなりの量になる。

セイルが順に指差した。

「細縄。ぬかるみや崩れた足場を見る時に、踏み込みすぎないようにするためのものだ。12リル。」

「目印布。草の中でも見えやすい。5リル。」

「湿った地面に打つ短杭。3本で10リル。」

「匂い玉。前に買ったものより少し持ちがいい。1つ8リル。」

「薄めた回復薬。傷をふさぐ程度なら使える。1本10リル。」

「探り棒。橋の床板やぬかるみを見る道具だ。18リル。」

リクが指を折りながら計算する。

「全部で63リル。」

「はい。」

ハクトも同じ数字にたどり着いていた。

共同資金は30リル。

足りない。

わかってはいた。

けれど、数字になると重い。

「……全然足りないね。」

「ですね。」

「しかも、護衛費は別なんだよね……。」

「そうでした。」

ハクトは少しだけ肩を落とした。

橋の先へ進むには、思った以上に準備がいる。

地図を作るだけでは足りない。

道具も護衛も情報もいる。

リクは並んだ道具を見て、少し楽しそうに目を細めた。

「でも、足りないってわかったのは大事だよ。」

「大事ですか?」

「うん。何が足りないかわからないまま進むより、ずっといい。買う物、借りる物、後回しにする物、稼いでから買う物に分けられる。」

セイルが少しだけ口元を動かした。

「商人らしいな。」

「商人なのでっ!」

リクは胸を張った。

ハクトは思わず笑いそうになったが、すぐに作業台へ視線を戻す。

「この中で、次に行くなら絶対に必要な物はどれですか?」

「次に何をするかによる。」

セイルはそう言って、細縄と目印布を指差した。

「戻る道を残すなら、この2つだ。」

次に、探り棒を指差す。

「橋を近くで見るなら、これもいる。足で確かめるな、落ちる。」

最後に、匂い玉を指差した。

「魔物を避けたいなら、これもあった方がいい。絶対ではないが、ないよりはいい。」

ハクトはうなずきながら、地図の横に記録する。

『古い橋』

『次回準備候補』

『細縄』

『目印布』

『探り棒』

『匂い玉』

『護衛の確保』

これはシステムに出された文字ではない。

自分で残すメモだ。

書きながら、ハクトは小さく息を吐いた。

「これだけでも43リルですね。」

「共同資金だけだと足りないね。」

「俺の個人資金から出せば、買えなくはないです。」

「それは最後の手段かな。」

「個人資金を使い切ると、動けなくなるからですか?」

「そう。食事とか、急な出費とかもあるしね。共同で行くなら、共同で準備した方がいいと思う。」

リクの言い方は軽い。

でも、内容ははっきりしていた。

ハクトはうなずいた。

セイルが腕を組む。

「橋を渡る気なら、職人にも聞け。」

「職人ですか?」

「木の橋を見るなら、木工職人だ。直せるかは別だが、危ない橋の見方は知っている。」

「なるほど。」

「水場のことは、水門小屋の女にも聞け。淀みが広がっているなら、水の流れが変わっているかもしれない。」

水門小屋の女性。

前に話を聞いた相手だ。

古い水路点検図の写しも、そこから手に入れた。

ハクトは記録を追加する。

『相談先』

『木工職人』

『水門小屋』

リクが作業台の道具を見ながら言った。

「つまり、次にやることは買い物だけじゃないね。」

「はい。相談と、資金の準備も必要です。」

「護衛の予定確認も。」

「ガルドさんにも予定がありますからね。」

「そうそう。あの人、いつでも都合よく立ってるわけじゃないから。」

セイルが短く笑う。

「当たり前だ。」

「ですよね。」

リクは肩をすくめた。

ハクトは地図を閉じた。

今すぐ橋へ向かう流れではない。

むしろ、やることは増えた。

それでも、不思議と嫌ではなかった。

橋を渡る前に、やるべきことが見えてきたからだ。

セイルは並べた道具を棚へ戻しながら言った。

「今日買うのか?」

「今日は買いません。先にお金と相談先を整理します。」

リクが答える。

「それがいい。必要だと思った時ほど、すぐ買うな。」

「商人として、胸に刻んでおきます!」

「商人なら刻む前に計算しろ。」

「厳しいっ!」

