作品タイトル不明
417 招 待 6
「どの宿にも泊まっていない、だと……」
「は。そして王都から出た形跡もありません。
あの馬車は目立ちますから、宿の 厩(うまや) に預けようが専門の業者に預けようが、簡単に見つけられるはずです。
しかし、馬車も馬も、そして王都中の宿屋の宿帳にも、姫巫女様御一行の形跡は一切なく……。
王都から出られたのであれば、あの馬車と、姫巫女様自らが御者を務められているということから考えて、門番が覚えていないはずがありません」
「むぅ……」
配下の者からの、そのあまりにも説得力のある説明に、認めたくはないが納得するしかない宰相。
悪い予感がした宰相は、あの後すぐに、王都中の宿屋を調べさせ、更に王都から出るための全ての門の門番に、姫巫女一行の馬車が通ったかどうかを確認させたのであるが……。
その結果が、これである。
間もなく日没となるが、姫巫女様はまだ登城されていない。
そして既に宰相は、姫巫女様が本日登城するという確率が限りなくゼロに近いであろうことを察していた。
国王陛下が怒鳴り込んで来るまで、残された時間は少なかった。
「王宮から去った。宿には泊まっていない。馬車を預けていない。王都からは出ていない。
この条件を全て満たす答えは……」
宰相の呟きに、配下の者が答えた。
「……広場の隅かどこかで野宿された、とか……」
確かに、それならばこの条件を全て満たしている。
一瞬、そう考えた宰相であるが……。
「あるものか、そんな可能性は!!」
姫巫女様と、お付きの少女……まだ幼い子供……がふたり。
そして、馬車は姫巫女様の専用馬車らしく、 華奢(きゃしゃ) で小さい。
報告によると、テントも夜営具も積んでいる様子はなかったとのこと。
いくら全員が子供とはいえ、馬車の中で皆が横になるスペースはなく、座席に座ったままで眠るのは厳しいであろうと思われる。
護衛もおらず、喉が渇いても飲み物はなく、お手洗いもない。
貴族であっても、軍人であれば耐えられるであろう。
……しかし、子供連れの少女では……。
「まあ、いくら考えても、分からんものは分からん!
そしてお前の説が正しいとしても、姫巫女様御一行が王都内におられるという前提は変わらん。
馬と馬車を売って、変装するか荷に紛れて、とかいうのも、考えづらいからな。
あの馬車は目立つし、そこまでしてこっそりと王都を出ねばならぬ理由がない。
別に、お尋ね者だというわけではないのだ、普通に出られるであろう。
まさかこんなことになるとは思ってもいなかったから、門番に引き留めの指示を出したりはしておらぬし、姫巫女様も当然そうお考えであろうからな……。
なので……」
「……なので?」
「お前も、さっさと姫巫女様を捜しに行け!
宿屋も広場も路地裏の空き地も、馬車が駐められそうな広さの空き地は全て確認しろ!
宿屋なら、そろそろチェックインしている時間帯だ。野宿でも……あり得るとは思えんが……、暗くなる前には場所を決めて準備するであろう。
絶対に確保して、明日には陛下に謁見していただくのだ!
陛下を宥めておけるのは、今日だけで限界なのだ……。
……行け!!」
「はっ!」
* *
「いや~、あちこち廻ったねぇ……。こんなに歩き廻ったの、久し振りだよ……」
「ミツハは、軟弱だよ。もっと身体を鍛えなきゃ!」
「え~。そりゃ、コレットちゃんは元気だけど、私だけじゃなくてサビーネちゃんもへばってたじゃない……」
「私は、姉様よりはマシだったわよ!」
コレットの攻撃を 躱(かわ) そうとしたが、サビーネに裏切られたミツハ。
3人は、今日一日中この国の王都を歩き廻り、食べ歩き、めぼしい観光名所を廻った。
この国はゼグレイウス王国と同じくらいの文明度であるが、やはり地形的なことや文化的な違いから風習や服装も異なり、特産品にも珍しいものがある。
たくさん買い込んでも、ミツハが転移で一瞬のうちに日本邸か雑貨屋ミツハに置いてくればいいから、荷物が増えて困ることはない。
もし買いすぎて余った場合は、雑貨屋ミツハで売ってもいいし……。
なので、有名な建物や景色だけでなく、お店巡りも結構楽しんだ3人。
そして今は、ミツハの日本邸で紅茶を飲みつつ、茶菓子をパクついている。
夕食は、王都の屋台で済ませている。
「明日は、もう帰る?
