軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

240 戦いの肖像 7

「『ネイディ』、戦列から離れます! 操艦困難の模様!」

「くそっ!」

第一戦隊の旗艦、64門艦『アティリル』の船尾楼で、艦隊司令官であるメルベルク中将は苦虫を噛み潰したような顔をしていた。

艦は、そう簡単には沈まない。なので、敗北が確定したならば、逃げれば問題はない。

幸いにも逃走すべき方角は風下であり、帆船が、風下に逃走する帆がほぼ無傷の敵艦を拿捕するのはそう簡単ではない。なので、今、逃走を決断したならば、拿捕されて捕虜となる確率は低いであろう。そう、問題はない。

……ただひとつ、この戦いの敗北と植民地の失陥、そして惨めな敗走の全ての責任を負わされ、自分の軍人生活が終わりを告げるであろうことを除いて。

しかし、そんな些細なことのために、多くの将兵の命と艦を失わせることはできない。

勇気ある行動というものは、決して、敵に向かって無謀な突撃を行うことだけではない。

「やむを得ん、全艦に、撤退……」

「敵艦の手前に、弾着多数!」

「なに?」

艦隊戦の砲撃というものは、200~300メートルくらいの距離で撃ち合う、殴り合いである。

なので、何らかのミスによる何発かの外れ弾ならばともかく、敵艦の手前に多数の砲弾が落下するはずがない。そして何よりも、この戦隊で健在な艦は先程斉射したばかりであり、今のタイミングで砲撃できる艦はいないはず。

ならば、何が……。

「右舷後方、3隻接近、40門艦! 我が軍の 艦(フネ) です、あれは、……え……」

見張り員が、言葉を途切れさせた。

「半数が脱落したか。どの戦隊だ!」

司令官が、6隻のうち半数を失ったのであろう戦隊を確認させようとしたが……。

「40門艦、『カリアード』ほか、2隻! 昨年、新たな大陸を求めて出発した、探検船団です!!」

「な、何だとおおぉっ!!」

探検船団。

聞こえはいいが、生還の確率がそう高いわけではない、イチかバチかの大博打。

政財界に取り入った、 胡散(うさん) 臭い奴隷商人に与えられた、廃艦寸前の3隻の老朽艦。

そしてはみ出し者や落ちこぼれ、問題児や政治的に『消えて欲しい者』とかを押し込んで送り出された、皆が『今頃は、どこかで野垂れ死にしてるだろうな』と思い、しかし決してそれを口に出すことのない、可哀想な船団。

「それが、なぜ……」

「次弾弾着、数発が命中!」

40門艦。片舷20門が、3隻分。最初のが1隻分で、その結果を見ての、今のが2隻分とするならば……。

40発の砲弾が降り注げば、数発くらいは命中しても不思議はない。いくら曲射とはいえ、そう大した距離ではないのだから。

しかし、砲弾には炸薬が詰められているわけではなく、ただの鉄の塊に過ぎない。軍艦の巨体に数発の鉄塊が当たった程度で、軍艦がどうにかなるわけではない。

敵艦に接近することなく、あのような遠距離から撃ったところで、大した被害が与えられようはずもない。

なので、司令官の頭にあるのは、3隻の砲撃や命中弾のことではなく、その3隻がなぜ今、ここにいるのかという謎についてであった。

「しかし、接近もせずに遠距離から無駄撃ちするような腰抜けが3隻来たところで……」

ドンドンドンドンドン!

「え?」

突如響いた砲撃音と、自分の眼に映った、信じられない光景。

そう、風上側に占位した自分の戦隊と、風下側にいる敵艦。6対4とはいえ、こちらの後方の3隻は先程まで同航戦を行っていた他の敵戦隊によって手酷くやられている上、全ての艦が風下側への傾斜のため最下層の 砲列甲板(ガンデッキ) は砲門が波に晒され、また砲が下を向きすぎており狭い仰角範囲では敵艦に砲口を向けられなかったりで、使用不能。砲撃力では敵に大きく劣っていた。

そして、そんな自分の戦隊と、敵戦隊との間に、1隻の旧型艦の姿があった。しかも、敵艦との距離は、考えられないような超至近距離である。

「そんな馬鹿な! さっきまで、いなかった。絶対にいなかった!!」

そんな司令官の言葉をよそに、敵の先頭艦に片舷斉射を行った旧型艦は、……姿を消した。

「「「「「「…………」」」」」」

静寂に包まれた、旗艦の船尾楼。

当たり前である。今、口にすべき言葉を持っている者など、ひとりもいない。

ドンドンドンドンドン!

