軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

374 樫の木 1

「状況は?」

「学院に賊が侵入。児童と教師の一部を人質に取って立て籠もり中。

ふたりは髪の色とかで目立ちますし、人質の中に他国人がいれば政治的に問題となり賊にとって交渉が有利になりますから、優先的に人質にされたものと思われます」

どうして、ロレーナがそんなことを知っているか?

いや、それは勿論、サビ・コレコンビが腕時計型の通信機を持っているからだ。

それの送信ボタンを押し込んで固定すれば、送信しっ 放(ぱな) しになる。

当然、必要な情報を送った後は、バッテリー温存のため受信モードに戻しているだろうけど。

なぜ犯人がいるのにそんなことができたかというのは、概ね推察できる。

これが大人であればともかく、10歳チョイの外国人の少女がふたり、手を取り合って他国語で話していれば、そりゃ怖くて震えながら互いに励まし合っていると思い、放置してくれるだろう。

まさか、握り合った手に嵌められた腕時計が丁度口の近くに位置しており、それが送信状態になっている超小型通信機だなどと考える者がいるだろうか。

……そして、蒼い顔をして涙目で励まし合っている様子の幼い少女が喋っている異国語が、現在の状況と犯人達に関する正確な情報を報告するものであるなどということを……。

人質か。

ならば、今すぐにどうこう、という心配はないか……。

まずは要求を出して、政府がそれを検討して、返事を返し、色々とあって、その後になって人質を盾にしての脅迫が行われるはず。

だから、当分は大丈夫だろう。今、人質達を無為に痛めつけても、何の意味もない。

勿論、ロレーナもそう考えたから、報告が『SSA』だったわけだ。

これがもっと 危な(ヤバ) い状況であれば、切迫度はAではなくSになり、報告は『SSS』になっていたはずだ。

そしてその場合、私が マンション(ここ) に出現した瞬間にロレーナがふたりの存在位置を叫び、私が即座に転移してふたりを回収していた。

当然、そのあたりは何度も打ち合わせをして、練習もしている。

つまり、切迫度をSではなくAと報告したロレーナの判断を全面的に信用したわけだ。

私は、そこを間違えるような者をこんな重要任務に 抜擢(ばってき) したりはしないし、自分が選んだ者の判断は信用する。

それが上司、そして指揮官というものだ。

……それに、もし見せしめのために『少々痛めつけて』とかいうことになっても、最初は大人である教師に対して行われると思う。

さすがに、11~12歳の女子小学生に暴力を振るえば、自分達や所属組織に対する非難の声が上がるだろうからねぇ。

また、こう言っちゃ悪いが、他国人であるふたりは人質として美味しいから、最後まで温存されるはずだ。

……犯人達が、馬鹿でなければ……。

これが、本当に一刻を争う事態であれば、即座にふたりのところへ転移して、そのまま連れ帰る。

僅か1ミリ秒の早業だから、他の者達にはふたりが突然消えたとしか思えないだろう。

……危険は、ほぼゼロ。

ただ、この方法には 少しだけ(・・・・) 欠点がある。

無事に事件が解決した後、ふたりが突然消えたことに関しての説明が必要だということだ。

それに、クラスメイト達を見捨てて自分達だけ逃げ出したということが、クラスメイト達に、そしてふたりの心にその後どういう影響を与えるか……。

そして、もし クラスメイト達が(・・・・・・・・) 無事ではなかった場合(・・・・・・・・・・) には……。

だから、差し迫った危険はまだない今、性急に事を進める必要はない。

特に、ふたりに危険が迫った場合にはすぐにそれを知ることができる手段がある場合には。

「了解、把握した。賊の人数と目的は?」

これが重要だ。

これによって、犯人が人質を手に掛ける確率が大きく変わる。

目的は、金か、収監されている仲間の釈放か、政治的主張か、宗教的なことか。

この連中だけによる犯行か、組織的な犯行か……。

「6~7人。目的は不明です」

そりゃそうか。

わざわざ人質に詳細説明をしてくれる犯人はいないか……。

「よし、スタンバイ完了通知、発信! ポチッとな!」

交話用の通信機に接続された、別の装置のスイッチを操作した。

……うん、ふたりが着けている腕時計型通信機や固定機とセットで借り受けた、専用の付加装置だ。

特別な制御信号が発信されるやつ。これで、ふたりの腕時計に特別な受信マークが表示される。

着信音が鳴ることなく、こっそりと。

これで、ふたりに私が待機位置についたことが分かるはず。

そして、バッテリー節約のため受信モードにしている通信機を、送信モードに……。

『敵と人質は2カ所に分散。ここ、私達の教室の人質は教師ひとり、生徒は私達を含め12人。

敵はふたり。主力であるもう片方のことは不明。

差し迫った危険はない模様。このまま様子を見るべきと判断。行動は保留されたし』

早速、通信機を送信モードにしたサビーネちゃんからの報告が来た。

勿論、向こうの世界の言葉で、口調は怯えた感じで……。

多分、絵面的には、コレットちゃんと抱き合って怯え、母国語で神に祈っているような感じなのだろう。言葉の内容は、事務的な報告文みたいだけど。

……だから、見張りも何もせず好きにさせているのだろうと思う。

こちらから返事するわけには行かないから、向こうからの一方的な報告だけになるけれど、それで充分だ。何の問題もない。

……報告者が頭の良い人物であり、何を知らせるべきかを理解している場合には、特に。

あ、サビーネちゃん、『生徒』って言ってたけど、小学生は『児童』……、って、そんなことはどうでもいいよ!

人質を分散しているのは、警官隊の突入対策かな?

もし強行策を取れば、もう片方の人質達の半数を殺すぞ、とか?

勿論、全員殺してしまうと人質がいなくなっちゃうから、半数は残すだろうという推測に過ぎないけどね。

ふたりの現在位置は把握した。

学院内のふたりが行きそうな場所……自分達の教室、特殊教室、保健室、体育館、職員室、その他諸々……は、留学手続きの時に見学させてもらって、私の精神に融合している『それ』の一部だった部分が位置座標を記憶しているから、どこへでも転移できる。

あ、転移の発着場所として、児童用のお手洗いも確認してある。

授業中の児童用お手洗いなんて、人がいる確率はほぼゼロだからね。絶好の転移場所だ。

テレビのスイッチは入れてあるけれど、まだニュース速報は流れていない。

ま、当たり前か。

事件発生と同時にサビ・コレコンビから通報があったとして、まだ数分しか経っていない。

テレビ局は、まだ事件の発生すら掴んでいないだろう。

いや、もしかすると、警察も?

よし、今のうちに準備を整えよう。

「装備を取ってくる」

ロレーナにそう言って、連続転移。

向こうの世界を経由して、ウルフファングの 本拠地(ホームベース) に借りている私専用の倉庫から必要な装備を持ってきた。

こういう時のためにちゃんと分類してあるから、僅かコンマ数秒。いちいち選択する必要はない。

……別に、ロレーナに言う必要はなかったな。

あ、そうだ!

転移!

「カティ、いる?」

「あ、はい、客間の掃除を……。

カティ! ミツハ様がお呼びですよ!」

「はい、ただ今!」

そして、慌ててやってきたカティに……。

「緊急出張、特別手当あり! 行くよ!」

「え? あの、いえ、は、はい!」

「転移!」

よし、これでロレーナの交代要員が確保できた。

いや、ロレーナもトイレとかには行きたいだろうからね。

そして私は、お着替えを。

……うん、私は形から入るタイプなんだよ。