作品タイトル不明
377 樫の木 4
「連中、のらりくらりと話を逸らしたり、引き延ばそうとしてやがる。
ひとり痛めつけて、動画をネットにアップしてやることになったから、あとでひとり連れてこい。
どいつを選ぶかは、お前達に任せる」
職員室組からの伝令役は、そう伝えると、さっさと戻っていった。
どうやら、外部……警察か何か……との交渉が上手く行かず、苛立っているようである。
しかし、警察が犯人からの要求をふたつ返事でホイホイと聞くわけがない。
引き延ばし、情報を集め、隙を窺うに決まっている。
犯人の身元が判明すれば、『お母さんは泣いているぞ』とかの揺さぶりも使えなくはないだろう。
……まぁ、単独犯ではないから、効き目は弱そうではあるが……。
職員室にも人質はいるのに、見せしめ要員をこちらから出させるのは、なぜなのか。
しばらく一緒にいたから、向こうの人質には情が湧いたのか。
それとも、ただ単にこちらの方が人数が多いからか。
「「「「「「…………」」」」」」
そして蒼い顔で震える、子供達。
しかし、誰ひとりとして泣き出す者はいない。
皆、自分が選ばれるのは怖いであろうが、しかし、自分の代わりに他の者が選ばれるのも怖いのであろう。
痛い思いをするのは嫌だけど、自分の代わりにお友達が酷い目に遭わされるのは、もっと嫌。
自分の代わりにお友達が痛い思いをさせられるくらいなら、まだ、自分が痛い思いをする方がずっとマシ。
おそらく、そう考え、震えながらもぐっと耐え、誰ひとりとして泣き出さないのであろう。
……皆、この女学院に通い、学ぶ者として、恥じることなき立派な淑女達であった。
(……我が仔羊たちの、立派な態度。教師として、こんなに嬉しいことはありません。
そして、あなた達が見せしめとして選ばれるのを待つ必要はありません。
選ばれるまでもなく、誰かが立候補すれば良いのですから……)
そして、見張り役のふたりが口を開くより先に……。
「教師は率先垂範。そのお役目、私が承ります」
「「「「「「え……」」」」」」
驚きに目を 瞠(みは) る、10人の子供達。
……そう、 10人の子供達(・・・・・・・) 、である。
それを別に不思議なことだとは思っていない、見張り役のふたりと、……サビ・コレコンビ。
サビーネとコレットも、先生と同類である。
強き者、身分が上の者は、弱き者を助けねばならない。
なので先生の次は自分が、と思っている。
サビーネは、王族の矜持に懸けて。
コレットは、何も考えずに。
……そう。コレットにとって、それはごくあたりまえのことであり、考えるまでもないことなのであった……。
「……お、おぅ。まぁ、そうだろうな……」
見張りの男達も、 好(す) き 好(この) んで子供達に酷いことをしたいと思っているわけではないようであった。
……尤も、シスター服を着た老女なら酷いことをしても構わない、と考えているわけでもなさそうであるが……。
「すまんな、リーダーの指示には逆らえなくてな……。
シスターの先生が名乗り出るのは、まぁ、……しょうがないよなぁ。立場上、他の選択肢はないよなぁ……。
別に殺したり大怪我をさせたりするつもりはないと思うから、ま、我慢してくれ。
見せしめの脅し用だから、オーバーに痛がってくれれば手加減してくれると思うからよ……」
そんなことを言う見張り役であるが、シスター先生は高齢であるし、そのような演技や嘘を吐くことなどできるはずがない。
そして職員室組の男達にそのつもりがなくとも、身体が痛みに耐えきれず、心臓麻痺、脳卒中等、命を失う可能性がないわけではない。
それに、この見張り役のふたりは比較的落ち着いているようであるが、予定外の窮地に陥り焦っているらしきリーダー達『職員室組』の連中がヒートアップし過ぎて、 やり過ぎる(・・・・・) という可能性も、決してそう低くはない。
そしてそのことは、先生本人も、子供達も察していた。
ここはステラ・マリス女子学院小学校であり、皆は6年生なのである。
それくらいのことが分からない者はいなかった。
先生(シスター) は、みんなを見回してから、静かに宣言した。
「いいですか、皆さん。
もしこの後、私の身体から赤いものが噴き出したとしたら、それは私の身体に留まりきれなくなって溢れ出た、私の『信仰心』です。
そして、もし私の魂が身体から離れたら、それは私の信仰心に対する御褒美として、マリア様がその御許に招いてくださったということです。
ああ、何と素敵なことなのでしょう! 私、期待で胸がワクワクしておりますわ!」
楽しそうにそう言う 先生(シスター) と、泣き出しそうな顔の子供達。
「これから先、もし皆さんが悩み苦しんだ時。俯いた顔を上げて前を向いた時に、その視界内に1本の樫の木があったなら、……それが私です。
私は、いつまでも皆さんを見守っておりますよ」
「「「「「「…………」」」」」」
静まり返る、教室内。
皆、もう六年生なのである。その言葉の意味が分からない者などいなかった。
もし何かあれば、自分が盾となる。
しかし、子供達がそれによりショックを受け、心に傷を負うことがないように。
教育には厳しい先生であるが、シスターとして、そしてこの学院の教師として、真にふさわしい女性であった。
(仔羊達を教え導き、そしてその盾となって神の御許に召される。
……教師として、そしてシスターとして、我が人生に一片の悔いなし!!)
そして、晴れ晴れとした顔で微笑む先生。
……死なせない。
目を合わせたサビーネとコレットの表情が、そう語っていた。
たとえ先生がふたりにとっては異教徒であろうと、そんなことは関係ない。
こんな馬鹿は、まだ死なせるわけにはいかない。
もっともっと、多くの子供達を教え導いてもらわねば、と……。
そして、こくりと頷き合うふたり。
サビーネが、送信ボタンを押し込んで回し固定した、左手の腕時計を自分の顔の前にかざし……。
「シークエンスナンバー、シー。シー、ワン」
サビーネの言葉に、コレットが続く。
「シークエンスナンバー、シー。シー、ツウ」
そして……。
「オール・セーフティロック・オープン!」
「ルナティックパワー、フル・オープン!」
これで、 向こう(・・・) は出撃態勢に入り、万全の準備を整えてこちらからの合図を待つはずである。
あとは、如何に自然に、『不思議な力』なしで物事を進めるか、という問題である。
なので、ふたりは物語を 綴(つづ) る。
魔法も奇跡も神力も介在しない、『人の力』による物語を……。
但しそれは、少しばかり強引で、力尽くの物語である。
そして、すっくと立ち上がったふたりは、呪文のように言葉を 紡(つむ) ぐ。
「ある時は、異国からの留学生。またある時は、貴族の娘。そしてある時は、犯罪者達の人質。
……しかして、その実体は!
正義と真実の使徒、ゼグレイウス王国第3王女、サビーネ・中略・ゼグレイウス!!」
そう、略さないと、サビーネのフルネームはあまりにも長すぎた……。
((((((……知ってた……))))))
そして、心の中で素直に感想を述べるクラスメイト達。
「同じく、某子爵家筆頭家臣、コレット!!」
ヤマノという名は隠すようミツハから何度も念を押されているため、ちゃんとそれを守るコレット。
……しかし、『見習い』という言葉を省略したあたり、やはり見栄は張りたいようであった……。