まあ、帰るとは言っても、もうあの国へは行かず、このままゼグレイウス王国へ転移しておしまい、ってだけなんだけどね。
あ、日数的に矛盾が出ないよう、数日間 地球(こっち) で遊び回って時間を潰してからだけど……」
「う~ん……。あと1日、観光を続けない? 食べてみたい料理がまだあるし、お上りさんの観光客としてじゃなくて、普通の平民として 民(たみ) の暮らしぶりや本音が聞きたいと思うのよね……」
自分の好奇心や楽しみだけでなく、この機会にこの国の本当の姿を知っておきたいという、サビーネ。
自国にとって重要な関係にある大国であり、確率はかなり低いものの、将来サビーネ自身が輿入れすることになる可能性も、決してゼロだというわけではない。
おそらく、国王達はサビーネを自国の貴族に嫁がせようとするであろうが、将来の国際情勢や力関係がどうなるかなど、誰にも分からないのだから……。
「うん、別に構わないよ。日頃、王女教育で大変だろうから、たまには息抜きをしたいよね!」
「えへへ……。ありがとう、姉様!」
嬉しそうなサビーネに、コレットもにこにこしている。
サビーネは天才であり勉強ができる。
他国の言語、貴族家の系譜や歴史、マナー、その他諸々を覚えるのは得意である。
小手先で何とかなる、テクニック的なこともできる。
しかしそれでも、苦手なこともあるし、王女教育を受けなくていいというものではない。
そして、なまじ覚えが良いために、教師に求められるハードルがどんどん高くなる、という弊害もあった。
教師達は、将来サビーネがデビュタント・ボールを終えて社交界にデビューし、政治に携わるようになった後、その優れた能力が国中に、そして他国にも知られ称讃された時に、『彼女は私が育てた!!』と言って自慢するために、教師自身より上の能力を身に付けるよう教育しているのである。
……12歳の少女に。
それは、サビーネがうんざりするのも無理はなかった。
なのでミツハは、サビーネが王女教育をサボれる機会があれば、積極的に協力してやっている。
そしてコレットは、ただサビーネが自分と一緒に遊べる時間が増えるのが嬉しいだけであった。
「よし、それじゃあ、明日は引き続き王都の観光! 明後日は、王都を出て帰還の途に就き、昼頃にどこかの小さな町に入って調査と情報収集、買い物。夕方には出発して、 日本邸(ここ) に戻る。
王都を出てすぐに足取りが途絶えるというのは、ちょっとアレだからね。
そのあとは、数日間こっちで暮らして、日数的におかしくない期間が経過したら、国に帰還。
それでいい?」
「「異議なし!!」」
サビ・コレコンビの声が揃った。
「よし、じゃあ、それで行こうか!」
王都見学の初日、誰にも何も言われなかったし、王宮側からの接触もなかった。
なのでミツハ達は、謁見に関しては、もう何も気にしていなかった。
招待しておいて、訪ねていったのに、無視。
そこまで馬鹿にされたのであれば、帰っても文句を言われる筋合いはないよね、と。
これで、翌日以降も毎日王城に顔を出してずっと放置される、などという屈辱に甘んじるつもりは、更々なかった。
自分だけであれば、2~3回は登城を続ける、という選択肢もあった。
離婚のため探偵を雇って浮気の証拠を確保する時も、1回だけの証拠だと『その時、1回だけだ。魔が差した、反省している』とか言って誤魔化そうとしたり、根回しされた共通の友人達から『1回だけなんだから、許してあげなよ』と余計な口出しをされたりする。
なので、常習であることを証明するため、複数回の証拠を集めるのが定石である。
……しかし、今回はサビーネが一緒である。
我慢強いコレットはともかく、王女様に『一日中、小部屋で待機する』などという苦行を課すことは、ミツハには許容できなかったようである。
「まあ、うちの王様の顔を立てるための、義理は果たしたからね。
ちゃんと行ったのに会ってもらえなかったのは、私のせいじゃないよね」
「「うん!」」