作品タイトル不明
383 樫の木 10
サビ・コレコンビの話によると、教室の方の人質グループ……、あの中にいた老 先生(シスター) が、困惑しているらしい。
子供達に規則を守らせることに厳しく、若手の先生達が子供と仲良くできるようにと憎まれ役は自分が買って出ていたため、子供達からは避けられたり怖がられたりしていたのに、あの事件以降、皆が慕って纏わり付くようになったとかで……。
先生(シスター) は、 集(たか) ってくる子供達を少し 鬱陶(うっとう) しそうにしながらも、つい目元と口元が緩んでいるんだとか。サビーネちゃん情報によると……。
そして、職員室の方にいた、若手のふたりの先生がそれを見て、『どうして私達には、子供達の態度が以前と変わらないのですか……』と、しょんぼりしているとか。
まぁ、サビーネちゃんから聞いたけど、そんな決意を見せられちゃあねぇ……。
子供達に、『この先生は、自分の命を懸けて私達を守ってくれる』と思わせちゃあ、そりゃ懐くわな……。
さすが、仔羊たちを守る、『強い 老樫(かし) の木』だ。
若い先生達も、同じ立場であれば、あの老先生と同じように立派に振る舞っただろうと思う。
出番がなかった。ただ、それだけのことなんだよねぇ……。
……若い先生達、ガンバ!
* *
時の流れは速い。
3カ月間のサビ・コレコンビの日本留学も、あっという間に終わった。
……いや、僅か3カ月間だというのに、色々な事件が起こったよ!
サビーネちゃんのひったくり事件、お友達の曾祖母の病気、そして宝石店強盗による人質籠城事件と、僅か 3カ月間(ワンクール) 、12~13週間の出来事としては、てんこ盛りのイベント続きだったよ……。
そして籠城事件の後は、大した事件は起こらなかった。
……ただ、私達の立ち回り先……マンスリーマンションと女学院周辺、そのふたつを結ぶ道筋、私達が行くスーパーとか商店街、その他……において、観光客らしくない他国人の姿が増えたんだよねぇ……。
勿論、怪しい日本人の姿も増えたのだろうけど、人の顔を覚えるのが苦手な私には、日本人の間諜はあまり見分けられないのだ。
まぁ、あれだけ派手に『不思議事件』として報道されたんだ、他国の情報組織や日本の内閣情報調査室にも当然知られ、かの『異世界の王姉殿下、ナノハ女子爵』と結び付けられるのは当然のことだろう。
しかし、別に私達を捕らえるだとか危害を加えるだとかいうつもりはなかったらしく、私達がまたおかしな事件に巻き込まれたり危害を加えられたりしないようにと、護衛をしてくれているというような感じだったのだ。
私達の日常生活から何か情報が得られるかも、とか思ったのかねぇ……。
まぁ、何かあれば私達を助けて、恩を売ったり交流の切っ掛けに、とかいう腹積もりはあったかもしれないけどね。
事実、カティやロレーナがしつこいナンパ男に絡まれた時、明らかに その筋の者(・・・・・) と思われる男性がそれとなく助けてくれたことがあるらしい。
……うん、そういうのには、一応感謝はするよ。
どこの国のエージェントかは分からないけど……。
とにかく、私達は自国の将来のためにふたりの貴族の子供を留学させただけであり、世界一安全な先進国、かつアニメと漫画の存在により留学者達が熱望したという理由により、日本を選んだ。
ただ、それだけのことだ。
だから、私達がここ、ステラ・マリス女学院にいることは、 異世界懇談会(イセコン) の人達に知られても、どうってことはない。
襲われることがないように気を付けてさえいれば。
そういうわけで、無事、終わったというわけだ。
* *
帰りの会……ショートホームルーム……で、サビーネとコレットが短期留学を終えて帰国することが伝えられ、ふたりが皆に挨拶をした。
別に、急な話ではない。最初から、ふたりは3カ月間の短期留学ということでこの女学院にやって来たのであり、それはここへ来た初日に皆に伝えられていた。
なので、別に泣く者がいるわけでなし、挨拶は淡々と終わった。
……しかし、かといって皆が何も思わなかったわけではない。
異国から来た、可愛くて誠実な、天才王女。
