作品タイトル不明
308 退 院
退院である。
あんまり入院が長引くから、マッコイさんに聞きに行ったんだよね、こういう怪我ってどれくらい入院するものなのか、って。
そして怪我の状況や治り具合とかを詳しく説明したところ、『そういう状況なら、普通はもうとっくに退院できているはず』って言われた。
『処置の内容や患者の状況によるから、診察もせずに勝手なことは言えない』って言われたけれど、一般論として、って食い下がって無理矢理聞いたんだけどね。
いや、明らかに『もう退院してもいいだろ!』って状態なのに、全然退院の話が出ないし、先生に聞いても言葉を濁すんだよね……。
だって、もう化膿止めとか栄養補給とかの点滴は打っていないし、検査……なぜか毎回採血と細胞片の採取をされる……以外の処置はしていないし、抜糸も終わってるんだよね。食事も、普通食だし……。
抜糸と言っても、吸収糸だから本当に糸を抜くわけじゃないらしいけど……。
ナイフで刺した後に乱暴に抜いたから、内臓はともかく、皮膚の傷が大きくなっちゃったとかで、割と傷痕が長いんだよねぇ……。
犯人、許すまじ!!
って、もうとっくに処刑されてるだろうけどね。
まあ、そういうわけで、回診のない夜中にマッコイさんを転移で連れてきて簡単に診察してもらい、こりゃ明らかに引き延ばされてるな、という結論に達したため、無理矢理退院させたのだ。
いや、納得できる説明があれば話は違ったんだけど、さすがに病状に関しての嘘を吐くのは職業倫理に反したのか、退院の見込みを聞いた私に担当医の先生がちゃんとした説明が出来ずにしどろもどろになった時点で、信用ゼロだよ。
支払いは、事前に両替しておいたこの国の紙幣で、現金払い。
振り込み元を 手繰(たぐ) られるのは嫌なので、口座振込とかは使わない。
そして、『国元に知らせると強制的に帰国させられるから、知らせていない。なので、入院費で手持ちのお金が足りなくなりそうだから……』と言って、引き留める病院の人達を振り切って、支払いを済ませて、逃げるようにして退院したのだ。
値引きしますから、とか言っていたけれど、普通、病院では値引きセールはないだろう……。
上の方(・・・) からの指示なのだろうなぁ、多分……。
まあ、そういうわけで、退院と 相成(あいな) ったわけだ。
病院から離れて、人目がないのを確認してから、転移。
行き先は……。
「ただいま~!」
コレットちゃんの元気な声に……。
「「「「「「おかえりなさいませ!!」」」」」
使用人のみんなからの声が揃う。
うん、コレットちゃんが今日退院することと、予定時間を事前に知らせておいたからね。
なので、今回の出迎えの対象は、私ではなくコレットちゃんだ。
……どうやら、私を護った功績で、出迎えの言葉は敬語となったらしい。
コレットちゃんの静養先は、ヤマノ子爵家領地邸。
ないとは思うけれど、万一傷口からの感染症とか、転んだり階段から落ちたりして傷口が開いたりとかでコレットちゃんの容態が急変した場合に備えて、コレットちゃんがひとりになる時間ができる日本邸や御両親のところとかは避けたいからね。
領地邸(ここ) なら、常にメイドのみんなの目があるし、話し相手に不自由しないだろうから、まだ仕事をすることは禁止のコレットちゃんが退屈せずに済むだろう。
無線機もあるから、もしもの時には私が王都にいても連絡がつく。
それに、御両親のところはトイレがアレだから傷に悪いし、室内の衛生状態から考えても、選択肢からは一番に外した。
多分、実家だとコレットちゃんが働こうとして無理をするだろうしね。
食事も、ここなら栄養のあるものを食べさせられるし、ドカ食いしてお腹に余計な圧力が掛かって、などという事態にならないよう、みんなで見張っていられるし……。
心配しているであろう御両親には、 領地邸(ここ) に来てもらう。
娘の仕事先を見る、いい機会だしね。
