作品タイトル不明
364 留 学 6
今日は、晴香ちゃんの迎えが少し遅くなるとのことで、迎えが来るまでの間、ゼグレイウス家日本邸……マンスリーマンションのこと……へと御招待することにした、サビ・コレコンビ。
先日綾小路家に招かれたので、そのお返しでもある。
マンションはあまり広くないので、招待したのは晴香ちゃんと忍ちゃんのふたりだけである。
ゼグレイウス家日本邸は女学院の正門から徒歩数分なので、子供達だけで歩いても危険はない……はずであったが、走ってきた大学生くらいの男がサビーネちゃんにぶつかった。
どんっ!
「きゃっ!」
よろけはしたが、倒れることなく踏み止まったサビーネちゃん。
そして男は、サビーネちゃんのポシェットを無理矢理奪い取り……。
「とうっ!」
「うわっ! ぎゃあ! 痛(いて) ぇ! 痛ててて、やめろ、放せコラアアァ!」
忍ちゃんに足払いを掛けられて転倒し、そのままのし掛かった忍ちゃんに肘の関節を 極(き) められて身動きできなくなったらしい、ひったくり犯。
喚(わめ) き散らしながら、何とか忍ちゃんから逃れようとするものの、小柄で体重も軽い忍ちゃんをどうしても払い 除(の) けることができないらしい。
……いや、そういう技なのであるから、当たり前といえば当たり前なのであるが……。
そして、それを見たサビ・コレコンビは……。
「「ああ! 『ミッション系の学校』って、そういうことかぁ!!」」
声が揃った、サビーネちゃんとコレットちゃん。
「違いますわよ! うちの学校は『サブミッション系』じゃありませんわよっ!
……というか、そんな女学院は存在しませんわよっっ!!」
そう怒鳴る晴香ちゃん。
淑女としては、少し、はしたない。
そして、痛い、放せ、などと叫びながら、真っ赤になってプルプルと震えている、ひったくり犯。
晴香ちゃんは、ポケットから取りだした小さなスプレーのようなものを犯人の顔に突き付けると、もう片方の手で、ランドセルに付けてある防犯ブザーのスイッチを押した。
これは、紐を引くと鳴りっぱなしになるが、ボタンを押した場合は押している間だけ鳴るというタイプであった。犯人に妨害される心配がない今は、ボタンの方で充分であろう。
これで、すぐに大人達が、そしてあまり離れていないところにある交番から、警官が飛んできてくれるはずである。
そして、犯人が忍ちゃんの関節技から無理矢理逃れようとすれば、防犯スプレーが超至近距離から顔に向けて噴射されるということも、犯人にはよく理解されたはずである。
更に、集まってきた他の子供達も、それぞれ取り出した防犯スプレーを犯人の顔に向けて突き出している。
……もはや、逃れようがなかった。
* *
そしてすぐに、付近にいた大人達が駆け付けてくれた。
しかし、忍ちゃんを犯人から引き剥がすと、自由になった犯人が暴れたり逃げたりするかもしれない。
そのため、犯人の関節を極めた忍ちゃんはそのままにして、犯人の手足を押さえる大人達。
だがそれも、飛んできた警官が押さえ込まれたままの犯人に手錠を掛けるまでの、ごく短時間のことであった。
目撃者、多数。
現行犯。
被害者は、外国人の女子小学生。
……その場で逮捕するには充分な状況であり、警察官は犯人の身柄を確保すると、すぐに署活系(署外活動系)の通信機で応援を要請した。
その後、事情聴取をされたが、サビーネちゃんが証言できることはそう多くはなかった。
体当たりされた。
ポシェットをひったくられた。
忍ちゃんが反射的に犯人を転ばせて、押さえつけた。
……以上。
証言に要した時間は、30秒もなかった。
そして、晴香ちゃんから補足が。
「体当たりして危害を加えた上で、ポシェットを強奪しました。
……これは、窃盗ではなく、強盗ですわね。
それも、未遂ではなく、実行されておりますわ。
サビーネちゃんに体当たりしてポシェットを奪い、そしてその後で忍ちゃんに捕らえられたわけですから、強盗行為は未遂ではなく既遂、ちゃんと成立していますわ!」
「えええええええっ!!」
晴香ちゃんにそう言われ、ひったくり程度、と軽く考えていたらしい犯人が、驚愕の叫び声を上げた。
