作品タイトル不明
205 ソサエティー大作戦 2
「あれは何だ?」
王都の大通りを進む、荷馬車の列。
そう大した規模ではないが、地方へと向かう商隊らしかった。
食料や嵩張るものは地方から王都へと運ばれるものが多い。王都から地方へと運ばれるのは、高価なものや工業製品が中心である。食料の巨大な消費市場は、王都なのだから……。
しかし、その商隊は、小麦や大麦、芋にとうもろこし等の、食料品や家畜の飼料を王都から運び出そうとしているようであった。
なぜそう分かるかというと、書いてあるからである。
それぞれの馬車に、横断幕や 幟(のぼり) をデカデカと立てて……。
『ウェンナール男爵領 無償援助食料輸送隊 提供:ソサエティー 協力:レフィリア貿易、ヤマノ子爵領』
「ウェンナール男爵領といえば、不作、……と言い張ってはいるけど、殆ど凶作の一歩手前、ってくらいの状態で、かなりヤバそうだって噂じゃなかったか? そんなところに食料を売っても、代金を回収できずに……」
「馬鹿、よく見ろ! 無償援助、って書いてあるだろうが!」
「無償? 無料(ただ) 、ってことか? そんな馬鹿な! 何の儲けにもならないどころか、丸々大損じゃねぇか! そんなこと、どこの馬鹿が……」
信じられない、と言って喚く男に、他の者が荷馬車を指差した。
「誰が、って、ちゃんと書いてあるじゃねぇか。提供者は『ソサエティー』とかいう団体で、そして『レフィリア貿易』と『ヤマノ子爵領』が協力している、ってよ」
「『ソサエティー』? 何だ、それは……。そして、レフィリア貿易ってのは知ってるが、『ヤマノ子爵領』って、どこの国の貴族領だよ? そして、他国の貴族領がカネ出して助けてくれるっていうのに、うちの国の貴族や王族は何もしてくれないのかよ?」
「しかし、見ろよ、御者や護衛達の、あの誇らしそうな顔と、堂々とした態度……」
「そりゃ、あんなやり甲斐があって誇らしい、自分が命を懸ける価値のある任務なんか、そうそうあるもんかよ!」
ソサエティー……
レフィリア貿易……
ヤマノ子爵領……
王都の人々の間に、3つの名前が急速に広まった。
そして輸送隊が進むにつれて、それは国中へと、そして周辺国にまで広がっていくのであった。
* *
「大評判です! そして、『ソサエティー』とは何か、というのが、今、民衆の間で最新かつ最大のトレンドです! 更に、うちの名とヤマノ子爵領の名が、貴族や商人だけでなく、一般民衆の間に完全に浸透しました!!」
「計画通り……」
興奮した様子のレフィリアからの報告に、にやりと笑う私。
うむうむ、順調である。
王都から陸路で運ぶだけでは追いつかないので、ウェンナール男爵領に近い海岸に大量の物資を転送し、そこから運ぶ手配もしてある。輸送と護衛の手配は、ウェンナール男爵に一任した。
最初はなかなか信じてもらえなかったけれど、チェリリアちゃんからの説得と、挨拶代わりに贈ったウイスキーが効いたみたいだ。
勿論、海岸に物資を揚陸したのはうちの船で、無理な運航をしたため時間がなく、到着した夜間に積み荷を降ろし、そのまますぐに出航した、ということになっている。
そして、勿論、男爵領から輸送隊が来るまでの間は、ウルフファングの人達に荷の警護をお願いした。テントで野営することなんか慣れたものだろうし、輸送隊が到着すれば無線機で知らせてもらい、私がすぐに行く。
うん、ウルフファングのみんなは、現地語が話せないから、仕方ないよね。
そして、実は、陸路輸送の商隊にもウルフファングのメンバーを付けてある。
勿論、目立たないように商人風の恰好をさせて、武器は護身用のものを少し持っているだけ。
大規模な護衛を付けるわけにはいかないから、連絡員として付いているだけだ。もし何かあれば、無線機で連絡してもらう。
そのために、物産店の屋上にアンテナを立てて、2階の空き部屋に団員さんがふたり、待機している。常に連絡に備え、そして応援要請が来た時には私が持っているハンディ機に連絡するためだ。
……一応、それで私に連絡が付かなかった場合に備え、打ち上げ花火とサイレンも設置してある。
だから勿論、援助物資の輸送中は、私はこの街から離れられない。
これだけ準備しておけば、たとえ失敗したとしても、諦めも付こうというものだ。
そして、王都からの輸送隊の出発に際しては、レフィリア貿易の前で壮行会を行った。
……そう、『前で』だ。店の前の、路上で。大勢の民衆が何事かと見守る中で。
輸送隊を指揮する若手の商人さん、御者の皆さん、護衛の人達に対して、この任務の崇高さについてブチ上げる、私の大演説。
『ソサエティー』代表のみっちゃんからの、激励の言葉。
涙を流しながら輸送隊のみんなの手を握って廻る、チェリリアちゃん。
そして、何の装身具も着けず、皆にブランデーが入った小さなグラスを配る、『ソサエティー』のメンバー達。
みんなが装身具を着けていない理由は、勿論、私の演説の中で説明してある。
