軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

劣勢の審問

貴族による貴族への審問であるために、宰相自らが審問を行うのがこの審問会だ。

「ゼペッタ伯。このたび審問会が開かれたのは他でもない、デック子爵の一人娘、カトリーナ嬢への暴行に関する疑惑があるからである」

「…………」

宰相は、ゼペッタ伯爵が捕縛された日のことを事細かに言う。日付、時間、場所、状況、そのすべてがゼペッタ伯爵にとって不利なものであることは明らかだった。

「ゼペッタ伯爵。これら事実に基づき、貴殿は未婚の女性に対して性交渉を迫ったものと推察される——」

「異議がございます」

手を挙げたのはニーノだ。

「なにかな、弁護人」

「父が未婚の女性に手を出したということはあり得ません」

「なぜそう断言できる?」

「我が家、ゼペッタ家には父から伝わる重要な教えがあるからです」

「その教えとやらを聞いても?」

「もちろんでございます。父の教えは『生娘には手を出すな』。かねてより口酸っぱく子らに言い続け、自身もまた既婚女性、商売女以外に手を出さなかった父が、未婚の女性に手を出したとは思えません」

ぽかん、と宰相は口を開いた。まさか実家の教えが、そんなにもあけすけで、性的な内容だとは思いもしなかったのだ。

「今の内容は真実ですかな、ゼペッタ伯」

「ううむ。そのとおり」

「そう、か……」

宰相はつるりとあごをなでた。こんな反論は考えていなかったからである。

「バカバカしい! なにが家の教えだ!」

傍聴席で右大臣(元)が声を上げると、他の貴族たちが賛同の声を上げた。

「傍聴人は静粛に」

宰相は手を挙げて彼らを黙らせると、コホンと咳払いした。

「弁護人、『家の教えで人を殺すなとある』と言えば殺人犯の弁護になると思いますか」

「それは……そのとおりですね」

ニーノは至極当然の反論に、しおれるように沈黙した。

「ゼペッタ伯。皇国法典における姦通は罪になることをご存じかな?」

「さあ、知らん」

なんだあの不遜な態度は——とまたも野次が上がるが、

「ふん。人を罠にはめ、薬まで盛っらんら、ここになんの法がありゅ」

舌っ足らずの口でゼペッタは言った。

「……ゼペッタ伯、貴殿は捕縛の際のもみ合いで頭を打って、言語が不自由になったと聞いておりますが」

「宰相閣下。ご冗談を。ワシの頭は石頭でそりゃもう有名なんろ。ぶち込まれた獄で、出された飯のまずさよ。あれに毒が入ってたんろ」

「それについては追って調べることとしましょう」

「その前に、獄卒が殺されてなけりゃぁいいが」

「——父上、今の話はほんとうですか」

「ニーノ、お前は真面目に過ぎる。世の中不正がはびこっとるんら。ワシを罠にはめるならとことんはめるらろうよ」

「そんな……」

「ゼペッタ伯。憶測をあたかも真実のように語るのはお止めください」

宰相がため息を吐きながら、

「残念ながら、貴殿をとりまく状況は非常に悪い。被害女性からの証言、そして貴殿自身がいた寝室はデック子爵のお屋敷にありました。貴殿は、ロン伯爵との会合に呼び出され、そこで飲んだ紅茶を飲んだら気を失ったと証言しておられますが——」

「私がゼペッタ伯を会合に!?」

突然、自分の名前が出てきたのでロン伯爵は焦った声を上げる。

「傍聴人は静粛に。——ゼペッタ伯爵、他に覚えておられることは?」

「ない」

「……なにひとつ? であればあなたの罪は確定しますぞ」

「未婚の生娘を襲った罪で処刑か? なんら、そんなもの。栄えある皇国がこのような茶番を許すのか」

審問会への侮辱だ! とまた野次が上がる。

「さ、宰相閣下、父はこのように少々心を乱しております。審問はまた他日行ってはいただけませんか」

処刑、という言葉を聞いたニーノは必死で口を挟んだ。

だが「あり得ない」「審問を先延ばしにして罪から逃れる気か」という貴族たちの声が聞こえてくる。

「無様なことを言うなニーノ」

「し、しかし父上……」

「こういう謀略も覚悟して、ワシぁ貴族になったんら。今さら退くなんてありえんぞ」

「ゼペッタ伯。では罪を認めるということですか」

宰相へ、鷲鼻の伯爵は胸を張る。

「ワシは、不倫はすれど生娘とは交わらんら。金貨にかけて誓おう」

それは行商人から出発し、己の才覚のみで貴族にまで成り上がったゼペッタ伯爵らしい——あまりにも彼らしい言葉だった。

ニーノは、父が死ぬ気なのだと思った。

商人が「金貨にかけて」誓ったのならば、それはもう一歩も退かないという決意表明。

もしも誓いを違えたら、商人としては二度と生きてはいけない。そんな言葉なのだ。

胸を張る父を見てニーノは胸が熱くなり、視界が滲んだ——。

「ふざけておる!」

「なにが『金貨』だ! 貴族の誇りはないのか!」

「これだから金で地位を買った男は!」

野次がヒートアップし、怒号のごとく廷内に響き渡る。

宰相は額に手を当て天を仰いでいる。

すると、

「ゼペッタ伯が不倫によって有罪であるなら、ここにはもうひとり、有罪にならねばならぬ男がおろう」

腹から響く声が聞こえた。

しん、と静まり返る傍聴席——全員がその声の主を見ていた。

「違うか、右大臣閣下」

コーン辺境伯だった。

情勢は決したと考えていた右大臣(元)は、突然名指しされ狼狽した。しかしその言葉の意味——つまるところ辺境伯の妻を寝取った自分の罪を糾弾されているのだと気がつくと、

「いったいなんの話かわかりかねる」

しらばっくれた。

皇都にいる、コーン辺境伯の妻とは密かに連絡をとってはいるものの、表だって会うことはしていない。もちろん、それまでは公の場でもべたべたとふたりは触れ合っていたのだから「公然の秘密」のような状態ではあった。

彼は右大臣の地位を追われたが、明らかな不倫の証拠を突きつけられたわけではない。事実がどうであれ、「皇国の栄光に曇りを落としかねないため、一時的に公務を離れる」という言い回しで「ほとぼりが冷めるまで逃げた」というのが実際のところだ。

「栄えある皇国の権威の前でも、そう言えるのか」

「なんだなんだ、辺境伯は国旗に罪を告白するような趣味でもあるのか?」

右大臣(元)の言い回しに、取り巻きの貴族たちが笑った。

ここは審問院であり、罪を疑われる貴族が審理を受ける場だ。皇国の象徴としては国旗が飾られているが、それだけで、宰相は確かに貴族の中ではトップだが「皇国」そのものを体現する存在ではない。

皇国を体現するのはたったひとりだけ。

皇帝である。

「これ以上、貴族同士の姑息な戦いを見たくはありませぬ。もうよろしいのではありませんか—— 陛下(・・) 」

コーン辺境伯が見ていたのは、宰相——その後ろにあるイスだった。

「ハッ、田舎に引きこもっていた辺境伯には、皇城内での動乱が伝わってはおらぬようだ。皇帝陛下は今、病床に就かれており——」

「それがな、3日前より起き上がっておる」

「——今も意識が混濁……え?」

誰しもが、目を疑った。

審問会の開始のときにも、その後にも誰もいなかったはずのイス。唯一皇帝だけが座れるイスに——小さな人影があったのだ。

「心配を掛けたな、皆、息災か」

カグライ=ギィ=クインブランドが小さく手を挙げた。