作品タイトル不明
375 樫の木 2
『コレット、そっちの通信機は神力を切っておいて』
『うん、分かった!』
向こうの世界の言葉で、コレットにそう指示を出すサビーネ。
勿論、口調は弱々しく怯えた感じで……。
他の者がいる場所でふたりにしか分からない言葉で話すのはマナー違反であるが、今回ばかりは仕方ない。クラスメイト達への配慮よりも、見張りの男達を誤魔化す方が優先される。
そしてコレットの腕時計型通信機の神力……電源を切るよう指示したのは、ふたりが一緒にいる間は両方を稼働させておく意味がないため、送受信を繰り返して両方の通信機の神力が無駄に消耗するのを防ぐためなのであろう。
送信はしなくとも、頻繁に受信していれば待機状態よりは神力を消耗すると判断したものと思われる。
確かに、腕時計型ではあっても普通の腕時計ではなく、送受信を続けると電池の消耗は早いであろう。そのため、充電式であり、電源をオフにするスイッチも付いている。
しかし、不十分な知識とミツハの適当な説明からそこに思い至るとは。
……さすサビ、である。
『姉様がマンションに来てくれた以上、私達の安全は保証されたも同然ね。いざとなれば、通信機でSSS、直ちに救助を求む、という信号を送れば、一瞬のうちに「渡り」で回収してもらえるから……。
但し、それは私達ふたりだけ、なんだけどね』
そう。
なので、ふたりは即時回収要請を出していないのである。
もしそれをすると、後でクラスメイトや先生達にふたりが急に消えたことの言い訳をするのが大変だから。
……そして、それより悪い事態。
その時、 言い訳をする相手が(・・・・・・・・・) 、 生きていないかも(・・・・・・・・) しれないから(・・・・・・) 。
ミツハは、無関係のことに首を突っ込んだりはしないし、不必要な危険は冒さない。
……でも、 自分達(サビ・コレコンビ) を助けるためなら、何とかしてくれる。
だから、自分達はここから離れるわけにはいかない。
その点では、考えが一致しているふたりであった。
『この国では、姉様は自分の本当の身分も能力も隠してる。だから、それを台無しにするようなことは避けなきゃならない。
……但し、それは私達が大切なお友達の命より優先しなきゃならない程のことじゃない。
たかが、姉様が 隠れ家(セーフハウス) を置いている国をひとつ失うだけのことだ。
それくらいのことは姉様にとっては些末事、大したことじゃないよ』
『うん!』
そして、あまりふたりだけで話し続けるのもマズいかと、日本語で他の者達との会話に交ざるサビ・コレコンビ。
今は無力な子供の振りをして、怖くて泣き出しそうなクラスメイト達を励ますべきである。
晴香ちゃんも、そしてあの忍ちゃんでさえ、恐怖でガタガタと震えている。
……無理もない。いくらしっかりしているように見えても、所詮は平和な日本の、11〜12歳の少女に過ぎないのだから……。
それに対して、王女として、いざという時には敵国に人質として差し出されたり、見せしめのために処刑されたりする覚悟をしているサビーネ殿下。
弱き民草を守り安心させてやるのは、貴族や王族の使命。たとえそれが、自らの死を招くことになろうとも……。
サビーネはそれをよく弁えている、立派な王女様であった。
そして、ミツハを護るために、 躊躇(ためら) うことなく自らの身体と命を盾としたコレット。
あれがもしミツハではなく見知らぬ者であっても、コレットの行動は同じであったに違いない。
……住む世界の違いは、幼い少女達に、あまりにも明確な、そして残酷な死生観の違いを生み出していた。
そしてここには、もうひとり、覚悟を決めた者がいた。
可愛い仔羊たちを護るためであれば、自らの命などどうでもいいと考える者が……。
* *
まだ、テレビではニュースが流れないな……。
