軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

223 第三王女 1

「隣国の王太子殿下が来られるのだ、さすがに我が儘は許せんぞ!」

「「「はい……」」」

ヴァネル王国国王の、いつにない厳しい表情での指示に、仕方なくそう返事する王妃と第一・第二王女。

第三王女も、こくりと頷いている。

「機嫌を直せ! 別に、家族同伴のパーティーを開くわけではないのだ、ただの晩餐会で、妻子が出席するのは王妃と王女であるお前達だけだ。それなら、何の問題もなかろう!

そもそも、この程度の外交文書の交換にわざわざ王太子殿下が来るわけがないであろうが!

お前達が顔見せをせずに、どうするというのだ。侮辱されたと思われて、隣国との関係が悪化したらどうする! お前達、その責任が取れるのか? つまらない我が儘で国益を損ないましたと、国民に詫びられるのか?」

「「「うっ……」」」

ヤマノ子爵領産の化粧品やアクセサリー、食べ物、その他色々なものが自由に手に入らず、特に入手できる化粧品の質において一部の貴族家の夫人や令嬢達に越えがたい差をつけられてしまい、国王を非難して人前に出ることを拒否した王妃と王女達であったが、さすがにこれは断れない。

そもそも、王太子来訪の本当の目的は、『王女達との顔合わせ』なのであるから……。

それに、ヤマノ領産の化粧品も、全く手に入れられないというわけではない。

普通の貴族家であればともかく、仮にも王妃と王女なのである。裏から手を回し、 圧力を掛けれ(おどせ) ば、ある程度は何とかなる。……但し、『ソサエティー』にのみ出回っているものは無理であったが……。

当たり前である。全てを失う危険を冒そうとする者が、メンバーの中にいるはずがなかった。

自分の輝かしい未来を約束してくれる、夢の楽園、『ソサエティー』。

そして、もしそこを不名誉除籍となれば……。

楽園追放。

聖女達のグループからの除籍処分。

それを聞いた者に、どう思われるか。

……それは、社交界においての『死』を意味していた。

それも、決して復権することの叶わぬ、完璧な死。地獄の最下層より、更に下に落ちるのである。

決して裏切り者が出ない、みんなが知っている秘密結社、『ソサエティー』。

その団結と忠誠心は、ミツハの想像を遥かに超えていた……。

* *

「では、ヴァレス殿下一行を歓迎して、乾杯!」

「「「「「「乾杯!!」」」」」」

堅苦しいことは避け、ヴァネル王国側は国王一家と宰相、大臣クラスの者達のみでの隣国王太子一行を迎えた晩餐会。

外交文書の交換のために訪れた一行であるが、勿論、本当の目的は3人の王女達との顔合わせである。

次期国王であり見目も良く、切れ者で人柄も良いと評判の、周辺国の王族の少女達が何とか接触を持ちたいと狙っている超目玉商品。そしてこの国の隣国であるため、他国ではあるが嫁ぐことに対する不安が少ない。

国同士の関係も強化されるため国王夫妻や大臣達が良い話になることを望んでいるのは勿論であるが、それ以前に、王女達が非常に乗り気であった。3人の王女達、全員が。

そして……。

ぎぃん!

今、晩餐会の会場に、途轍もない冷気が漂っていた。

……主に、第一王女と第二王女の辺りを中心として……。

「ネ、ネネネ、ネレーア、そ、そそそ、それはいったいどういうわけかしら……」

「あ、あああ、あなた、そんな、卑怯な……」

そう、第一王女、第二王女、そして王妃殿下がぷるぷると震えながら見詰める第三王女は、やらかしてしまっていた。

家族や王宮の皆には内緒で、第三王女としてではなくネレーア・ド・ウェクター女子爵として入会した『ソサエティー』で手に入れた最高級の化粧品を使い、仲間達にお願いして全力で化粧してもらった、その姿。しかも、アクセサリーはミツハからレンタルで借り受けた品である。……勿論、レンタル料は取られたが……。

そして化粧に協力してもらうため王宮に招いた『ソサエティー』の仲間達3人は、現在ネレーアの私室で待機している。部屋の中は好きに弄っても構わない、と言われて、興味津々で部屋中を見て廻りながら……。