「「「「「「え……」」」」」」

今度は、敵先頭艦の風下側に現れた、先程の旧型艦。

そして、再びの片舷斉射。先程とは反対舷になるので、当然ながら砲撃準備は完了していたのであろう。今度は風上側の舷なので、勿論、最下層の 砲列甲板(ガンデッキ) も含めた全ての砲が使用可能であった。

最初の砲撃では、最下層の砲は使えなかったが、至近距離であり、謎の味方艦の砲はやや下向き。敵艦は風下側に傾いているため、本来は喫水線下となる部分を海面上に晒していた。

そして当然のことながら、狙いはその『本来は海面下となる、喫水線より下の部分』であった。

砲門を狙って敵艦の攻撃力を削ぐ、という選択肢もあるが、この味方艦は砲門を狙うのではなく、喫水線下の集中攻撃により相手の致命傷、すなわち『撃沈』を狙うという選択肢を選んだようであった。

そして放たれた20発の砲弾は海面すれすれの部分を狙い、海面に落ちてしまった砲弾もそのいくつかは海面で跳ね返って敵艦の横っ腹へと突き刺さった。

そして、反対舷における二度目の攻撃。

今度は風下側からの攻撃であるため、最下層の砲も含めての片舷斉射である。

敵艦がこちらに傾いて甲板を見せており、こちらの砲は上向きであるため喫水線付近は狙えない。なので今度の狙いは、敵艦の甲板であった。

マストをへし折り、索を切り、帆を破り、水夫達を殺傷する。

……そう、敵の航行能力を喪失させるのである。

先程、反対舷の喫水線下に 孔(あな) を開けまくった。もし、その状態で敵艦が帆による操艦能力を失い、あるいは風に対する自艦の角度を変えて、艦の傾きが復元、あるいは反対になれば……。

ヴァネル王国側には、最初の砲撃によって敵艦の喫水線付近に開けられた破孔がはっきりと見えていた。そして勿論、二度目の砲撃で受けた、マストの被害と甲板上の惨状も。

更に、味方の旧型艦は、甲板から火炎壺による攻撃を行っているらしい。

壺に油を入れて布で蓋をして、火をつけて 投擲具(とうてきぐ) により敵艦に投射する。あれくらいの超至近距離であれば、楽々届くであろう。

敵艦に広がる火の手。これでは、とても操艦操作どころではあるまい。そして、帆の力を失って艦体の傾斜が戻れば、水面下となった破孔から、大量の海水が……。

「敵戦隊旗艦、速力低下! 戦列から脱落します!」

先頭艦の速力が落ちれば、二番目以降の艦がつんのめる。ブレーキをかけることができない以上、先頭艦を避けて進むしかないであろう。

そして敵艦は、急な変針で混乱が生じ、戦列を大きく乱した上、こちらの艦を射界から外してしまっている。

士官達は、見張り員からの報告が耳には届いても、あまりのことに、頭の中に染み込まない。

しかし、船尾楼の連中が無為に立ち尽くしている間にも、砲列甲板では必死の次弾装填作業が進んでいるはずである。その準備が完了したならば……。

「消えた……」

そして、再びその姿を消した、味方艦。

奇跡はこれで終わりか、と思われた時、 三度(みたび) 現れた、旧型艦。但し、先程とは別の艦である。それが、敵の二番艦の後方、接触しかねないほどの超至近距離に出現した。進路は、直交方向である。……つまり、敵艦の艦尾ぎりぎりを、横から通過する形である。

この相対位置で、やることといえば……。

ドンドンドンドンドン!

敵艦の艦尾とのすれ違いざまに、前方の砲から順に発射された。

艦尾側から艦首側への砲撃を、超至近距離から、片舷の全門で順番に……。

防御隔壁がない、艦体の縦方向への貫通弾。帆船の最大の弱点である。

そこに、順番に片舷の全弾を叩き込むなど、まさに悪魔の所業であった。

「えげつねぇ……」

ヴァネル王国艦隊第一戦隊の船尾楼で呟かれたその声に、皆が心の中で頷いていた。