作品タイトル不明
第340話:案内
「打ち込みが甘い!」
「剣から目を離すな!」
「違う! 今のは右だ!」
鋭い檄を受け、準騎士たちが必死に剣を振るう。
新都建設に伴い、既に旧領都などと呼ばれ始めている現領都、ガーンドラバルの南側にある騎士団の訓練場では、『獣人族』や元ジャームル王国の難民たちの中で、騎士団に入団した者たちが厳しい訓練に励んでいる。
今はこっちをガーンドラバルと呼んでいるけど、新しい名前考えなきゃだよね。
そして、そんな準騎士たちの訓練の様子を、王都から来たサーシャとヤートンさんが見学している。
・・・・・・なんで?
いや、そもそもよ。
サーシャがうちに来たこと自体がサプライズだった。
カイトたちが到着することを伝えに来た「飛空団」の騎士が、「サイル伯爵家サーシャ様、バロナム伯爵家ヤートン様がご一緒です」とか言ってきたかと思えば、カイトたちが乗る馬車から、私のほぼ唯一の友人であるサーシャと、その婚約者のヤートンさんが降りてきた。
どうにか出迎えの言葉は言えたし、サーシャに会えたこと自体はとても嬉しかったから、思わず笑顔になりはしたけれど、私の混乱は終わっていなかった。
そんでもって、カイトたちに事の顛末を聞いたところ・・・
「王都に行ってくる」
となった私の心情は、いたって正常だったと思う。
サーシャやカイトから止められたことで王都に乗り込むことは止めたけれどね・・・
にしてもさ、本当に貴族って何を考えているんだかね。
私の感覚が一般的な貴族とは違うことくらい理解しているし、貴族には貴族なりの考え方、常識があることも分かっている。貴族としては、異端なのは私だ。
まあ、自分自身の考え方を変えるつもりはないが、別に誰かと争いたいわけではない。前に王都で敵対した貴族は、カーラルド王国では貴族であっても犯罪となる奴隷取引に精を出していた連中だし、特殊だ。
今回の件は、貴族的には驚くことではない、らしい。
もっとも、それは一般論として、高位貴族と縁を持つために、既に縁のある貴族と縁を繋ぐ。また必要とあらば、他人の婚姻に口を出し、破談にさせたり、割り込んだりするという手法自体の話。少し調べれば、私に近づくために選ぶ手法としては、悪手中の悪手であることくらい直ぐに分かる。
だから、今回の件は、選択した手法が誤り、という結論になる。これを企てた貴族たちは、そんな簡単な調査すらできないか、調査をしようとしないということであり、レベルがかなり低い。
王宮からカイトに今回の件のお詫びがあったらしいが、明確な犯罪行為を起こしているわけでもない貴族を処罰するのは、ハールさんたちとはいえ結構難しいのだろう。加えて、現在は貴族や実務を担う役人の慢性的な人手不足らしい。
王太子のベイルさんがどうにか策を考えているらしいから・・・、うん、頑張って。
私としては、サーシャが止める以上、特に手を出すことはしない。
とはいえ、2人の様子を見ていると、愚かな貴族の企みによって、2人の結婚にケチが付かなくて本当によかった。その原因が私だとすれば、ちょっと立ち直れなかったかも・・・
そんなわけで念のための避難としてうちに来た2人を案内していた。
滞在してもらうのはうちの屋敷になるので、まずはその設備から。
ギラギラした豪華さはないが、それなりに整った内装だとは自負していたけれど、かなり評判がよかった。
そして自慢の水回りを紹介した際には、サーシャとそのお付きのメイドさんが目を見開いていた後、かなり詳細に確認していた。
最初は、魔法でごり押して穴を掘り、排水機構もむき出しだったお風呂やトイレは、今では魔道具も利用しており、見た目や使い勝手は前世の頃と大差ないところまできている。王宮も水回りは綺麗ではあったが、超えられない技術の壁というか、発想の壁はあるし、私たちにとって快適といえるものではなかった覚えがある。そう考えると、驚かれるのも無理はない。
初日は屋敷の紹介だけだったので、今日は領都の案内をしていた。
といっても、ドランドの工房など、生産関連の施設は既に建造中の新都へ移動しているものが多い。
それでも初めはレーベルが1人で育てていた薬草畑や、『セルの実』や『シェンの実』を育てている区画は残っており、ヤートンさんの食いつきが凄まじかった。
・・・『アマジュの実』は見せるのを止めておいた。ほとんどが、既に新都に移植されているし、確か伝説の木の実とか言われていた気がするし。うちの領では子どもがおやつ感覚で囓ったりしているが・・・
そして、今は騎士団の紹介中。
騎士団も半数ほどが新都に滞在し、新都の南を流れる川を越えた先の調査や、洞窟の調査をしている。少ししたら、ダーバルド帝国を攻めるための準備に入る予定だけどね。