……で、以前意中の伯爵家長男を落とすために『ソサエティー』の仲間達に救援要請を出した時のカーレア・ド・シーレバート伯爵令嬢にほぼ匹敵する仕上がりとなったネレーア第三王女の戦闘力は、 ふたりの姉(ザコども) など相手にもならないほど強力であった。

……おまけに、一番若い。

わなわなと震える姉達をスルーして、にっこりと微笑むネレーア王女。

((ぐぬぬぬぬ……))

怒りと悔しさで歯を噛みしめるふたりの姉であるが、ここで醜態を晒すわけにはいかない。

結婚するならば、上から順番。それが普通なので、まだ婚約しているわけではない姉達は、条件としては妹より有利なはずであった。

……勿論、他の要素を全く考慮しないのであれば、という条件が付くが。

なので、まだ勝負は決まったわけではない。

そう、まだ、慌てるような時間ではなかった。

そして料理が運ばれ、それぞれの前にサーブされ始めた。給仕役には見目の良い者達が選ばれたのか、中にはまだ若い女性達も含まれていた。そして……。

「あ!」

かちゃん、と小さな音がして、テーブルにやや勢いをつけて滑り落ちた肉料理の皿から料理の一部がこぼれ落ち、テーブルクロスと、そしてネレーア王女のドレスを汚した。

「「「「「「なっ!!」」」」」」

決してあるはずのないミス。あってはならない粗相。

凍り付く一同と、蒼白になって立ち尽くす給仕の女性。

大事な他国の王族を迎えての場での、選りに選って、王女殿下に対する大失態。

……ただで済むはずがなかった。

ヴァネル王国側だけでなく、王太子側も、凍り付いたまま誰も動かず、誰もひと言も発さない。

不作法に対する怒りではなく、この哀れな女性の、おそらくはとても過酷であろうこの先の運命が、あまりにも不憫に思えて……。

「あら、緊張し過ぎて手を滑らせちゃったのかしら? 気にしなくてもいいわよ、大したことじゃないから」

そう言って、皿からこぼれ落ちた肉片をひょいと摘まみ、お皿に戻したネレーア王女。

「「「「「「え……」」」」」」

驚きに眼を剥く面々に向かって、ネレーア王女は再びにっこりと微笑んだ。

「何も問題ありませんわ。テーブルクロスは 洗濯(ランドリー) メイドの皆さんがきちんと洗濯してくださっているのですから……。そして、ドレスにもテーブルクロスにも、使用人ひとりを失ってもいいほどの価値はありませんわ」

ヴァネル王国側はまだ固まっているが、王太子側の人々の顔には安堵と感心したような表情が浮かび始めた。……そう、誰も、些細な失敗でひとりの女性の人生が台無しになるところを見たいわけではないだろう。

当事者である王女殿下が不問に付すと断言したのであれば、大事にはなるまい。そう思うと、ほっとした気持ちになるのも無理はない。平民のことも大事に思う、良き貴族、良き王族であるならば。

「……でも、上司や同僚に対して申し訳なくて、職場に居づらくなっちゃうわよね……。

そうだ、あなた、私の 王女付(レディ・イン・) 女官(ウェイティング) になりなさい。後で話を通しておいてあげるわ」

「「「「「「えええええええ!!」」」」」」

堪らず、もう何度目かになる驚きの声を再び上げてしまった一同。今度は、ヴァネル王国側、王太子側の総員であった。

そして……。

(何と優しく、そしてよく気の回る聡明な少女なのだ……。確か、まだ12歳と聞いているが……。

その 年齢(とし) で、これだけの平民に対する心遣いと、何事にも動じず、優れた対処を行えるとは……。そして、美しい……)

王太子殿下の興味と視線が、ネレーア王女に集中していた。当然のことながら。

にやり

心の中で、そっと笑うネレーア王女。

そして……。

にやり

同じく、心の中で笑う給仕の女性。

勿論、最初から仕組まれたことであった。

絶対に悪いようにはしない、という約束のもと、危険を承知で乗った賭け。

そして彼女は、見事にその賭けに勝ち、王女付女官という夢のような地位を手に入れることに成功したのであった……。

そしてネレーア王女は、自分のためならば嘘も危険も悪事も平気でこなす、頼もしい腹心の部下を手に入れた。

甘ちゃんでは、王族はやっていられない。

もしミツハがここにいたら、おそらく、こう呟いたことであろう。

『ネレーア、恐ろしい子……』