作品タイトル不明
222 領地への帰還 2
帰還である。
いや、ヤマノ子爵領に到着した、ってことね。
道中、別に何もなかったよ。
そりゃ、途中で商売をするわけじゃないし、盗賊や魔物が出るようなことは滅多にない街道だし、ボーゼス伯爵領旗とヤマノ子爵領旗(通称、姫巫女旗)を掲げた馬車を襲うような命知らずはいやしないし……。
ま、ごくたまにゴキブリ、いやいや、ゴブリンが出る程度だし、それくらいは護衛がいれば問題ない。
……つまり、『何事もない』というのが普通だ。
そうしょっちゅう襲われていたら、馬車の運行なんかできやしないよ、リスクと損失が大きすぎて……。
そういうわけで、私はヤマノ子爵領で馬車から降り、ベアトリスちゃんが個人的に買い込んでいた商品も降ろした。
そして空いたスペースには、商人さん達がこれから 子爵領(うち) の店で買い込む海産物が積み込まれる。
ボーゼス伯爵領とうちは隣接しているから、獲れる海産物の種類はほぼ同じだけど、その加工に関しては、うちの方が 上(うわ) 手(て) なんだよね。漁獲量も、日本製の漁具とか、それを模したモドキ漁具を使っているから、うちの方が上回っているし。
だから、燻製とか天日干しとか一夜干しとか、技術やノウハウで大きく差が出るものは、元々の製法に日本のやり方を加えたうちのものに勝てる漁村は少ない。干物とは言っても、完全にカラカラコチコチに乾かしたものだけじゃないからね。
……ちなみに、完全カラカラのやつ以外は、干物とはいえあまり日保ちするわけじゃない。冷蔵庫があるわけじゃないからね。
その他にも、うちは海藻類や貝類を加工したものとか、お酒のおつまみとして人気が高い商品とかを色々と開発している。
……ボーゼス伯爵領の漁村に、既にそれらを真似る連中が現れているけど、まだまだうちの商品に追いつけてはいない。そのうち追いつかれるだろうけど……。
しかし、しっかりしてるなぁ、ボーゼス伯爵領の商人達は。稼げる機会は銅貨1枚分も見逃さないか……。
自分が買ったものはうちで売るため降ろしたけれど、ベアトリスちゃん自身は降りず、そのまま商隊と一緒にボーゼス伯爵領へと向かう。
伯爵様に旅の報告をしなきゃならないからね、当然……。
ま、どうせすぐにこっちへ戻ってくるだろうけど。
あんまり早く戻られると、また伯爵様とイリス様から文句が来るんだよなぁ。理由は、言うまでもないけど……。最低でも2週間は伯爵家にいてもらわないとなぁ。
……しかし、どうしようか……。
サビーネちゃんの望み。
コレットちゃんの望み。
そしてベアトリスちゃんの望み。
そう、ベアトリスちゃんにも全てを話し、『こちら側』に招待するかどうか、ってことだ。
利点は……。
サビーネちゃんとコレットちゃんが喜ぶ。勿論、ベアトリスちゃんも。……そして、私も。
そして私の手駒が増える。
いや、今でも貿易関係で役立ってもらっているけど、更に踏み込んだ、色々なことを任せられるようになる。
それと、ボーゼス伯爵夫妻に対する使者、尖兵、切り札、弱味、……まぁ、色々と役に立ってくれそうな気がする。
欠点は……。
ベアトリスちゃんが益々ボーゼス家から離れてうちの方寄りになるため、ボーゼス家の皆さんに申し訳ない。あそこ、娘はベアトリスちゃんだけだからねぇ……。
今でさえ、時々愚痴や嫌み、泣き言が出るというのに、これ以上エスカレートすると……。
そして、うっかりと、もしくはボーゼス家の利益のために、私に関する情報がボーゼス伯爵に伝わる可能性が否定できない。
いくら仲良しであっても、両親と兄弟、そして領民や王家と天秤に掛ければ、さすがに私では軽すぎるだろう。……実際の体重とは関係なく!
ベアトリスちゃんは、何といっても、貴族家の娘だ。自分の義務というものをちゃんと理解している。
その点ではサビーネちゃんも同じなんだけど、まぁ、サビーネちゃんの場合はそういう損得勘定を考える前に、なし崩しで関係が進んじゃったからなぁ……。
それに、サビーネちゃんは普通の貴族の子女とは少し違うからねぇ。
何か、私のためなら平気で国を捨てそうな気がするんだよね、あの子……。
いや、さすがに国を売ったり裏切ったりはしないだろうけど、簡単に国を捨てて、『ミツハ姉様と一緒に行く!』とか言い出しそうで……。
サビーネちゃんの愛が重いよ!!
