作品タイトル不明
388 コードネーム『姫様』
ある日、世界中の情報業界に激震が走った。
それは、業界の専門家達の間で広まった情報ではなかった。
表の世界。
……そう、ごく普通の、マスコミによって流された情報であった。
日本で発生した、宝石店強盗と立て籠もり事件。
日本以外の国ではごくありふれた、大して視聴者の興味を惹くこともない事件。
それがどうして国際ニュースとなって他国でも大きく取り上げられたかというと、その事件が極めて異常だったからである。
これが日本以外の国での出来事であれば、ここまで大きく取り上げられることはなかったであろう。
デマやフェイクニュースと思われて。
……しかし、このニュースの発信源は、日本であった。
世界でトップクラスの文明を誇り、宗教が強い力を持つこともなく、事実が 恣意(しい) 的に大きく歪められることの少ない、真面目で勤勉な国民性である、日本。
……そして、悪質な悪ふざけや他国を騙すようなことを嫌がる国、日本。
その日本で不思議なことが起きたというならば、それは本当に不思議なことが起こったということである。
そして、そのニュースによると……。
ミッション系女子学院の小学部に立て籠もった強盗達が、捕虜である女子小学生とシスターによって全員捕縛。
捕虜達を救ったのは、天使の如き美しさのスーパーヒロイン。
銃火器を使ったものと思われるのに、現場には硝煙反応なし、薬莢なし、弾頭部なし、弾痕なし。
更に、犯人達と学校関係者以外の者の指紋や毛髪等なし、捕虜となっていた子供や教師達の証言も殆どなし。
警官隊により完全に包囲された学院には、侵入できるような経路なし、脱出ルートなし。
犯人達の銃器は、最上階の教室にいたふたりの分は、薬室と弾倉の1発目の銃弾だけ、火薬が入っていなかった。
職員室にいた犯人達の銃は、全て弾倉が外れており、薬室にも弾がなく、それらは全て 折り畳み(フォールディング) ナイフなどと共に周辺の床に散乱していた。
とても人質達が襲い掛かって奪い取ったとは思えない。
そんなもの、襲い掛かられた瞬間に引き金を引いて掃射すれば済むことであろう。
……ならば、突然現れ、突然去って行ったという謎のスーパーヒロインによるもの?
アクションシーンを演じながら、指紋ひとつ、毛髪一本も残さないという人外?
だがここに、その事件を説明できるキーワードがあった。
最重要機密事項、コードネーム『姫様』。
情報部門と政府上層部の一部の者達だけが知っているという、国家機密。
異世界の存在と、そこからもたらされる可能性がある、莫大な富。
別に、金や宝石がもたらされるという意味ではない。
……いや、勿論、それもあるかもしれないが……。
しかし、本命は地球には存在しない動植物や細菌、鉱石、ゲノム情報、左螺旋のDNA。
そして魔法という、摩訶不思議な現象。
異世界間転移、空間転移、翻訳魔法、その他諸々。
そのエネルギー源は? 姫様の世界以外の異世界にも行けるのか? そしてそこでは、どんな発見があるのか?
世界中の情報関係者の目が、日本の某港町に集中した……。
* *
日本で起こった籠城事件の情報を得た 上の方(・・・) は、すぐに俺達を現地へ派遣した。
明らかに『姫様』が関わっている案件であると判断したらしい。
……いや、そりゃ当然だ。事情に詳しい者であれば、誰だってそう考えるだろう。
そうでない者は、無能だ。そんな奴、情報畑では生きていけない。
まぁ、現地へ行っても、大した意味はないだろうが……。
もうとっくに撤収して、行方をくらませているはずだ。
例によって、髪の毛一本、指紋ひとつも残さずに、完全に痕跡を消しているに決まってる。
住んでいたところを突き止めたところで、何の意味もないさ……。
* *
……って、どうして居るんだよっ!!
姿をくらますだろうが、普通! 常識で考えて!!
……まあいい。
居たところで、こっちは何もしやしない……、いや、できやしないんだ。
別に、姫様に手出ししようなんざ、上の方も考えちゃいない。
そりゃ、繋がりを持ちたいとは思っているだろうが、無茶なことをするつもりはないだろう。
……姫様を捕らえる?
いや、一瞬で転移できる相手を、どうやって?
遠くから狙撃?
いやいやいやいや、姫様の力を利用したいというのに、殺してどうするよ!
……薬で? 麻薬か洗脳薬とかで言いなりに?
イセコン(・・・・) とやらで上司が聞いた話によると、体内の病原体や有害物質を残して転移できるらしいんだ。そんなの、薬物成分だけ残して転移されれば終わりだ。
ほんの一瞬意識が戻れば、それまでだ。
……人質を取る?
もし失敗すると、あの国のように、報復が……。
しかも、 今度は手加減なし(・・・・・・・・) 、と宣告されている。
あれ以上の報復とは、どれくらいのものなのだ?
姫様は、あの国の情報局のビルを転移させた。
なら、サイロの中の核ミサイルを都市上空に、とか、数十万トンクラスのタンカーを首都上空に、とかも可能ということに……。
そしてタンカーの積荷は、別に重油だけとは限らない。
ガソリンや、 粗製ガソリン(ナフサ) とかも……。
……いや!
いやいやいやいやいやいやいやいやいや!!
駄目だ!
絶対に、姫様やその関係者に手出ししちゃ駄目だ!!
敵対せず、良好な関係を築く。それしかない!
とりあえず、馬鹿な国が短絡的な行動に出ないよう、影から見守り、護衛するか……。
上手くすれば、姫様や関係者の危機を救ってお近づきに、とかいう僥倖に恵まれる可能性も、決してゼロというわけではないだろう……。
* *
……よし!
姫様のメイド……明らかに、 地球(こちら) で雇ったのではなく、異世界から連れてきたと思われる美人メイド……が男に絡まれているところに出会い、助けた!
メイドは嬉しそうに微笑み、感謝の目でお礼を言ってきた。
……何を言っているのか分からなかったが、おそらく、『素敵! 抱いて!!』とでも言っていたのだろう。
うむうむ。
これで、メイドから話を聞いたであろう姫様にも、我が国に対して好印象を抱いていただけたはずだ。
我ながら、良い仕事をしたものだ。
これは、特別報奨金は確実だな。
何しろ、姫様に対する各国のアプローチ合戦において、我が国が一歩リード……、って、あれ?
……あの時、俺、何かうちの国名が分かるようなことを言ったか?
というか、美人メイドさんはこっちの言葉が分からないみたいだったぞ?
翻訳魔法で言葉が通じるのは、姫様と留学生達だけ?
メイドさんには、俺が言ったことは全く理解されていなかった?
そしてそもそも、俺は自国の名も自分の名前も、何も言っていなかった?
うちの国名を覚えてもらえていない?
と言うか、助けたのが誰か、どこの国の者かが分からず、姫様には伝わっていない?
……じゃあ、俺の功績は?
特別報奨金は?
ああ。
あああああああ!!