軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

真相の仮面

その後の静寂は、およそ数秒ではあった。

だがカグライの回復を知らなかったほぼすべての貴族たちには意識を失ったようなものだったかもしれない。

「皇帝陛下に、敬礼!」

宰相の声で、貴族たちは条件反射的に右拳を胸に当てる。ニーノだけはその作法がわからなかったので土下座するように跪いた。

「……皇帝陛下、今日、この場にはお越しにならないという話ではありませんでしたか? 体調も本調子ではいらっしゃらなかったはず」

「うむ。しかしの、お主が想像した以上に、廷内には多くの貴族が集まった。これはすなわち、関係者は全員そろったと見てよかろ?」

「それは、そうですが……」

「ど、どういうことですか!? 陛下!」

右大臣(元)があわてた声を上げたが、彼の疑問は守旧派・新興派問わず共通だった。

カグライはイスに深く座り直し、「ふむ」と考えてから、

「……余はの、貴族である諸兄らに守旧派だの新興派だのとあるのが心底イヤであった」

「!?」

「今までは宰相が『そういうものも必要』だと言うので我慢しておった。貴族同士が攻撃し合うようになれば話は別ぞ。ここですべての膿を出し切る」

断固としたカグライの言葉を聞いた貴族たちはごくりとつばを呑んだ。飄々としており、常に温和な空気を漂わせているカグライがこれほどまでに言い切ったからだ。

「ゼペッタ」

「は、はっ。このようなお見苦しい姿れ……」

ゼペッタは自分の服装を恥じるように、その場に膝をついた。

「構わぬ。それより『金貨にかけて』という言葉、あれぞそなたの本心として受け取ったぞ」

「も、申し訳ごらいません、根が商人なものれ……」

「そなたが商人であることを厭うのであれば、最初から貴族になど取り立てはせぬであろ。この場で、己を曲げぬその胆力、見事である」

「は、ははっ、もったいなきお言葉……」

隣のニーノは信じられない思いだった。金を信じ、金のために生きてきた父が、こうして平伏している。心の底からあの人物——この国を統べる皇帝陛下に感服しているように見えるのだ。

だが、ニーノは不思議な感慨も同時に覚えていた。

父がうらやましいと、そう感じたのだ。

ニーノとて初めて肉眼で見るこの国の皇帝。あれほどの人物に声を掛けられ、「見事」とさえ言われる。その栄光に心を震わさない皇国臣民はいないだろう。

父が貴族になったのは、商売をさらに拡大するためなのかと思っていた。もちろんそれはとても大きな理由だろう。だけれど——皇帝陛下と接すると、それ以外の意味もあるのだということがニーノにもわかってきた。

「さあ、顔を上げよ。まずはそなたの審問からではない——余の命を狙った暗殺事件のことから話を始めようぞ」

「陛下! それは陛下のお命を狙った不届き者が誰か、わかったということでしょうか」

「そうじゃ」

「どこの誰ですか!?」

右大臣(元)の質問に、カグライはまたも小さく手を挙げた。

「込み入った話になるゆえ、弁の立つ者に話してもらおうぞ。のう、シルバーフェイス?」

そのイスの後ろに——まるで霧が晴れたかのように人影が現れた。

黒のフードをかぶった銀の仮面は、貴族の半分ほどが知る人物、「 白銀の貌(シルバーフェイス) 」その人である。

「…… おれ(・・) はアンタの護衛でいるだけだと言ったはずだが?」

「そなたの推理はなかなか面白かった。余が自らの手柄のように言うのは気が引けるであろ。そなたの口から話すがよい」

「しょ、少々お待ちを、陛下!」

右大臣(元)が声を荒げる。

「そのような身元の不確かな者を御身のすぐそばに置かれるなんて!? 第一、そやつは陛下暗殺未遂の犯人候補でございましょう!」

「違う。シルバーフェイスこそ、今回の事件……そなたらが衝突しあい、このような審問会まで開かせた、その真実を語る者である」

* *

こんにゃろう……と仮面の裏でヒカルは頬がひくついた。

先ほどカグライに言ったとおり、ヒカルはあくまでも「護衛」として来たのであって、今回の問題に首を突っ込むつもりはなかったのだ。

だが、今のこのカグライの発言よ。

彼にとっては「善意」なのだろう。カグライの病状を一変させるほどの回復魔法を行使し(使ったのはポーラだが、それはまあともかく)、さらには「皇帝暗殺事件」の解決への道筋をつけた。

その報酬は「蔵書室への自由な出入りでいい」という無欲ぶり。

だからせめて、ここで活躍の場を与えて、シルバーフェイスの価値を高めようと考えたのだ。

(迷惑だっつうのに……)

目立つつもりなら「隠密」でうろうろしないし、仮面なんてつけない。そう言っているのだがカグライには通じないのがもどかしい。

(だけど、まあ……)