現在、領都に滞在している騎士団は、領都を守るために必要な戦力に加えて、最近入団した新人が多い。
彼らは準騎士として、正式な騎士である10級騎士を目指して日々訓練や勉強に励んでいる。彼らが身に付ける必要があるのは単に戦闘技能だけではない。様々な戦術に関する知識、武具に関する知識、そして魔獣・魔物に関する知識だけでなく、貴族世界の常識なども叩き込まれるらしい。
うちでは「騎士」とは、職業軍人を指す側面が強く、いわゆる「騎士爵」とは異なる。とはいえ、「騎士」と名乗る以上、相応の常識は必要になるとのこと。まあ、身に付けておいて損はないだろう。
そんな準騎士が戦闘訓練を行う様子を見ていたサーシャが、
「ねえ、コトハ。あちらの方たちは何をされているの?」
サーシャが指す方では、先ほどの準騎士たちとは別の準騎士たちが、いわゆる集団行動の訓練をしていた。隊列を組んで行進し、左右前後と歩幅やタイミングを合わせながら、指揮官の指示に従い陣形や進行方向などを変えるアレだ。
うちでの正式名称ってなんだっけ? そう思い、同行していたアーロンに視線をやると、
「あれは『隊列行動』という訓練にございます。騎士団の規律を染み込ませるための訓練になります。同時に、式典等に出席する際にも秩序だった、威厳ある動きができるよう鍛えることも目的としております」
と回答してくれた。
そういえば、
「うちの騎士団って、様々な騎士団の出身者がいたり、冒険者出身の者がいたり、森の中で暮らしていた部族の戦士がいたりと、出自がバラバラだからさ。けど、個々人の能力は高いから、部隊として一体感を出すために。それに個々の能力が高いとどうしても統率が取りにくくなったり、横暴になったりする者がいるらしいから規律を強めるって意味もあるんだよね?」
「コトハ様の仰るとおりにございます」
出自がバラバラな点や個々の能力が高いことによる弊害は騎士団幹部が気にしていたこと。
話を聞いた日本出身組が、そういうときには「集団行動!」と声を揃え、具体的なことを説明すると幹部たちも有用そうだと思ったらしく、採用された。
副次的に、式典や領外で行動する際に、より統率の取れた、格式高い騎士団として映るようになったのは喜ばしい。
「そういう意味があるのね・・・。それにしても、前に助けていただいたときにも感じたけれど、コトハの所の騎士団は凄いわね。あそこで厳しく指導されているのは、見習いの方々なのでしょう?」
サーシャが指す先では、準騎士が数人がかりで騎士に挑み、コテンパンに叩きのめされている。
「うん。ボコボコにされてるのが見習いたち。うちでは準騎士って呼んでるよ。相手してるのは・・・、6級騎士かな?」
「6級騎士?」
聞き慣れない言葉に不思議そうなサーシャとヤートンさんに、アーロンがうちの騎士団の階級制度を説明してくれた。
準騎士を指導する責任者は、曹長や将校クラスが担う。けれど、単純な戦闘訓練においては、1級騎士に達した彼らよりも、級の低い騎士の方が良い面もある。反対に、相手を務める騎士としても、一対多の経験を積めるしね。
うちの騎士団の階級制度は、新鮮だったようで、特にヤートンさんは「画期的かつ合理的な制度ですね」と高く評価してくれた。その上で、「あの騎士でも6級なのですか・・・」と若干引き気味だったのは見なかったことにしよう。
その後は、訓練場の一角で同じく訓練していた魔法部隊の紹介もしたのだが、これにはサーシャが反応。サーシャ自身も、それなりに魔法が使えるのだ。
魔法部隊の構成員の多くは、ジャームル王国出身者。在野で、冒険者や魔法が使えることを重宝されて土木工事に従事していた者たちだ。ジャームル王国では、旧ラシアール王国にもまして、騎士団や魔法師団への所属が貴族に限られているらしいからね。
「狙え! ・・・・・・撃て!」
指揮官の号令に合わせ、的へ向けて『火球』が放たれる。
うん。前見たときよりも、威力・精度が増してるね。
うちに来た以上、彼らの魔法の腕が増すことは約束されていると言っても過言ではない。本来は、自衛できない固定砲台となるのは危険だから、相応の体術や剣の腕も磨かせたいところだけど、今は魔法の腕に集中させている。実戦は直ぐそこだし、騎士ゴーレムによる護衛が可能だし。
騎士団の様子も紹介し終え、屋敷に戻り休憩しつつ感想を聞いていたところ、廊下が騒がしくなった。
そしてアーロンが部屋に入ってきたかと思うと、
「お休みのところ失礼いたします。コトハ様、問題が」
サーシャたちもいるが、まあ、いいか。
目で先を促すと、
「件のダーバルド帝国の砦ですが、中にいる兵力が3倍に膨れ上がりました」
と、確かに面倒そうな話をぶち込んできたのだった。