こんな大事件、テレビ局がネタを掴んだら、緊急報道の特番をやらないわけがない。
……但し、テレビ東京は除く。
テレビ東京が通常編成の番組の放送を中断して報道特番を放送するのは、地球滅亡の時くらいである。
東のテレビ東京、西のサンテレビ。
この2局が通常編成の番組を放送している限り、人類は安泰である。
いや、まあ、本当はテレビ報道は自粛すべきかもしれないけどね、こういう場合。
何せ、犯人がスマホとかでテレビ報道を見ているかもしれないのだから。
突入前に、生中継のレポーターが『あっ、今から警官隊が突入するようです!』とか言って、その様子を中継されちゃ、堪らないだろう。
人質にされた児童の家族や親戚達にとっても、中途半端な情報やら押し掛けるチンピラレポーターやらは、百害あって一利なし、だろう。
なのでテレビでの報道がないのは、その人達にとってはいいことなのだろうけど……。
犯人達の目的が政治的、もしくは宗教的なものであった場合、犯人達は事件が大きく報道されることを望むかもしれない。
そして私も、事件が報道されて犯人達の動機や要求が分かった方が、色々とやりやすい。
犯人達も、交渉が始まる前に人質に危害を加えるとは思えないし。
そんなの、自分達が悪党だと宣伝するも同然だものね。
……いや、悪党なんだけどね、こんな事件を起こして子供達を人質にしている時点で、既に。
そして心配なのが、この状況が 犯人達が望んだもの(・・・・・・・・・) じゃないかもしれない(・・・・・・・・・・) 、ってことだ。
普通、 街中(まちなか) での立て籠もりなんか、自ら望んではやらないだろう。
この科学が発達した国で、目的を果たして無事逃げおおせることができる確率なんて、とんでもなく低いだろうからね。
監視衛星、追跡ヘリ、ドローン、要求された車両に取り付けられたGPS発信器。渡した札束に仕込まれた発信器や、ブラックライトを当てれば光る特殊な蛍光物質。 街中(まちじゅう) にある、監視カメラ。
もはや時代は、昭和初期とは違うのだ。
そしてもし、現状が犯人達が望んだものではなかった場合。
当初の予定が大きく狂い、焦り、自暴自棄になっている場合。
……それが、一番危険なのだ……。
* *
「ニュース速報、キタ〜!」
ようやく、テレビに速報のテロップが流れた。
でも、報道特番はまだみたいだ。
まあ、流せる情報が皆無じゃあ、どうしようもないよね。
もうしばらくかかるか……。
* *
「ねえ、おじさま達、お願いがありますの……。
お花摘みに行かせていただけないかしら?」
「「「「「「え?」」」」」」
異国の少女の突然の発言に、見張り役のふたりだけでなく、クラスメイトと教師からも驚きの声が上がった。
「な、何を言ってやがる? この状況で、花を摘みたいとか、意味が分かんねえよ! 恐怖のあまり、おかしくなっちまったのか?」
「……馬鹿、お嬢様言葉で『お花摘み』っていうのは、アレだよ、トイレのことだよ!」
見張り達の内、ひとりは一般知識が不足しており、もうひとりは最低限の知識があるようであった。
「お花摘みだと言っているでしょう、お花摘みだと!」
せっかくお上品な言い方をしたのに台無しにされ、サビーネ、ぷんすこである。
別に、おかしなことを企んでいるわけではない。
クラスメイト達がかなり限界に近付いているらしく、しかしとてもそのようなことを言い出せるような状況ではないため、このままだと間もなく『お漏らし』が発生すると読んだサビーネの心遣いであった。
6年生にもなってみんなの前でお漏らしをした場合、無事助かった後もかなりの精神的ダメージを引きずることになるであろう、と……。
そして他国人である自分であれば、少々はしたないことを言っても『文化習慣の違い』ということでスルーされる。そう考えたわけである。
心遣いの人、サビーネ王女殿下。
……さすサビ!