軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

309 事 故 1

「ヤマノ子爵! 火薬工場で事故が起きました!」

「ええっ!」

夕方、私がのんびりと執務用の席で紅茶のカップを片手に書類に目を通していると、ボーゼス伯爵領の領軍兵士のひとりが駆け込んできた。

……勿論、うちの警備兵4人に囲まれて。

いくらここが戦略的価値のない小さな田舎領とはいえ、さすがに身元の確認も取れていない者を何の対処もせずに私の前に連れて来たりはしないよ、うん。

それに、あの暗殺未遂事件があったすぐ後だ。私が指示しなくても、周りの者達が過剰なまでの警戒態勢を敷くのも無理はない。

……そして、よく見ると、この兵士には見覚えがあった。

そう、あの『ウルフファング、王都絶対防衛戦に参加できなかったふたりのための魔物退治イベント』の時に、護衛に付いてくれた精鋭兵士のひとりだ。

精鋭をただの伝令役に使うのは勿体ないけれど、精鋭、イコール馬で速く移動できる者、ってことならば、妥当な人選なのか。

それとも、私が知っている者、ということで、偽の伝令兵で私をおびき出そうとしているのでは、とか疑われる可能性を潰すための人選なのかもしれないな……。

でも、私をおびき出して、という作戦は、こういうやり方じゃ成功しないんだよね。いつでも転移で逃げられるから……。

いや、そんなことはどうでもいい。今は、それどころじゃない!

「緊急事態発生! ちょっとボーゼス領に行ってきます。あとはお願い!

乗ってきた馬のところへ案内して!」

「は、はい! ……あ、いえ、無理をさせたので、休ませずに今すぐ出発するのは、ちょっと……。

それに、ふたり乗りだと……」

「いいから、早く!」

馬を休ませたいらしい兵士さんをスルーして、私は直ちに出発することにした。

勿論、うちには乗用馬はいないし、たとえいたところで、私は乗馬なんかできない。

シルバーは、あくまでも馬車を牽くための馬だし、今は王都の牧場に預けてある。

なので……。

「これが、あなたが乗ってきた馬ね? 他には荷物とかない? 馬体に付けてあるものが装備の全て?」

「は、はい……」

よし、ならば……。

「転移!」

馬と兵士さんを連れて、ボーゼス伯爵領へ、ひとっ飛び!!

* *

「こっ、これは……」

突然周りの景色が変わり、見覚えのあるボーゼス伯爵領の海辺になったことに驚く兵士さん。

いや、アンタ、オーク狩りの時に転移したことあるじゃん!

……まぁ、『御使い様の、奇跡の 御業(みわざ) 』ってことで、それを2度も経験したのはコレットちゃんとサビーネちゃんを除けば、この世界でこの人だけだものね。そりゃ、感激もするか。

火薬工場は、勿論、街のど真ん中に建てるようなものじゃない。

なので、造船所や大砲の試作工場からそう離れてはおらず、しかし万一事故があっても影響は及ぼさない程度には離れた、周りに人が住んでいないところに建てた。

……うん、つまり海辺だ。

そして火薬工場……今はまだ研究・試作の段階で、大量生産はまだまだ先の話だけど……の建設や研究には私も当然参加しているので、ピンポイントでここに転移できたわけだけど……。

「外観は、あまり変わっていないね……」

「は、はい、そう大きな爆発ではなかったので……。

しかし、研究施設の一部が吹き飛び、怪我人が……」

「あ!」

失敗した!

伝令の兵士さんが来るのに、いくら馬を飛ばしたとはいえ、替え馬なしなんだから3~4時間はかかっただろう。それに、事故が発生して、その対処。伯爵様が全容を把握して、私に連絡することができるだけの余裕ができるまでに要した時間。

そんなに時間が経っているのに、事故現場に怪我人が転がったままのはずがない。

「じゃ、私は行きますから! お役目、御苦労様でした!」

この街の病院……というか、診療所の場所は知っている。

転移!

* *

「怪我人はどこですか!」

「うわぁ!!

……って、姫巫女様!」

うん、この領地でも、私の顔と名前は売れている。

「怪我人は!」

「……は、はい、こちらです!」

有無を言わせぬ私の剣幕に、余計な挨拶や 追従(ついしょう) は必要ないと察したらしく、すぐに案内してくれる、ここの雑用婦さん。

「ここです!」

示された扉を開けると……。

「うっ……」

並べられた8つのベッドのうち、6つが埋まっていた。

ここでは、いくら重傷であろうと、個室などというものは存在しない。

少ない人数で全ての患者の世話をし容態を見守るには、患者を一箇所に集めるしかないのだ。

それが嫌なら、自宅療養しかない。

そして、ベッドに横たわる6人の様子は……。

4人は、まぁいい。あちこち怪我はしているものの、命に関わるとか後遺症が残るとかいうものではなさそうだ。

傷は残るかもしれないけれど、男の傷は勲章だ。将来、火薬の本格生産が始まれば、子供や孫達に自慢できるだろう。この傷が、国を守るための大発明の 礎(いしずえ) になったのだ、と……。

問題は、あとのふたりだ。

ひとりは、左腕の 肘(ひじ) から先がない。

そしてもうひとりは、顔に血の気がなく、意識がない。……おそらく、大量出血によるものだろう。このままでは、命が危ない。

時間がない!

転移!!

「隊長さん、担架ふたつと、担ぐ人4人、今すぐ!」

「お、……おぅ……」

ここは傭兵団なんだ、負傷者を運ぶための担架くらい、輸送トラックや兵員輸送車に積んであるだろう。

隊長室で書類仕事をしていた隊長さんは、すぐに担架と人員を集めてくれた。

「……どうして隊長さんも一緒に並んでるの?」

「いや、行くだろ、普通! 部下だけを危険な場所に行かせられるか!」

カッコいいこと言ってるけど、自分も行きたいだけだよね、異世界に……。

まぁいいか。今は時間がないし。

「よし、転移!」

「アピア!」

診療所の、病室に出現。

「そこの意識のない人と、左腕がない人を担架に。地球の病院に運びます」

「了解だ!」

隊長さんの指揮で、てきぱきと作業する隊員さん達。

診療所の人達や他の患者さん達がぽかんとしているけれど、私がやることを止めようとする人はいない。

ま、それくらいの信用度はあるわけだ、私には。

「重傷者は、私が『アレクシス様を治療したところ』へ連れていった、って伯爵様に伝えておいて。

すぐに戻ってくるけどね。

じゃあ、あとはお願い。みんなも、治療に専念してね。じゃあ、また後で。

……転移!」

行き先は、勿論、 あそこ(・・・) である。