カグライの発言のせいで、全員の視線がヒカルに注がれている。

静けさの中、ヒカルはゼペッタ親子を見る。

(……こんなところでニーノを見ることになるとは思わなかったな。「ゼペッタ」と「ゼペット」じゃあ、「似てる」だけで済むかもしれないけれども。よく似ているゼペッタ伯爵の顔を見たら確信が持てただろうな)

ニーノには好感を持っている。だから、カグライの希望に応えてやるかとヒカルは口を開いた。

「まず、カグライ皇帝の症状は完璧に治療した。わずかに残っていた毒……非常に巧妙に隠された毒によって昏睡状態が続いていたが、その毒も解いたのでもう十分に元気だ」

「うむ。大変爽快である」

カグライの様子を見て、貴族たちがほっとしている。この国の貴族には問題があるけれど、皇帝のために一所懸命であるというところは一致している。

「時間軸で見ると、皇帝暗殺未遂があり、次に右大臣の失脚、最後にゼペッタ伯爵の逮捕と、数日の間で一気に起きたことになる。先に言っておくけど、これらはすべて『別々の思惑』によって起きたことだ」

「別々、だと……?」

失脚、と言われたことに眉をひそめていた右大臣がうなるようにたずねる。

「ああ。アンタはゼペッタ伯爵を嵌めたが、これはアンタが失脚させられた報復だ」

「なっ……!? なにを証拠に、そんな……」

「ちょうどいい。時間をさかのぼりながらひとつひとつの事件を見てみる。——アンタはデック子爵の借金を肩代わりしたな? その証文の写しは宰相閣下に提出させてもらった」

「!?」

右大臣が凍りつくが、宰相は何事もないというふうにうなずいている。

邸宅に忍び込んで証文を盗み出すくらいヒカルには容易なことだ。

「で、だ。なんの見返りもなく借金の肩代わりなんてするわけがない。つまりデック子爵は娘を売ったわけだ。ゼペッタ伯爵とのスキャンダルが発覚したらどこにももらい手はなくなるだろう?」

「そ、そ、それ、それは……」

デック子爵が青ざめて言い淀むが、

「——バカ者が。女を大事にせん男は成功せんというのに」

「父上。それもまた我が家の教えですね……」

ゼペッタ親子がそんなことを言っている。

「で、そのゼペッタ伯爵は右大臣を嵌めた」

「…………」

「否定しないんだな? まあ、いいさ。右大臣の不倫は社交界でも公然の秘密のようだったから……すまないな、コーン辺境伯。アンタを傷つけたくはないんだけど、どうしてもこの話を抜きにはできないから」

傍聴席の中央に座っているコーン辺境伯は、首を横に振る。

「構わぬ。すべてを聞きたいと言ったのは私のほうだ。続けてくれ」

「ああ。——右大臣ひとりを失脚させたところでメリットはほとんどない。だから今までは問題がなかった。だけど、ゼペッタ伯爵は一石を投じたわけだ……なぜか? 皇帝の暗殺未遂があったからだ」

皇城内を揺るがす大事件が起きれば、バランスの取れていた天秤が動き出す。右大臣を失脚させ、閣僚に新興派貴族を送り込むベストなタイミングだ。

「事実、ゼペッタ伯爵の思惑は上手くいった。ロン伯爵が皇都司令官に任命され、皇城会議にも出席できるようになったからな」

「ふん」

当然だ、とゼペッタが鼻を鳴らすが、

「だけどアンタはこんなに早く右大臣から報復を受けるとは思わなかったわけだ。脇を固める前にいきなり鼻面を叩かれたんだ」

「…………」

「どうしてこんなに早く、右大臣が動けたかわからないか?」

「……どうして、だと?」

「右大臣だって同じことを考えていたんだ。アンタといっしょ。皇帝暗殺未遂という混乱に乗じて、新興派貴族を排除するために大急ぎで準備をしたんだ」

「!?」

ぎょっとして振り返ったゼペッタが、右大臣を見やる。向こうは向こうで忌々しげにゼペッタを見ている。

「女が好きで、機に乗じて敵を陥れる。気味が悪いくらいアンタたちは似てるんだよ」

「シルバーフェイスの言うとおりである。そなたらは、その智略を持ってなぜ協力し合わぬ? さすれば我らが皇国はさらに発展するというのに……余はそれが悲しい」

カグライが顔をしかめたのを見て、ゼペッタがうなだれ、右大臣もまたうなだれる。

(その仕草までいっしょじゃないか。世が世なら大親友になってそうだな——いや、結局は同族嫌悪になってたかな?)

ヒカルは頭ではそんなことを考えつつも、

「さて……では問題は、事の発端である皇帝の殺害未遂だ」