作品タイトル不明
349 復讐の弾道 6
「そ、そういうわけで、決して悪気があったわけでは……」
「そうなのです。ヤマノ子爵と一緒に行動している時は、私は子爵の妹のように振る舞っておりますため、つい、いつものように……。
なので、エスノール伯爵の『事前の知らせもなく突然訪問した、礼儀知らずで爵位も貴族家としての歴史や格も遥かに格下である、新興の下級貴族に対する扱い』としては、少し待たせるのは当然の対処であったと思います。ヤマノ子爵には、少し教育が必要なのですよ。
……なので、私がいることをご存じなかった伯爵の行為、間違ってはおりませんので、全然気にしてはおりません」
私の謝罪に続き、そう言ってにっこりと微笑む、営業スマイルのサビーネちゃん。
「は、はぁ、殿下にそう言っていただけますなら……」
よし、どうやら伯爵は機嫌を直してくれたみたいだ!
……そして、サビーネちゃんが私の方に邪悪な視線を向けている。
ああ、これ、『貸しだからね!』ってやつだ……。
また、高くつきそうだよ……。
* *
「……で、サビーネ殿下の突然の御訪問の理由は……」
王族の訪問は、普通、非常に名誉なことだ。
……それが、良い理由であった場合には……。
しかし、悪い理由……抜き打ち査察とか、叱責、苦情の申し立てとかであれば、とんでもないことになる可能性があった。
そもそも、王族が事前の通告もなく、しかも護衛も供の者も連れずに他の貴族家当主ひとりだけを伴って、おまけに王都邸ではなく領地邸にいきなり現れるなど、あり得ない。
更に、それが政治的な活動など全く行っていない、……しかし国王陛下夫妻や他の王子殿下、王女殿下、そして国民に愛されている、あの第三王女、サビーネ王女殿下なのだ。
良い話……孫の誰かが気に入ったから側仕えか取り巻き連に、という話とか……であれば大歓迎だろうけど、もし悪い話であった場合には、お家にとっての致命傷となることも考えられる。
エスノール伯爵は、帝国の侵攻で自領が荒廃し苛立っているし、その経緯からヤマノ女子爵、私には良い感情を持っていないけれど、王家には忠誠を誓っているらしいし、天才と名高く、高潔で 幼気(いたいけ) な第三王女殿下のことは非常に敬愛しているそうだ。
それもあって、サビーネちゃんを連れ回し、良いように利用していると思われているであろう私、ヤマノ女子爵には、益々苛立ちを抑えられないのだろうけど……。
そのヤマノ女子爵が、サビーネ殿下と共に先触れもなく現れた。
……そりゃ、最大級の警戒をするに決まってる。
なので、サビーネちゃんに対しては敬愛の念に溢れているものの、伯爵の顔は少し引き攣り、声も硬かった。
「あ、ただの観光旅行です。サビーネちゃんは王都から出る機会が殆どないし、それもいつもヤマノ子爵領にしか来ないから、王都の反対側、帝国の侵攻で大変だった領地も見たい、と……」
「おお……。おおおおおおお……」
サビーネちゃんではなく、横から口を出して代わりに答えた私の行為は不快に思っただろうけど、被害を受けた方面の各貴族領のことを心配し、わざわざ第三王女殿下が遠路足を運んでくれたということに対する感動の前には、そんなことはどうでも良くなったみたいだ。
あれから1年半くらい経っているというのに、王様やお兄さん……王太子殿下……ですら、帝国軍の敗残兵が野盗となって 蔓延(はびこ) り治安が悪化している上、行けば援助要請されまくるのが分かっている遠方の田舎領へなんか視察に来ていないからね。
そこへ、王国の至宝、か弱い(ように見える)第三王女殿下が、危険を押して、しかも受け入れ側の負担を考慮して、『観光旅行』という名目で護衛も供の者も連れずに、民の状況を確認すべく、視察に来てくれたわけだ。
このあたりには、別に風光明媚な観光地があるわけでもなく、特産品もない。どこにでもある、ただの田舎領だ。……少なくとも、貴族や王族が観光に来るようなところじゃない。
なので、『観光に来た』などと言われて、信じる者はいないだろう。
そりゃ、感動するか……。
……何か、涙を流してるよ……。
「サ、サビーネ殿下! 我らエスノール伯爵家及び領民一同、心から歓迎いたします! そして、我らの忠誠を、サビーネ王女殿下に……」
いや、そこは、王様に捧げろよ、忠誠……。
もしかすると、サビーネちゃんが国中の貴族領を視察して回れば、お兄さんを蹴落として、女王様になれるんじゃなかろうか……。
そして、伯爵が『王女殿下は、帝国軍の侵攻ルート上の領地のことを気に掛け、視察に来ている』と思っているから、色々と質問をするのが不自然じゃなくなったので、都合が良い。
だって、被害状況と復興の様子を確認して、もし大変そうなら国からの援助を、というつもりで来てくれたと思っているから、そのあたりを聞けば正直に、もしくは少し被害を盛るくらいで答えてくれるだろう。
……そのあたりは、2割減くらいで受け取っておけばいいかな。
そう考えて、ガンガン質問したところ……。
領内の立て直しのため、現金が要る。
踏み固められた畑を掘り返すにも、壊された橋を架け直すにも、燃やされた家屋を建て直すにも、王都でロビー活動を行うにも、とにかくお金が要る。
そのため、税を7割5分にした。
「「えええええっっ!!」」
いや、あの少年達から、そう聞いてはいた。後で、他の者達からも裏を取った。
しかし、それでも信じ切れない部分があったし、まさか王女殿下に向かって隠そうともせずに堂々とそれを口にするとは思ってもいなかったのだ。
……絶対、隠す。
そう思うに決まっているだろう!
「いや、勿論、無茶なのは分かっています。
しかし、今、この領地には現金が必要なのです。領内で回るお金ではなく、領外からのお金が……。
そのため、換金性が高い小麦の税を7割5分にして、その他の雑穀、野菜、豆類、芋、トウモロコシ等は免税として、領民が飢えることは防ぎ、領外からの収入を増やそうとしておるのです。
まぁ、畑も燃やされたり踏み潰されたりしたため、小麦の税を7割5分としても、以前の税収には及びませんが……」
帝国の侵攻から、もう1年半は経っている。それでも、まだそんな状態なのか……。
まぁ、畑がメチャクチャになっただけではなく、多くの労働力を失ったというのも大きいのだろうな……。
夫を、そして父親を失った、女性や子供達。一家の大黒柱を失っては、荒らされた畑から以前と同じだけの収穫を上げろと言われても、そりゃ無理だ。
農薬も化学肥料も農業機械もないこの世界では、収穫量、イコール掛ける手間暇、だ。汗の一滴が、小麦一粒。
この領地が本当に以前の姿を取り戻せるのは、子供達が成長してからになるのかな……。
戦争による、国の疲弊。
それは、そういうものなのだろう……。
「それなら、そんなに極端に生活が苦しいというわけじゃないよね?
小麦から作られるものを食べるのは少し我慢することになるけど、その他のものが充分食べられるなら、別に大した問題じゃないよね? 保存ができて換金性が良いものは王都や他領に売り、日保ちしないもの、高値で売れないものを自分達が食べる。それは、お金に困った時に取る、常套手段だよね?」
「はっ! 王女殿下のおっしゃる通りでございます」
……あれ?
税率7割5分って聞いて、とんでもないことだと思っていたけど、話が違う?
贅沢は我慢することになるけれど、別に餓死だとかひもじい生活とかじゃない?
……じゃあ、どうしてあんな直訴状が来たんだ?