王都の『雑貨屋ミツハ』なら、大半の時間は私、サビーネちゃん、ちぃ姉様とルーヘン君の誰かがいるだろうけど、『雑貨屋ミツハ』で静養する案は、ボツになった。
王都だと、コレットちゃんが散歩やお出掛けすることができないし、ゆっくり休めないからね。
……いや、王都じゃコレットちゃん、大人気なんだよ……。
『我が身を挺して姫巫女様を守り抜いた忠臣』、『忠義の少女』として、英雄扱い。
事件は衆人環視の中で起きたから、『あの少女は助かったのか』って問合せが王宮に殺到して担当部署が困り果て、コレットちゃんが無事助かったということをサビーネちゃん経由で知ると、すぐに公表しちゃったらしいのだ。
そしてその数日後には、既に『コレット饅頭』、『コレット煎餅』、『忠義少女人形』、その他諸々の便乗商品が販売され、 吟遊詩人(バード) の題目となってたんだよねぇ。
今、王都の劇団が芝居の練習をしてるらしいよ……。
勿論、全部無許可で、権利料とかは銅貨1枚すら払わずに。
……しっかりしてやがる……。
いや、勿論、こんなことでお金をせびるつもりはないよ。
コレットちゃんの行為をお金にするなんて、そんなことができるはずがない。
まぁ、そういうわけで、今、王都でコレットちゃんがリハビリのために散歩に出たりすると、大変なことになっちゃうわけだ。
お年寄りに拝まれたり、『子供に触ってくれ』と頼まれたりするだけならまだしも、下手に群衆が殺到してもみくちゃになったりすると、傷口が開いて、冗談じゃ済まない事態になる可能性もあるんだ。
あの、王都絶対防衛戦の後、もみくちゃにされて肩の傷口が開き出血、ドレスを駄目にされた私が言うのだから、説得力は充分だろう。
……だから、コレットちゃんが王都に来られるのは、まだずっと先だ。
「コレットちゃんは、私が許可するまでは仕事は禁止。その後、勉強と書類仕事、散歩を兼ねた領内の見廻り、軽作業を経て、段階的に復帰してもらうからね。
焦って無理をすると、傷口が開いたりして却って完全復帰までに時間が掛かるからね。それは私にとって不利益になる、ってことだよ。分かるね?」
「うん……、はい……」
今のは、お友達としての言葉ではなく、上司としての指示だ。だから、コレットちゃんはきちんと『うん』ではなく『はい』って言い直した。
このあたりは、コレットちゃんはしっかりしている。
「そして当分の間は、食べ過ぎや冷たいものの飲食には制限を掛けるからね。お腹にあまり圧力が掛かったり下痢をしたりするのは避けなくちゃならないからね」
「えええええええっ!」
退院すれば飲食の制限がなくなると思っていたらしいコレットちゃんが、絶望の叫びをあげた。
まだ手に持った荷物も下ろさないうちに、出迎えのために使用人達が全員揃っているこのタイミングで言ったという意味が分からないようなコレットちゃんじゃない。
そう。ふたりだけの時ではなく他の使用人達がいる前で話したということは、私から使用人達にコレットちゃんを見張るよう指示したということだ。
「…………」
泣きそうな眼で私を見ても、駄目だ。
コレットちゃんも、私が意地悪で言っているのじゃないことくらい分かっているから、眼では色々と訴えていても、さすがにそれを口にすることはできないらしい。
……諦めようね?
他のことは全て謙虚で控え目なのに、制限がないと暴飲暴食する、コレットちゃんがいけないんだよ。
嘘か本当かは分からないけれど、私は力道山の『手術は成功したのに、医者の指示を無視して絶対禁止の手術直後の飲食をしたため容態が悪化し、亡くなった』という話を聞いたことがあるのだ。
たとえそれがデマであろうと、それを聞いていてコレットちゃんに手術後に無茶をさせるつもりはない。
……いや、お医者さんからは、もう普通食でいいとは言われているんだけど……。
でも、余計な危険は冒さない。
石橋は、叩いて壊す。
それが、我が山野家の家訓なのだだだ!!