リクは少しだけ目を丸くし、それから笑った。

店を出ると、市場通りの音が一気に戻ってきた。

外に向かうプレイヤー。

防具を見比べるプレイヤー。

地図らしきものを開いて、道の端で立ち止まっているプレイヤー。

ハクトはその姿に目を止めた。

まだこの街に慣れていないのかもしれない。

目的地への行き方がわからないのかもしれない。

少し前の自分と同じだ。

リクもその視線に気づいた。

「案内人の仕事、ありそうだね。」

「今の人ですか?」

「今の人だけじゃなくて。この街、広いし、外に出る人も増えてる。安全な道を知りたい人はいると思う。」

ハクトは地図を軽く握った。

「でも、俺はまだ案内人として、ちゃんと仕事を受けたことはありません。」

「だから、受けてみるんだよ。」

リクは市場通りを見渡す。

「僕も、ちゃんと商人として稼ぐ方法を考えたい。露店の手伝いでも、仕入れでも、荷物運びでもいい。今のまま報酬待ちだけだと、準備の方が先に止まる。」

ハクトは共同資金30リルの重さを思い出した。

橋へ行くための最低限にも届かない。

次の護衛費も必要になる。

食事や消耗品もある。

確かに、このままでは足りない。

「金策、ですか?」

「うん。ゲームっぽい言い方をすればそうだけど、たぶんこの世界では普通に仕事かな?」

リクは軽く笑った。

「1日、別々に動いてみない?」

「別々にですか?」

「うん、ハクトは案内人として仕事を探す。僕は商人として仕事をしてみる。明日の夕方に合流して、成果を持ち寄る。」

「1人で大丈夫ですか?」

「街の中と、安全な範囲で動くよ。無理はしない。ハクトも同じ!」

リクはそこで、少し真面目な顔になった。

「一緒に動くのは大事だと思う。でも、全部一緒だと、お互いの職業でできることが見えにくい気がする。」

ハクトは黙って聞いた。

リクと一緒にいると安心する。

軽く話してくれる。

考え方も助けてくれる。

けれど、案内人として仕事をするなら、自分で相手の話を聞き、自分で道を選ぶ時間も必要なのかもしれない。

「ハクトは、案内人として稼げると思うよ。」

「地図が作れるからですか?」

「それもあるけど、たぶんそれだけじゃない。危ないと思ったら止まれるし、相手の目的をちゃんと聞こうとする。道を知ってるだけの人より、そっちの方が大事だと思う。」

ハクトは少しだけ言葉に詰まった。

嬉しい。

でも、すぐに自信があるとは言えなかった。

「やってみます。」

「うん、僕もやってみる。」

リクは鞄の肩紐を握り直した。

「明日の夕方、初心者宿で合流。そこで稼いだ分と、経験値、わかったことを報告し合う。どう?」

「わかりました。」

「危ないと思ったら?」

「戻ります。」

「お金に目がくらんだら?」

「……戻ります。」

「よし!」

リクは満足そうにうなずいた。

ハクトは少し笑った。

その時、視界の端に表示が浮かんだ。

『行動方針を記録しました』

『橋を渡る前に準備を整えましょう』

続けて、ハクトが自分でつけた記録が地図の端に並ぶ。

『資金の確保』

『相談先の確認』

『護衛の予定確認』

『戻るための道具』

ハクトはそれを見つめた。

橋を渡る準備とは、橋の向こうへ行く準備だけではない。

戻るための道具を持つこと、必要な人に相談すること、資金を整えること。

そして、自分たち自身が少し成長すること。

それも、きっと準備なのだ。

リクが軽く手を上げる。

「じゃあ、僕は市場の方を見てくる。商人として、まずは商人に話を聞くところから。」

「俺は、案内人の仕事を探してみます。」

「お互い、無理はなしで!」

「はい。」

2人は市場通りの真ん中で別れた。

リクは人の多い露店の方へ歩いていく。

ハクトはしばらくその背中を見送った。

1人になると、少しだけ心細い。

けれど、足は止まらなかった。

ハクトは地図を開く。

リーヴェルの街。

南門、市場通り、初心者宿、水門小屋。

まだ知らない道も多い。

でも、だからこそ案内人の仕事がある。

ハクトは顔を上げた。

橋の先へ進む前に。

まずは、この街で自分にできる案内を探そう。