作品タイトル不明
344 復讐の弾道 1
「……呼んだ?」
「うん。ちょっと、教えてもらいたいことがあって……」
サビーネちゃんは、私の動静を把握するために、『お姉様見守り隊』とかいう怪しげな奴らに私を見張らせているらしい。
お店の中までは入ってこないけれど、私が出掛ける時とかは、行き先を確認しているらしいのだ。
……それって、立派なストーカーじゃん!
まあ、本当のところは、私の護衛なんだろうけどね。
いくらサビーネちゃんでも、独断で私に見張りを付けるような人事権はないだろうから。
多分、王様の指示なのだろう。それを、サビーネちゃんが少し利用させてもらっているだけ、と。
王様が付けた護衛とかいうと私が嫌がるかもと思い、自分の我が儘で付けた軽い見張りだと言ってくれているのだろうと思う。気遣いのできる、サビーネちゃんのことだから。
なので、お店のドアを開けて首を突き出して、『招喚! サビーネちゃん!!』って叫べば、すぐに伝令役が走って、こうなるわけだ。
さすがに、孤児の子供達に王宮から王女様を呼んでこい、って頼むわけにはいかないからねぇ。
……だから、便利、……かなぁ?
「これ。これって、どういうこと?」
私が差し出した木簡……直訴状……を見て、目を見開いたサビーネちゃん。
「うわぁ……。やられたねぇ、姉様……」
そう言って、困ったように顔を 顰(しか) めるサビーネちゃん。
いつもの悪戯っぽい笑顔や、わざとやってる表情じゃなくて、本当に困ったような様子だ。
「とにかく、私にはこの国の制度に関する知識が足りないから、これがどういう意味なのか、……いえ、勿論『直訴状』だってことは分かっているのだけど、これがなぜ私宛なのか、これを受け取った私には何か義務が発生するのかどうか、……そして私はどうすればいいのか。そのあたりのことを教えて欲しいのよ……」
「だよねぇ……。
姉様が考えている『直訴状』っていうのは、一緒にてれびで見た『じだいげき』の、アレだよね?」
「うん。
お百姓さんが7~8人、縦に一列に並んで、先頭の人が竹に挟んだ直訴状を掲げ持つ。
そして『お 願(ねげ) ぇでごぜえますだ! お願ぇでごぜえますだ!』って叫びながら殿様の 駕籠(かご) に向かって突入。護衛の侍達に『 狼藉(ろうぜき) 者!』って先頭の者が斬られて倒れると、2番手の者が直訴状を拾い上げてそのまま突入。
次々と斬られ、その度に次の者が拾って突入。
そして最後の者が、殿様の駕籠の数メートル手前で斬られて倒れるの。
すると、殿様が籠の中から供の者に聞くのよ。『直訴か?』って……。
そして供の者が『そうでございます』って答えると……。
『訴状はあるか?』
『は!』
『……読もう』
そして、供の者が拾い上げた直訴状を差し出すと、駕籠の中からにゅっと伸ばされた手が、がしっとそれを掴む。
……いやぁ、泣いたよねぇ、アレには……」
「うん。悪代官が直訴を阻止するために大勢の村人を殺して、計画が 頓挫(とんざ) した後での、全滅覚悟の、文字通りの決死の作戦だったからねぇ……。泣いたよねぇ……。
……って、現実であんなに村人を殺しまくったら、村が存続できずに潰れちゃうよ!