そして、その妹という触れ込みで来た、おそらくは王女の護衛であると思われる、明らかに小学6年としては幼い少女。
あの、宝石店強盗の籠城事件における、信じられないような胆力。
身辺警護の特殊部隊員と思われる、謎のコマンドー仮面。
とても、『子供の時の思い出』として軽く流せるような記憶ではなかった。
……だが、子供の刻は過ぎ去り、夢はいつか覚める。
「……これを……」
帰りの会(ショートホームルーム) が終わり、皆と最後の別れを惜しみ教室を後にしようとしたサビーネとコレットを呼び止めた晴香と忍が、ふたりにそっとある物を手渡した。晴香がサビーネに、そして忍がコレットに……。
サビーネとコレットが、渡された小さな箱を開けると……。
「これは……」
中にあったのは、新品ではない、少し小さなおメダイ。
メダイというのは、『メダル』を意味するポルトガル語である。
そのメダイのうちの一種であり、宗教的な絵……イエスキリスト、聖母マリア、聖人や聖堂などが彫り込まれたもの。
晴香と忍が幼稚園の頃から長い年月身に付け、大切にしてきたものであった。
金銭的な価値は殆どない、その小さなおメダイには、1ドル銀貨や特製のシガレットケースのような、銃弾を止めるというような物理的な効果はない。
しかし、幼稚園で頂いたメダイなら、司祭の祝福(祝別)がされているものであろう。
それに、何年にも亘って蓄積された晴香と忍の信仰心、聖なるエネルギーが充填されたおメダイには、価値がある。
たとえ物理的には何の意味もない小さな金属に過ぎなくとも、大切な友から渡されたそれには、確かに、他のものには 代(か) え 難(がた) い大きな価値があった。
お金で簡単に手に入れられるものではない、ふたりがそれぞれ何年も掛けて育ててきた、唯一無二のもの。
それをくれたという意味は、『おメダイ』というもののことを教わっているサビーネとコレットには、よく分かっていた。
「「……」」
ぎゅっ、と晴香の手を握るサビーネと、忍の手を握るコレット。
その2組の手をくっつけて、4人の手がひとつになる。
「「「「…………」」」」
一期一会(いちごいちえ) 。
大人になって、いつの間にか忘れてしまう、子供の時の思い出。
(……いいえ、私は忘れない。12歳の時に出会った、不思議で素敵な、ふたりの留学生のことを……)
* *
そして数日後、晴香と忍に、郵送でサビーネのデビュタント・ボールの招待状が届いた。
『概ね2年半後。日時未定。場所、ゼグレイウス王国王宮』
「2年半も先ですかっ! そして、どこにあるのですか、ゼグレイウス王国!!
どうやって行けばいいんですのおおおおぉ〜〜っっ!!」
「まぁまぁ……。それと、晴香ちゃん、もう喋り方と髪型、元に戻してもいいんだよ?」
「癖になってしまって、なかなか元に戻りませんわ〜っ!!」
* *
サビ・コレコンビの強い要望により、まだ2年半は先の、サビーネちゃんのデビュタント・ボールの招待状を送ることになった。
ふたりのクラスメイトのうちの、特に仲良くなってお世話になったというふたりに……。
本当はクラスメイト全員に送りたかったらしいけれど、さすがにそれが無理なことくらいは分かっている模様。
それで、大切なおメダイをくれたお返しに、としてふたりのお友達を選んだらしい。
デビュタント・ボールに招待すると、異世界のことがバレる可能性がある。
……でも、地球にも昔の文明レベルのままの国はあるだろう。グランド・フェンウィック大公国とか、カリオストロ公国とか……。
まぁ、あれは物語に出てくる架空の国だけど、招待されたクラスメイトのふたりが『そういう国もある』と思っていれば、問題ない。
……って、どうやって異世界じゃなく地球にある国だと思わせたままで、向こうへ移動させるんだよっ!
いや、まだ2年半もあるんだ。それまでに、いい案が浮かぶかもしれない。
もしかすると、それまでに異世界のことが全世界にバレていて、隠す必要がなくなっているとか……。
いや。
いやいや。
いやいやいやいやいやいやいやいやいや!!
……まあ、そんなわけで、サビーネちゃんとコレットちゃんの短期留学は終了したのである。