作品タイトル不明
376 樫の木 3
「他にも、行きたい方はおられます?」
そして、サビーネの問い掛けに、多くの手が挙げられた。
「……チッ、ちょっと待ってろ!」
そう言って、見張りのひとりが教室から出て行った。
おそらく、応援を呼びに行ったのであろう。
ひとりで大勢をお手洗いまで連れていくのは、途中で逃げられる危険が大きすぎる。
かといって、ここの見張りがいなくなるというのもマズい。
ならば、向こうのグループから応援を呼ぶしかあるまい。
(あの男が戻ってくるまでの時間で、向こうのグループがどのあたりに陣取っているかの予想が立てられるかな……)
そんなことを考えているサビーネであるが、既に場所の目星は付いている。
……職員室である。
電話、テレビ、冷蔵庫、電気ポット、ネットに繋がったパソコン等がある。
そして、職員用のお手洗いがすぐ近くにある。
犯人達が居座るには、最適の場所である。
* *
男は、10分くらいで戻ってきた。別の男がひとり、付いてきている。
どうやら向こうで色々と話をしてきたらしい。これでは、往復にかかった時間から行き先の目途を、という作戦は失敗である。
まぁ、サビーネは最初からそんなことに期待したりはしていなかったが。
「トイレに行きたい奴は、ついて来い。
但し、途中で逃げようとか考えたら、どうなっても知らんぞ。
逃げようとした奴も、置いて行かれたお友達もな? へへへ……」
子供に対しては効果がありそうな脅し文句である。
そして、子供達の内、サビ・コレコンビを含む約半数がふたりの男達に前後を挟まれてお手洗いに。
教室と同じ階にあるお手洗いに行ったところ……。
別のところで監禁されている子供達が数人、同じお手洗いに来ていた。
(……え? 職員室は1階なのに、どうして……、って、そうか!
見張り役の人数が少ないから、同じ場所で一度に済ませようとしたんだ!)
サビーネの推察通り、連中は定期的に『お手洗いツアー』を組むつもりのようであり、そのため、付いていく見張りを最少人数にできるよう考えたようであった。
そして先に見張りのひとりがお手洗いの中に入り、窓や逃げ出せそうな場所がないことを確認した後、皆を中へと入れてくれた。
出入り口以外には逃げられるルートがない上、女子小学生である。なので大して心配していないのか、それとも変態だと思われたくなかったのか、男達は個室の前ではなく、手洗い場で待っていた。
人数が多いため個室の前で順番待ちをしている者もおり、また、終わって出てくる者もいる。
いくら相手が子供とは言え、それらの者と目が合うのは、さすがに少し気まずいようであった。
(……チャンス!)
男達があまりこちらをジロジロと見ることはせず、視線を逸らせている様子を確認したサビーネは、一瞬の隙を衝いて、前の者が終えて空いた個室に入ろうとしていた『別室グループ』の子に続いて一緒に入り、急いでドアを閉めた。
「え……」
驚いて目を丸くし、そして真っ赤になった女の子。
「あ、あの、あの、サ、サビーネちゃん……?」
……何やら、おかしな勘違いをしているようである。
「監禁場所はどこ? 人質と、相手の人数は? 室内の状況は?」
「……!! 職員室、児童7先生2、敵は6、襲撃に備えて部屋の中央部に占位、テレビとスマホで情報収集、スマホでどこかの仲間と連絡、『こんなはずじゃ』という言葉を多発!」
さすが、ステラ・マリスに通う児童である。一瞬で思考を切り替えて、必要な情報を簡潔に纏めた、正確な答えを返してきた。
「……上等よ!」
満面の笑みを浮かべる、サビーネ。
そして、ドアを少し開けて、素早く個室から出るサビーネ。
このまま交替で用を足すという選択肢もあったが、いくら子供とはいえ、クラスメイトに真正面から見られたまま用を足すのは 些(いささ) かハードルが高かったようである。
* *
お手洗いミッションは、無事終了した。
飲み物は、給湯室から持ってきたらしいヤカンに水が入れてあり、適宜水分の補給ができるよう配慮されているが、お手洗いのこともあり、あまり飲む者はいない。
状況は急速に推移していると思われるが、それは職員室にいる主力の方であり、ただふたりの男が人質の見張りをしているだけのここ、6年生の教室では、状況は何も変わらない。
この部屋が占拠されたのは、下級生だと幼すぎて泣き喚かれたり、何かのはずみで簡単に死んだりされると面倒だから高学年を狙ったのか。
それとも、立て籠もるのに有利な……警官隊の奇襲を察知し易い……最上階を選んだのか。
はたまた、ただ単に『馬鹿と煙は高いところが好き』というだけのことなのか……。
とにかく、最上階にある6年生の教室のひとつが選ばれたわけである。
ここはお嬢様学校であるため、児童の数は少ない。1学年、50名前後である。
