作品タイトル不明
311 事 故 3
「……問題ない。うちの病院なら縫合すべき怪我もあるが、無制限に地球の医療技術を提供するつもりはないのだろう? ならば、少し大きな傷が残るが、後遺症になるようなものはない。
一応、鎮痛解熱剤と抗生物質を渡しておくから、子爵の判断で発熱した者に少量だけ投与してくれ。用法、用量をよく読んでくれよ。
……そして、絶対にここの人間に一回分以上の薬を纏めて渡すな。
たくさん飲めば早く治ると思って一度に飲む、というのが、素人あるある話だからな。
それと、全部市販薬で揃えたから、あまり強力なのじゃないからな。処方薬と同じには考えないでくれ。
……但し、それでも説明書の一回分の指定量以上は絶対に与えるな。
もし何かあれば、すぐに呼んでくれ。勤務時間内でも構わんから、遠慮するな。人命第一だ」
「分かりました。ありがとうございます!」
病院の薬を勝手に持ち出すわけには行かなかったのだろう。大量の消毒薬や治療薬、痛み止めや抗炎症剤、包帯とかは、自腹でドラッグストアで買ってきてくれた、マッコイさん。
……いや、勿論、後で経費は支払うよ。
痛み止めは、痛みが酷い時の、 頓服(とんぷく) ……定期的に飲むのではなく、症状が酷い時にだけ飲むやつ……として使うのだけど、ここの連中は、痛みくらい我慢できるだろう。
でも、解熱や抗炎症剤としての効果があるから、我慢させずに、ちゃんと飲ませよう。効果時間が短いから、使いどころが難しいな……。
市販薬だから、ボルタレンはなしか。ロキソニンとカロナール……。特性が大きく異なるから、うまく使い分ける必要があるな……。飲み過ぎると、胃に悪いし……。
でも、あんまり効き過ぎても困る。
こういう世界に、中途半端に地球の薬を持ち込むのは、良くないことだ。
薬は、この世界で、自力で作れるよう指導しなきゃ、意味がない。
それに、うちの領地とボーゼス領だけに地球の薬を出回らせるなんて、自殺行為だ。
絶対に、あちこちから目を付けられるに決まってる。
噂に尾ひれが付いて、神薬だとか、万能薬だとかいう話が広まれば、年老いた権力者達が何を考えるか、分かったもんじゃない。
今回は、火薬の製造なんてことを持ち込んだ私のせいで起きた事故だし、貴重な研究者を失いたくなかったから、特別措置だ。魔物退治で怪我をした、とかいうのとはワケが違う。
……でも、みんなはそうは思わないよねぇ……。
前回、アイツは姫巫女様の薬と治療で助かったのに、どうしてうちの息子は助けてくれないのか。
そう思っちゃうよねぇ、どうしても……。
ま、深く考えるのはやめよう。
私の手は、この世界の全ての人々を守れるほど長くはない。
私が全力で守るのは、身近な者だけだ。
それも、私が守ると決めた者だけ。
神様ですら、信者全てを助けてくれるわけじゃない。
たまたま気が向いた時に、目に付いた者をちょっと助けるだけだ。
世の中、そんなものだろう……。
とりあえず、また盗聴器や録音器、超小型カメラとかのコレクションが増えそうだな。
そしてまた、『退屈を持て余して、話し相手を求めてやってくる幼い少女』とかが来るのかな。
……むさいおっさんふたりの部屋に。
* *
ボーゼス伯爵様が侯爵に陞爵されることが、正式に発表されたらしい。
……式典やパーティー?
いや、そんなのに関わったりしないよ。
パーティーの出来が少女の未来に大きく影響する、デビュタント・ボールじゃないんだから。
それに、そういうのには昔からのしきたりとか作法とかがあるだろうから、奇をてらったイベントをすればいいってものじゃないだろう。 厳(おごそ) かで、落ち着いたイベントなのだろうからね。
多分、王様とかも出席する、国の行事だろうし……。
「いや、確かにそれはそうなのだが、パーティーの料理は頼む……」
そう思っていたら、伯爵様から依頼が来た。
「え~……」
「いや、式典はともかく、我がボーゼス家が主役のパーティーで、ヤマノ料理が出ないなど、そのような 来賓(らいひん) の期待を裏切るような真似ができるはずがないだろう!
頼む、充分な報酬は出すし、ライナー子爵家には私から依頼する!」
うん、ライナー子爵家というのは、アデレートちゃんの家ね。
……つまり、ヤマノ料理の特訓をした、マルセルさんとその部下の皆さんに応援を頼む、ということだ。ベアトリスちゃんのデビュタント・ボールの時のようにね。
「それじゃ、私がいなくてもいいんじゃあ……」
「駄目だ! 我がボーゼス家の、おそらく私の存命中における最大の晴れ舞台なのだ、国中の貴族達に最大限の威容を示さねばならんのだ。……そう、絶対にだ!!」
あ~……。
まあ、仕方ないか。
さすがに屋台料理ってわけには行かないだろうから、普通の大皿料理やデザート、お酒類だよねぇ……。
それくらいなら、ライナー子爵家の料理人の皆さんと、デリバリーで 日本邸(うち) に大量の料理を届けてもらって、それを持って来ればいいか。お菓子やフルーツ、缶詰やレトルト物は日保ちするから、事前に用意しておけるし……。
「分かりました。……料理だけですよね?」
「ああ、そうだ。さすがに、陞爵の儀式やお披露目のパーティーで、おかしな 演(だ) し物をするわけには行かんからな」
うん、まぁ、そりゃそうだろうねぇ……。
あ、もしかすると、私との親密な関係をアピールしたいのかも。
ベアトリスちゃんのデビュタント・ボールであれだけ協力しておきながら、伯爵様の陞爵イベントはスルーしちゃうと、私が仲良しなのはベアトリスちゃんであって伯爵様じゃない、って風評が立つかもしれないよね。
そうなると、伯爵様の影響力が下がって、ベアトリスちゃんの婚約話が増える。
……いかん。いかんいかんいかん!!
「全力で当たらせていただきます!」
陞爵の儀式もパーティーも、まだ少し先の話だ。
こういうのは、一週間前に発表、とかいうわけには行かないからね。
女性は、新しいドレスやアクセサリーを発注したり、その日に合わせてダイエットとか髪やお肌の手入れとか、色々と準備が必要なのだから……。