作品タイトル不明
350 復讐の弾道 7
そして、色々と伯爵から話を聞いたところ……。
まともじゃん、この伯爵の施策!
今は耐えるべき時、として少し領民を締め付けてはいるけれど、そりゃ、こういう状況なのだから仕方ない。
これで、以前のままにしていたら、馬鹿だ。
そんなことをしたら、領地が回復するのが大幅に遅れることになるだろう。
じゃあ、なぜ……。
とか考えていたら、何だかサビーネちゃんがもじもじしている……。
あ、アレか!
「すみません、伯爵様。少し休憩を……」
私がそう言うと、伯爵はサビーネちゃんの様子に気付き、あ、という顔をした。
「こ、これは、配慮が足りず、申し訳ございません! おい、アルテ、王女殿下を御案内しなさい!」
勿論、伯爵が謝罪したのは、休憩を申し出た私にではなく、サビーネちゃんに対してだ。
うん、さっきから何回も紅茶のお代わりをしているから、アレだ。
そして王女様は、訪問先で自分から『トイレを使わせろ』とは言い出せない。
その辺りは、他の者が察して、事前に配慮しなきゃならないんだ。
でも、私といる時にはいつも、堂々と『トイレ行きたい!』って言っているから、うっかりしてた。私やコレットちゃんと一緒の時と、王女様として貴族家を訪問しての営業中である時とは、ちゃんと切り替えてるんだよね、サビーネちゃん。
さすが、王女様! さすサビ!
そして、決して『トイレ』とか『お手洗い』だとかいう言葉は使わない。あくまでも『休憩』である、『休憩』!!
使用人に案内されて、ふたりで『それ用の部屋』へ。
私はまだ大丈夫なので、サビーネちゃんへの付き添いだけだ。
そして、『部屋』に到着すると……。
「姉様、お願い……」
サビーネちゃんが、そう言ってハンドサインを送ってきた。『転移を要望する』というやつを。
あ〜……。
雑貨屋ミツハやヤマノ家日本邸、領地邸、そして王宮に作ってあげたサビーネちゃん専用のトイレ。それらに慣れたサビーネちゃんに、他家のトイレを使うのは厳しいか……。
以前は普通に使っていたのだろうけど、……まぁ、仕方ないよねぇ……。
気持ちは分かる……。
使用人の女性がいるけれど、問題ない。
サビーネちゃんがひとりで部屋に入り、戸を閉めた後で……。
連続転移!
サビーネちゃんを日本邸に置いて、私だけ元の位置に。
使用人の女性には、一瞬私の姿がちらついたように見えたかもしれないけれど、そんなことは、気にもしないだろう。目の錯覚か、立ちくらみでもしたのかな、と思う程度で……。
そして、ふたりでじっと待っていたら……。
「……あの……」
何やら、使用人さんが話し掛けてきた。
驚きだよ!
使用人が貴族に、それも王女殿下と一緒に来た客に、自分から話し掛けるなんて、普通はあり得ない。
下手をすれば、懲戒解雇どころか、牢屋行きだよ。
雇っている貴族の面子を潰した上、来客である貴族に対する非礼行為だ。それでもまだ、軽い処分かもしれない。
……さすがに、無礼討ちとまでは行かないとは思うけれど……。
とにかく、普通、あるべき事態じゃない。
「伯爵様は、良いお方です。
……頬にある傷は、村人を帝国兵から護ろうとして……」
どひゃ〜!
何じゃ、そりゃああぁ〜〜!!
使用人の若い女性が、自分の身を危うくしてまで、主人を擁護する?
どんだけ慕われとるねん!
しかも、何だよ、そのエピソードは!
突然の訪問だから、仕込みをする時間なんかなかったよね。
ということは、これは本当にこの使用人さんの意思で口にされた言葉、ってことだ。
……あり得ん……。
あり得るものか……。
でも、まぁ、とりあえず……。
「女神と王女殿下は、全てをお見通しです。伯爵様のことも、自分の身も顧みず勇気を示した、忠義者の使用人のことも……」
あ、使用人さん、目に涙を浮かべてるよ。
いや、この場面で、他に何を言えばいいって言うんだよ!
……まぁ、『お見通し』だと言っただけであって、別に助けるとか見逃すとか言ったわけじゃないから、何の言質を取られたわけでもない。
ただ、伯爵がいい人だと信じ込んでいる者にとっては、救いの言葉に聞こえただけだ。
うん、確かに、信じている通りに伯爵がいい人だったなら、その通りなんだけどね。
そして、何となくその通りみたいなのが、ちょっと悔しい……。
* *
10分後、連続転移でサビーネちゃんを回収。
大か小か分からなかったから、長い方での時間調整である。
そして、無事、時間内に終わった模様。
小部屋から出てきたサビーネちゃんが、私に近寄って、そっとひと言。
「……お茶、使った……」
そしてその手には、中身が 空(から) っぽになった、500ミリリットルのペットボトルが。
あ、なる程! お手洗いを使ったのに、壺の中がカラッポだと不自然か。なので、日本邸のトイレを使った後、台所のペットボトルを取りに行って、その後、元の位置に戻って待機していたわけか……。
さすが、サビーネちゃん。
さすサビ!
とりあえず、空のペットボトルをサビーネちゃんから受け取って、連続転移で日本邸の台所に置いてきた。
いや、手ぶらでトイレに行ったのに、こんなものを持って戻るわけにはいかないじゃん。
そして、伯爵が待つ部屋へと戻って……。
「すみません、お待たせしました」
まぁ、私じゃなくてサビーネちゃんのせいだし、男性が口を挟んでいい話題じゃないから、伯爵は黙って頷いただけ。そういうマナーだからね、こういう場合は。
* *
「そういうわけで、蔵の備蓄分だけでなく、畑にある作物も、来年の種籾も、全て……。
僅かに畑に残った作物も踏み潰され、土が踏み固められて、メチャクチャに。
そして村人の抵抗阻止、王国兵の補給阻止、追撃阻止のため、家屋や蔵、麦畑に火を掛けられ……」
あれから更に詳細を聞いたところ、そりゃあもう、酷いものだったらしい。
たとえ話半分だとしても、かなり酷い。
……そしてどうも、伯爵はあまり法螺を吹いてはいないようなんだ……。
そりゃ、早く領地を立て直すためには、数年くらいは領民に少し我慢してもらうのも仕方ないだろう。ずっとこの状態が続くのもアレだけど、こんな時に天候不順や作物の病気とかで不作になったら、それこそ餓死者が出ちゃうよ。
そして、どうしても伯爵は領民を虐げるような人だとは思えないんだよねぇ……。
というか、『領民をすり潰したりしては、領地も伯爵家も未来はない』ってことが分かっていないとは思えない。
領地を壊滅させて、領主に何の得があるというのか。
有り金掻っ攫って領地を捨てるつもりならばともかく、子や孫、そして子孫達に領地と爵位を受け継がせるつもりならば……、って、そうか!
見方を変えれば、領地を存続させたり栄えさせたりするつもりがなく、一時的にお金を掻き集めることができればいい、という考えならば……。
「伯爵様、2~3日、お時間をいただけませんか?」
「……え?」
うん、ちょっと、やってみたいことがあるんだよね……。