軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

296 帝国の受難 1

現地時間で、午前2時頃。

アルダー帝国の帝都に、蠢く影がひとつ。

「よし、これで完了!」

そう、昨夜に引き続き、ミツハが新たな高札を立てて廻っているのである。

今回は、立てているところを見つかるとさすがにヤバいため、黒っぽい服で素早く作業している。

まあ、もし見つかったとしても、さっさと転移すれば済むことではあるが……。

いくら夕方に大事件があったとはいえ、帝都中が夜通し起きているわけではない。

街灯の明かりもなく、油代もロウソク代もただではない。

なので、夜は寝て休むもの、仕事は明朝から、というのが常識であり、怪我人の救助と帝都城の消火が終わった時点で、帝都城以外の場所はいつものように闇の中で寝静まっていた。

そのため、ミツハの高札立ては、誰に見咎められることもなく終了したのであった。

……さすがに、明日の夜は高札場に不寝番が立つことになるであろうが……。

* *

そして、翌朝。

「また、高札が立ってやがるぞ! 何々……」

『反省の色がないならば、3日後、帝国内の穀倉地帯に海水の雨を降らせることになるであろう』

「……って、やべぇじゃねえか! そんなことされちゃ、今育っている農作物が全滅するどころか、塩害で雑草も生えない荒れ地になっちまうぞ! そうなったら、この国は終わりだ!」

「で、でも、海水を降らせるって、そんなこと、できるはずが……」

信じられない、という顔でそう言った男を、高札を読み上げた男が怒鳴りつけた。

「馬鹿野郎! 昨日ベロリー商会の倉庫が炎上した時、大量の水が落ちてきて……、そうだ、『降ってきた』んじゃねぇ、『落ちてきた』んだよ、一挙に、大量の水が……。それで、倉庫の荷は全部駄目になったらしいんだが、そのおかげで火は消えて、最悪の事態は免れたんだが……、その『落ちてきた水』がな、……しょっぱかったんだよ……」

「え?」

「そして、水が流れた跡に、何匹もの魚がぴちぴちと跳ねてやがった。……川魚ではなく、海魚がな。拾って帰って夕食のおかずにしたから、間違いねぇ!」

「……おめぇ、いい度胸してやがんな……」

高札を読み上げた男のあまりの行動に、疑問を呈した男は呆れたような顔をした。

「……とにかく、そういうわけで、『御使い様は海水の雨を降らせることなど造作もない』というわけだ。

神罰を与えたものの、ちょっとやり過ぎたかな、とお考えになって、火事の延焼を防ぐためにその場でチョチョイとやれる程度のことに過ぎない、ということなんだよ……」

「「「「「「…………」」」」」」

ふたりの遣り取りを聞いていた周囲の者達は、愕然としてその場に立ち尽くしていた。

* *

「…………」

愕然。

呆然。

それ以外の言葉では表現のしようがない、皇帝陛下の顔。

「どういうことだ……」

そう問われても、返事のしようがない。

破壊され、燃やされた帝都城。

大会議室も謁見の間も到底使用に耐え得る状態ではなく、大慌てで何とか片付けた来賓用の部屋のひとつで開かれている、緊急会議。

帝国の主立った者達が列席しているが、皆の顔色は悪かった……。

「神の使いを自称する貴族の小娘さえ暗殺すれば、全ては解決する。

ゼグレイウス王国は自国の時もダリスソン王国の時も防衛戦にしか秘蔵の特殊部隊を使っていないことから、あれは簡単に移動させることのできない武器である。もしそうでないなら、撤退する我が軍を追撃して壊滅的な打撃を与えようとしたはずである。

なので、向こうから我が国に攻め入ってくることはあり得ない。

……そう言ったのは、お前達ではないか!」

「「「「「「…………」」」」」」

なのに、帝国に侵攻するどころか、初戦が帝都への直接攻撃であり、帝都城が大被害。

それも、反撃すらできずに、一方的な攻撃で。

……そもそも、反撃などできるわけがない。

空から降ってくる、破裂玉と火焔。

神罰に抵抗できる人間など、いるはずがなかった。

そしてそれさえも、なるべく人を死なせないようにと事前に警告したり、建物から人が出るのを待ったりという、強者の余裕に満ちたものであった。

もし、何の配慮もなく、本気で神罰を下されたら……。

次は、堅牢な帝都城ではなく、貴族の帝都邸だとか、領地邸とかにあの神罰が下されたら……。

「まあ、もし暗殺に成功していたならば、本当に全て解決していた可能性はあったかもしれん。

ゼグレイウス王国秘蔵の特殊部隊の指揮官としてあのような小娘を担ぎ揚げた理由は、ただ見目の良い小娘を神輿として担ぎ揚げることによって、戦意高揚と、貴族や民衆を 纏(まと) め上げるための道具として利用するため、という、お前達の『全ての情報を分析した結果の、間違いない結論』とやらが正しかった場合は、な……。

担ぎ揚げる神輿を失い、防衛戦にしか使えぬ、機動性のない『少数の、少々特殊な戦力』は王都を護るため動かせぬとなれば、その価値は激減。

事前に準備し、待ち構えた場所でしか使えぬ戦力……。

ネタの割れた『秘密兵器』など、どうにでも対処できる。

なので、以後の国交において、そして軍事的行動においても、ゼグレイウス王国の優位性は損なわれ、以前のように対等な、いや、我が国優位での交渉が可能となる。

……お前達が言った通りであったなら、な。

そしてその結果が、これだ……」

そう言って列席者達の顔を 睨(ね) め回す皇帝陛下の視線を避けるかのように、黙って俯く重臣達。

もう、あの少女が『ただの、下級貴族の小娘』だなどと思っている者は、ひとりもいなかった。

昨夜の攻撃時において、夜目が利く者達の内の何人かが、目撃していたからである。

……空から落下してくる破裂玉と共に宙を舞う、少女らしき者の姿を……。

昨夜は手加減されていた、ということも、皆、察していた。

途中で攻撃目標を無人の兵舎や保管庫、商家の倉庫等に変更せず、帝都城中心部への攻撃を続けていれば。

そして、帝都城に加えられた攻撃の、最後の一発、『 隕石落とし(メテオ・ストライク) 』。

あれを連発されたなら……。

また、商家の倉庫においては、そのまま放置していても完全に焼け落ちて壊滅するというのに、わざわざ雨を降らせて消火するという、 無辜(むこ) の帝都民に対する慈悲。

……つまり、まだまだ余裕たっぷり、という状態であったことは、間違いなかった。

そして……。

「問題は、今朝発見された高札に書かれていた、『反省の色がないならば、3日後、帝国内の穀倉地帯に海水の雨を降らせることになるであろう』という文言だ。

それが実行可能かどうかと言うと……」

皇帝陛下の視線を受けて、重臣ではなく、学者っぽい雰囲気の老人が答えた。

「はっ、昨夜の消火のための降水が海水であったことは確認済みです。塩分、混じっていた魚や海藻から、間違いはないかと……。

そして、昨夜のことが実施可能である者が、同様のことを穀倉地帯に対してできない道理はないかと……」

「「「「「「…………」」」」」」

その学者らしき者の言葉に、部屋中の空気がどんよりと沈んだ。

「……では、どうしようもないと?」

皇帝の問いに、その男ははっきりと答えた。研究成果を述べるかのように……。

「はい、どうしようもありません。

皇帝陛下が、神をも上回る力をお持ちであり、その力を発揮してくださるのでない限りは……」

「「「「「「…………」」」」」」