幼稚園から小学校、中学校、高校、大学まで続く一貫校であるため、それら全てを含めた全校生徒となると、そこそこの人数になるが……。
なので、学年が当たってしまった場合、サビ・コレコンビのクラスが当たる確率は非常に高かったわけである。
銃で武装した集団にいきなり突入されては、子供達に危険が及ばないようにそれを阻止するのは警備員の手に余り、子供達を護るためにその盾となり、避難誘導を行うのが精一杯であった。
教師達も、同じく子供達の避難誘導に懸命となり、一緒に学院外に退避。
……そして、占拠された最上階の教室で人質となった一部の生徒と、生徒を残して逃げることを良しとせずに留まった3人の教師が取り残されることとなったのであった。
『姉様、お手洗いで別の場所の人質と接触、情報を入手。
場所は職員室、敵は6名、教師2、児童7。敵にとって現状は想定外の事態である模様』
コレットと手を組んだ状態で腕時計型通信機の送信ボタンを押し、神に祈っているかのような喋り方で、むこうの世界の言葉で簡潔に報告するサビーネ。
受信確認の返事は来なくても、ミツハかロレーナが聞いていることを確信している。
これで、自分達に入手可能であり、そしてミツハが必要とする現場の情報は、全て伝え終えた。
あとはミツハが、充分な情報を入手し、どこまでやるかを判断し、そしてできる限り秘密が漏れない介入の方法を考えるだけである。
そう考えてにっこりと微笑んだサビーネに、微笑みを返したコレット。
そして自分達の危険など考えもせず、クラスメイト達を慰め励ます、ふたりであった……。
* *
ようやく、情報が出たか……。
宝石店の襲撃、逃走に失敗して、無抵抗の人質を取って立て籠もりやすい近くにある場所として、小学校に逃げ込んだ、と……。犯人達は、銃で武装、か。
最初から人質を取って立て籠もり、政治的な要求を、とかいうのじゃなくて、単なる馬鹿達の営利犯罪の失敗か……。
政治的思想犯や宗教絡みじゃないのは面倒がなくてよかったというか、行動は愚かでもそう粗暴なわけじゃない連中と違って、本当に馬鹿な連中は些細なことで激昂して子供に対しても暴力を振るう危険性が高いからマズいというか……。
日本じゃ、夜間に忍び込む泥棒や持ち逃げとかはあっても、真っ昼間の宝石店襲撃、それも多人数が銃で武装しての強襲なんか、あまりなかったんだけどなぁ。
日本の国民的泥棒アニメで、真っ昼間にバキュームカーで宝石店を襲撃、片っ端から宝石を吸い込んで、というのがあったけれど、アレはあくまでもアニメだからなぁ……。
最近は、日本でも外国のような刹那的、暴力的で無謀な犯罪が増えているよねぇ。外国人によるものも、日本人の若者によるものも……。
この情報化された社会で、おまけに街の至るところに監視カメラがあるというのに、捕まらないわけがないよ。
銃を持っているということは、バックにそれなりの組織が付いているのかな? でも、 本職(プロ) がそんな無謀なことをするかな?
そこの正規の構成員ではなく、使い捨ての闇バイトとかかなぁ……。
それに、日本じゃ盗品の宝石なんか、小遣い銭程度の値段でしか捌けないよ。
普通に売っても、50万で買ったものが3000円、とか言われる世界なのに……。
それが、鑑定書なしの上、狭い業界で盗品情報なんかすぐ広まるとなると……。
国外に持ち出しても、日本の宝石はねぇ……。
立て籠もりについては、殆ど情報が流されないなぁ。
犯人側に見られる可能性からか、報道管制が敷かれているのかな。
まぁ、あとは多分、犯人からの逃走手段の要求待ちか……。
犯人がひとりなら、疲れて眠り込んだり排泄中のところを人質が襲うとか、人質用に差し入れた飲食物に睡眠薬を入れるとかの方法があるけれど、8人もいちゃ、それも無理か。
……ならば、タイミングを計ってサビーネちゃんとコレットちゃんを回収……、というわけにはいかないよねぇ……。
突然ふたりが消えるのはマズいし、そもそもあのふたりがそれを許容するとは思えない。
人質全員が消えるのはもっとマズいし、……犯人達が消えるのは、更にマズい。
転移能力を見せることなく、 ごく自然に(・・・・・) 、解決しなきゃならない。
いや、私が何もせず、警官隊やら何やらの活躍で解決すれば、それに越したことはないのだけど。
警察は人質がいるのに無茶をしたりはしないだろうけど、追い詰められた者は何をするか分からないからなぁ……。
とにかく、ふたりがいる教室の座標は把握している。……職員室も、その他、学院の主立った場所は、概ね。
私にそんな記憶力はないけれど、私の頭に融合している『それ』の一部だったモノが覚えてくれているのだ。
そういうわけで、危険がある一定値を超えたと判断すれば、有無を言わせずふたりを強制回収だ。
それまでは、色々と作戦を練っておこう。
そして、それに必要な装備もウルフ・ファングの 本拠地(ホームベース) から運んで来なくちゃね。