作品タイトル不明
297 帝国の受難 2
その日のうちに、帝都の各所に高札が立てられた。
全て、ミツハが立てたのと同じ場所である。
『当方に会談の用意あり。連絡をお待ちしております』
宛名も、書いた者の名も、何の会談なのかも、何も書かれていない、謎の高札。
……しかし、それを読んだ帝都の人々は……。
「「「「「「あ~……」」」」」」
だいたい、察した。
* *
いやいやいやいや!
誰が行くんだよ、そんな会談!
行った途端、取り囲まれてなます斬りか、矢か槍でハリネズミ間違いなしだよ。金貨10枚賭けてもいい。
……賭けに勝っても、勝ち金を受け取れないけどね。その場合、死んじゃってるからね、私。
そして、負けた場合はしっかりと払わされる……。
賭けないよっ! 損しかしないじゃん、そんな賭け!!
とにかく、群衆に 紛(まぎ) れてその高札を読んだ時には、立てた人の常識を疑ったね。
これで、私がのこのこと帝都城に顔を出すとでも思ったのかなぁ……。
もう危険だから、夜中に高札を立てるのもナシだ。絶対に見張りとか捕縛要員とか弓矢での狙撃手とかが潜んでるよね。
今は変装していて、髪は金髪のウィッグ、瞳はカラコン、肌はファンデーションで色を変えてあるから、遠目に『雷の姫巫女様』としての私を見たことがある者でも、俯き加減で粗末な服を着ている今の私には気付かないだろう。
だから、昼間に向こうが立てた高札を群衆に紛れて確認に来るのは問題ないんだけどね。
とにかく、銃を持った時の攻撃力はともかく、防御力ゼロ、紙装甲の私が敵の前に出られるわけがない。
そして帝国の使者がうちの国に、といっても、残り3日ではうちの王都に辿り着くことさえできないだろう。
まぁ、もし万一辿り着けたとしても、アポなしの飛び込み営業じゃあ、王様にすぐに会えるとも思えない。
そしてたとえ王様に会えたところで、多分『何ソレ?』って言われるだけだろう。
サビーネちゃんからある程度の事情説明はされているだろうけど、それは『私が襲われて、コレットちゃんが怪我をした』ってことだけだ。
あの時のサビーネちゃんは、敵の正体も、私がどうするつもりかも知らなかったのだから、王様はこの件に関しては殆ど情報を持っていない。
ま、そもそも3日間じゃ絶対に間に合わないから、考えても無駄だけど。
それに、王様がどう思おうが、関係ないからね。
これは、『ヤマノ女子爵』としての行動じゃないから。
なので、王様が何を言おうが関係ないし、 全てが終わるまで、(・・・・・・・・・) 王様に会う予定はない(・・・・・・・・・・) 。
今の私は、山野光波。
ただの、コレットちゃんの親友だ。
だから、王様にも今の私を止めることはできない。
* *
「返事がない、だと……」
翌日、皇帝は配下の者からの報告を聞き、思わず玉座から立ち上がった。
「は、はい。夜通し見張っておりましたが、高札場に近付く者は誰もおらず……」
「馬鹿者めが! 見張りがいれば、誰も近付かないに決まっておろうが!!
今夜は見張りは配備するな、決して余計な真似はするでないぞ!」
皇帝はそう指示したが、一部の者達は手柄を立てて出世することを 目論(もくろ) み、その日の夜も密かに捕縛要員を配備していた。
そして、たまたま夜に高札場の前を通り掛かった普通の女性に矢を射掛け、殺害した。
当然のことながら、その女性が無関係であることはすぐに判明し、そしてその夜も御使い様からの高札が立てられることはなかった。
* *
「ば、ばばば、馬鹿者めがっっ!
たまたま通り掛かった女を 射殺(いころ) し、そのことが街中に知れ渡っただとっ!!
こっ、これでは、御使いは決して我らの前には姿を現さないであろうがっ! いったい何を考えておるのだっ!
予告された刻限まで、あ、あと1日しかないのだぞ……。
我の命令を無視して御使いを殺そうとした者共は皆、指示を出した者、賛成した者、実行した者、全て一族郎党斬首刑とせよ、今すぐにだ!
身分は関係ない。 庇(かば) い 立(だ) てする者、刑の執行を邪魔したり抵抗したりする者、時間稼ぎを企む者、全て同罪だ!
