作品タイトル不明
235 戦いの肖像 2
「分かった、分かった……」
顔を顰めながら、そう言う侯爵。
まぁ、敵国側が間諜や内通者、市井に紛れ込ませた草(敵地に一般住民として定住させた、情報提供者)とかから簡単に入手できる程度の情報で、政治的な判断とか軍の具体的な行動とかには関係のない一般的な話であれば、別に私に教えても問題ないだろう。
そのあたりは、仮にも侯爵なんだから、うまくさじ加減をしてくれるだろう。
では、話を聞かせてもらいますかね……。
* *
侯爵の話によると、この国から東へ他の国を3つくらい挟んだところにある国、ノーラル王国が、この国、ヴァネル王国にちょっかいを出してきたらしい。
元々この国ヴァネル王国と敵対していた、モロに利害関係が対立するノーラル王国とやらは、海軍力ではヴァネル王国と一二を争う国らしく、ヴァネル王国とは、周辺諸国に対する影響力や植民地に対する支配権等で、色々と揉めているらしいのだ。
そして現在、ある植民地の利権争いで、特に険悪な状況になっていたそうなのであるが、遂に向こうが一線を越えたらしい。
ノーラル王国は、ヴァネル王国の植民地の支配権を奪うため、まず植民地からの物資をヴァネル王国へと運ぶ商船をノーラル王国の私掠船に立て続けに襲撃させた。そしてそれを阻止しようとしたヴァネル王国の軍艦に対して『我が国の民間船を攻撃した』と言い掛かりをつけてきた、というわけである。
「勿論、他国は失笑しているが、かと言って、別に我が国のために手出しや口出しをしてくれるわけではない。
ノーラル王国にとっては、ただ口実ができれば良いだけなので、正当性などあろうがなかろうが、そんなことはどうでもよいのだ。……私掠船に襲わせて手に入れた物資だけでも、かなりの利益になったであろうしな」
ま、そんなトコか……。
そしてそれには、ここ最近のヴァネル王国での『御使い様』騒ぎ、『船魂』騒ぎとかも影響しているらしい。
そのふたつの騒ぎが、海軍人気の盛り上げ、そして軍事予算増額と、そのあたりを狙って国か軍部が意図的に起こした騒ぎではないかと勘繰った可能性もあるらしい。
……そう、海軍力の増強を図り、ノーラル王国との開戦準備を始めたのではないかと疑った、というわけだ。
確かに、女神の御使いだとか船魂だとか、他国から見れば人気取りのプラス要因に見えるかも。実際には、海軍力を低下させるための私の陰謀なんだけどね。
そういうわけで、ノーラル王国としては、ヴァネル王国の海軍増強策の出鼻を 挫(くじ) くというか、ヴァネル王国の鼻先に一発パンチを喰らわしたい、というところらしいのだ。
なので、互いに国が滅びるまで、とかいうつもりはないものの、敵艦隊のひとつでも潰して捕虜の身代金と賠償金、そして植民地のひとつでも奪えれば万々歳、とかいうつもりらしい。
……ま、そういうもんか、このレベルの文明社会においては……。
で、私にとって重要なのは、別にヴァネル王国の利益とかじゃない。
そう、私にとって、そしてうちの国にとって、どうなれば一番都合がいいか、ってことだ。
「開戦は、もう決定事項なんですか?」
「うむ。これでノーラル王国に譲歩したりすれば、ますます向こうからの挑発がエスカレートするだけであるし、そもそも譲歩など、そう言い出しただけで国民や貴族連中、そして軍部が黙ってはおらぬだろう。
譲歩などという言葉を口にした者は、それだけで敵との内通を疑われてあらゆるところから非難が集中し袋叩き、面子も信用も立場も失うだろうから、そういう意見を口にできるものか。たとえそう思ってはいたとしてもな。
……尤も、実際には、ノーラル王国にこんな舐めた真似をされて引き下がるつもりの貴族や軍人などひとりもおらんよ。ひと 合戦(かっせん) せずに収まるような話ではない」
あ~、やっぱりねぇ……。
「ま、下手に全面戦争にならぬよう気を付ける必要はあるが、向こうもそんな気はないだろうから、ひとつの植民地を賭けての艦隊戦、というところだな」