そして、ベアトリスちゃんの荷を倉庫に運ぶよう指示して、邸の方へ。
いや、ベアトリスちゃんの荷、これはあの子の私費、今まで貯めていたお小遣いを全て放出して買い込んだものなんだ。
そう、ベアトリスちゃん、ボーゼス伯爵領の代表としてではなく、自分自身が投資しての商業活動デビュー、ってわけだ。
これの儲けは、勿論、ボーゼス家とは別で、ベアトリスちゃん個人のものだ。
商人達がたくさんの荷を持ち込むボーゼス領ではなく、うちで捌く、ってとこが、しっかりしてる。そして、この取引でうちの販売ルートに食い込むつもりだ。
遣り手だねぇ……。
あの子は、私が育てた!
……些か、育ちすぎ。
特に、胸とか。
クソっ!!
ま、いくら貴族とはいえ、所詮は子供が貯めたお小遣いだ。
しかし、『されど、貴族の子女の全財産』であり、こっそりと自分のアクセサリーの一部を売って換金したとかで、平民から見ればそこそこの金額ではある。日本でサラリーマンが株や先物取引にデビューする時の、最初の種銭とかよりは遥かに多い。
……レバレッジをかけたりしちゃ駄目だよ、ベアトリスちゃん……。
邸の扉に近付いても、誰も出てこない。
私が戻ったことは、馬車の音やざわめき、馬のいななき等で分かっているはずだ。いつものコレットちゃんなら、とっくに飛び出してきているはず。勿論、他の使用人達も出迎えに出ているはずだ。……ということは……。
「「「「「「お帰りなさいませ!」」」」」」
うん、扉の内側で待ち構えているに決まってるよねぇ……。
真正面に立っていたコレットちゃんが、クソ真面目な顔で歩き寄ってきた。
そして、私の前で姿勢を正し、びしっと敬礼。
「ヤマノ子爵領、特異事象なし。人員・機材、異状なし!!」
「御苦労!」
「 指揮権をお返しします(ユーハブ・コマンド) !」
「 指揮権を受け取った(アイハブ・コマンド) !」
「ミツハ、お帰り~!!」
儀式を終えた途端、そう言って、私に飛び付いてくるコレットちゃん。
うん、かなり長かったからねぇ、今回の旅は。1カ月弱もの間、私達が全く会わずに過ごすのって、いつ以来だろうか……。
多分、邸から飛び出して真っ先に私に飛び付きたかっただろうに、正規の引き継ぎをするまでちゃんと我慢していたんだ。偉いぞ、コレットちゃん!
あ、引き継ぎの『ユーハブ』、『アイハブ』っていうのは、 正操縦士(メインパイロット) と 副操縦士(コ・パイ) が操縦の主導権を移譲する時のお約束の台詞で、操縦がどちらの管理下にあるかということを明示するために必ず口にする決まり文句、『ユーハブ・コントロール!』、『アイハブ・コントロール!』っていうのを真似て、私が勝手に制定した手順だ。
……なぜそんな台詞を作ったか?
それは勿論、『カッコいいから』に決まってるよ!
ほら、使用人のみんなが、ほおっ、というような、感心した顔で私とコレットちゃんを見てるでしょ! こういう小さなことの積み重ねで、尊敬の心とかが育っていくんだよ。
それと、コレットちゃんが私に次ぐヤマノ子爵領の重臣なんだということが、自然に擦り込まれるからね。
そう、私の不在時を預かる、我がヤマノ子爵家の No.2(ナンバー・ツー) なんだからね、コレットちゃんは!
ミリアムさんやヴィレムさん、執事のアントンさん達は、あくまでもスタッフ、参謀役であり、指揮官や次席指揮官とかじゃない。私が不在時に ヤマノ子爵領(わたしのおうち) を任せるのは、コレットちゃんだ。私を絶対に裏切ることのない、大切なお友達。
それに、地球の知識やウルフファングの存在、そして邸に隠してある非常用の武器弾薬の存在を知らずして、正しい判断が下せるはずがない。敵に降伏するか、私の帰りを待ち、徹底抗戦して持ち堪えるかの判断とかをね。
なので、戦術面での判断はヴィレムさんに、政策面での判断はミリアムさんに任せるとしても、戦略的な判断、そしてヤマノ子爵領の運命を決めるような最終判断は、私がいない場合にはコレットちゃんに委ねてある。隠し武器庫の開放に関する権限の一部を含めて……。
あ、コレットちゃんを養女にしちゃおうかな。
そうすれば、万一の時にはコレットちゃんがヤマノ子爵家を継いでくれるし。
幼女の養女。
……うん、いいかもしんない……。
将来的には、妖女になったりして……。