絶対、現実ではあんなに殺しまくったりしないよ! 少なくとも、うちの国ではそんなことないよ!!」
そして、サビーネちゃんが教えてくれたのは……。
直訴状。
大昔からある制度で、平民や下級貴族が直近の上役をすっ飛ばして、遥か上のお方に直接訴えを届けること。
……このあたりは、昔の日本のと同じだ。
すっ飛ばされた上役達の面目は丸潰れであるが、そもそも、その連中の不正や悪行を訴えるためのものなので、当たり前である。
そして、訴え出た者は全員死罪、というようなことはないらしい。
そこは、内部告発や目安箱のような扱いらしいのだ。
……但し、その訴えが虚偽のものであった場合は、その限りではない。
当たり前だよね。嘘を吐いて上役を陥れようとして、遥か上のお方に余計な手間をかけさせたわけだから。虚偽の訴え、冤罪、そして貴族を騙そうとしたという不敬罪。こういう世界なら、死罪になって当然だ。
でも、普通は、平民が貴族に訴状を直接手渡すというのは、ほぼ不可能。
下手に貴族に近寄ろうとすれば、暗殺しようとしていると思われて、斬り殺される。
それくらい平民達から憎まれているという自覚があるらしいね、一部の貴族達は。
門番とかに渡しても、無駄だ。大半はそのまま捨てられる。
使用人とか、貴族に直接会える者……出入りの商人とか……に頼むのも、無理。
そんなものを貴族に渡したりすれば、使用人はその場で解雇、商人は出入禁止になった上、その話が広められて、他の貴族家からも取り引きを打ち切られる。
なので、自分にとって何の得にもならないのにそんな危険を冒す者はいない。
直訴というのは、あくまでもルール違反の、禁じ手である。
そして権力者にとっては、自分の身を危うくしかねない、魔王にとっての勇者の神剣みたいなものだ。
そんなものが乱用されては 堪(たま) らない。
なので、そういう行為は望ましくないため、直訴の首謀者も協力者達も、自分達には一切の利益も役得もなく、成否に関わらず、身の破滅が待っているだけ、ということになっているらしいのだ。
……そりゃ、何のペナルティもないなら、駄目元で、どんどんやるわなぁ、直訴……。
それで、直訴が成功して悪い代官とかが失脚、代わりにいい代官様が赴任してきてくれればいいけれど、『それくらいは代官としての権限の範囲内である』とか、『罷免するほどのことではないため、厳重注意と罰金のみ』とかになっちゃうと……。
直訴した者は、徹底的に睨まれることになるわけだ。
表向きは、報復行為はできない。
でも、ずっと監視していれば、人間、何らかの隙ができる。
拾った銅貨を、ポケットに。
言い争いになった相手の肩を、軽く突く。
それだけで、拾得物横領や、暴行罪になる。
権力者が、平民を『理不尽な行為ではなく、正しく、犯罪者を裁く』ということによって破滅に追いやることなんか、簡単だ。
「……で、結局、どういうことなの?」
この国における、直訴というものの説明は聞いた。
でも、なぜそれが、私に届けられたのかが分からない。
これが私の領地の民からのものじゃないことは、間違いない。
うちの領民が私に何か訴えたいなら、町や村を歩いている時に直接手渡すか、領地邸に来ればいいのだから。
いつでも私が直接受け取るし、不在の時は使用人に渡せば確実に届くからね。
わざわざ王都にいる時に、配達料を払って届けるような必要はない。
急ぎの用件なら、アントンさんが判断して、無線機での定時連絡の時に伝えてくれるし。
……というか、直訴状にちゃんと書いてある。他領の者からだと。
「どうして他領の者が、私に直訴するのよ?
直訴するなら、自分のところの代官か領主、もしくは王宮の大臣とかにじゃないの?
なぜ他領の、しかも子爵にすぎない私のところに来るのよ?」
「だから、さっき私が言ったでしょ、『やられたねぇ』って……。
途中で握り潰されることなく、ほぼ確実に直訴状が届けられる相手。
甘くてお人好しで、困っている者を見捨てることができないであろう相手。
そして、自分には関係ない、と言って無視しづらい相手。
それ、『他領の領主である、ヤマノ女子爵閣下』にじゃなくて、『女神の御使い、雷の姫巫女様』に宛てたやつで、『悪政を正して欲しい』って内容ではなく、『お助けください、姫巫女様!』ってやつだよ。だから、他の領地からであっても問題ない、ってことで……」
サビーネちゃんが、そんなことを言うけれど……。
「問題、大ありじゃ〜い!
そんなこと言ったら、国中の、いや、大陸中の直訴状が、全部私のところに来るやんけ〜〜!!
それに、御使いやら姫巫女やらはあくまでも通称、非公式なニックネームみたいなもので、この国での私の正式な身分は、子爵なんだよ、子爵!
男爵と共に、下級貴族に分類される、子爵だよ! 貴族の中では、下っ端なんだよ!
とても、他領でデカい 面(ツラ) をしたり、偉そうにしたりできる身分じゃないんだよっ!!」
そう吠えたけれど……。
「うん、爵位的には確かにそうだけど、姉様にはそれとは別に、『救国の大英雄』っていう肩書きと、『文句あるなら神兵呼ぶぞゴラァ!』っていう威圧効果と、『爵位持ちの、婚約者のいない未婚の少女』っていう強力な武器があるからねぇ。
上位貴族であっても粗末に扱う者はあまりいないだろうし、表立って敵対したがる者もいないだろうからね。そして、最大の利点は……」
「利点は?」
「向こうの貴族は、姉様が直訴状を受け取ったことを知らない。そして……」
「そして?」
「姉様には、優秀なブレインが付いてる」
「優秀なブレイン?」
そしてサビーネちゃんは、右手の親指を立てて、自分の顔を指した。