うん、こんなことで国家間の全面戦争なんかしたら、どちらが勝ったとしても、ボロボロになったところに漁夫の利を狙った国に攻められてお 終(しま) いだ。
両国は別に隣接しているわけじゃないし、無関係の国をいくつも通過して陸軍が遠方の相手国に直接攻め込むのは難しいだろうし。
結局、海軍力を大きく損耗して、三番手以下の海軍国が幅を利かせるようになるだけだろう。
そして、侯爵が割と 暢気(のんき) に構えているのは、自分が陸軍派閥であり今回はあまり出番がないとでも考えているのか……。
いや、自国の浮沈がかかってるんじゃないの? いくら何でも、もう少し焦った方がいいんじゃあ……。
「儂から教えられるのは、これくらいだな。これ以上知りたいならば、他国の貴族にどこまで喋っていいかを自分で決めることのできるお 方(かた) に直接聞くしかあるまい。儂も、機密漏洩罪とか他国との密通罪とかで斬首刑の上、お家お取り潰し、とかいうのは真っ平だからな……」
うん、ま、そりゃそーか。
いくら私の歓心を買うためとはいえ、そんなことになっちゃあ元も子もない。
そもそも、一族郎党皆同罪、とかでみっちゃんまで巻き添えになって、家族を失って平民に落とされて浮浪児に、なんてのは許されない!
……いや、もしそうなったら、勿論私が引き取って面倒みるけどね。
で……。
「その、『他国の貴族にどこまで喋ってもいいかを自分で決めることのできるお方』っていうのは?」
「陛下に決まっておろうが!」
「あ~……」
やっぱり……。
あんなのには、会いたくないなぁ。
戦争絡みで、また私の国を特定してどうこう、とか企みそうだし。
戦争はお金がかかるし、弱小国であっても自国に賛同する国があれば色々と政治的に利用できるだろうしねぇ。
平時であればともかく、戦時で武器も弾薬も船も兵士も、そしてお金も大量に消耗しようかという時には、 形振(なりふ) り構わず強硬な態度に出ることも考えられる。前回のような、余裕のある対応じゃないかもしれないから、今会うのは絶対にやめた方がいいよなぁ……。
「じゃ、いいや。どうせこれ以上は大したことは喋らないだろうし、別にこれから先がどうなるかは分からないんだから、片方の一方的な目論見や希望的観測を聞いても、あんまり意味がないからねぇ。確定した事実である現状が分かったから、あとは自分で推測して考えればいいや。
じゃ、どうも!」
用事は終わった。なので、さっさと帰ろうとしたら……。
「待て! 待て待て待て待て待て!!」
「何?」
何か、侯爵が引き留めてきた。面倒くさいなぁ……。
「いや、そちらの要望に応えたのだから、こちらの要望にも応えるのが筋というものではないか?」
ああ、言われてみれば、一理ある。
仕方ないか……。
「で、何を要望したいの?」
面倒くさいし、私を怒らせたのは侯爵の方だから、上から目線でいいや。
「……先日の無礼を許してもらいたい……」
ありゃ、ちゃんと反省したのかな。
私も、鬼じゃない。きちんと反省して謝罪するなら、悪いようにはしないよ。そもそも、あの件の大元の原因は国王からの指示だろうからね、おそらく……。
……でも、せっかく優位に立てているこの立場をなくすのも勿体ないような気がするし……。
そうだ!!
「仕方ないですねぇ……。じゃあ、50パーセントだけ許します。残りは、また何かの機会に」
「……そうか。しかし、それでもありがたい、と考えねばならんか……。では、残りは、次の機会に……」
どうせまた、この件絡みで情報を手に入れに来るに決まっている。そうすれば、その時に残り半分を許してもらえば、また以前のような関係に戻れるやもしれぬ。おそらくそう考えて、ほっと息を吐いている侯爵だけど……。
「はい、残り950パーセントですからね」
「何じゃ、そりゃあああああっっ! お前は、幼年学校で百分率というものについての勉強をし直してこいっっっ!!」
そして、騒ぐ侯爵を残して、さっさと引き揚げる私であった……。
あ、みっちゃんには、ちゃんと挨拶してから帰ったよ。お友達だもんね!