メンバー達を含め、全員にグラスが行き渡ったのを確認し、私の音頭で乾杯。
「 乾杯(プロージット) !」
いくらブランデーとはいえ、小さなグラス1杯くらいなら大丈夫だろう。
そして、貴族の少女達が自分達のために乾杯してくれたということは、御者や護衛達にとっては、信じられないことであっただろう。
先程私から説明された、この任務の意義と、そのために自分の装身具を売り飛ばした少女達、そして泣きながら手を握ってくれた、可愛い貴族の少女。
腹の中がカッと熱くなるのは、乾杯で飲んだお酒のせいか、それとも心が 滾(たぎ) っているからか。
そして、集まった群衆からの歓呼の声に送られて、誇りに満ちた顔つきで出発した輸送隊。
うん、きっちり働いてくれそうだ。
そう高くないブランデー数本の出費としては、費用対効果が抜群だね。
リップサービスは、 無料(ただ) 。
なので、『ソサエティー』は、それを活用するのである。
そういうわけで、ウェンナール男爵領に対する無償援助食料輸送隊の資金の出所、その資金の捻出方法、そして『ソサエティー』の何たるかと、なぜ『ソサエティー』がそのようなことを行ったのかということが、全て露見した。
勿論、十数人の少女達が自分の装身具を売っただけで、いくら小さな男爵領とはいえ、その窮地を救うだけのお金が手に入るわけがない。もしそんなに簡単ならば、とっくに男爵が何とかしていたであろう。
なので、今回は、私の大幅な持ち出しだ。
でも、これは必要経費、先行投資というものだ。だから、別に損を出したというわけじゃない。商売は、損して得取れ。
……まぁ、本当の元の意味は、『損して徳取れ』らしいけどね。今回は、徳も取れそうだから、万々歳だ。
* *
「陛下、例の、ヤマノ子爵とミッチェル侯爵家の娘が絡んでおります、『ソサエティー』とかいう親睦団体ですが……」
「ん? 何かしでかしたのか?」
宰相からの報告に、少し慌てた様子の国王。
「は、不作で困っておりますウェンナール男爵領に、食料援助を行ったそうです。あそこの娘が、『ソサエティー』に入っておりますから……」
「それは良いことじゃな。ごくささやかなことでも、心温まることではないか。 善(よ) き行いとして、皆に知らせてやってもよいのぅ……」
ヤマノ子爵絡みの話と聞いて、悪い話かと思って身構えたら、とんだ肩透かしであった。思いも掛けぬ微笑ましいことに、笑みを溢した国王であったが……。
「自らの装身具を売って援助物資を買い込んだ貴族家令嬢達。それに感じ入って、儲けなしどころか、持ち出しで大量の食料を掻き集めて提供した、レフィリア貿易。そして、自領の貿易計画を白紙にして船を提供した、ヤマノ子爵領。
その話が爆発的に広まって、感じ入った商人や余裕のある領主達が次々と賛同し、援助金や援助物資が集まり、ウェンナール男爵領へと……。
小娘達の僅かな、そう、ほんの僅かな支援が呼び水となって、とんでもない激流に……」
「何と!」
驚きに、目を 瞠(みは) る国王。
「我が国の国民は、義侠の心を忘れてはおらなんだか……。嬉しいことじゃ、喜ばしいことじゃ!」
手を打ち鳴らして喜ぶ国王が、ふと気が付くと、宰相が醒めた眼で自分を見ていた。
「……どうかしたのか? あまり嬉しそうではないが……」
そして、宰相は静かに答えた。
「問題は、その『義侠の心を忘れていなかった者達』の中に、王家や我々が含まれていない、ということでして……」
「な、何?」
宰相の言葉に、驚いたような顔の国王。
「いえ、ですから、窮地に陥った国民を助けるのは、国の責務。そして今回、窮地に陥ったウェンナール男爵領を助けたのは、自分の装身具を売り払った少女達と、小さな新興商家と、他国の貴族、そしてそれに感じ入った者達。
……王家と我々は、何もしていません。
彼女達が絶賛されるのは当然のことですが、その反動と言いますか、彼女達と比較され、叩かれる者がいるとすれば、それは……」
国王も、そう馬鹿ではない。馬鹿には、国王の仕事は務まらない。
なので、宰相が言わんとすることは、理解した。……完全に。
「……助けろ、宰相!」
前回と違って、今回は宰相にもアドバイスできる案件であった。
「まず、国庫からウェンナール男爵領及びその周辺の領地に無利子での貸し付けを。それと、国の備蓄食料を、値上がり前の価格で提供。軍用の備蓄も少し廻しましょう。そして……」
「そして?」
「陛下の個人資産から、ご寄付を」
「……やはり、それしかないか……」
領民を食わせるのは、領主の務め。
それができないならば、領主の、そして貴族の資格なし。
国に助けを乞えば、勿論援助は行う。それなりの利子、そしてそれなりのペナルティと共に。
だが、非情な国の代わりに、無償で援助の手を差し伸べる者が現れようとは。
無償の援助。
そしてそれが、 健気(けなげ) な少女達の手によるものとなれば……。
全ての人気と賞賛を掻っ攫われた。
それだけは、動かしがたい事実であった……。