時間がないのだ、いちいち我に確認する必要はない。皇帝の命に 逆(さか) らい帝国を危険に晒すという、決して許されることのない大罪を犯した者達であり、逆賊にして国賊だからな。
御使いの娘の機嫌を取るために少しでも効果があるなら、この機に我の命に従わぬ者、帝国に害をなす馬鹿者共を一掃するのも良いかもしれん」
皇帝陛下の命令を、しかも帝国の危機を回避するための苦肉の策を故意に妨害し台無しにした者達には、それが当然の報いであろう。
そして、通常であれば、いくら皇帝陛下とはいえ、理由も証拠も無く勝手に家臣を処罰することはできないが、今であれば奸臣や敵対派閥の者達を潰しても問題はない。
何しろ、帝国の危機において、私利私欲のために皇帝陛下の命に逆らった国賊なのである。
……しかも、御使い様を殺そうとした……。
貴族からも民衆からも、そして神殿からも、どこからも文句が出ることはないであろう。
こうして、また1日が無駄に費やされ、残り1日となったのであった。
* *
また、立ってる……。
うん、帝国の偉い人が立てた、高札が。
まだ、一般の女性が夜中に不幸な出来事で亡くなってから、半日しか経っていない。
時間が惜しいのか、女性殺害事件の翌日の昼前にはこの高札が立てられたわけだ。
向こうは、私と違って夜中にこっそりと、とかいう制約がないからねえ。
で、今回は何が書いてあるかというと……。
『 命(めい) に従わず高札場を見張っていた者達は、一族郎党斬首刑とした。
当方に隔意なし。至急連絡を乞う』
いや、知らんがな……。
この高札が、誰からの、誰に向けた 伝達(メッセージ) かも分からないのに……。
いや、まあ、状況から考えて、私宛てだろうとは思うよ?
でも、のこのこと顔を出したら、『知らんな。そんな高札を出した覚えはない。皆の者、この小娘を捕らえよ!』なんて言われたら、目も当てられない。
……いや、勿論、転移で逃げるけどね。
それに、高札場を見張っていたとか、私には関係ないし……。
さすがに、もう危険だから近付いていないよ、夜の高札場とか。
情報を確認するのは、一般の人達と一緒に、昼間見に来ればいいのだから。何も危険を冒して夜中に来る必要はないよね。
それに、向こうとしては、見張るのは当然だろうし。ついでに、捕縛とか殺害とか……。
もし見張っていなければ、馬鹿だよねえ。
それを、勝手に見張っておいて、勝手に斬首刑とか……。
現場の者に責任を全て押し付けて、自分達は責任逃れ?
ないわ~……。ワケ分かんないよ……。
そんな連中、信用できるはずがない。
とにかく、あと1日だ。
勿論、本当に穀倉地帯に海水を降らせるつもりはない。
そんなことをすれば、大惨事だ。
その場で人々が死ぬわけじゃないけれど、穀倉地帯が塩害で滅茶苦茶になれば、何年も続く被害で大勢の餓死者が出て、戦争どころじゃない地獄絵図になってしまう。
高札にも、ちゃんと『反省の色がないならば』って書いておいたしね。
……うん、ちゃんと反省すれば勘弁してもらえる、ってことだ。
頭のいい参謀達がいるだろうから、当然、それくらいのことは気付いているだろう。
* *
「ジェラリスはどうした? 期限まであと半日少々しかないのだ、今日中に打開策を考えて、明朝までには絶対に御使いの少女を納得させられる文面の高札を立てねば、取り返しのつかないことに……」
配下の者に、自分が最も頼りにしている切れ者の参謀を呼ばせようとした皇帝であるが……。
「ジェラリス様は、数刻前にお亡くなりに……」
「……え? そんな馬鹿なことがあるか! 今朝の会議の時にはピンピンしておったではないか!
それが、いったいどうして! 今は奴の頭脳が必要だというのに!!
敵国による暗殺か! どうしてすぐに報告しなかった!!」
あまりのことに、激昂する皇帝であるが……。
「いえ、斬首刑により……」
「……え?」
配下の者の言葉に、嫌な予感が胸に湧き上がり、呆然とする皇帝。
「……ま、まさか……」
「はい。最後まで、皇帝陛下と話をさせてくれ、と叫んでいたそうでございますが……」
『指示を出した者、賛成した者、実行した者、全て一族郎党斬首刑とせよ、今すぐにだ!』
『身分は関係ない。庇い立てする者、刑の執行を邪魔したり抵抗したりする者、時間稼ぎを企む者、全て同罪だ!』
『いちいち我に確認する必要はない』
これでは、皇帝陛下にお伺いを立てたり意見具申をしたりすると、自分も一族郎党と共に斬首刑にされてしまう。
なので、警吏は自分の任務遂行の手を止めようとはしないであろうし、皇帝に是非を確認することもない。勿論、その上官達も。
……なので、もし一族の誰かが関わっていたとすれば。
いや、部下や親族が捕らえられそうになった時に、思わず警吏を制止したり、説明を求めたりすれば。
そして今もなお、現在進行形でその命令が遂行されつつあり、無能な者達と共に、多くの有能な者達が……。
「と、取り消しだ! あの指示は、即座に実施をやめさせろ、急げぇっ!!」
配下の者にそう命じた後、愕然として立ち尽くす皇帝陛下であった……。