強盗は、かなりの重罪である。
……まあ、軽い体当たりくらいであれば、実際には窃盗罪と暴行罪くらいで済み、強盗罪や、更にそれよりも罪が重い強盗致傷罪にはならないと思われるが、このような馬鹿にはそんなことは分からないであろうから、おそらく思い切り脅しているのであろう。
尤(もっと) も、女子小学生を襲ったという悪質さは、裁判官の心証をかなり悪くするであろう。
そして、もしサビーネちゃんが転んで骨折でもしていれば、話は違う。それならば、強盗致傷罪でもおかしくはない。
そもそも、窃盗罪プラス暴行罪、それも異国の女子小学生相手とあらば、それだけでかなりの罪になるであろう。
……なぜ小学生を狙ったのか。
子供だと抵抗したり反撃したり、そして逃げる自分を追いかけてきたりできず、恐怖で 蹲(うずくま) り何もできないであろうからと、安全策を取ったのであろうか。
それに、この女学院に通う子供であれば、ポシェットの中の 財布(さいふ) に数万円くらい入っていてもおかしくはない。キャッシュカードが入っていることも期待できるであろう。
別に贅沢や浪費のためではなく、万一の場合に備えて、子供にある程度のお金を持たせておくことは必要であろう。両親に何かあって、タクシーで長距離を移動しなければならない場合とか……。
その場合、お抱え運転手も両親と一緒である確率が高いのだから。
おやじ狩り(ごうとう) をしても2~3万も持っていなかったりするので、金持ちの子供相手であれば安全で、かつ稼ぎが多いと、 良(い) いこと 尽(ず) くめだとでも考えたのか……。
それも、確かに一理ある。
……相手がただの女子小学生であれば、だが……。
お金持ちの娘の中には、治安が良くない海外に住んでいたことがある子も何人かいる。
なのでこの女学院に通っている子の中には、基本的な護身術や、誘拐されそうになった場合の対処法とかを教え込まれている子もいる。
勿論、防犯グッズを持たされている者も多い。
……というか、殆どの者が持っている。
そういうわけで、現場で簡単な事情聴取と住所氏名の確認をされただけで、犯人が到着した応援のパトカーに乗せられた後、子供達は解放された。
……勿論、後で自宅を訪問して、両親立ち会いの下、再度事情聴取されるであろうが……。
ミツハがおらず、日本語が全く理解できないロレーナかカティだけがいる時に警官が来れば、笑えるだろう。
そう考えて、クスリと笑みを溢すサビーネちゃんであった。
* *
「忍ちゃん、護身術が使えるんだ……」
解放された後、マンションまでの残り僅かな道のりを歩きながら、サビーネちゃんがふとそう尋ねた。
実は、サビーネちゃんもそういう教育を受けてはいる。
しかし、 咄嗟(とっさ) のことに、身体が動かなかった。……修行不足である。
そして、首から下げたペンダント型の防犯スプレーは邪魔にならないようにと服の内側に入れていたし、タクティカルペンは、ひったくられたポシェットの中であった。
……駄目駄目である。
どちらも、すぐに使える状態で装備しておくべきであった。
「忍ちゃんのお 家(うち) は、武家の家系ですの。幼い頃から、色々と鍛錬されているそうですわよ」
「おおっ、ニンジャ!!」
「女ニンジャ!」
「「クノイチ!!」」
晴香ちゃんの説明に、興奮して騒ぐサビ・コレコンビ。
「武家ですわよ、武家! え~と、 侍(さむらい) の、凄く偉い立場のお 家(うち) ですわ」
「おお、サムライ!」
「 別式(べつしき) !!」
「どうしてそんなこと知ってるのよ! ……知っておりますのよ!」
つい、口調にボロが出かけた晴香ちゃん。
さすがに、異国の少女が『別式』とか『別式女』だとかいう言葉を知っているとは思ってもいなかった晴香ちゃんが驚きの声を上げたが、自分がそれを知っているというのも、相当アレであった。
おそらく、お友達である忍ちゃんの存在から、興味を持って色々と調べたことがあるのであろうが……。
忍ちゃんは、恥ずかしいのか、赤くなって 俯(うつむ) いていた。