作品タイトル不明
234 戦いの肖像 1
「戦争だ」
「え?」
ヴァネル王国王都の拠点、『物産店』に行ったら、お隣さん、つまり警備隊詰所のおじさんからそう教えられた。
えらく急な話だなぁ。
……それに、なんか既視感のある台詞だ。前にもあったよね、こんな遣り取り……。
というか、そんな国際情勢だったの? 全然知らなかったよ……。
この国だけでなく、周辺国や国際情勢についてももっと本格的に調べておくべきだったか。
でも、これはこの国にとっては 大事(おおごと) でも、私にとっては吉か凶か……。
「……まだ、知らなかったか。ま、他国の貴族、しかも 年端(としは) もいかぬ子供には振りづらい話題だからな。知っているだろうとは思ったが、念の為言ってみてよかったな……」
うわ、ありがたい!
日頃の差し入れの効果なのか、それともただ、ひとりぼっちの異国の少女に対する心遣いなのか、はたまた上司からの指示なのかは分からないけれど、これはありがたい。金貨数十枚払ってもいいくらいの情報だ。
……払わないけどね!
差し入れの夜食で誠意を示そう。
「ありがとうございます! 下手したら他国で立ち往生、とか、商船が敵国に拿捕されるとか、 大事(おおごと) になるところでした! このお礼は、後日、必ず!」
そう言って、ダッシュで物産店に駆け込んだ。
まずは、情報収集だ。情報がなければ、動きようがない。
戦争ならば、相手国がある。……まさか、うちの国と戦争中だということがバレたとは思えない。
先日のパーティーに出た時には、既に軍人や上位貴族達はこのことを知っていたのだろうけど、さすがに、他国の貴族である私には、きな臭い他国との情勢について向こうから教えてくれるようなことはなかったか。
……当たり前だ。
私は、一応はこの国の上級貴族や軍人さん達と知り合いで、パーティーとかにも出ているけれど、向こうにとってはあくまでも私は商取引の相手であって、政治的な話や、ましてや他国とのいざこざの話をしたり相談したりするような相手じゃない。私に聞こえるところでは、そういう話をするはずがないよね。
それに、私は10代前半の子供だと思われているからねぇ。この国との本格的な貿易に先立って、事前調査を任されただけの、どこかの国の側妃の娘あたりだと。だから、政治的な話や戦争とかは担当外、と思われても仕方ない。
そもそも、うちの国がこの国と敵国、どちらに味方するかも分からないというのに、話の振りようもないよね。
とにかく、今は情報収集が第一だ。私がずけずけと、何の遠慮もなく話が聞けて、しかも絶対に正確な最新情報を持っている者といえば……。
* *
「みっちゃ~ん、遊びに来たよ~!」
「……また、あなたはそう、いつもいきなり……」
指でコメカミをぐりぐりしながら、頭が痛そうに顔を 顰(しか) めるみっちゃん。
いい頭痛薬、あるよ?
「侯爵、いる?」
「そして、ひとの父親、しかも侯爵家当主を、そんな友達みたいに……。
そもそも、どうして『ミッチェル侯爵様はご在宅でしょうか?』って聞かないのよ! 私はともかく……」
ありゃ、マズかったかな?
それじゃあ、仕切り直して……。
「ミシュリーヌ・ド・ミッチェル侯爵令嬢様、……侯爵、いる?」
「逆でしょうがああああぁっっ!!」
みっちゃん、激おこ。
勿論、わざとだ。
私にとって、ボーゼス伯爵様は『伯爵様』だけど、ミッチェル侯爵は、『侯爵』だ。別に『様』を付けるような相手じゃない。
以前であれば、他国の上級貴族でありみっちゃんのお父さんなのだから、そして色々とお世話になる相手なのだから、『侯爵様』と呼んでもよかった。でも、今は駄目だ。
少し態度を軟化してあげたけど、まだ本当に許したわけじゃないからね。
それに、別に名前を呼び捨てにしているわけじゃない。爵位で呼ぶのは、別に失礼なわけじゃないだろう。私も、男爵家や子爵家の人達から『ヤマノ子爵』とか、単に『子爵』って呼ばれているし。
「いや、ちょっと急いでるの。私の、本来の義務を遂行しなきゃならなくて……」
私が真面目な顔でそう言うと、みっちゃんはこれが私の貴族としての仕事絡みだと、そして私がいきなり 真剣(マジ) モードに入ったことを察してくれたらしく、ほんの数秒間黙ったあと、頷いてくれた。
「……分かった。応接の間で待ってて」
* *
「……よく来てくれた。で、用件は何かね?」
勝手知ったる、みっちゃんち。
でも、勝手にうろつくわけにはいかないので、みっちゃんの指示を受けて案内してくれたメイドさんと共に応接の間へ行き、出してもらった紅茶を飲んでいると、侯爵がやってきた。
少し待たされたのは、多分みっちゃんと何やら相談でもしていたのだろう。私の急な訪問の理由とか、どう対処するかとか、前回のことを謝罪するか適当に誤魔化すか、とか……。
そして、やってきたのは侯爵ひとり。みっちゃんはついてきていない。
おそらく、自分が同席するべきではないと判断したのだろう。みっちゃんは頭の良い子だから。
まぁ、侯爵が同席を禁じたのかもしれないけれど……。
でも、そんなのはどうだっていい。
私が知りたいのは、ただひとつ。
「戦争が始まるそうですね。それについて、全て、詳細に教えてください。相手国、トラブルの原因、彼我の戦力差、勝てる見込み、狙っている落とし所、その他諸々、全部!」
「え……」
いや、そりゃ困るか。
政治的な秘匿事項や、軍事的な判断。それらを、どこの国の者かも分からない小娘にペラペラと喋れるわけがない。
でも、険悪になった私との関係を修復したいと思っているだろうし、無下にも扱えまい。何とか、うまく言いくるめれば……。
ん~……。
「ある程度、公表されている部分だけでいいです。敵側に内通している貴族とか、ハニートラップに引っ掛かっている軍人とか、そういうのから既に敵に漏れていて、今更私に教えても別に何も変わらない、っていう程度のことで。
とにかく、この国の貴族や軍人、商人とかに話しても支障がない程度に……」
「…………」
呆れたような顔で私を見ている、侯爵。
そりゃまぁ、あまりにも直截な言い方だもんねぇ……。
でも、相手に対する配慮や遠慮を気にしなければ、こんなもんだよね。
「とにかく、戦争になるらしいと聞いただけで、他は何にも知らないんですよ、動きようがないでしょうが! 敵側に内通している者に接触されて、いいように騙されてうちの商品が全部そっちへ流れることになってもいいんですか? 化粧品やお酒、香辛料とか、政治的な工作に利用されるかもしれないのに?」
うん、私がやってるみたいにね!
「うっ!」
よし、効いてる効いてる!
もう一発、ボディブローだ!
「うちの小型高速船が拿捕されて、船も物資も全て奪われるかも」
「ううっ……」
そして……。
「犯人はこの国だと騙されて、うちが敵国の味方になったりして……」
アッパーカット!
「ぐはぁ!」
……よし、沈んだ!